六人
「みなさん、まだすぐにスキルを獲得できる状況ではありませんでした」
そう前置きをし、ルナは一枚の紙を渡してきた。
最初はリリフェルだ。
彼女のスキルには、『気配遮断』、『身代わり』といったスキルが候補としてあがっていた。
リリフェルは俺と同じタンク志望であるが……この二つのスキルか。
『気配遮断』は敵に認識されにくくなるようなスキルだ。
『身代わり』は、ダメージを受けたときに代わりに受けてくれるものを用意するスキルだ。
『気配遮断』はタンク向きじゃないんだよな。
『身代わり』は回避型のタンクの人がよく使っている。
『身代わり』はそれなりに使える。どの程度の消費になるかわからないが、強力な一撃も一撃として受け止めてくれる。
外皮を100消費して作り出した『身代わり』が、100以上のダメ―ジを食らっても、身代わりが壊れるだけで済むというものだ。
似たような発動条件で『分身』というものがあるが、あっちは自分の分身を作って戦わせるスキルなのでまるで違う。
これが取得できれば、タンクとしては優秀だ。
……ただ、『身代わり』と『気配遮断』の組み合わせは、どちらかというと攻撃型の冒険者に求められる組み合わせだ。
気配遮断で敵の意識外から攻撃し、敵の反撃を食らう場合は身代わりで受け流す。
また、気配遮断を行い、敵の意識外から……という戦い方ができる。
「リリフェルのこれは……あとで話したほうがいいかもな」
まあ、結局のところ本人の気持ち次第だ。
やる気を失っては元も子もない。
「次は、ティメオ様ですね」
「……なるほどな」
彼のスキルはいくつかある。
各属性の強化スキル。あるいは、各属性の攻撃スキル。
それらは確かに優秀なのだが、それよりも目立つものがあった。
『俯瞰視』というスキルだ。
これは上空から周囲を見回すことができるようなスキルだ。
まさに、リーダーに向いているようなスキルだ。
「……ティメオの才能は確かに優秀だな」
「はい。私もそう思います」
ルナがこくりとうなずく。
彼が今、魔法剣士としてやれているのは、もともと視野が広いからだろう。
それをいかして、戦闘を重ねてきたからこそ、『俯瞰視』のスキルがもっとも取得可能な位置にきているんだ。
「最後はドリンキン様ですが……こちらは、まだまだ取得可能な域にはありませんでしたね」
それでも、一番近いスキルを示してくれたようだ。
「ドリンキン様は様々な武器を使っていたのか、いろいろなスキルが少しずつ、あがっていましたね」
「多くの冒険者が自分にあった武器を探すんだ。たぶん、それが影響しているんじゃないか?」
「そうかもしれませんね」
……まあ、なんとなく、わかった。
ドリンキンは一から、マリウスに鍛えてもらうしかないだろう。
ティメオは、『俯瞰視』の獲得のためにも、リーダーとしてやっていってもらったほうがいいだろう。
リリフェルはどのように立ち回るか。そこだけは話しておきたいな。
完全なタンクではなく、準タンクのような役割だってある。この前の51階層を目指したときのラーファンのように、メインタンクを補助するようなものだ。
リリフェルが今後攻撃系スキルを獲得した場合、そっちのほうがいい可能性もある。
「とりあえず、マリウスに連絡をしておこうか」
「ヒューちゃんでしたら、奥の部屋にいますよ」
「……ヒューちゃん? マニシアが名付けたのか?」
なんて可愛い名前なんだろうか。うちの妹は天才か。
「いえ、ルナさんですよ。私が名付けていいですよ、とは言いましたけど」
「申し訳ありませんでした。何もないと呼びにくいと思いまして」
「……確かにそうだな。いや可愛い名前だ。ありがとなルナ」
「は、はい」
ルナがぱっと目を輝かせる。ルナもいい名づけをしているな。
ヒューちゃんと聞こえたのか、スライムが部屋から這い出てきた。
人型だ。マニシアだ。やばい。
「……そういえば兄さん。どうしてヒューちゃんは私の姿に時々変身するんでしょうかね?」
「いや……その、だな。ヒューがそうなりたいんじゃないか?」
ヒューはマニシアの姿で首をかしげる。
『ご主人がこの姿だと頭をなでてくれるから』と聞こえた。余計なことを言うんじゃない、と俺が視線を向ける。
「ふーん、そうなんですか。私の姿をしていれば、私以外にも頭をなでるんですね兄さんは」
おいヒュー。全員に伝えるのはやめるんだ。
「……いや、そういうわけじゃない。ヒューには色々と世話になったからだな」
「……」
ルナはじーっとヒューを見ていた。その目はどこか羨ましそうにも見えた。
それを見ていたマニシアが、腕を組んだ。
「兄さん。私最近兄さんに甘えられていませんでした。私と、ルナの頭もなでてください。そうしたら今回のことは許してあげましょう」
「わかった、わかった」
