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103 襲撃5

 


 ベルム公国領事館の包囲は順調に進んでいる。

 ジムニス兄上は各隊長からの伝令を受け取ったり指示を出したりと忙しい。

 そんなジムニス兄上の横で俺は待機している。


「クリストフ、兵の配備が完了したぞ」


 ジムニス兄上の声と同時に俺の目の前に現れた黒い影。

 護衛の騎士が腰の剣に手をかけたのを俺は手で制す。


「私の部下だ」


「プリメラか?」


「ジムニス様、お久し振りにございます」


 プリメラはジムニス兄上に一礼をすると俺に報告を始める。


「お2人は地下の牢獄に監禁されており、アダチ殿がいつでも潜入できる状態で待機しております」


 プリメラはカルラの事を家名のアダチ殿と呼ぶ。

 だから時々誰?って考えてしまうが、一応は目上の者なので名前を呼ぶのは難しいだろうから俺は何も言わない。


「兄上、私の手の者を潜入させますので、そのタイミングでベルムの気を引き付けていただけますか」


「うむ、任せておけ」


「プリメラ、カルラたちに10分後にベルムの気を引き付けると伝言を。それと優先すべきはお2人の安全だと」


「はっ!」


 俺の指示を受けてプリメラが消える。


「・・・プリメラにあのような能力があったのか?」


 人1人が目の前で消えれば驚くだろう。

 今のプリメラは俺の与えたマジックアイテムにより半端無い認識阻害能力をもっている。

 それはプリメラだけではないけど、あまり公にできないので笑って誤魔化しておく。

 その後も次から次とジムニス兄上は指示を出したり報告を受けたりと忙しい。

 そして10分が過ぎようとしているのでジムニス兄上にご出馬願う。


「兄上、そろそろ時間です」


「うむ、行くぞ」


 ジムニス兄上は騎士たちを引き連れてベルム公国領事館の門へ向かう。


「私は神聖バンダム王国王国騎士団のジムニス・フォン・ブリュトゼルスである。領事殿に至急お目通り願いたい」


 目の前の門番に向って言っているのだが、奥の屋敷に届くほどの大声である。

 門番は目の前に現れたジムニス兄上に待つように伝えると1人が屋敷へ走っていく。

 1分ほどして走っていった門番が1人の執事ぽい人を連れてきた。


「当領事館で参事官をしておりますクルト・ベッヘナーと申します。領事は只今不在でしてご用件は私めがお伺いいたします。先ずはこちらへ」


「うむ、領事殿はご不在か。それでは仕方がないなベッヘナー殿、宜しなに頼みます」


 ジムニス兄上に従って俺も領事館の敷地内に入っていく。


「クルト殿、最近変わったことは無かったでしょうか?」


「・・・貴方様は?」


「これは失礼、私はクリストフ・フォン・ブリュトイースと申します。ベルム公国の使節団が最初に寄港されましたイーストウッドの領主をしております」


「おお、これは失礼致しました。ブリュトイース伯爵様でいらっしゃいましたか。して、ご質問の意味が分かりかねるのですが・・・」


 とぼけちゃって、まがりなりにも参事官という役職の者が今回の事を知らないなんてあり得ないよね。


「そうですか、・・・ではお2人は何処に? と言った方が分かりますか?」


 さすがは参事官殿、全く表情に出さないんだね。

 でも、俺には分かるよ、アンタが内心でメチャクチャ焦っているのがね。

 だってアンタの心拍数が跳ね上がったのが俺には分かるんだよ。


「ふむ、お2人ですか?・・・何のことやら・・・」


 今回ジムニス兄上についてきた騎士は12人。

 屋敷に入る前にカルラたちが2人を救出しないと今度は俺たちが人質にされかねないのだが、それは俺が居なければの話になるし、騎士として高い能力を誇るジムニス兄上たちであれば問題ないかも知れない。

