襲来2
魔剣が以前よりもはるかに強力になっている。
その力を把握するために、俺はマリウスと戦っていた。
今回は大盾を使わず、単純な剣の打ち合いだ。昔に比べて、剣の扱いは多少はマシになってきたとは思う。
……とことん、国内の流派と相性が悪かったからな。大盾を扱いながら戦闘を行うような人がどこにもいないのが原因だ。
それゆえに、我流で剣を振るしかなかった。最近はマリウスが協力してくれるおかげで、だいぶ扱いがよくなっている。
それでも、さすがに大盾を使わずにマリウスとやりあうのは厳しいな。
「どうしたルード! これで、仕留めてやろう!」
そういって、マリウスが腰をかがめ、刀へと手をやる。
飛ぶ斬撃――マリウスの必殺の一撃がくることを理解した次の瞬間、魔剣が怪しく光を放った。
魔剣に思いきり魔力を込める。斬撃が襲い掛かってきたのに合わせ、俺は剣を振り下ろした。
黒い斬撃と白い斬撃がぶつかりあう。魔剣から力が感じ取れない……どうやら、内部に魔力を溜め込んでいたらしい。というよりも、さっきのは……どちらかといえば魔素だろうか。
「ほぉ、そんな技を隠し持っていたか」
マリウスの笑みがますます濃くなったところで、空中で水の玉がはじけた。俺たちへと魔法の雨が降り注いでくる。
「あんたたちっ! やりすぎよ! それ以上やるっていうなら、人がもっといない場所でやりなさい!」
……クランハウスの庭でやりあっていた俺たちは、建物から顔を出していたニンに怒鳴られる。
こんな寒い季節に水の魔法をうつなんて、酷い。俺とマリウスはがたがたと震えて、急いでクランハウスへと入っていった。
中には入団したいという冒険者たちがわんさかといて、驚いたようにこちらを見ていた。
「さ、さっきの二人の戦いみたか?」
「……あ、あれで二人とも冒険者ランクはBランクらしいんだぜ?」
「い、いやでも……あの二人とニン様は別格だろ。たぶん、近いうちにAかSランクにあがるんじゃねぇか?」
「お、オレもこのクランで頑張っていきたいなぁ……可愛い子もたくさんいるし」
「そうだよな! 亜人の子とか、ホムンクルスの子とか……何より聖女様はやっぱり可愛いし……」
「オレはあれだな。ルナさんだな」
「オレはマニシアさんかなぁ……」
ぶっ飛ばすぞ。最後の男だけはにらみつけてから、俺はニンをちらと見る。彼女が魔法を放った際に開いていたはずの窓は、すでにファンティムとシャーリエがしめていた。
「おいニン。風邪ひいたらどうするんだ」
「あんたは『健康体』で状態異常にはならないでしょうが」
「……まあ、そうだが」
「ニン、オレは特にスキルはないんだっ! 風邪をひいてしまったらどうする。ああ、もうなんか頭痛い気がする。目の前もくらくらしてきた感じがする……」
「あんたはバカなんだから大丈夫でしょ」
そんな風に一蹴するニンはそうしながらも、冒険者たちから渡された資料をまとめていく。
圧倒的処理の速さだ。隣にいるマニシアも負けないようにか、ちらちらと見ながら動きを速めていく。
まあ、一番早いのはルナだ。こういう事務仕事は本当に得意なようだ。
大量にやってきた入団したい冒険者たち。中にはベテランの人もいて、以前の経歴などをまとめている人もいる。彼女らには、人柄が問題ないかどうかそこを重視してもらっている。ぶっちゃけ、経歴とかはな。
今すぐに入団は決定していない。軽い面接をして、後日に返事をするということで一度帰ってもらうことになっている。
今のところ、何名か落としている人はいる。……なんか勝手にゴースト部隊とスライム部隊の子たちが、来た人の素行調査を行っているそうだ。あの二種の隠密さであれば、まずばれることがないからな。
それで、問題があった人が三名ほどいて、それだけは落とした。
一度シャワーをあびてから、空いている部屋へと向かう。
そこでマリウスと向き合い……ヒューがすっとテーブルへと現れた。
「魔王の件は?」
やばい、忘れていた。この秘書は本当に頼りになる。ミニサイズのヒューがえへんと胸を張っている。
「今日おまえを呼んだ理由なんだが……魔王について聞きたいことがあってな」
「魔王か? オレに応えられる範囲でならなんでも答えるぞ」
「……それなら、一つ聞きたい。ヴァレファール・グリードという名前に聞き覚えがあるか?」
「……ヴァレファール・グリードっ。ああ、今ビリビリと来たぞ! 七罪魔王の一人! 序列6位の陰湿な野郎だ!」
「そう、なのか?」
「ああ……オレはすべての魔王に馬鹿にされていたが、特にグリードの奴にはいつもいじめられていてな。……いつか、叩ききってやろうと思っていたんだ」
そういったときのマリウスの顔は非常に険しかった。
「……今まで、忘れていたことが悔しいくらいだ。いや、そのおかげでこうしてルードたちと出会えたのかもしれないが、な」
「それは……ああ、俺も嬉しいよ。けど、マリウス……おまえはそんなに魔王が憎いのか?」
