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086 人材1

 


 ブリュトイース伯爵領の開発は順調に進んでいる。

 俺は王都とイーストウッドを行ったり来たりして忙しくしている。

 普通、王都とイーストウッドはブリュンヒルを経由して馬車で凡そ35日ほどかかるのだけど、俺には空間転移があるので瞬時に移動できる。

 空間転移は公にすると面倒な魔法なので俺の移動は極秘裏に行われているのが実情だけど、王都の屋敷とイーストウッドで同じ日に俺の目撃情報があるのでそのうちバレるだろうとも思っている。

 まぁ、バレても色々と言い訳を用意しているので良いのだけどね。


 ん? 何でバレたらダメかって?

 それはね、空間転移が戦略的に非常に重要な魔法だからですよ。

 つまり瞬時に軍を敵陣の後方に移動させて奇襲ができたら戦果は計り知れないでしょ?

 若しくは国王なり首相なりの寝所に空間転移で刺客を送りつけたらどうなると思います?

 権力者は枕を高くして寝れたもんじゃないですよね。

 俺ならそれができちゃうけど、そんなことはしたくないから言い訳としては転移できるのは俺と数人に限ると言うつもりですね。

 それでも食い下がってくるなら「私を敵にしますか?」って聞いてやりますよ。

 俺1人でも戦略級の兵器になりますから陛下(タヌキ)だって下手なことはできません。

 あ、俺は敵対する者には容赦するつもりはありませんからね。

 それが誰であってもね。

 勿論、敵を増やさないように最低限の対応はしますが、敵になるかならないかは相手次第ですね。


 さて・・・


「お待たせして、申し訳ありません」


「・・・」


「・・・どうかされましたか?」


 俺は年の頃は30過ぎの女性の顔を見てこの状況の把握に努める。

 しかし彼女は俺の視線に首を横に振り答えるのだ。

 仕方が無い、もっと後に出すつもりだったがあれを出すか。


「・・・これを・・・」


 不機嫌な視線が俺の出した物に惹き付けられ更に和んでいくのが分かる。

 再び30過ぎの女性の顔を見ると頷いてくれた。


「最近は忙しくドロシー様にお目通りを申し入れる時間もありませんでしたので、お詫びの印です」


「これを私に下さるのですか?」


「どんな宝石もドロシー様の美しさには敵いません。ですがこのネックレスがドロシー様の美しさをより引き出すものと思っております」


 ドロシー様の斜め後ろに控えている専属侍女の30過ぎの女性はウンウンと頷いてくれてます。

 それにドロシー様も機嫌をなおしてくださったのでしょう、俺が差し上げたネックレスを繁々と眺めています。

 なので俺はそのネックレスを手に取りドロシー様の後方に回り込み着けてあげました。

 その時にドロシー様が後ろ髪を上げられたのですけど、とても綺麗で色っぽいうなじが見れましたので、このネックレスを作るのに徹夜した苦労が報われた気がしますよ。


「よくお似合いで」


「ありがとうございます。最近は全然会いに来ていただけないので忘れられたかと思いましたわ」


 先ほどまでは目も合わせてもらえなかったけど、今は嬉しそうに俺を見つめてくれる。

 こうしてみるとドロシー様の少女から女性へ変わる直前の少し幼い笑顔がとても愛くるしいですね。


「申し訳ありません・・・」


「構いませんわ。ブリュトイース伯が遊んでいるわけにもいきませんものね」


 ドロシー様は俺が『ドロシー』と呼び捨てにしないものだから俺のことを『ブリュトイース伯』と呼ぶんだよ。

 王女を呼び捨てになんかしたのを聞かれたら面倒臭いことになるから仕方がないのに可愛い意趣返しをするんだよね。

 そんなドロシー様から思いっきり嫌味を言われ侍女さんも首を横に振り目頭を指で押さえています。

 まったく、拗ねたドロシー様も可愛いね。


 ドロシー様は白魚のような細く白い指でティーカップを持ち上げ口にお茶を含みます。

 その仕草がとても可愛いですね。

 あ、今回プレゼントしたネックレスは強化した障壁と毒耐性と回復力向上を付与してあるので侍女さんにこっそり説明書を渡しておきました。