 そこに屋敷から大きな爆発音がする。

 これはカルラたちが2人を救出し、いつでも逃げ出せるという合図だ。


「何事っ?!」


 クルト参事官が叫ぶと同時に1階の窓を破りカルラたちが飛び出してきた。

 そしてフランソワー様を抱えたペロンとベリグザイム様を抱えたプリッツも現れた。


「兄上!」「おうっ!」


 俺の声と同時にジムニス兄上はクルトを蹴飛ばし俺たちはフランソワー様とベリグザイム様を確保するために動く。

 爆発音を聞いた各部隊も動き出したし、ここは直ぐに戦場になるだろう。

 作戦はカルラたちが2人を救出し、ジムニス兄上たちがそれを護衛し安全圏まで離脱する。

 そして全軍でベルム公国領事館を制圧するという至って単純なものだが、これは事前に2人の居場所が分かっていなければ成り立たない。

 プリッツが2人の居場所を突き止め、そしてこの国に俺がいた時点でベルム公国は詰んでいるのだ。

 ベルム公国がお2人を殺したり国外へ連れ出していたらさすがの俺でもどうしようもなかったが、ベルム公国はお2人を生かしていた。

 こちらとしては最悪の事態を回避できたが、ベルム公国としては失策である。


 戦闘が始まれば後は各隊長たちが各自の判断で行動するので兄上は細かい指示は出さないようだ。

 今回の戦闘にはエリザベート姉様も包囲網を築いている部隊を率いているし、クリュシュナス姉様はエリザベート姉様の指揮下に入っているそうだ。

 エリザベート姉様は正騎士になったばかりなので大隊を指揮するというわけではなく、3個小隊規模の部隊を率いているそうだ。

 2人の姉には怪我なく無事に帰ってきてほしいと切に願う。


 とんとん拍子で救出は完了し、安全圏まで2人をお連れする。

 地下牢ではまともな食事も与えられなかったことで2人の姿は1ヶ月前の面影を少し残すだけになっており、骨と皮の状態になっている。

 幼子の2人にこのような仕打ちをするなんて正気の沙汰とは思えない。

 2人は自力で歩くこともできないし、まともに口をきくこともできない。

 ただ、辛うじて俺たちの声には反応できる状態だ。


「クリストフ、お2人を連れて王城へ向かってくれ。俺は領事館攻めの指揮を執らねばならぬからな」


「分かりました。ご武運を」


 俺はジムニス兄上がつけてくれた騎士10人とカルラたちを護衛にして王城へ向かう。

 俺専用の馬車を用意してあるので2人を乗せ、カルラとクララにも乗り込んでもらった。

 馬車の中で2人が死なないように回復魔法をかける。

 2人の状態が安定した頃に王城の門をくぐり通常馬車では入れない場所まで馬車で乗りつける。


「ラミルダ!」「ベリグザイム!」


 馬車のドアを開けた瞬間にベニー第2側妃とチェニール王太子妃の声が聞こえた。

 先触れが出ていたので王城の受け入れ態勢はある程度できているとは思っていたが、まさか2人が出てくるとは思っていなかった。

 2人は骨と皮となった我が子を抱きしめ涙する。

 しかしこの状態を放置はできない。


「ベニー様、チェニール様、お2人を直ぐに侍医にお見せしたほうが宜しいかと・・・」


「おお、そうであった。ブリュトイース伯、此度のこと、決して忘れませぬ」


 騎士たちに守られ2人は母親と共に王城の奥へ消えていく。

 俺はカルラ、ペロン、クララ、プリッツの4人を連れて陛下(タヌキ)の執務室へ向かう。


「クリストフ様っ!」


 もうすぐで陛下(タヌキ)の執務室という所でドロシー様が俺たちを待っていた。


「クリ・・・ブリュトイース伯、それに皆さん、この度は2人を救っていただきありがとうございました」


 ドロシー様は人目も憚らず俺たちに頭を下げる。

 さすがにそれはまずいので直ぐにドロシー様に頭を上げるように言うが、ドロシー様は大粒の涙を流し何度も頭を下げてくる。

 カルラやクララの説得もありやっとのことでドロシー様は泣き止み、俺たちと一緒に陛下(タヌキ)の執務室に向かう。

 陛下(タヌキ)の執務室にはいつの間にか父上もきており、俺たちを待っていたようだ。


「ブリュトイース伯の此度の働きに感謝する」


「今回、ラミルダ様とベリグザイム様をお救いしたのはここに控えています4人の活躍があったればこそでございます。特にプリッツ・フォン・ヘカートはお2人の居場所を突き止め、更に救出時にも目覚しい活躍を見せております。叶うならば陛下よりお言葉をかけていただければと思っております」


「うむ、そなたたちの働きに感謝する。中でもヘカートとやら、よくやってくれた。皆には追って褒美をつかわすこととする」


『ありがたきお言葉』


「クリストフ、よくやった。皆もよくやった。今日は屋敷に戻り休むが良い」


 父上の言葉で俺たちは執務室を辞する。

 さて、俺は俺にしかできないことをしますか・・・


「ドロシー様、少し宜しいですか?」


 俺はカルラたちを先に行かせドロシー様と中庭に出る。

 人払いをして2人きりで話をする。


「ドロシー様、今回の出来事はドロシー様にとってさぞお辛いことでしょう」


「・・・」


「しっかり寝ていらっしゃらないようですね? それに食事も」


「・・・」


「このままではドロシー様が病気になってしまいます。そうなれば亡くなられた妃殿下がお喜びになるでしょうか? 今のドロシー様の姿を見て王太子殿下が喜ばれるでしょうか? それに私もそのようにやつれたドロシー様を見るのは胸が締め付けられる思いです。ドロシー様・・・ドロシー、私の言っていることは分かりますね?」


「(コク)」


「今日はしっかり食べて、しっかり睡眠をとってください。分かりましたね?」


「(コク)」


 痩せ細ったドロシーを抱きしめ侍女に消化のよい食事を、と頼み王城を後にした。

 帰りの道中、ずーっとカルラたちはニヤニヤしている・・・気持ち悪い奴らだ。

 そんなに褒美が嬉しいかね? まさか陛下(タヌキ)に声をかけられた方か?









