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111 闇の種族

 


「何者だっ!」


 フィーリアが俺の執務机を飛び越え剣を構える。

 槍が得意なフィーリアだが部屋の中では取り回しが悪いので剣を使う。

 ゴルニュー要塞に到着し先着していたお歴々から挨拶を受けてアナからあてがわれた部屋で休んでいたら思わぬ来訪者があったようだ。

 フィーリアは誰もいない扉、いや、扉の横にある本棚から伸びる影に剣先を向けている。


「これは失礼しました。(それがし)には敵対の意志はございませぬ故、どうか剣をお納め願いたい」


 影からヌーっと人が出てきたのを見た時は「SFだっ!」と思わず叫びそうになった。

 てか、俺もやろうと思えばできるんだった。

 闇魔法の英雄級で使用が可能になる影渡りってやつだ。

 しかしさすがはフィーリアだ、本棚の影にこの男の気配が僅かにした瞬間に反応して動いたのだから、守られる側としてはこれ以上の護衛はいないだろう。

 それからいきなり影渡りで物陰に潜んできた奴を警戒しない方がおかしいが、こいつが言っているように敵対の意志はないようだ。


「で、お前は何者だ?」


(それがし)、アトレイ・サンと申す者にて勝手ながらブリュトイース公にお目通り願いたく、まかりこした次第でございます」


 確かに勝手に押しかけてきたが、さて、何が飛び出すかな?

 フィーリアは油断せず目の前に現れたアトレイ・サンという男を見つめる。

 アトレイは透き通るような肌の白さで体の線は細いが間違いなく強者だ。

 それも尋常ではない雰囲気を纏っており、俺やフィーリアでなければその雰囲気に呑まれていることだろう。


「で、吸血鬼が私に何の用か?」


 俺が動揺していないどころか、吸血鬼だと見抜かれたアトレイ・サンは眉をピクリと動かす。

 そしてフィーリアも奴が吸血鬼だとわかると警戒を一段上げたようだ。

 このアトレイという招かれざる客は吸血鬼だ。

 吸血鬼は魔族の中でも上位に位置する種族だし、魔族の多くは人間と敵対している種族である。

 但し全てがそうではないので神聖バンダム王国では魔族であっても迫害はしていないが、それでも吸血鬼は珍しいし俺は見たことがない。

 吸血鬼は夜の一族や闇の一族とも言われており過去に吸血鬼が現れた記録は幾つかあるが、その全てが最悪の事態の記録だ。

 そもそもそんな記録ばかりが残っているので、吸血鬼に対しての心証は最悪と言って良いほどだが、俺は別に種族が吸血鬼だろうと悪魔だろうと種族で差別をする気はない。

 一般的には極めて厄災と言われている種族である吸血鬼が呼んでもいないのに俺の前にいる。


「某の姿はヒューマンであるはず、何故某が吸血鬼だと?」


「そんなことはどうでも良い。早くお前の用件を言え。さもなくば直ぐに立ち去るが良い」


 何故俺の能力を敵かも知れん奴に教えなければならんのだよ。

 早く用件を言えってんだ。


「・・・あいわかり申した。某が目通り願った理由はブリュトイース公に我が一族の保護を求めるものでございます」


「一族の保護?」


「左様、ブリュトイース公は既に某の正体を見抜いておられるので話が早い。我ら魔族は聖オリオン教国では迫害の対象、故に安住の地を求め居を転々としている次第」


 確かに聖オリオン教国では魔族は害虫扱いだと聞いたことがある。

 そんな魔族の中でも吸血鬼は特別扱いで危険種族の筆頭にあがっている。


「一つ確認だが、お前は魔族というが、お前の一族は吸血鬼ではないのか?」


「答えは是であり否でありますな。某は吸血鬼一族の長であり他の一族にはそれぞれ長が存在するのであります。そして某は全種族の筆頭長(ひっとうおさ)でもあるのですな」


「ふ~ん」


「反応が薄いですな」


 殊更騒ぐ必要もないだろう?


