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114 オリオン包囲戦<オリオン北部方面軍2>

 


 夜明け頃になると轟轟と吹く風が地面の草花を激しく揺らすし、枯草などは地面を転がるどころかホバリングしているかのように空中を駆ける。

 その強風の音に紛れて蠢動する部隊が存在した。

 部隊を統率するのは神聖バンダム王国白色軍司令官たるコータロウ・フォン・キクカワ中将で今はブリュトイース軍に所属している。

 キクカワ中将は奇襲作戦を得意としておりこういった暗闇の中の行軍も手慣れている。

 視界の悪い中で先行している斥候職から報告を受け進軍を行っていることからも配下の白色軍もよく訓練されており実戦慣れしているのが分かる。

 キクカワ中将率いる白色軍は第一目標である森に到着した。

 この森は敵であるカズン将軍率いる聖オリオン教国軍が布陣している丘の南東側の麓に広がっている森で夜が明けても姿を隠すにもってこいの場所である。

 当然、この森については聖オリオン教国軍もこまめに斥候を放ち警戒をしているが、さすがに周囲が暗闇で強風の中では斥候も役には立たないし、こんな状況の中でブリュトイース軍が森まで進軍できるとは思っていなかった。


 そして空が白くなり風も少しずつ弱くなっていく中、自軍本隊が後退を開始したようで敵陣に動きが見られた。

 敵を引き付けるのがブリュトイース軍本隊の役割であり、そのためには敵に自分たちが動いたと知らしめる必要があるので夜が明ける時間帯での後退となったのだ。

 これに対し聖オリオン教国軍はキクカワ中将たちの想定通りの動きを見せた。








「伝令! 敵はフルムス平原を逆進しております!」


「うむ、敵は撤退すると見るべきか?」


 伝令を下がらせポツリと呟いたヘルドー・カズン。

 言わずと知れた聖オリオン教国軍14万将兵の命を預かるカズン将軍だ。

 髭を蓄えたその顔からは大きな皺が幾つも見て取れ60歳にも見えるが実は46歳と見た目ほど歳は取っていない。

 しかしその考えは参謀であるレンドル将軍によって訂正される。


「地の利は我が軍にあり無理に攻めるより撤退と見せて我らを誘き寄せる作戦ではないかと」


「うむ、それが妥当か」


 そこに再度伝令が飛び込んでくる。


「敵は軍を二手に分け、一隊は北へ、一隊は西へ向かっております!」


「北へ向かった部隊の規模は?」


「凡そ3万です」


 カズン将軍は数を確認するとレンドル将軍を見る。

 この天幕の中には早々に集まった将軍たちが10人近くいたが、カズン将軍はレンドル将軍のみを見る。

 レンドル将軍は長年カズン将軍を補佐してきたことでここに集まった将軍たちの中では最もカズン将軍の信頼が高いのだ。


「恐らくはプラムを押さえるために部隊を分けたかと。プラムには1万の兵が詰めておりますが、精鋭には程遠く3万もの兵が押し寄せれば数日と持ちますまい」


 カズン将軍は「ふむ」と目を瞑る。


「されど、これで敵本隊は凡そ9万。プラムへ向かった分隊が十分に離れたのを見計らい敵本隊へ攻撃を仕掛けるべきでしょう」


「プラムを見捨てよと言うのか?」


 細面で鎧を纏っていなければ軍人に見えないレンドル将軍は顔色を変えずに頷き、カズン将軍はそれを苦々しく感じる。

 街を落とされるのを指をくわえて見ていられるほどカズン将軍は計略に長けていないのがレンドル将軍には気掛かりであったが、現状ではプラムに援軍を送る余裕はない。

 しかも敵の方が本隊の数を勝手に減らしてくれたのだから一気に攻めに転じ敵本隊を殲滅せしめた後、プラムへ部隊を派遣すれば良いのだ。


「プラムは見捨てぬ!」


「将軍! それではせっかくの攻め時を逃しますぞ!」


「分かっておる! 故にプラムにはバッカス将軍に行ってもらう。1万であれば良かろう!」


 ここで口論をしてもカズン将軍が発言を翻すとはとても思えない。

 それにプラムへの援軍はバッカス将軍が指揮する1万の兵のみであれば防御陣地に5千の兵を残しても敵本隊への攻撃は12万5千の兵を向かわせることができる。

 落としどころ、これがレンドル将軍の判断であった。


「ではバッカス将軍にはできる限り距離を取って敵分隊がプラムに攻撃を開始した直後に後背を突くようにとご指示いただけますか?」


 最悪、こちらが敵本隊へ攻撃を仕掛けた頃合いを見計らって敵分隊が戻ってきたとしてもバッカス将軍が時間稼ぎをしてくれるだろうと、不測の事態を考えて手を打つ知将レンドルであった。


