112 オリオン包囲戦<キルパス川方面軍1>
「攻撃準備完了致しました!」
各部署から攻撃準備完了の報告を受けたオラーショ・フォン・クリオンスが総司令官であるアーネスト・フォン・ブリュトゼルスに最終的に攻撃準備完了の報告を行う。
「うむ、各砲門、目標敵艦隊左翼!」
「攻撃目標敵艦隊左翼!」
「・・・ファイアっ!」
アーネストの攻撃目標を復唱したオラーショ、続いてアーネストの攻撃命令が発せられ第一砲門、第二砲門、第三砲門の各魔導砲が射撃を開始する。
それにより敵である聖オリオン教国艦隊左翼に無慈悲な砲撃が浴びせられるのだった。
聖オリオン教国にはホエール級2番艦『サザンクロス』に比する戦艦はなく、『サザンクロス』からの砲撃を魔法障壁を展開し防ごうとしてもその魔法障壁を貫通して船体に着弾する攻撃によって無残にもキルパス川に沈んでいく。
しかし聖オリオン教国の艦隊は1,800隻にも上る大艦隊であり『サザンクロス』による攻撃だけでは殲滅できるわけもなく、間断なく続く砲撃を掻い潜り特攻をかける聖オリオン教国艦隊。
「敵艦隊突撃してきますっ!」
「全速前進! 敵の左に回り込み本隊と挟撃態勢をとる!」
「全速前進! 敵の左に回り込め!」
アーネストが乗艦する『サザンクロス』を囮とした作戦にまんまと乗せられた聖オリオン教国艦隊は攻撃力だけではない『サザンクロス』の機動力を目の当たりに驚愕をする。
「何だあの船速はっ!?」
聖オリオン教国艦隊のその隙を突きアカイザーク・フォン・ベセス率いる神聖バンダム王国艦隊の本隊が聖オリオン教国艦隊の後背をとり、容赦ない魔法攻撃を浴びせる。
「くっ、ま、まだだっ! 敵に一矢報いるまで沈むことは許さんっ!」
艦隊司令官であるバルゼット将軍は足の速い『サザンクロス』を諦め後方から魔法攻撃を行ってくる神聖バンダム王国艦隊を標的と決め、態勢を立て直すべく部下に指示する。
「右翼のバーダム部隊に指令! 敵艦隊の中央を突破せよ!」
バーダム部隊を示す信号弾を打ち上げ、手旗信号によって指示を伝えるのがこの世界の艦隊戦での伝令方法である。
しかしそれはクリストフのいない聖オリオン教国だからである。
その頃、神聖バンダム王国艦隊をアーネストの代わりに率いるアカイザークは『サザンクロス』よりの通信を受け直接アーネストの指示を受けていた。
その指示をもとにアカイザークは旗下の部隊に指示を与える。
「突出してきた部隊はフォードン伯の隊による包囲殲滅を! バネス隊、セバイス隊は速度を上げ敵本隊が態勢を整える前に一撃を加えよ!」
『よっしゃっ! 行くぞ、野郎ども!』
アカイザークの指示を受けてフォードン伯爵が部下たちに指示を飛ばす。
『バネス隊、了解!』
『セバイス隊、了解した!』
続いてバネス子爵、セバイス騎士爵の了承の返信が届く。
通信機を『サザンクロス』だけではなく、指揮官が乗艦する指揮船にも搭載したことにより意思疎通が極端に良くなった神聖バンダム王国艦隊は、聖オリオン教国艦隊よりも統制がとれ更に素早い軍事行動が可能になっていた。
この通信機の量産配備はクリストフが準備していた負けない算段の一つである。
「総司令官代理! 『サザンクロス』より通信です!」
「うむ、こちらに回せ」
『作戦が上手くいったようで何より。次いで『サザンクロス』は敵艦隊の中央に突撃を慣行する』
「なっ!? お、お待ちを! 旗艦が敵艦隊に突撃など聞いたことがありませんぞ!」
『何を言っておられるか、現在の旗艦はアカイザーク殿の乗艦『ハイネフェン』ではないか』
「それは詭弁ですぞ!」
『はははっは、まぁ、私も危険なことはする気はありませんので大丈夫ですよ』
アカイザークは『サザンクロス』の能力を知っているうえで慎重論を唱えるが、それを敢えて却下しこの一戦で『サザンクロス』の圧倒的戦闘力を聖オリオン教国兵に見せつけようと考えるアーネストであった。
その戦闘力を見せつけることで聖オリオン教国の兵らに抵抗することが無駄だと知らしめ、投降を促し戦闘の早期収拾を図る意図があるのはアカイザークにもわかっていたが、さすがに自由過ぎるだろっ、と頭を抱える。
更に『サザンクロス』に同乗していたジムニスも自分の父親であるアーネストのはっちゃけ具合に頭を抱えるのであった。
「面舵一杯! 敵艦隊の中央に突撃を敢行する!」
「・・・面舵一杯」
「おもかーじ、いっぱーい!」
アーネストはノリノリだが、オラーショはアカイザーク同様アーネストを諫めたが聞き入れなかったのだ。
そのため、渋々であるがアーネストの命令を復唱するが、気が乗らないのは仕方がない。
水上では動く要塞であるホエール級戦艦は強大な攻撃力だけではなく、堅牢な防御力を誇るのだ。
攻撃面より防御面の方にクリストフが拘っていたのはあまり知られていない話である。
そしてそれは単独突貫であっても生き残ることを示しているのだが、普通はそのようなことはしない。
