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セバン将軍の憂鬱1

 


 ベルデザス砦は小高い丘の上に二重の堀と高い塀に守られた砦である。

 ベルデザス砦の中心部へ続く道は狭く曲がり角が多く作られており、門や櫓がそこかしこに配置されていることから攻めるに難く、守るに易い構造となっている。


 ボッサム帝国軍を迎え撃つにはこのベルデザス砦に立て篭もり、ボッサム帝国軍が疲弊するのを待つのが良策であるのはこれまでの戦が証明している。

 しかしながら、あの西部総督はベルデザス砦を出てボッサム帝国軍と野戦をすると言い出した。

 軍事を知る者であれば愚かな考えであると直ぐに思い至るのだが、戦を知らぬ西部総督を初めとした西部の貴族達は西部総督に呼応しベルデザス砦を出ての野戦を主張した。


 いつもであれば代理人を立て、最前線に出てくることなどない西部総督や貴族達が出陣してきたことで神聖バンダム王国のベルデザス砦守備軍は昏迷を極めていた。

 西部総督のブレナン侯爵は自らの失態による汚名を返上するためにもボッサム帝国軍を早期に退け、更にボッサム帝国の領地を占領しなければならない。

 そして汚名を返上するために、代理人を立てることもできず、指揮官としての経験が少ないブレナン侯爵が西部総督として西部連合軍の指揮をとっている。

 西部総督であるブレナン侯爵が自ら出陣していることで、他の貴族も代理人を立てることを控え、本人が出陣してきていることで混乱に拍車がかかっているのだ。


 ボッサム帝国軍は7万、神聖バンダム王国側は西部貴族連合軍が6万に王家直属の黒色軍が1万5千の合わせて7万5千という兵力である。

 戦力的には神聖バンダム王国が勝っているのだが、西部貴族連合軍の6万の兵は統率がとれておらず士気も低いために数の差が戦力差にならないと黒色軍を率いているセバン将軍は危惧していたところに貴族たちの無謀な野戦論であった。


「セバン将軍! 何故打って出ないのか!」


「そうですぞ、兵数で勝る我らが何故砦に立て篭もる必要があるのだ?」


 黒色軍の副将であるビターズ将軍は戦の怖さを知らない貴族たちを侮蔑の眼差しで見つめていた。

 上司であるセバン将軍が何も言わない以上、ビターズ将軍が何かを発言することはないからである。


「話にならぬな。ボッサムの者共は長距離の行軍で疲れておる。黒色軍が動かないのであれば我らだけで打って出るがよいな」


 セバン将軍には西部貴族連合軍を止めることはできない。

 それはブレナン侯爵が軍を率いてきたことで確定していたことだった。

 西部貴族連合軍は西部総督であるブレナン侯爵が指揮権を持ち王家直属の黒色軍とは指揮系統が違うのである。

 幸いにも西部総督には国軍である黒色軍の指揮権はなく、セバン将軍は西部貴族連合軍の野戦論を跳ね除けていたのであった。


 いつまで経ってもセバン将軍が首を縦に振らないことで、西部貴族連合軍を指揮するブレナン侯爵は黒色軍とは別行動で野戦を行う決断をした。

 西部貴族連合軍だけではボッサム帝国軍の7万に対し6万であり兵力的にはやや不利であるのだが、ボッサム帝国軍は長距離を行軍してきたことで疲れているであろうという打算が西部貴族連合軍の諸侯を動かしてしまったのである。


 結果としては2万2千以上の兵を失う大敗であった。

 1/3もの兵を失った西部貴族連合軍は事実上は瓦解したと言ってよい。

 しかも生き残った兵には怪我人が多く、初戦の敗退でただでさえ低かった士気も更に下がっている。

 初戦での大敗が士気を著しく低下させており、それは西部貴族連合軍に重くのしかかる。

 こういった戦は勇敢な兵ほど早死にするので兵力としては既に論外だとセバン将軍は考えている。


「食料は支給を減らしてもあと20日程度しかもたないでしょう。周囲の村や街から徴収しようにも砦の周りをボッサム軍に包囲されており補給は簡単には・・・」


 ビターズ将軍は西部貴族連合軍の諸侯、とりわけブレナン侯爵の無能ぶりに嫌気がさしていた。

 ビターズ将軍にしてみれば西部貴族連合軍が自滅するのは構わないのである。

 黒色軍だけでも援軍が到着するまで砦を支えることはできると考えていたので、西部貴族連合軍が負けるのであれば、せめて足手まといにならない負け方をしてもらいたかったのである。

 しかし今回の負けは最悪の負けである。

 西部貴族連合軍が持ち込んだ兵糧はほぼ全て奪われた挙句、役にも立たない4万近い兵を養わなければならなくなったのだから、ビターズ将軍でなくても泣き言の一言二言は言いたくなるだろう。


「囲みを突破し本国に支援の要請をする必要がある」


 セバン将軍とビターズ将軍が頭を悩ませていた執務室に、ことの元凶であるブレナン侯爵とその取り巻きの貴族が乱暴に扉を開け放ち入室してきた。

 さすがのセバン将軍もノックもなしで乱暴に扉を開け放ったブレナン侯爵に殺意を覚えるのだったが、自分より先にビターズ将軍が爆発しそうであったので、ビターズ将軍を抑える側にまわる。


「セバン将軍、何故手をこまねいておる。早々にボッサムの蛮兵を追い払うために出陣を!」


 この上、まだ野戦をしかけると言うのかとセバン将軍とビターズ将軍は怒りを通り越して呆れるしかなかった。

 しかし、このままでも20日後には兵糧も尽きるため、何かしらの動きは必要であった。


「ブレナン西部総督、アナタに兵糧の手配をしていただきたい。先の戦いで兵糧を奪われてしまったのでね」


 ブレナン侯爵やその取り巻きはセバン将軍の発言に不満をもった。

 先の戦いで負けたのは黒色軍が兵を出さなかった故であるというのが彼らの言い分である。

 さすがのセバン将軍とビターズ将軍もこの言い訳を聞いた時には激昂して斬りかかりそうになったほどである。


「兵糧を集めるより蛮兵を討ち滅ぼした方が早いではないか!」


 セバン将軍とビターズ将軍を相手にした貴族たちの話し合いは平行線をたどっていたのである。



 

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