104 襲撃6
ベルム公国の領事館は既に鎮圧が完了している。
領事館を騎士団が包囲してからの救出&鎮圧だったので領事は捕縛され、主だった者も捕縛か戦死している。
今回の事で神聖バンダム王国は多くの傷痕を残したこともあり、陛下は王族の暗殺と誘拐、それに貴族の暗殺について最低限の情報を公表したうえでベルム公国に謝罪と賠償、そして今回の件を首謀した者とその一味の引渡しを要求するらしい。
「ブリュトイース伯、光月を譲ってはくれぬか?」
陸地で国境を接していないベルム公国に軍事的な圧力をかけるには軍艦が必要だ。
しかし神聖バンダム王国の軍艦はその殆どが南部貴族連合軍の所有であり、もっと言えばブリュトゼルス辺境伯家の所有する軍艦が最も多い。
勿論、王家も水軍を組織しているが、錬度や規模はブリュトゼルス辺境伯家をはじめとする南部貴族に遥かに及ばない。
だが、ホエール級1番艦の光月は1隻で戦況を左右する戦闘力を有しており陛下が譲ってほしいと言うのは分からないでもない。
「陛下、光月を譲ることは不可能でございます。光月がなければイーストウッドの防衛が成り立ちません」
水上都市であるイーストウッドは必然的に船が生活にも軍事にも必要となる。
そして光月はイーストウッドの守りの要であるので陛下が譲ってくれと言っても簡単には了承をするわけにはいかない。
「で、あるか・・・ならば光月と同型の船を建造してもらいたい」
そう来たか、これは面倒な。
ホエール級2番艦は既に完成間近だ。
だが、この2番艦はブリュトゼルス辺境伯家に売ることがすでに決まっており、次いで建造している3番艦はイーストウッドと川で繋がっている海、そしてブリュト島の周辺警戒の任務が決まっており陛下の要望であっても簡単に譲ることはできない。
「陛下、現在ホエール級2番艦、3番艦は建造中であります。しかしながらそれらをお譲りすることは些か難しく、未だ建造を開始しておりませんが4番艦を譲るということでお許し願います」
4番艦は他の3隻と違って火力は落ちるがベイロードの多さが特徴の設計をしている。
所謂、補給艦や輸送艦といった役割を考えての設計だ。
勿論、魔導砲や連射型小型魔導砲もちゃんと設計に組み込んでいるので1から3番艦を除けば世界最高の火力を誇るだろう。
「4番艦とな? 2番艦はどうなっておる?」
「2番艦はブリュトゼルス辺境伯家に売却が決定しており売却後は聖オリオン教国に対して防衛の要となりましょう。更に3番艦はブリュト島周辺とイーストウッドに繋がる海上の哨戒任務にあてるべく、こちらもイーストウッドとブリュト島を守るうえで重要な任務であり、申し訳ありませんがお譲りすることはできかねます」
今の陛下にホエール級戦艦を渡すのは得策ではないだろう。
陛下は眉尻をピクッと動かすも、陛下が頭を冷やす時間を稼ぐためにも4番艦で我慢をしてもらうつもりだ。
4番艦はまだ建造に着手していないので設計に関しては光月と同じにすることも可能だしね。
あと、正直なところ、ホエール級の戦艦は現時点でオーバーテクノロジーの塊であり、これを他者に譲るのは気が進まないというのもある。
これについてはいずれ譲渡を解禁することになるのは仕方がないことだと思っているが、俺の管理がある程度見込めるブリュトゼルス辺境伯家と違って管理を受け付けない王家にはできるだけ譲るのを遅らせたい。
そして譲る場合は重要な部品や肝になるシステムは全てブラックボックス化しているので簡単に複製はできないようにプロテクトをかけ、更にメンテナンスやあれやこれやをブリュトイース伯爵家で請け負うことを条件に譲ることになるだろう。
ホエール級の戦艦っていうのは金食い虫であり、建造するのにべらぼうな金が飛んでいくし、維持費も半端無い。更に兵の錬度を維持するのに長期間の訓練も必要となり兵に無理を強いる。