「うむ、それであれば敵分隊を引き離し、更にプラムの防衛部隊とバッカス隊とで敵分隊を挟み撃ちにできるか・・・現状、最良の案であろう!」


 ガタッと椅子より立ち上がり各将軍に指示を飛ばすカズン将軍。







 聖オリオン教国が動いたのはクリストフたちが後退を始めてから2時間ほど後であった。

 2時間で移動したのは凡そ7Kmほどで未だフルムス平原から出てもいない頃である。


「やっと動いたよ。随分と警戒をしているね。猪突猛進と聞いていたけど評価を上げるべきか、それともカズン将軍を抑える者が近くにいるのかな?」


 クリストフはレンドル将軍の事もしっかりと調べ上げている。

 それでも直情型のカズン将軍であればもっと早く動くだろうと考えていた。


「白色軍を援護するためにもしっかりと敵を引き付けないとな」


「イチジョウ大将が上手くやってくれるでしょう」


 現在のクリストフの指揮下にはイチジョウ大将の王国第8軍、フリード中将の王国第5軍、サガラシ侯爵軍、ヘルプレンス旅団、ゴルニュー総監庁軍、そしてブリュトイース公爵軍がある。

 ここには敵の防御陣地を奪取するために隠密行動をしている白色軍は当然ながら含まれていないが、更にアジャハ大将の第3軍とロッテンハイム中将の第11軍は含まれていない。

 第3軍と第11軍は本隊から離れプラム攻略のために北上しているからだ。

 ただでさえ兵数の不利があるのに更に3万1千もの兵をプラムに向かわせたのは敵を誘き寄せる作戦に更に餌を撒くためとプラム方面を押さえるためである。

 この作戦案が承認された時、アジャハ大将がプラム方面の指揮官に立候補したのはクリストフの誤算であったが、アジャハ大将のような実戦経験が少なく半文官後方支援型タイプの将軍では、激戦が予想される今回の作戦で足手纏いになりかねないと判断したクリストフはこれを了承し、体のいい厄介払いができたと内心ほくそ笑んだ。

 そして本来であればアジャハ大将の1軍を差し向ける予定であったが、アジャハ大将がロッテンハイム中将の第11軍をと要望したのは予想外だった。ロッテンハイム中将もクリストフから見れば家柄だけのボンボンでしかなくアジャハ大将と共に厄介払いができるとこれも了承してしまったので兵数がガクッと減ってしまったのだ。

 しかしこれで良将であるイチジョウ大将の第8軍を始めとして実戦経験が豊富なフリード中将の第5軍、同じく実戦経験の豊富なサガラシ侯爵軍、南部貴族の精鋭が集められているゴルニュー総監庁軍、寄せ集めながら旅団長のヘルプレンスがよく統率しているヘルプレンス旅団、そして最後にブリュトイース公爵軍と兵数は少ないものの精強な陣容となっている。


「アズバン総監を」


 クリストフが赤毛のアズバン事、アナスターシャ・クド・アズバン男爵を呼び出すと暫くしてアズバン総監がクリストフの前に現れる。


「総司令官殿、如何された?」


 アズバン総監が率いるゴルニュー総監庁軍は左翼を任されており、本来であれば中央後方に陣取っているクリストフの前に呼び出すような状況下ではない。


「今回、アナには敵の右翼を突破して中央の部隊の横っ腹に食らいついてほしい。で、その激励をと思ってね」


「ははははは、これから激戦が予想されるってのに相変わらず若様はマイペースだね」


「これからの私は何もしないよ。後はイチジョウ大将や皆に任せているからね。私の仕事は最終決定を行い、そして責任を取ることだからね。実戦の指揮に私のような素人が口を出すと碌なことにはならないし」


「随分と達観した総司令官だね。まぁ、その方がアタシらには都合が良いけどね。それと先ほどの命令は心得た! このアナスターシャ・クド・アズバン、命に代えてブリュトイース公クリストフ様のご命令を達成してみせましょう!」


 赤毛のアズバンは獰猛な笑みを浮かべ悠々と自陣へと帰っていく。


「ペロン、あれはどうなっているかな?」


「あと1時間ほどかかるそうです」


 そうか、と呟き風が止み晴れ渡った晴空を見上げるクリストフ。



 

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