 ただ、さすがの俺も魔族を保護するというのは即答できない案件だ。

 こいつが嘘をいっていない事はわかるが、だからといって俺だけで判断するのは止めておこう。

 あ、その前に聞いておかないとな。


「保護というが、お前たちを保護したら私に何のメリットがあるのだ?」


「我らは人族と違い身体能力においても魔においても秀でておる故、毎年ランクAの魔物の魔結晶を1つ献上し魔物が領内で暴れ人族の手に負えない場合は加勢をするということでいかがか?」


 ランクAならカルラとペロンなら1人でも討伐できるし、フィーリアも当然1人でも討伐は可能だ。

 俺? 俺ならランクAの魔物なんて赤子の手をひねる感じだ。

 だが、一般的にランクAの魔物の討伐には大規模な討伐隊が必要となるのは知られている。

 奴はそれを毎年1匹討伐し魔結晶を献上してくれるっていうのだから普通の貴族なら喉から手が出るほどの条件だ。

 討伐実績が極端に少ないランクAの魔物の魔結晶は滅多に市場に出回らないのだ。


「即答しかねる、お前の一族の規模と種族構成を教えろ。部下と相談し判断する」


「賢明なる判断を期待しておりますぞ」


 そういうとアトレイは懐に手を入れる。

 当然だがフィーリアが反応し行動を制限する。

 フィーリアに指示されたようにゆっくりと懐から手を出すと、1枚の紙を掴んでいた。


「これは一族の構成と人数を記した物。ブリュトイース公へ」


 アトレイが差し出した手からフィーリアが用心しつつその紙を受け取るとアトレイは本棚の影の中に消えていった。







「ボク的には構わないと思うわ? ブリュトイース地域にはいくらでも土地が余っているんだから、土地を与えて自治区って形にすれば良いじゃない?」


 カルラは大して拘りもなく受け入れ肯定。


「で、ペロンはどう思う?」


「・・・先ずは条件の引き上げを。提示された条件は他家なら垂涎ものの条件だと思うけど、ブリュトイース家ではそれほどメリットになりえないから。それと受け入れる場合は居留区を数か所にわけ勢力を分散させるべきかな」


 なるほど、今のブリュトイース家においてランクAの魔物であっても大した脅威にはなりえない。

 初動において多少の被害が出る可能性はあるが、俺やカルラたちなど少数で討伐できる存在がいるし、さすがに数人での討伐は無理でも数個小隊規模で討伐可能な軍事的戦力も保持している。

 しかしペロンも結構家宰ぽくなった、以前のペロンなら人道的な判断を優先させただろうが、今のペロンはブリュトイース家の利益とリスクヘッジを考えて言葉を紡ぐようになった。

 まだまだ不足はあるだろうが、経験を積んでくれれば良い。


 ペロンはブリュトイース家における意思決定権において俺とドロシーを除けば最上位の権限を持つ。

 必要であればフェデラーに対しても命令権をもつ、それが我が家宰殿の権限だ。


「魔族は危険です。2千名を超える魔族を領内にいれるのには慎重にならざるを得ないでしょう」


 治安を預かるフェデラーは受け入れ拒否の方向。


「治安維持の観点からはやはり慎重な意見を言わざるを得ません」


 ゲールも受け入れ拒否寄り。


「で、エグナシオは?」


「私は家宰殿の意見に案を追加することを提案します」


「ほう、エグナシオの案とは?」


魔族(かれら)を分散し管理するというのは家宰殿の意見と同様です。それに追加するのがオーガ族やジャイアント族などの戦闘が得意な種族には兵役を課し、吸血鬼のような隠密行動が得意な者にはクララ殿の傘下で働かせるのが宜しいかと思います。それとアラクネなどの種族にはアラクネの糸に代表される生産物を献上させ、他には魔物の飼育などを任せるもの良いかと判断します」


 賢者殿は魔族たちをこき使う気満々のようです!

 まぁ、働かざる者受け入れるべからず、って言うしね。

 ん? 言わね~って? まぁ、細かいことは置いておこうじゃないか。


「ペロンとエグナシオの意見に賛成! 魔族は少数に分け管理し、使える奴は使う!」


 クララは良いとこ取りで、受け入れに賛成っと。

 プリッツは隠密行動中なのでここにはいないので棄権と。


「魔族は危険だがエグナシオ少尉の案は魅力的ではある。だが、彼らがそれを良しとするか? それと魔族を公に徴兵すると対外的に色々と面倒ではないか?」


 フェデラーは受け入れに傾きつつあるのか?