ブリュトイース伯爵家は俺がいるので建造費や維持費なんて大したことはないが、他家はそれだけで膨大な費用が必要になるので、大貴族か王家ぐらいしか所持できるものではないだろう。
今回、陛下に譲る予定の4番艦について建造費はしっかり取るし、メンテナンスについてもイーストウッドのドックでしかできないので、定期的に膨大な費用を請求できる。ブリュトイース伯爵家としては大金が懐に入ってくるので、造船業で儲けるのも良いかもと思ってしまう。
話を戻すが、ベルム公国が謝罪をするとは思えないので開戦は殆ど決定事項となっており、領事をはじめ領事館の幹部たちは連日厳しい尋問を受けている。
但し、騎士団が押収した書類の中に重要なものが何点かあり、現在騎士団がその裏取りをしているところでもあるそうだ。
詳細については教えてもらえなかったのだが、翌日にはプリッツが調べ報告してくれるとは思ってもいなかった。
それと今回の件で騎士団の人事が刷新され、ジムニス兄上は第2騎士団の団長に昇進した。
ただ、ジムニス兄上は父上の跡取りなので1年か長くても2年程度で退団して家に帰ることになるだろう。
この期間は大貴族やその家督相続者が団長になった時の慣例であり、団長となり名誉を得た後は長くその地位に留まらず家に帰ることになっているそうだ。
俺的には優秀な人材が人の上に立つことは必然であり、それを慣例だと言って追い出すのは宜しくないと思ってしまう。
それから兄上と同時にエリザベート姉様も中隊長に昇進したし、クリュシュナス姉様は正式に宮廷魔術師となっている。
何でエリザベート姉様やクリュシュナス姉様が昇進しているかと言えば、俺の姉だから、ではなく逃げ出そうとしていた領事を捕縛したのがエリザベート姉様が率いていた部隊だったのと、それ以外にも幹部を1人捕縛し功績が大きいということで昇進したようだ。
ただ、エリザベート姉様は結婚を控えていることから退団する予定なので、ジムニス兄上つきで中隊長待遇ってことになっているらしい。
そしてカルラ、ペロン、クララ、プリッツの4人の褒美も決定した。
カルラは男爵に陞爵、ペロンも男爵に陞爵、クララは士爵に叙爵、プリッツに至っては騎士爵に叙爵し父親が治めている領地に隣接する土地を与えられ、更に家を継ぐ時には領地の統合と男爵に陞爵するというもので後々のためにしっかりと文書化されている。
勿論のことだが、プリッツが家を継ぎ男爵となった時に空白となる騎士爵は、プリッツの縁者か部下に与えることができる。
4人の中でプリッツが頭1つ抜けた褒美を貰ってはいるが、目立たないだけでそれだけの功績を残していると俺も認めている。
爵位ではカルラとペロンが男爵で一番上だが、プリッツも男爵は約束されているし、領地も与えられたことからカルラを上回る褒美であると言えるだろう。
で、プリッツについてだが、領地を得たので本来であれば領地経営を行わなければならないが、幸いなことに貰った領地はヘカート家の領地と隣接しているため、父親に管理を一任することになった。
父親の部下を代官として派遣することも決まったのでプリッツが何かをするってことはない。
ただ、数年後には家督を継いで領地の統合と男爵への陞爵をするというのは決定事項なので俺もプリッツの抜けた後に備える必要がある。
そして俺への褒美だが、・・・よく分からんがドロシー様と結婚したら公爵の地位を与えると陛下から言われた。
現在の神聖バンダム王国では公爵は存在しない。
過去には何人か公爵がいたそうだが、1代限りで子に世襲されないので子は侯爵か辺境伯になるらしい。
この公爵という爵位は王家の外戚として王家を除く貴族の最高位となる。
現時点で次期国王は王太孫のベリグザイム・フォン・バンダムの可能性が高い。
だが、王太孫はまだ幼児であり、今後の成長如何によっては別の者が王位を継ぐことも十分にありえるだろう。
