政争 side1
15年6月20日
少し加筆しました。
15年6月27日
誤記修正多数。
神聖バンダム王国の最高権力者は国王である。
しかし、貴族に高度な自治権を与え土地を治めさせていることで貴族の力も無視できないのが現状である。
そして土地を与えられていない貴族、所謂法衣貴族という者たちは土地持ちの貴族とは違い国の役職に就くことで収入を得ており、そういった特権を持った者と利益を得ようとする者に癒着が生じるのはいつの世にも多かれ少なかれあることなのだ。
そうした癒着を嫌う国王派と、特権を活かし私腹を肥やす貴族派、そのどちらにも付かない中立派などによって神聖バンダム王国の政治はバランスを保っている。
「これはフリッガー殿、ご無沙汰ですな」
「これはこれはブリュトゼルス殿、前回お会いしたのは2ヶ月ほど前ですかな?」
このフリッガーという男は財務局の重鎮で財務副大臣を務めている。
今回、アーネストは態々このフリッガーに会いに来ているのだ。
勿論、会いに来ただけなどということは無い。
「フリッガー殿、最近は東の海岸部で塩田作りが盛んで王家も多くの予算を投入しているとか?」
「ははは、さすがはブリュトゼルス殿ですな。情報が早い」
開発できる沿岸部が少ない神聖バンダム王国では塩の確保は国策となっている。
塩田開発には多くの利権が絡み、塩の販売は国と極僅かな貴族にしか認められていないのだ。
「たまたま聞き及んだだけです。しかし塩は国にとっても重要物資ですから私もその事業を手助けするために投資をしたいと思っておるところです」
「申し訳「そういえば!」・・?」
「先日、王立魔法学校の入学試験があり、私の次男も受験をして見事合格をしたのですが、確かフリッガー殿にも年頃の男の子が居たのではないですかな?」
「え、ああ、そうです・・・」
「しかし最近の受験生は程度が落ちましたな。王立魔法学校の入学試験を受けた貴族の子弟の中に平民階級を蔑むような言動をする者が居たそうですよ。『学び舎では身分の差別をすることなかれ』と言われた開祖アキラ様のご遺言を蔑ろにし、それを注意した我が息子に暴力を振るった者が居るそうですぞ」
開祖アキラは貴族制による身分差別の撤廃をしたかったが、それでは命懸けで開国に協力してくれた者たちを裏切ることになるので、その夢は果たされることなく亡くなっている。
そんなアキラがせめてと思い、王立魔法学校の前身となる学舎を作り、『学び舎では身分の差別をすることなかれ』と遺言に書き残したのである。
以来、アキラの遺言は連綿と受け継がれ今に至っているのだ。
「何と!・・・ブリュトゼルス辺境伯の御次男に暴力ですと・・・」
「陛下に申し上げ貴族の風紀を正すことも考えておりますが、しかし子供のことですのでできるだけ穏便に処理をしてやりたいとも思っております・・・どうしたものですかね?・・・ただ、どうも我が息子に暴力を振るったのがブレナン侯爵家のワーナー殿に近い者らしいのです・・・大騒動にしたくはないが、難しいのかも知れませんな・・・」
この話にフリッガーは冷や汗ダラダラである。
フリッガー家は財務族の重鎮であり、貴族派、そしてブレナン侯爵派である。
しかもワーナーに近い者と言えば自分の息子であるザジムも容疑者の中に入るのだ。
「まぁ、我が息子に暴力を振るった者の顔はしっかりと覚えていると息子も言っておりますし、多くの目撃者も存在します」
「・・・ブリュトゼルス殿、その者の容姿は・・・」
「おぉぉ、そうですな。息子によれば同年代にしては背は高くガッチリした体型でソバカスが特徴だと言っておりましたな」
フリッガーは悶絶しそうになる。
アーネストの話はフリッガーの息子であるザジムの特徴にピッタリ当てはまるのである。
勿論、ワーナーの周囲には多くの貴族の子弟が存在するのでザジム以外の者という可能性はある。
有るのだが・・・
わざわざアーネストが自分にその話をすることが引っ掛かるのだった。
・・・結論としては恐らくザジムのことであると思われるし、でなければアーネストがこの話をする訳が無い・・・
では、何故自分にこの話をしたか?
大げさにしたくはないなどという甘い話ではない。
ブリュトゼルス辺境伯と言えば神聖バンダム王国内でも1・2を争う大貴族であり、国王派の重鎮である。
当然のことながら裏があるというのはフリッガーにも解ることだ。
「そういえばフリッガー殿、塩の投資の話をしていたのでしたな。当家にも出資させてもらえますかな?」
フリッガーはやはりと思い、俯きながら苦虫を潰したような顔をする。
「・・・当然です、ブリュトゼルス殿に出資を持ちかけようとしていたところですよ」
笑顔で答えるフリッガー、さすがは貴族である。
腹の中で思っていることとは違うことをサラッと言えるのだ。
そしてブリュトゼルス辺境伯家は王家以外では貴族派が独占していた塩の販売権を得ることになったのである。
「おお、そうでしたか、では細かい話は後ほど・・・そういえば出資以外の話は何かしておりましたかな?」
「い、いいえ、何も・・・」
アーネストは笑いながらその場を離れ、フリッガーはコメカミに青筋を立てこみ上げてくる怒りを抑えるのに必死であった。
その日の夜はフリッガー家の屋敷で何時間も怒号が響いていた・・・らしい。
神聖バンダム王国の開祖アキラは勇者であり初代国王である。
そのアキラの遺言は絶対であり、これに反する言動は反逆罪に問われても文句は言えないし、子供だからといって許されるものではない。
つまり、ワーナーの父親であるブレナン侯爵もこの話を拒否することはできないのである。
もし、拒否してワーナーの言動が反逆罪に問われれば如何に大貴族であろうと庇いたてはできず、更にブレナン侯爵家もただでは済まない重要なことであるのだ。
ただ、開国して500年を超え、長き時の中で増長する貴族も多くアキラの遺言を軽視する者も存在するが公言するような者は殆ど居ない。
・・・居ないが、今回は注意をしたクリストフに暴力を振るっており、それをもみ消すにはそれなりの代償が必要なのだ。