 ドロシー様と会うと直ぐに時間が経ってしまいますね。

 そろそろ帰らなければなりません。


「今度は城を出てデートでもしましょう」


「本当ですかっ?!」


「姫様、はしたないですよ」


 椅子を倒さんばかりに勢い良く立ち上がったドロシー様は侍女さんに窘められています。

 侍女さんに見えないように舌をペロっと出した仕草も可愛いですね。


「学園を卒業し城からなかなか出ることができないドロシー様には良い気分転換になると思いますよ」


「はい、私も楽しみにしています」





 ドロシー様に会った後は気が向かないのだが、陛下(タヌキ)にイーストウッドの開発状況の報告だ。

 都市の建設も順調だし、予定通り進んでいるので終始和やかな雰囲気でしたよ。

 それから俺はあることについて切り出す。


「陛下にお願いの儀がございます」


「願いとは?」


「先日、私の枕元に魔技神様が立たれまして、魔技神様の仰るとおりの場所に向いましたらある物を発見したのです」


 自作自演ですけど、良いでしょう。

 陛下(タヌキ)は一瞬目を開いたが、直ぐに体裁を整え俺に訝しげな視線を送ってきた。


「魔技神のことはドロシーより聞き及んでおるが、ブリュトイース伯の枕元に・・・その魔技神が立たれたのだな?」


「はい」


 陛下(タヌキ)は少し考える素振りをして俺を再び見る。


「魔技神様はそれをイーストウッドの神殿に安置し活用するようにと私にお命じになりました」


「前置きは良い。何を見つけたのだ?」


「はい、石板でございます」


「石板とな?・・・まさかっ!」


 うほ、陛下(タヌキ)の焦った顔が見られるとは、来た甲斐があったぞ。


「はい、大神殿の中にある物とほぼ同じ物です」


「何とっ!」


 大神殿にある石板とは俺のステータスプレートを作ったあの石板ですね。

 俺も魔技神なんて神様になったので作れないかと思い試してみたらできました。

 よく考えたらマジックアイテム全般に俺の力は及ぶので作れるのは当然ですね。

 ただ、石板の材料は用意する必要があったけど、ランクA以上の魔物の魔結晶にミスリルと神銀まで必要でした。

 他にもいろいろな材料を用意したけど、それは良いだろう。


 陛下(タヌキ)はしばらく黙考したが、意外とあっさりOKを出してくれた。


「伯の言は重要ではない。伯が石板を所持しているのが全てだ。それは伯の物であることを余が認める」


 陛下(タヌキ)は意外と良い奴なのかも知れない。

 石板の所持を認めると一筆書いてくれて玉璽で押印した書面をくれましたよ。

 神殿にあるような貴重な石板を一貴族である俺の所有として認めるなど普通はあり得ないことだと思うが、陛下(タヌキ)にも考えがあるのだろう。


「で、伯はそれをイーストウッドの神殿に安置するだけなのかね?」


「はい、例の機能もありますので活用したいと思います」


「その神殿の神官は決まっているのか?」


「魔技神様の声を聞ける者が今は私だけですので、当面は私が神殿長を掛け持ちする予定です。近い内に魔技神様もご自身の声を聞くことができる者を私のもとにお遣わしになるでしょうから、その時にはその者に神殿を任せるつもりです」


「ふむ、あれは重要な物である故に管理は厳重にな」


 そして報告も終わり退室前にドロシー様とのデートの許可も得ておきました。

 陛下(タヌキ)も父親としてドロシー様の身の安全を、と念を押してきたけどそんなことは言われなくても最高の警備をしますよ。







 王立騎士学校を訪問した。

 来年卒業予定の3回生をスカウトに来たのです。

 イーストウッドの建設が順調で、人口も順調に増えているので人員不足が深刻だとペロン、フェデラー、ウードたちから毎日のように言われていますよ。

 新興の貴族なんで人員不足は仕方がないではすまないのよね。

 本当は即戦力が欲しいのだけど、良い人材が簡単に見つかり中途入社してもらえるのだったら苦労はしないのですよね、だから優秀な新卒者のスカウトは最優先事項だとフェデラーやウードたちに言われているのです。