そして公爵という爵位は王家の外戚として王を補佐する役目を担っており、次期国王の後見役になる可能性もそれなりに高い。
はっきり言って俺には不要な爵位だ。
てかマジいらねぇ。
中央に近付けば近付くほど俺のマッタリライフが遠のくんだよ、もう最悪じゃん。
今の俺はイーストウッドに引っ込んで好きなマジックアイテム作成をしたいんだけど、そうは問屋が卸さないみたいだ。
因みに俺が公爵になったら王家直轄のクレバース侯爵領から得られる税収が俺のというかブリュトイース伯爵家の懐に入ってくるらしい。
これはブリュトイース伯爵領は領地こそ広いが今でも辺境の土地なので人口が少ない。
本来であればこんなに領民が少ない伯爵領などあり得ないのだが、公爵となればもっとクローズアップされてしまうので王家の直轄領であるクレバース侯爵領の税収を俺にというかブリュトイース公爵家に納めることになったのだ。
クレバース侯爵領を公爵となった俺に与えないのは俺の跡継ぎの代になるとクレバース侯爵領を王家に返上しなければならないからで、そういった手続き的なことを簡略化するための措置だという。
そんなこんなで俺は陛下の執務室を後にしてドロシー様と楽しいひと時を過ごすのだった。
なんてことはなく、ドロシー様は心労が祟って床に伏していると聞いたのでお見舞いに伺うことにした。
侍女から聞いた話だと睡眠不足に栄養失調などが原因で倒れてしまったが、しばらくゆっくり休み栄養のある物を食せば良くなると侍医が言っていたらしい。
「こんな姿をお見せしお恥ずかしい限りです」
「貴方は私の妻になるのです。どんな姿であろうと問題はありませんよ」
「つ、つま・・・」
先ほどまで青白い顔をしていたドロシー様だったが、少し顔の血色が良くなった感じがする。
「早く良くなってくださいね。良くなりましたら城下に出てデートでもしましょう」
「で、でーとっ!」
あまり長くいるとドロシー様が疲れてしまうので早めに引き上げたが、次はデートをする約束をした。
数日後、暗殺騒ぎの件で進展があったと王城より連絡があり、主だった貴族たちが集められた。
「此度の件についてその方らに弁明の機会を与える。余と重臣たちを納得させてみよ。・・・さもなくばその方らの命はないものと心得よ」
顔面蒼白という言葉がシックリくるほど血の気のない顔をした男たちが縄を打たれ陛下の前で跪いている。
見覚えのある顔、多くは見たことはあるかも知れないが記憶にない顔が多い。
城には何度もきているが、すれ違う貴族や官僚の顔を一々覚えていないのは仕方がないよね?
「ち、父上! 私は何もしていません! 濡れ衣です」
「それを証明してみせよ」
う~ん、陛下はいつもと違い冷たい口調だね。
息子の第2王子に対しても容赦する気はないのか?
まぁ、庇いたくても庇えないだろうし、事ここに至っては庇う気もないだろうな。
だからってわざわざ公開裁判を行い、俺たちを集める意味は何だ?
「陛下、私には陛下の仰っておりますことが分りかねます」
「・・・」
陛下は何も返さず縄に縛られたブレナン伯爵を冷たい、そう、人を凍りつかせるのではないかと言えるほどの視線を向けている。
つまり貴様を許す気はないってことだよな?
「余は申したはずだ。弁明の機会を与えると、な。下らぬ発言をする者はこの場からつまみ出す。そして二度と弁明の機会は与えぬ」
この発言はグダグダと下らない話をする貴族には丁度良い。
これで無駄な時間を過ごさなくて済むな。
だが、ブレナン伯爵はそれでも白を切りとおそうとし、それが無駄だと考えるとついには第2王子が主犯だと一転罪を認めたうえで減刑を願い出たのだった。
それを受けて第2王子はブレナン伯爵や他の貴族の役割を話し出す。
おいおい、この茶番劇に俺たちはいるのか?