「何だあの艦はっ!? こ、こちらに単独突撃してくる艦ありっ!」
ブリュトゼルス辺境伯家が購入したホエール級『サザンクロス』は船体を漆黒に塗り固めており、聖オリオン教国兵からすればその威容は形容しがたいだろう。
「は、はやいっ!」
最大船速で神聖バンダム王国艦隊とは違う方向から突貫してくる『サザンクロス』は速度を緩めることなく聖オリオン教国艦隊の船に体当たりを敢行した。
ドーンという音の後には聖オリオン教国の船を噛み砕くかのようなバキッバキッという音が戦場に響き渡る。
「無茶をなさる・・・」
「よし、このまま連射型小型魔導砲で敵を蹴散らせっ!」
「全砲門、撃ちまくれっ!」
オラーショは事ここに至ってはと半ばヤケクソで全砲門に攻撃を命じる。
「周りは敵艦ばかりだ! 撃てば当たる!」
聖オリオン教国艦隊は混乱の真っ只中に落とされる。
敵は巨大な艦だがたった1隻なのに対し、周囲は自分たちの味方艦ばかり。
なのに沈んでいくのは味方艦ばかりで自分たちの魔法攻撃が一切効果を得ていないのだ。
「何なんだっ!」
「こんなの聞いてないぞっ!」
「魔法が命中しているのになんで無事なんだっ!?」
聖オリオン教国兵たちは一方的な暴力を受けたことで正気を失うのに大した時間はかからなかった。
聖オリオン教国艦隊は旗艦が我先と撤退を行ったことで既に艦隊としての統制はアッという間に崩壊した。
恐慌状態に陥った聖オリオン教国艦隊は集団とは名ばかりの小集団での行動に限定されつつあった。
それを見逃すアカイザークではなく、卒なく各個撃破を行っていく。
「敵旗艦、ドゾム方面への敗走を確認!」
「よし、敵は敗走したぞ! 追撃戦に移行する。ここからは狩りの始まりだ! 早い者勝ちだぞ!」
通信機から聞こえるアカイザークの声に色めき立つ各指揮船。
その直後に飛び出したのはフォリム男爵が率いる部隊で敗走する聖オリオン教国の大型艦だけを目指した。
聖オリオン教国は神聖バンダム王国に並ぶ4大国といわれるだけあり国力も高く艦隊に多くの大型艦が配備されていた。
艦隊戦の開始直後は魔法や魔術による遠距離攻撃が主流であったために『サザンクロス』の砲撃や特攻により聖オリオン教国の戦力は既に3割ほどキルパス川に沈んでいる。
そのため、武威を示す活躍は一部のフォードン伯爵やバネス子爵、セバイス騎士爵など見せ場があった部隊に集中していた。
そして掃討戦では敵将を打ち取ったり捕虜にできるので明確に武功が示せるのでそれぞれが大物を狙うのだ。
こうしてアーネスト・フォン・ブリュトゼルス率いるキルパス川方面軍は初戦を大勝利で終えるのであった。
キルパス川方面軍は敗走した聖オリオン教国艦隊を追って港湾都市ドゾム沖に達していた。
当初の予定より1日早いが概ね予定通りの行軍である。
「物見の報告では敵は立て篭もり籠城の構えを見せておりますぞ」
「奴らは血を見たいようだな。だが、その血が自分たちの血だとわかっていないのには同情するな」
「ふっ、狂信者故の蛮行ですな」
神聖バンダム王国南部貴族諸侯が集まるはサザンクロス内の会議室。
初戦の大勝利に酔いしれている者も少なくない状況下ではあるが、今はそれを諫める者もいない。
士気が上がっている状態に水を差すのは避けるべきだとの判断だ。
「夜明けとともに降伏勧告をする。受け入れれば良し、受け入れなかった場合はサザンクロスよりの砲撃によって上陸作戦開始の合図とする」
アーネストとしてはドゾムが無血開城してくれた方が戦後処理の面倒がなくて助かるし、何より都市として重要なのでできるだけ破壊はしたくないと内心思っているが、それでは総勢18万もの人員を投入した侵攻作戦で戦功を立て立身出世を望む者には不満が残る。
とはいえ、聖オリオン教国との戦いは始まったばかりであり、戦功を立てようと気を逸らせる必要はまだない。
「そうか、父上は初戦に勝利したか」
「ええ、危なげなく勝利したそうよ。現在はゾドム沖で包囲しているわ」
クララは定時報告によって齎された情報を報告するためにクリストフのテントに赴いている。
「ブリュトゼルス辺境伯様もやるわね、なんか突撃したって聞いたわよ、しかもサザンクロス1隻ですって、尊敬しちゃうわ!」
カルラの話にクリストフが眉をピクリと動かす。
クララが定時報告をしている時にクララの後方で周囲を警戒していたカルラは当然内容を知っている。
「何をやっているのですか? 総大将が突撃って・・・」
「まぁ、サザンクロスの性能調査も兼ねているんじゃないの? 後はノリノリだったとか?」
「ノリノリって・・・」
「いずれにしろ、大殿は第一関門を突破ですな。次はお館様の番ですな」
「そうだな、期待させてもらうよ、フェデラー司令官、ゲール隊長、カルラ隊長、レビス隊長、ウィック隊長。それにペロン幕僚総長、クララ参謀長、エグナシオ参謀次官」
『は(い)っ!』
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