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スクランブル  作者: 雪車
地獄編
21/21

【Visitor From The Hell】

 ニューヨーク・マンハッタン――色とりどりのネオンが夜を照らす繁華街。人種のるつぼと称されるこの街には世界中から様々な人種が集まり、地域ごとに異なった文化を形成している。世界を代表する金融街の一つであるウォール街に立ち並ぶ摩天楼。そのはるか上空で、俺とケイトは破格の存在を目の当たりにしていた。

 距離感をおかしく感じさせるほど巨大なその威容は、まるでマンハッタン島そのものが空に浮かび上がったかのようだった。昨日リサから受けた怪物討伐依頼。夜陰に紛れて悠然と横たわるこの巨塊がその標的であることは間違いない。

 「……とりあえずできるだけ近付いてみようか」

 ケイトの提案に無言で頷き、俺たちはゆっくりと標的との距離を詰める。ケイトはPSI能力で空を飛べるが俺は飛べない。そのため、九器の一つ、飛行できるように改造されたベスパに二人乗りして夜空を駆ける。

 潜り込むようにして標的が視界からはみ出るまで近付くと、地響きのような低く重い音が繰り返し鼓膜を揺らした。すぐに発生源が俺たちの視界を占領している物体だと気付く。

 「やっぱり……この巨大な塊は生き物なんだ」

 地響きと合わせて視界全体が大きく脈打っている。ケイトは驚きを隠せない様子だ。それは俺も同様だった。これまでいくつもの並行世界パラレルワールドを巡って見たことのない怪物や未曾有の天変地異、果ては別世界の自分自身とまで闘ってきたが、これほど巨大な生物を見たことはなかった。ましてや空を飛行しているなど想像を絶する。

 「とにかく、こいつを討伐すればいいんだよな?」

 「うん、そう……だね?」

 言葉に詰まる。倒すと言ったってどうすればいいのだろう。切れ味抜群でゾンビの息の音すら止める妖刀なら持っているが、そんなものは役に立たない。地面に刀を突き立てたところで大地は揺らぎもしないだろう。

 俺とケイトはベスパを停めて顔を見合わせる。ケイトならこいつを爆破するかどうにかして倒すことはできるだろうか。しかし、俺たちの真下にはマンハッタン島で暮らす百六十万人の一般人がいる。この巨大な塊を破片を残さず消滅させるくらいでないと駄目だ。

 何か方法はないかと考えていると、ケイトが思いついたようにぽんと手を叩いた。

 「あれがあった!」

 「あれって?」

 ケイトは中空に異次元へつながる入口を出現させ、そこに左手を突っ込んだ。

 探るように腕を動かして、引っ張り出したものを俺に手渡す。すっかり存在を忘れていた九器の一つ、巨大隕石をも消し去るバズーカ砲だった。これならこの巨大な飛行生物がなんであれ跡形もなく消滅させることが出来る。

 俺たちは巻き添えを食らわないよう高度を落とし、標的に狙いを合わせてトリガーを引いた。今回で三度目になる衝撃がずしんと俺の右腕に伝い、銃口から発射された黒い塊が夜空に消えていった。

 「上手くいったかな?」

 「たぶん……」

 数秒後、空全体を閃光が覆った。その瞬間だけ昼間になったかのようにニューヨークが光に照らされる。地上は今頃大騒ぎだろうが、任務完了だ。

 「どうしたものかと思ったけど、終わってみれば楽な仕事だったな。早く片がついてよかった」

 標的が跡形もなく消滅したのを確認して、俺は伸びをした。

 「でも、一体何だったんだろうね? 生き物なのは間違いなかったけど。空を移動してただけで暴れる様子もなかったし、殺しちゃってよかったのかな……ん?」

 星空を眺めていたケイトが何かに気付いたように声を出した。俺も釣られて顔を上げる。

 闇夜の中に、そこにだけ闇が凝縮したかのような濃密な黒があった。目を凝らした俺は、闇の中に二つの蒼星を発見する。

 ぞくりとした美しさ。頭には長く歪曲した二本の角が生え、妖しくすらりと伸びた肢体の一部をビロードのような漆黒の体毛が覆っている。闇が凝固して形作ったような存在感。

 蒼星が瞬いた。

 俺は魂を抜き取られそうになりながらも本能的に刀を頭上に掲げた。その一瞬の判断が俺を死の淵から救い上げた。

 闇が禍々しさを纏って俺に襲いかかった。両腕で掲げた刀にとてつもない衝撃が走り、支えきれずに俺の頭部を激しく揺らす。何が起きたのかを考える間もなく俺は意識を失い、闇の中へただただ落下していった。


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