 と、それはさて置き、確かに魔族を徴兵すると対外的にかなり危険だと思う。

 神聖バンダム王国では公に迫害や差別をしていないが、それでも民間レベルでは魔族は恐れられており肩身が狭い思いをしている。

 それが他国に行くともう歯止めが利かず、魔族は隠れ住むか自分たちの住む土地を守るために人間たちと闘争を繰り広げるしかないのだ。

 そんな魔族を公に配下にしたとなればブリュトイース家に対する風当たりが強くなることはいわずとも予想できる。


「では兵役に関しては保留にし、その他で彼らが種族の特性において我らに協力することを条件に追加し、当面は魔族のことを公にしないということで良いかな?」


「妥当な線でしょう」


 全員が俺とエグナシオに頷く。






「わかり申した、その条件を受け入れましょう」


 アトレイ・サンは大して考えることもなく俺が出した条件を受け入れた。

 恐らくその程度のことは予想の範疇だったのだろう。


「兵役に関しては当面保留とするが、将来的には兵役もあると考えておいてくれ」


「了解しました。それで我らの身分はどのようなものになるのでしょうかな?」


「族長は公民とし、幹部は自由民、その他の者は平民とする。これは受け入れ時点の身分であって未来永劫保障するものではないことは覚えておくように」


 公民というのは準貴族的な身分で公的な役職に就いている者はこの公民となる。

 一般的には貴族に仕えている者で平民階級であれば公民となるし、村長や名主なども公民だ。

 公民の良いところは領主に納める人頭税が免除されることだな。


 自由民と平民の違いは人頭税の額の違いと所有している権利の違いとなっている。

 人頭税の差がそのまま権利の差になるのだ。

 具体的に言うための例としては自由民と平民が喧嘩をしたとすると、怪我を負ったのが平民だとしても多少の怪我であれば自由民が罪に問われることはない。

 逆に平民が自由民に軽傷を負わせてしまうと間違いなく牢獄に拘留され下手をすると犯罪者として奴隷落ちになりかねない。


 因みに平民の下に一般奴隷、犯罪奴隷(戦争奴隷)があり、奴隷は人扱いされないのが世の中の常識だ。


「十分でございます」


 アトレイ・サンは仰々しく一礼をする。


「ただし、受け入れは私が領地に帰った以降とする。領地に私の命令が届いていてもさすがに魔族を2千人規模で受け入れるには感情的に難しいだろうからな」


「あいわかり申した、それではブリュトイース公が早急に領地に帰られるように我らもこの戦に力添えをしたく考えます。取り敢えず陰ながら援護するということで宜しいでしょうかな?」


「うむ、ではアトレイ・サン、お前を情報部所属とし大尉待遇とする。以後はそこのヘカート情報部長の指揮下に入るように」


 俺はソファーで寛いでいたクララに視線を送り丸投げをする。


「クララ・クド・へカートよ、ブリュトイース家で情報部を束ねているわ、宜しくね」


「アトレイ・サンでございます。宜しくお願い申し上げる」


 さて、アトレイ・サンをクララに引き渡したし、ちょっと休憩して後は出陣前の軍議か。

 お歴々は俺よりも遥かに年上だし、軍務に精通していると自負しているので考え方が固くて敵わんのだが、嫌でもしないわけにはいかないしな。

 てか、クララよ、アトレイ・サンとの打ち合わせをするのは良いが、俺の執務室でやるんじゃないよ!

 お前にも執務室として個室があてがわれているだろうが!


「そんな感じよ、後はアドリブでね」


「了解した。では、某は皆に今回のことを伝えるために一旦戻りましょう。その後、任務に就くとしましょう」


「ええ、それで構わないわ。報告はコマメにしてね」


「わかり申した」


 そういうとアトレイ・サンは影に潜って消えていった。

 影渡りは影から影に移動する魔法で、その移動可能距離は本人の能力に依存するがそれほど長距離の移動はできない。

 しかも距離が縮まるわけではないので影の中を走って移動すれば速く目的地に着くが、歩いているとそれなりの時間がかかるし、何故か空を飛べる種族でも影の中を飛ぶことはできない。

 但し、アトレイ・サンは吸血鬼で身体能力は人間に比べ遥かに高いので比較的早く移動ができる。

 そして吸血鬼の多くは空を飛ぶことができるので人気のない場所で影の外に出て空を飛べば目的地に到着するのに時間短縮が可能になるだろう。


 ん? 吸血鬼だから太陽の光に弱いんじゃないかって?

 吸血鬼にも階級があるようで、下級の吸血鬼は太陽光やニンニクが弱点だが、階級が上がると弱点は緩和され、更にアトレイ・サンのような真祖と言われる階級になると弱点はないといってよい。

 望めば魔王として君臨もできるほどの力を持っているのに地に埋もれることを望むとはな。

 アトレイ・サンが本気になれば聖オリオン教国だって無事では済まなかったはずだし、土地を切り取って守りに徹すればかなりの善戦が期待できたはずだ。


 本当に珍しい思考の持ち主だ。


 え? 俺? おれは・・・似た者っていわれると完全否定はできないが、だけど俺なら人が立ち入ることがない土地でひっそりと暮らすけどな。


 それができる状況ならね。


 

他の連載中小説も宜しくお願いします。

・俺は最強の生産職!<http://book1.adouzi.eu.org/n9943dt/>

・チートスキルはやっぱり反則っぽい!?<http://book1.adouzi.eu.org/n1456db/>


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