竜族の里2
次の日。何事もなく、出発の準備も調った。
町に残るクランメンバーたちに軽く事情を説明もしておいた。
準備万端だ。
セインリアの前で待っていると、ラーファンが歩いてきた。
盾と剣を揺らしていたラーファンは俺の前で足を止めると、一度尻尾を振るった。
「ルードさん、よろしくね」
「ああ、こっちも竜の里の場所までよくわかっていない。道案内は任せる」
「うん。……それと、せ、セインリア様。よ、よろしく……おねがいします」
ラーファンがぺこりと頭を下げると、セインリアが一度鳴いた。
「どうしてそんなにかしこまっているんだ」
「だ、だって……私たちは六竜の話を聞いた事があるから」
「六竜?」
ラーファンとともにセインリアの背中に乗ると、ヒューが俺の肩に移動した。
小さな人型に変化し、指をある方角へと向ける。『出発!』と声が聞こえ、セインリアが翼を広げた。
やがて空へと浮かびあがる。ラーファンは特に高いからと怯えることもなく、余裕の表情を浮かべている。
「赤、青、緑、黄、黒、白。この世界にはその六種の飛竜がいるっていうのは、竜人族の間では有名なの」
「……そうなのか。ラーファンのところにも竜がいるんだったよな。それも、色の竜なのか?」
「うん。黒竜様がいらっしゃる、はず。……直接見たことはないんだけど」
「その黒竜にあうのが、ラーファンの目的だよな」
「……頑張る」
表情を引き締めた彼女に首肯を返す。
セインリアに方角を伝えながら、ゆっくりと空の散歩を楽しんでいた。
いくつもの景色が眼下に広がっている。巨大な森や、街。小さな山などもそこにはあった。
「……これが空を飛ぶ感覚なのかな」
「竜化したら、ラーファンも飛べるようになるのか?」
「どうだろう……私は、ハーフで、翼は本当に小さいのしかないの」
「……そうだったのか」
ラーファンも翼をもっていたのか。服で隠れてしまっているのかもしれない。
彼女の背中のほうをじっと見ていると、ラーファンはむくれた顔を作った。
「ルードさん、あんまりじろじろ見ないで……恥ずかしいから」
背中を隠すようにそっと体を動かした。
……竜人族には失礼な行為となるらしい。気を付けよう。
「でも、竜化を使った人の中には、そういった部位の強化が行われることもあるから、発動してみないとわからない」
「結局、行ってみてからのお楽しみってわけだ」
「……そうだね」
ラーファンはどこか緊張しているようだ。
軽く背中を叩くと、彼女はびくりと肩をあげる。
「楽しんだほうがいい。せっかくの帰省なんだしな」
「……うん」
セインリアが一度鳴くと、速度があがった。
これまでは準備運動だったのだろう。気を抜けば振り落とされそうなほどの速度だ。
しかし、俺もラーファンも力があるため、ふらつくことなく無事目的地周辺に到着した。
さすがに、里の中に直接降りることはしない。そもそも、リリアたちに叱られたようにセインリアに怯えてしまう可能性もあるので、目的地からそれなりに離れた場所に着陸する。
俺たちは久しぶりの大地に降りる。
地上を移動すれば、かなりの時間がかかっただろう。
……セインリアは便利すぎるな。移動以外にも使える手段があるかもしれない。
「それじゃあセインリア、またあとでヒューで呼ぶからな」
「ぶあっ!」
セインリアが翼を大きく広げると大空へと戻っていった。
ラーファンに先頭を任せ、俺たちは竜人族の里へと向かって歩き出す。
「昔は、竜族の里って呼ばれていたけど、今はハーフも増えてきて竜人族の里って呼ばれるようになったのは知っている?」
「いや、知らなかったな」
「里では定期的に武闘大会が開かれていて、腕に覚えのある人が参加しているんだ。ルードさんも今度参加してみたら?」
「機会があればな」
ラーファンに竜人族の話を聞きながら、里を目指す。
峡谷に造られた竜人族の里は、それなりに険しい道となっている。足場が安定していない。
だが、美しい川と秋の紅葉がそんな疲労をかき消してくれるほどに見ごたえのあるものだった。
ラーファンとともにしばらく歩いていると、竜人族の里の入り口と思われるアーチ状の門が見えた。
木製のその門の下には、二人の男がいた。
彼らはラーファンよりもずっと、竜に近い容姿だった。恐らくは純血の竜人族なのだろう。
鱗はびっしりと肌を覆っている。ラーファンのように手先だけ、首にわずかにだけというのとは違う。
翼や尻尾も凛々しく存在していた。翼がなければ、リザードマンと間違えてしまいそうだった。
簡素な鎧が胸元を守っている。入口を守る戦士だけあり、かなり強そうだった。
俺たちを見て、彼らは軽い笑みを浮かべたあと、その視線がラーファンで止まる。
彼らは顔を見合わせ、眉根を寄せた。
「人間の観光客よ。ようこそ、竜族の里へ。歓迎しよう」
竜族、と強調した彼らに違和感を覚える。
