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135 命名

 


 父上とお爺様との会食を終えて俺はオリオン北部方面軍の司令部に戻ってきた。

 そこで待っていたのは捕縛した勇者のビザズドルとその母ミバネだ。


「私を家臣にしてください!」

「……復讐はどうするのですか?」

「……正直申しますと聖オリオン教国を憎む気持ちは今でも変わりません。しかしエルフの仲間たちを1人でも多く助け保護したいと思います。目的は違いますが、そこに至る過程の中で教国を滅ぼすことになるでしょう」

「なるほど、目的を果たすその過程で教国を潰すのは同じか……良いでしょう……エグナシオ、彼の面倒を見てやってください」

「了解しました」


 これで勇者、賢者、剣聖の3人が俺の下に(つど)ったことになる。勇者関連の称号を持っているのが3人だけなのか、それとも他に居るのか、取り敢えず他に居ると思っておいた方が無難だな。


 そんな時、まもなく戦場となるであろうこの地に向かってくる大きな魔力を感じた。

 魔力は1つではなく複数感じたが、その中でも一際大きな魔力が今まで俺が感じたこともないものだった。


 外に出てその魔力が近付いてくる方向を見る。


「いかがなされましたか?」


 俺の後に続く皆も俺の視線の先に目を向けると、最初は小さな小さな米粒のように見えていたものが次第に大きくなってくる。


「む、敵襲か!?」


 フェデラーが敵襲の可能性を感じ部下に指示を出そうとするのを俺は止める。


「大丈夫ですよ。寧ろ、皆に騒ぐなと伝令してください」

「し、しかし……」

「あれはアルーですね」


 大きくなってくるシルエットがドラゴンだと分かるとブリュトイース公爵家以外のアルーの存在を知らない者たちが騒ぎ出す。


「フェデラー、ゲールは騒ぎを収めてきてほしい」

「「は、直ちに」」


 しばらくするとエメラルドドラゴンであるアルーは風も音もなく俺の前に降り立つ。

 そしてゆっくり体を地に伏せ頭を垂れると、その背中から数人が地面に降り立つ。


「クリストフ!」

「ドロシー、どうしてここに?」


 フェデラーとゲールによって沈静化しているので周囲は静かだ。そしてアルーがドロシーの騎竜だと知っているペロンたちだけが俺の傍にいる。


「嫌な夢を見ました。ですから居ても立ってもいられず来てしまいました……」

「そんなことでこんな危険な場所に来たのかい? ドロシー、軽率だよ」

「ご、ごめんなさい……」


 俺はドロシーと共にアルーから下りてきた者に視線を投げると、ドロシーの後ろで申し訳なさそうな顔をしているリリイアと……乳母殿?が目に入った。

 そして……………………乳母殿が何かを抱えている。

 膨大な魔力の結晶……ではない、僅かだが魔力が動いているのが分かる。


「ドロシー、乳母殿が抱えているのは……」


 視線を乳母のケスラー子爵夫人が抱えている()に固定しドロシーに問う。


「ケスラー子爵夫人こちらに」

「はい」


 ゆっくりケスラー子爵夫人が近付いてくる。その抱えている()が何かも分かっているけど……あれは……


「あなたの子よ」

「私の……子……」

「ええ、クリストフの子です」

「そしてご嫡男にございます」


 ケスラー子爵夫人が俺の前にやってきて抱えている小さな、小さな……赤子を見せてくれた。

 嫡男か、男の子なんだ……なんだろう……この感覚は、感無量と言うのか、何と言って良いのか分からない感情が胸の奥からこみ上げてくるようだ。


 しかしそれよりもこの赤子の異様さが俺の今の感動を違う方向に持っていく。

 この赤子は俺のことを真っすぐ見つめてくる。まるで俺を品定めしているようだが、なんだろう、不安……なのか?


