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127 魂を弄ぶ復讐者1

 


 大理石の床をコン、カチン、コン、カチンと足音を立てて歩く者。特徴のある足音だ。片足は靴の踵の音、片足は何か金属のような音で少し歩きづらいようにも見えるその歩き方が特徴的な者だ。

 そんな異質な足音の主は恐らく成人したて程度の年齢と思われるが、目と鼻を隠すような仮面を着けているので年齢どころか表情も口元から読み取るしかない。


「教皇猊下、お呼びと伺い参上致しました」

「よくぞ参った。ソナタに使命を与える故、心して聞くように」

「はっ」


 豪華な椅子に腰かけた教皇と呼ばれた老人は仮面の若者に使命を与えるために呼び出したのだが、決して仮面の若者を心から信じてのことではない。


「ソナタに与える使命は神の国である我が聖オリオン教国の地に攻め込んできた蛮族どもを迎え撃ってほしくてな。蛮族どもは神をも恐れず信徒を虐殺しておる。ソナタに5万の精鋭と地方都市の防衛部隊の指揮権を与える故、蛮族どもを殲滅せしめよ」

「な、教皇猊下! このような者に大軍の指揮権をお与えになるのですか!?」


 声を荒らげたのは聖クロス騎士団の団長であり、聖オリオン教国でも三指に入る権力を持っている現教皇であるアブソーネ7世の子のエルラン・クベである。

 彼は次期教皇として育てられ聖クロス騎士団との強いパイプを作るために団長をしているが、れっきとした中枢卿である。

 彼は得体の知れない仮面の男を信用する父であり教皇であるアブソーネ7世の判断に疑問を持っている者の1人でもある。


「控えよ、エルラン」

「しかし!」

「控えよと言っておるのだ!」


 ここに来て聖オリオン教国の中枢の意見の相違が顕著となったことを表している親子の確執である。


「くっ、し、失礼しました」


 引き下がったエルランを他所に指名された仮面の男に動揺はない。


「ソナタに蛮族討伐の任を与える。皆も良いな」


 教皇のこの言葉に否と言うものは居らず、話は纏まるのであった。


「このブレナン、教皇猊下の御為、オリオン教を世に知らしめるため、身命を賭してご期待に応えてみせましょう」

「ワーナー・ブレナンよ、任せたぞ」


 こうしてワーナー・ブレナンと呼ばれる仮面の若者は兵を率いて蛮族を迎え撃つことになった。

 しかしこの人事に不満を持つ者は当然多い。実質ナンバー3であり自分の息子であるエルランでさえ説き伏せることができない教皇の求心力は間違いなく低下していると誰の目にも見て取れたのだ。


 数日後、ブレナン将軍は各地の戦力を併合し蛮族を迎え撃つために進軍していた。指揮下にある兵数は凡そ25万人、その多くは命を顧みることもなく倒されても命がある限り敵に向かっていき、敵を城壁の中に押し込むほどの敬虔な信者たちでその信者たちを臨時徴兵したのだ。

 ただ、精鋭と言われた兵は僅か5万しかいないので敬虔な信者の方が戦力になるのではないかと思われるほどである。

 そして更に獣人やエルフなどの奴隷たちも動員されたのであった。


「ふ、どの道皆死ぬのだ。遅いか早いかの違いだけだ、精々足掻くと良いわ」


 馬上でそう呟くブレナン将軍の声は誰の耳にも届くことはない。


 数日後、ブレナン将軍は侵攻してきた神聖バンダム王国軍が立て篭もる都市を半包囲していた。

 神聖バンダム王国軍はゲンバルス半島の諸勢力を統合し、更にヒの国とも合流しているために味方を上回る30万人にも及ぶ戦力に膨れ上がっていた。しかし命を投げうって攻め寄せる狂信者に恐怖さえ覚えているのだ。