 屋敷に帰るとフィーリアが俺を待っていた。


「ご迷惑をお掛けいたしました」


「もう大丈夫なのかい?」


「はい」


 フィーリアの顔を見る限り大丈夫なようには見えない。

 彼女の手には白い包みが握られていたのでそれが何か気になったが、敢えてふれないようにした。

 フィーリアが持ってきたのだから俺に見せるためにもってきたのだろう。

 俺の考えどおりフィーリアは跪き白い包みを俺に差し出す。


「それは?」


「父の首でございます」


 ん? 今何って言った? 乳首? じゃないよな? ・・・父の首・・・


「私の父の首でございます」


「なっ!」


 俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。

 一体全体どういうことなんだ? 何でフィーリアが自分の父親の首を持ってくるんだ?


「あの馬車が爆破したおり、昔嗅いだ匂いがした気がしたのです。思い出すのに時間が掛かりましたが、あの匂いが父のものだと気付きました」


 つまり俺を殺そうとした者はフィーリアの父親だったと?

 つまりフィーリアは俺を殺そうとした自分の父親を殺したと?

 つまりフィーリアは俺のせいで父殺しの大罪を犯したと?


 俺は今とても間抜けな顔をしていただろう。


 ちょっと待て・・・たしかフィーリアの父親は商人で魔物に殺されたんじゃなかったか?


「魔物に殺されたと思っておりましたが、生きており恐れ多くもクリストフ様のお命を狙ったものです」


「フィーリアの・・・父・・・か・・・私の命を狙ったということはブリガンティなのだな?」


 俺は包みを解きフィーリアの父親の生首を見つめながらブリガンティと父親の関係を確認する。

 本来であればこんなに見つめていたいものではないのだが、凝視しなければならないと何故か思ってしまう。


「あの人はブリガンティの一員で隊長格でした。それに私のことも覚えておりませんでした。・・・クリストフ様の命を狙った報いを受けてもらいました」


 何を言えば良いのだろう・・・俺はどうやってフィーリアに償えば良いのだろうか?

 俺は自然とフィーリアに近付き泣き出しそうな彼女を抱きしめていた。


「辛い思いをさせてすまない・・・」


「・・・」


「もし・・・もし俺のことを許してもらえるのなら・・・」


「許すも何もありませんっ! 私はクリストフ様の忠実な(しもべ)です。私が奴隷になるきっかけを作った両親よりも私を拾って命を助けていただいたクリストフ様の恩に報いるのは当然のことです! 比べるまでも無く・・・」


 自分の気持ちを曝し、そしてフィーリアは俺の胸で泣き咽る。

 俺はフィーリアが泣き止むまで抱きしめていた。


「お召し物を汚してしまい申し訳有りません。只今お着替えを用意いたします」


「フィーリアは俺の家族だ」


 フィーリアが俺の着替えを取りに部屋を出ようとしたところに俺は俺の気持ちを簡潔に伝える。

 耳心地の良い言葉で飾るよりも短くても心の篭った言葉の方が気持ちが伝わることもある。


「ありがとうございます」


 フィーリアは振り返り俺に満面の笑顔を向けて部屋を出ていった。








 今回の誘拐事件に関してだが、どうやらお2人については俺が製作したマジックアイテムが命を守ったようだ。

 暗殺された王妃や王太子に第4王子は厳重に警護されている王城の内部まで賊が侵入するとは思っていなかったのか殺された時にはマジックアイテムを身に着けてはいなかった。

 しかし幼い2人はマジックアイテムを身に着けており、それにより暗殺者の凶刃を防いでいたのだが幼い子供であったお2人は体重が軽かったことで連れ去られてしまったようだ。

 しかも連れ去った後にベルム公国はお2人を毒殺しようとしたが俺の作ったマジックアイテムにより毒は無効化されたので食事を与えずに餓死させようとしたようだ。

 幸いだったのは直ぐに餓死させようとしなかったようで連れ去ってしばらくは食事が与えられていたことだ。

 さすがに1ヶ月も食事が与えられなかったらお2人は今頃・・・


 今回の事件で俺のマジックアイテムの瑕疵が判明した。

 危害を加える攻撃に対しては身に着けている者を守るが、さすがに軽く持ち運びが楽な子供の誘拐には対応ができていなかった。

 これについては早速改善をしている。




 

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