 職員について応接室へ向かっている時に面白い生徒を見つけた。

 訓練場で3人の生徒を相手に剣を交えていた彼はそれほど体格が良いわけではないが3人を相手にして圧倒できるほどの剣の腕前だ。

 それもそのはずで彼は無属性の素質が英雄級なのだ。

 無属性は純粋な身体強化ができる属性だが、素質があるからと言ってその素質を十全に引き出す者は少ない。

 無属性で身体強化ができるとは一般的に知られているのだが、たいていの者はちゃんとした身体強化の訓練をせずに身体強化を施している状態なのだ。

 それを彼は学生なのに特級に近い状態で身体強化を実行しているので3人がかりとは言え、一生徒が敵うわけもない。

 それに彼からはステータスには現れない匂いがする・・・面白い人材だと俺の勘が訴えているのだ。


「彼は?」


「ああ、彼はガジェス男爵のご子息でドラガン・フォン・ガジェスですね。3回生でとても優秀な子ですよ」


「彼とも面接できますか?」


「彼は王国騎士団入りを希望しておりますが・・・分かりました、面接には顔を出すようにさせましょう」


「ご配慮に感謝します」


 職員の案内で応接室に通されるとゲールが俺に話しかけてきた。


「先ほどの学生は私も目をつけておりましたが、王国騎士団への入団を強く望んでいるそうで今回の面接からは外しました。彼は簡単には動きませんよ?」


「彼は面白いね。できれば当家に来てほしいよ」


「確かに剣の腕は相当なものですが、お館様が面白いと言うことは・・・それだけではないのでしょ?」


 よく分かってらっしゃるね。

 俺はゲールの問いに笑顔で答える。


 暫くすると予定されていた生徒が職員に連れてこられ面接を開始する。

 所謂、集団面接ってやつだ。

 この中には先ほどのドラガンは居ないが、面接を進める。

 考えてみたら全員俺と同じ年なんだね。

 子爵家に男爵家、それに伯爵家の子弟まで居る。

 騎士のことはよく分からないので基本的にゲールに丸投げしているが、能力や賞罰はしっかりとチェックする。


 集団面接は順調に終了したので例のドラガンと面接する。

 彼はヒューマンとしても小柄で、剣についても力より技や速度を優先するタイプだ。


「クリストフ・フォン・ブリュトイースです。こちらはゲール・クド・フビス、我が家で軍の副司令をしています。先ずは急な話にもかかわらず応えていただき感謝します」


「ドラガン・フォン・ガジェスと申します。ブリュトイース伯爵様にお会いできて光栄でございます」


 ふむ、受け答えは当たり障りないか。

 しかし俺の勘が言っているのだ!

 こいつは面白い奴だと!

 だからその面白いものが何かを突き止める!


「ガジェス殿は大変優秀でエグナシオ殿と首席を争っておいでとか、先ほども3人相手の訓練を拝見いたしましたが噂に違わぬ腕のようですね」


 エグナシオとはエグナシオ・フォン・デシリジェムのことである。

 エグナシオは俺の誕生日に出席してくれた俺と同じ歳の王立騎士学校生だ。

 そしてエグナシオは既に俺の家臣団に加わることが確定しており、そこにドラガンも加われば今年の王立騎士学校のツートップを家臣に迎えることができるのだ。

 ちなみにエグナシオについては今日の面接は行っていない。

 何故ならエグナシオは国王派の貴族であり南部貴族のデシリジェム男爵の子息であることから別のと言うか父上の伝で触手を伸ばしていたのだ。

 貴族であればそういう繋がりは武器になりますからね。


「お恥ずかしい限りです。自分などまだまだの若輩者です」


 日本的な謙虚さだな。

 この世界で日本的な謙虚さを持っている人ってあまり居ないのよね、だから尚よし。

 その後も世間話をしたりして場を和ませてましたよ。

 えぇ、頑張って彼の好みとか聞き出しましたよ!


「率直に言うとガジェス殿に我が家に来ていただきたいと思っているのですよ」


「・・・勿体無いお言葉ではございますが、自分は王国騎士団に入団するつもりでして」


「そうですか、残念ですね。ガジェス殿であればブリュト商会の試作品のテスターとして良い人材だと思ったのですがね」


「っ!? 試作・・・の・・・テスター・・・」



 

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