ラーファンがつまらなそうな表情を向ける。ラーファンが進もうとしたところで、二人の槍が道をふさいだ。
「人間の観光客は歓迎する。だがラーファン、おまえは別だ」
「なぜ戻ってきた、半端者」
彼らが苛立った様子でこちらを見てきた。
半端者。その表現に、ラーファンは苛立った様子で唇を結んだ。
彼女はきっと両目を釣り上げ、そして声を荒らげた。
「竜化の試練、を受けに来た」
「出来るわけがないだろう、半端者が」
バカにしたように笑う。
ラーファンが睨みつけ、今にも喧嘩が始まりそうな空気となる。
「どちらにせよ。観光客みたいなものだ。別に喧嘩することもないだろう」
俺が割って入ってできる限りの笑顔を向けると、彼らも顔を見合わせたあと嘆息をついた。
「旅の人間よ。歓迎しよう。何もないところだが、見て行くといい」
「武に自信があるなら、大会に参加するといい。里名物の腕自慢だ」
「もしもそこでトップになれば、里長に挑む権利を得られる。もしも勝利すれば、賞品も出るからな」
「ただ、うちの里長は強いぞ。未だに誰にも負けていないからな」
自慢するように彼らは胸を張っていった。そうですか、と苦笑しながらその横を過ぎていった。
ラーファンをちらと睨みつけていたが、それ以上彼らは何も言わなかった。
里へと続く道を歩いて行く。木製の看板が里までを示している。どこか味のあるその看板を眺めながら、俺は険しい表情のラーファンを見た。
「ラーファン。あの二人は……もしかして純血か?」
「少しだけ里の話をしておく」
「……ああ」
「今、この里には大きく分けて二つの派閥がある。純血と、混血のふたつ」
「さっきの門番たちは、純血で、ラーファンは混血、か」
「うん。……この二つがどうしてぶつかりあっているのかは、簡単」
彼女はすっと息を吸い込んだ。
「竜人族は他種族と違い、純血のほうがいいとされている」
「……まあ、そういう種族がいるってのは聞いたことあるな。種族特有の力が、混血だと使えないことがあるとか」
「私たち竜人族は、混血だとほとんど竜化ができないっていわれている」
……なるほどな。
竜化の力は本来持っている力の数倍になるとも言われている。
もちろん、発動可能な時間制限や、その他もろもろ色々とあるため、ずっと使っていられるものではないが、できれば使いたいだろう。
そんな強い竜化が使えるのなら、純血のほうがいいに決まっている。
ただ、それでも他種族と結婚したいという人も出てくるだろう。
そのあたりで、強いぶつかりあいがあるのかもしれない。
ラーファンも混血。……使えるのだろうか。
「混血だから、使えない、わけじゃない。混血だから、制御できない、というのが正しい」
俺のその疑問が表情に出ていたようだ。
「……制御できない。つまり、発動自体はできても、それを抑えられないってことか」
「……うん。昔、混血の竜族が発動して、そのまま暴走してしまい、純血によって討伐されたことがある。だから、難しいとされている」
「そうか。ラーファン、あんまり無理しすぎるなよ」
「……」
ラーファンの足が止まった。振り返って彼女を見ると、ラーファンは強い決意を秘めた瞳とともに顔をあげた。
「シナニスもアリカも、頑張ってる。……二人は、もっと上を目指そうとしている。私も、いつまでも逃げていたくない」
それは彼女の気持ちなのだろう。
その決意につられて、俺の頬が緩んだ。
「それなら、俺もできる限り協力する。竜化、成功させよう」
「うん……それに、クランのためにももっと強くなりたい。……邪竜の話も、聞いた」
「……そうか」
あのとき。あの場で戦えたのは俺とかろうじてニンやイーセだけだった。
ドランさんももしかしたらそれなりに戦えたのかもしれないが、戦力としては限られている。
仮に、シナニスたちがいたとしても、戦力になったかといえば難しい。
「みんなのために、もっともっと強くなりたい。弱くて、負けるのは嫌。クランがなくなるのも、仲間が怪我するのも……師匠がいなくなるのも嫌だから」
そういったところで、ラーファンは顔を赤くして首を振った。
小走り気味に歩き出し、先を行く。
「い、一番弟子、だし。情けない姿は見せたくないし」
恥ずかしそうにそういった彼女の隣に並ぶ。
「ラーファン。あんまり抱え込みすぎるなよ。少しずつでも、前に進んでくれればそれでいい」
「……ありがと。ルードさん」
「大丈夫だ。きっと、なんとかなるよ。おまえの気持ちがあればな」
嬉しそうにはにかんだ彼女を隣で眺める。
竜人族の里が見えた。
門があり、そこにはようこそ! と書かれていた。
「……私、里の混血では一番才能があって、期待されていた。もしかしたら、私なら竜化できるんじゃないかって」
「そうだったんだな」
「みんなの期待にも応えたい」
「……やってやろうじゃないか」
可愛いクランメンバーの目標を、俺も全力で手助けしたいと思った。