 ……そうか、この赤子は俺と一緒なんだ。いや、俺はまだましな方だな。


『聞こえるかい?』

「ほぎゃ?」

『直接頭の中に語り掛けている。このことは分かるね?』

『……はい』

『さて、先ずは自己紹介だ、私はクリストフ・フォン・ブリュトイース。君の名前は?』

『……ま、まだありません』

『ああ、今の名ではないよ、以前の名だよ』

『……琉斗、王琉斗(おうりゅうと)です』

『王……君は中国か韓国の出かい?』

『何故中国を!』

『この世界には地球人が多く召喚されているのでね、君の世界の国のこともそれなりに知っているよ』


 嘘だけどね。


『そうなのですか……僕は日本人です。でもお爺ちゃんが中国人でしたのでクォーターなんです』

『そうか、変なことを聞いてすまなかった』

『いえ、しかしこの世界ではテレパシーが普通に使える世界なのですか?』

『テレパシー……』

『あ、こうして頭の中で会話ができることを僕の世界ではテレパシーと言うのです』


 それは知ってるけど、テレパシーのことをどう説明したものかと考えていたんだけど。そうだ、こういう時はとぼけるのが一番! 有耶無耶にして話を変えよう。


『それはそうと琉斗君、君はこの世界で何かをするために来たのかい?』

『……分かりません。前の世界で死んだと思ったらこの世界で赤ちゃんになっていたので……』

『そうか、では、君はこの世界で何がしたいのだい?』

『………………か、家族と、家族と楽しく暮らしたいです!』

『……そうか……家族と……』


 まさか家族と楽しく暮らしたい、とはね。

 前世で家族に恵まれなかった俺がこの世界では前世の記憶持ちの子の親となるのか。

 何だか誰かの意図を感じるな。こんなことをするのはあの創造神(幼女)しかいないと思うけど、あの創造神(幼女)がそんな面倒なことをするのか、とも考えてしまう。


「く、クリストフ……どうかしましたか?」

「……いや、なんでもないよ。この子が私の子だと思うと感慨深くてね」


 俺はケスラー子爵夫人から赤子を受けとる。


『ようこそ、我が子よ。君を歓迎しよう!』

『っ!……あ、ありがとうございます!』

「ドロシー、この子の名を決めたよ、この子はリュートレクスだ」

「リュートレクス! 良い名です!」

「ばぶー!」


 リュートレクスも喜んでいるようだ。しかし我ながらセンスがないと思ってしまう。王をラテン語に変換したレクスを琉斗に付けてリュートレクスとしただけの名前なのだ。


「我が子、リュートレクスに幸あれ」


 抱き抱えるリュートレクスの額に祝福の口付けをすると、彼がほんのり輝く。


「クリストフ様、ドロシー様、ご嫡男のご誕生、おめでとうございます!」

『おめでとうございます!』


 後ろで俺たちの動向を見守っていたペロンたちがリュートレクスの誕生を祝ってくれた。


「ペロン、この子はリュートレクス・フォン・ブリュトイースだ。リュートレクス、ペロンは私の親友だ」

「ばぶー!」

「ペロン・フォン・クック男爵でございます。ブリュトイース公爵家の家宰を拝命しております、リュートレクス様」


 ペロンは片膝を地面に突けリュートレクスに頭を下げた。

 ペロンの後ろで控えていたカルラやクララ、プリッツ、エグナシオたちが順にリュートレクスに挨拶をしていく。

 そして最後に俺の護衛であり最大の理解者であるフィーリアだ。


「彼女はフィーリアだ。私の護衛隊長でフィーリアは私の片腕とも言うべき存在だ」

「ばぶ~」

「リュートレクス様にご挨拶を、私はフィーリアにございます」


 緊張しているのかフィーリアの尻尾はピンと真っすぐに伸びている。


「ばぶばぶ~」


 どうやらリュートレクスはフィーリアの耳がきになっているようで、しきりに手を伸ばす。だから俺が手の届く位置まで移動するとフィーリアの耳をモフモフし出した。


「ひゃえっ」


 耳を触られたフィーリアはちょっと驚いたようだが、リュートレクスのモフモフを受け入れてくれた……いつの間にか尻尾もゆっくりと左右に揺れている。


「あわわわ~」

『おい、いい加減にフィーリアをもふるのは止めなさい!』

「ばぶ~(でももふもふ気持ち良いのです~)」


 仕方がないので無理やりリュートレクスをフィーリアから遠ざける。

 こいつ、まさかのもふり野郎だったか!


 

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