「……まあな。オレは魔王の中でも格下でな。……よく色々なやつに馬鹿にされていたんだ。だから、いつか最強になって、見返してやると思っていたんだ」
ぐっとマリウスは拳を固めた。
「……協力できることがあれば相談してくれよ」
「ああ……わかってるさ。まあ、心配するな。全員、オレがたたっきってやるさ。……それで、そいつがどうしたんだ?」
「どうやら、ブルンケルス国にいるみたいなんだ」
「……ブルンケルスといえば、ルナたちが住んでいたという国か」
「ああ……ホムンクルス技術も、迷宮の守護者から聞いたのが始まりなんだ。ってことは――」
「魔王が関わっている、かもしれないということだな」
こくり、と頷く。……ブルンケルス国に直接いって、裏で何が行われているのか調べてみたいものだが、そう簡単にいくものではないだろう。
ひとまず、魔王とキグラスが一緒に行動している可能性があるということがわかっただけでも、よしとしようか。
……キグラス、何を考えているんだろうか。色々あったが、敵対してほしいというわけでもない。あれから何もなければいいんだが。
「調査。行ってこようか?」
ヒューがそんなことを言ってきた。
「ヒュー、が一人で、か?」
「レイと一緒に」
天井から顔を出していたレイが驚いたような顔をしている。そんな話聞いてないよぉ、という表情だ。屋根裏で暮らしているレイは天井から降りてくることがよくある。
前に風呂入っているときに背後に現れたときは、心臓が止まりかけた。実際、ティメオとラーファンは一度気絶している。……レイはわざとではなく、石鹸やタオルを届けるためにという善意なのだが、やられたほうは本気で怖いのだ。
「隠密行動が必要なら、私たちがもっとも適任、でしょ? やろうとすれば、分身で潜り込むこともできるし」
「……そう、だな。なら、頼んでもいいか?」
「任せて、ご主人。成功したら褒めてね」
「ああ、わかってる」
すっとヒューは分身した。そいつが一度人型をとったあと、魔物の姿に変化する。
レイはすっとヒューの体の中に入った。他人に憑依できるようだ。ある程度の相手なら、体を操ることも可能だそうだ。俺とかマリウスくらいになると難しいらしい。相手が受け入れてくれるのなら、大丈夫だそうだが。
二人が窓から飛び降りて、外へと走っていった。
……せめて、普通に移動をしてくれないだろうか。そうは思ったが、何か良い情報が手に入ればいいのだがな。
「心配かルード」
「……まあな」
「まあ、あの二人なら問題はないだろう。最悪、ヒューが言っていたように分身をうまく使ってやるだろうさ。あいつらは、オレたちよりも賢いからな」
「俺まで混ぜるな」
さすがに、マリウスよりは頭が回るほうだという自信がある。
「とにかく居場所がわかれば、こっちから仕掛けてやろうじゃないか」
「国への報告だけだ。……さすがに、国に喧嘩を売るのはまずいからな」
「むっ、魔界であれば国という形のものはないからムカついたら喧嘩をできるのだが、ややこしいのだな」
本当、戦いたがりだなこいつは。……それ以上はさすがに何もできない。そもそも、潜入調査だって、危険なくらいなんだからな。俺は分身のヒューを肩にのせ、くれぐれも国名だけは出さないように伝えてから、部屋を出る。
静かになったな。冒険者もだいぶ落ち着いてきて、ニンが休憩するようにコップを持っていた。酒を飲んでいるのは久しぶりに見た。いや、普段から色々飲んではいるのだが……あんまりお上品にのんでいるのは似合わないな。
「あんたたち、外でやるときは抑えなさいよね」
「……いや、俺もあそこまでの威力になるとは思わなかったんだよ」
「オレはまだまだ出せたがなっ!」
「変なところで張り合ってるんじゃないわよ。……リリアとリリィがまだ来ないわね」
「なんだ、来る予定があったのか?」
特に俺は何も聞いていなかったが。
と、ニンがにやりと笑みを浮かべた。
「なんでも、昇格試験の話がきたみたいよ」
「……へぇ」
「なんか、シナニスたちの話をしたときにリリアが言っておいてくれたみたいよ。リーダーなんだから、せめてAランクくらいはないと示しがつかないでしょ?」
「そう、だな」
そうか。もう来たのか。
最近、冒険者ランクと実力が見合っていない冒険者が多かったからだそうだ。その責任を問われたとかなんとか、新聞で見た気がした。
そのうち、リリアたちが来るだろう。そう思っていたのだが、慌てた様子で駆け込んできたのは別のギルド職員だった。
「ルードさん! 助けてください! 街で、リリアさんたちが魔族と戦っていますっ!」
「……なんだって!? 魔王か!」
マリウスが叫び、真っ先に飛び出してしまう。
「おい、一人で行くな……っ! ルナ、マニシア! 二人はここで待機していてくれ!」
……マリウスの奴。
ニンが奥の部屋から大盾を持ってくる。彼女から受け取り、俺たちもすぐにマリウスを追いかけて走り出した。