それはむしろ、俺にとってのご褒美なのではないだろうか。
マニシアとルナの頭をなでる。マニシアは幸せそうな顔を、ルナはどこか慣れない様子で頬を赤らめていた。
「……こんなところでいいだろう。あんまりやっていると俺のほうが恥ずかしい」
「……ふう、まあいいです。それじゃあヒューちゃんも、ほらどうぞ」
丸い液体になったヒューをマニシアが抱きかかえる。
その頭(?)と思われる部位をなでる。
……うん、やっぱり冷たくて心地いいな。
「ああ、この子いいですね。普段は家に置いておきましょう」
マニシアも気に入ったようだ。
「まあ……そこは別にどっちでも……ヒューのいたいところでいいだろう」
「ヒューちゃん優秀なんですよ。ゴミとか全部のっそのっそと吸い上げてくれるんですから」
「ヒュー、大丈夫なのか?」
『大丈夫だよー』とヒューはピースを作ってきた。
……まあ、どのように大丈夫なのかは俺も別にスライムの研究者でもなんでもないので、追究はしなかった。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
そういって、クランハウスを後にした。
〇
今日は、迷宮探索だ。
目的は交流、みたいなものだ。うちのクランについて、話もしたいしな。
クランからの参加者は俺、ルナ、マリウスだ。うちのクランを知るのなら、この三人が適任ではないだろうか。
候補にはニンもいたが、彼女は一応聖女で、それなりにリリフェルたちも知っているだろうからな。
予定の時間よりも一時間早いが、俺とルナは先にクランへと来ていた。
と、扉がノックされた。
「開いているから、入っていいぞ」
そう伝えると、控えめな様子で扉が開き、ひょこっとリリフェルが姿を見せた。
赤髪がふわりと揺れる。それから、綺麗な敬礼をしてきた。
「おはようございます、ルード師匠に、ルナさん!」
「ああ、おはよう。早いな」
「はいっ! もうわくわくして早く起きちゃいました! 憧れのルード師匠とともに迷宮に潜れる日が来るなんて……」
「おいおい。冒険者生活はこれからだろ」
感動で涙を流しそうな彼女に苦笑を返す。
用意しておいた椅子に、彼女が腰掛ける。
彼女は背中に盾を腰に剣をさしていた。少し細身であるため、タンクとしては不安な部分もある。
……さて、どう切り出そうか。
せっかく一人早く来てくれたんだ。いまのうちに、それとなく聞いておこうか。
「リリフェルは……タンクになりたいんだよな?」
「はいっ! 教会で能力を調べたとき、私に『挑発』のスキルがあるなんてこれはもう運命だと思ったのでありますよ!」
「そうか……例えば、だ。リリフェルは他にもスキルが後天的に目覚めるとしたらどんなものが欲しいんだ?」
「ルード師匠と同じものです!」
……ここまで、タンクとして頑張りたいと言っているのなら、他の役割を勧めるのは悪影響にしかならないな。
それに、『身代わり』にしろ、『気配遮断』にしろ。あくまで彼女の今後の可能性でしかない。
別の可能性を彼女が努力で見つけ出していけばいいだろう。
……効率良くというのは大事ではあるが、人間なんだしそれだけで判断もできないだろう。
リリフェルとルナが楽しそうに談笑している。
リリフェルが50階層での戦いについて、ルナに聞いているようだ。主に俺がどのように活躍したか、をだ。
やめてくれないかな。顔が熱い。沸騰したお湯にぶちこまれた気分だ。
「凄いなぁ……アバンシア果樹園迷宮の調査も、勇者様の代わりに行ったんですよね!? 勇者様ができなかったことを、成し遂げたのですよね!? そのときもルナ様は同行したのですか!?」
「ルナ様は……その慣れないのでやめてくれませんか?」
「そんな! それなら、ルナ様も『リリフェル様』と呼ぶのはやめてくださいですよ! 私なんて、『おいリリフェル! パン買ってこい』くらいでいいでありますよ!」
「私そんな風に見えますか……?」
「見えないですっ! 冗談でありますっ!」
元気な子だなリリフェルは。
確かに、ルナのほうが立場は上だからな。
彼女はホムンクルスとして、人間に仕えたいと思っているようだが、それを相手は知らないからな。
そこはルナが我慢して様づけをやめるか、ルナがそれを貫いて相手の意見も飲み込むしかないだろう。
「……わかりました。ルナ様と呼んでください」
そっちを飲んだか。ただ、その言い方だとなんだか凄い偉ぶっているみたいだ。
「わかりました! ルナ様っルナ様!」
「……うっ、くぅ……」
そんな急所に攻撃を受けたような声をあげなくても……。
しばらくすると、ティメオとドリンキンもやってきた。
ティメオはのん気なもので、あくびをしながら。
ドリンキンは緊張だろうか。震えながら、クランに入ってきた。