あの第2王子は完全にブレナン伯爵・・・もう呼び捨てでいいな、ブレナンに踊らされていたのは言うまでもないだろう。
第2王子が王位を望むように仕組み、ブレナン自身は聖オリオン教国と通じ、ベルム公国を引き込んで領事を駐在させ治外法権を良いことに暗殺を生業とする犯罪組織ブリガンティの隠れ蓑となったわけだ。
ブレナンは復権を目論んでいたのだろう、今の国王や暗殺された王太子が王位を継いで国王になってしまえば復権は望めないので扱いやすい第2王子を王位につけようとした。
そこに聖オリオン教国の影が接触し実行部隊であるブリガンティを誘い込み、そしてその隠れ蓑としてベルム公国の領事館を設置させたのだ。
ベルム公国と言えば最初に寄港したのがイーストウッドなのは狙って行ったことで、イーストウッドにも領事館を置きイーストウッドや南部の情報収集や破壊工作の拠点にしようとしていたのだが、領事館の設置が東部の港湾都市アルスムになり計画を見直しすることになったらしい。
神聖バンダム王国内に潜伏していたブリガンティは組織が維持できないほどに壊滅させられたらしい。
騎士団もその威信をかけてブリガンティを追い詰め結構な死傷者を出したらしいが、王族を守れなかった後ろめたさもあり果敢に殲滅戦を行ったらしい。
そんなこんなで陛下もまさか第2王子がそこまで愚かだとは思っていなかったようで、もっと早く第2王子に首輪をつけておけばと考えているだろう。
皺が目立つようになった顔をしかめながらも被疑者たちを射殺さんと言わんばかりの視線を向けている。
それと今回の騒動で冒険者ギルドも大きな痛手を負ってしまっている。
別に冒険者ギルドの首脳陣が暗殺されているわけではない。
では、何故に痛手を負っているかと言えば、それは冒険者ギルドの幹部が王族暗殺、王族誘拐、貴族暗殺にかかわっていたのだ。
この冒険者ギルドの幹部というのがイーストウッドに冒険者ギルドの支部を設置しようと俺に直談判をしてきた、あのセスターという男だ。
つまりどういうことかといえば、セスターは冒険者ギルドの王都本部で編成部長の重職を担っていたことからその職権を利用し、冒険者ギルド名義の家屋をブリガンティの隠れ家として提供していただけではなく、聖オリオン教国とも繋がっており冒険者証を偽造し聖オリオン教国の密偵やブリガンティなど多くの敵を密入国させていたそうだ。
これにはさすがにグランドマスターも真っ青になっていた。
今回、俺が冒険者ギルドに調子こいているセスターの処分をするようにほのめかしていたので、セスターは事実関係を確認したうえで編成部長を更迭され一部局員に降格されていた。
しかし事件発生当時セスターはまだ冒険者ギルドの幹部であったことから冒険者ギルドが組織ぐるみでこの一件に関与していたのではないかという疑惑がもたれている。
少なくともグランドマスターは今回の一件に関与はしていないが、陛下は冒険者ギルドにも責任があるとしてグランドマスターに無理難題を突きつけているようだ。
その無理難題の1つが探索者ギルドと冒険者ギルドの統合だ。
統合といっても基本的には冒険者ギルドが探索者ギルドに吸収されるというもので、グランドマスターだけではなく冒険者ギルドの職員や登録者にとっては青天の霹靂と言っていいだろう。
てか大陸全土に支部がある冒険者ギルドを吸収できるわけもなく、これに関しては俺の方で助け舟を出してやるつもりだが、それはもう少し後の話だ。
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いつも【チートあるけどまったり暮らしたい 《転生人生を楽しもう!》】をお読みいただき有難うございます。
以前、【チートスキルはやっぱり反則っぽい!?】でもご連絡しておりましたが、本業の方が忙しく暫く投稿をお休みさせていただきます。