「あれは問題ないな?」

「は、ご命令通りに奴隷どもの食事に混ぜておきました」

「うむ、ならば始めるぞ。陣太鼓を打ち鳴らせ!」


 高らかに陣太鼓が打ち鳴らされる。それと同時に奴隷兵が前進する。

 奴隷の士気は極めて低かった。彼らは自分の意志でこの戦場に立っているわけではなく無理やり連れてこられ、そして奴隷故に命令には逆らうことができないのだ。

 噂では自分たちを解放してくれる救世主の軍だと聞いていたが戦場に立った以上は命令に従って救世主の軍を攻撃することになる。やりきれない気持ちが奴隷たちを支配する。


「うおおおぉぉぉ!」


 奴隷たちには武器らしい武器は与えられていないし、防具どころかボロボロの麻布一枚を身に纏っている程度だ。矢が飛んできただけで致命傷になりかねない姿であった。


 奴隷たちは必死に走りそして目の前にそびえ立つ防壁にとりつこうとする。

 神聖バンダム王国もそれを黙って見過ごすわけもなく、矢が雨あられのように奴隷たちに降り注ぐ。そして魔術による攻撃にも曝され奴隷たちは徐々に数を減らしていく。


 このまま押し寄せても固く閉ざされている門が開くことはないと奴隷たちは分かっているが、命令である以上は従わなければならない。従わなければ死ぬほどの痛みを味わい抵抗し続ければ死に至るのだ。

 どうせ死ぬのであれば痛みを味わう時間が短いであろう突撃を選択するのだった。


 陽が沈む前には大量の屍が防壁の外に大量に残されていた。

 奴隷たちは撤退も許されず皆死ぬか大怪我を負って動けない状態だ。


「まともな武器も持たせず奴隷をすり潰すような使い方をして、彼らはこの戦に勝てると思っているのだろうか?」

「何か策があると考えるべきでしょうが……」


 夕日も沈み周囲が暗闇に支配されていった。

 そんな時だった。

 暗闇の中で何かが動いたように見えた。多くの神聖バンダム王国兵は重傷を負っていた者がもがいているのだと考えたが、その考えは直ぐに改めることになり、そして恐怖することになった。

 攻め寄せ矢や魔術に曝され死んだ奴隷たちがムクリと起き出したのだ。


 神聖バンダム王国の兵はその光景を最初は死ぬ前の悪あがきだと思っていたが、それらの奴隷たちがユラユラと前進を始め再び矢や魔術に曝される。しかし奴隷たちの数は攻撃を開始した頃と比べて少なくなっていない。そして体中に矢が刺さった奴隷が前進を止めることがない姿をみた神聖バンダム王国兵たちが浮足立つのだった。


「あれは……ゾンビかっ!?」

「そのようです。狂信者共はとうとう本性を現してきましたな」

「そのように悠長なことを言っている場合かっ!」


 この世界で魔物が死に死体を放置すると死んでいる状態でも動き出すのだ、それを死霊化と言い動き出した魔物はゾンビとなる。

 ゾンビは動き自体は生きていた頃より遅くなるが、腕力と耐久力が生きていた頃の数倍から十倍程度にまで強化され、更にゾンビに噛まれると噛まれた者もゾンビとなってしまうので極めて厄介な存在なのだ。

 この死霊化を防ぐために討伐した魔物は必ず魔結晶を抜き取ることになっている。魔物が魔物たるゆえんである魔結晶を死体から抜き取れば死霊化は防げるのだ。

 そして魔物と人間の違いは魔結晶があるかないかなので、魔結晶がない人間は死んでもゾンビにはならない。人間がゾンビとなるのは死霊化した魔物に噛まれた時だけであるが、目の前には昼間まで生きていた奴隷(人間)が死霊化して動き出した光景が広がっていた。


 クジョウ侯爵が浮足立つ味方兵を何とか落ち着かせようとする。冷静に状況判断をしていたアカツキ子爵も味方兵を落ち着かせるために動く。


「死霊化する人間ですか、まさに邪教ですな」


 

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