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スクランブル  作者: 雪車
地獄編
20/21

【The World Just Before The Extinction】

 「やあ、八年ぶりだね。にぃ様、ケイト、狛蕾はくらい、それにベル」

 かぐやさんはくだん討伐隊本部――お屋敷内の謁見の間に座って室内を見渡した。彼女の言うように、こうして再会するのは彼女が黒炎に呑まれたあの日以来の八年ぶりということになる。

 長いようで短かった八年。変わったこともあれば、依然として変わらない窮状きゅうじょうもあった。

 「ともあれみな元気そうで何よりだ。新顔もいるようだね」

 襖のすぐ横で、黒髪をすらりと肩まで垂らした和服姿の少女が奇妙なものを見る目でかぐやさんを見つめている。正直、そういう目で見たくなる気持ちは俺も解らないではない。

 「まったく転生できるからって無茶しやがるぜ」

 「まったくじゃ。八年間も呑み友達がいなくて退屈した儂の身にもなれ」

 人狼ガルーとベルゼーヌが口々に愚痴を投げかけた。かぐやさんとの付き合いは俺よりも彼らの方がずっと長い。転生をするのも今回が初めてではないとの話だったし、かぐやさんの無茶な行動にも慣れている様子だ。

 「ちょっと、お酒はぜったい駄目だからね!」

 ケイトがかぐやさんに向かってきっぱりと言った。

 この八年で一番変化があったのはケイトだ。ウェーブのかかった栗色の髪は今は胸の辺りまで伸びていて、どことなく羅紗の面影がある。しかし容姿で変わったところといえば髪型だけで、それ以外は出会った頃とまったく変わっていない。彼女は若さを保つために自分の肉体の老化速度をPSI能力で著しく遅らせているのだ。

 「ケイトはすっかりママさんだね。心配しなくても身体に害になることはせぬよ」

 「……約束だよ」

 ケイトはしっかりと念を押してから腰を下ろした。俺とケイトは八年前の九月に挙式して、九段との決戦当時既に身篭みごもっていた女の子を翌年出産した。俺も今では一児の父だ。

 しかも複雑なことに、俺とケイトの子――九神楽いちじくかぐらしろとしてかぐやさんが転生してしまったのだ。彼女が言うには、依り代となるべき生命があの時ケイトの胎内にしか存在しなかったからなのだそうだ。

 そういった事情があって、今は九神楽の意識とかぐやさんの意識、その二つが同じ身体に宿っている状態である。

 「さて、積もる話はあるけれど、そろそろ本題にはいるとしようか」

 台詞とは裏腹に、かぐやさんは神楽が最近いつも持ち歩いているゴリラのぬいぐるみを枕代わりにして壇上で横になった。ふう――と息を吐いて世界一可愛い顔(客観的に見たうえでの妥当な判断である)にうれいを漂わせる。

 「まだ本調子じゃないようだ。悪いが横にならせてもらうよ」

 俺の隣で、ケイトが思わず我が子の行儀の悪さを叱りそうになっている。

 「わらわも依り代を通じてこの八年間の出来事は大体理解している。ケイトやにぃ様の働きで天変地異を未然に防いでいるからほとんどの者は気付いておらぬが、世界に異変が起きているようだね。九段が今際いまわの際に残した言葉どおりだ」

 「九段は世界を形作るエネルギーが枯渇しつつあると言っていたけれど」

 俺とケイトはみんなの力を借りながら緊急発進部隊チーム・スクランブルの活動を継続している。たしかに、ここ数年で自然災害が発生する頻度と規模が目に見えて増大している。九段は今からあと二年で全世界が滅ぶとまで言っていた。俺たちはその言葉の真実味を肌で感じている。

 「うむ、自然エネルギーが枯渇しつつあるのは間違いないだろう。しかし……結論から言うと、わらわでも打つ手はない」

 謁見の間はしんと静まり返った。

 仙術を極めたかぐやさんになら窮状を打壊できるのではないかと望みを掛けていたのだが……彼女にもどうしようもないとなるといよいよ手詰まりだ。

 「まあ、世界の寿命だってんならしょーがねえな」

 人狼ガルーが壁にもたれかかった体勢で両腕を頭の後ろへ回し、あっさりと世界を諦めた。

 「死んだら皆地獄へ行くだけじゃ。なんなら儂が獄内を案内しちゃるよ」

 ベルゼーヌが豪気なことを言うが、そのくせ八年経った今でも記憶をまったく取り戻していない。くだんを倒す手がかりは彼女の記憶だけだというのに。

 「まあ、あと二年ある。諦めるのは早いさ。かぐやさんも復活したことだし、何か方法はないか考えよう」

 俺は壇上に寝そべった小さな身体を見ながら、皆に向かって言った。


 ☆


 「いけー! ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ! わるものをやっつけろ!」

 天気のいい昼下がり。お屋敷の敷地内に広がる見事な日本庭園に元気のいい声が響く。

 栗色の髪を頭の両端にちょこんと二つにまとめた女の子――九神楽、よわい八は小さな身体に力いっぱい両腕を天に突き出して声援を贈った。

 次の瞬間、声援が通じたのか「わるもの」こと和服姿の少女は神楽よりも一周りだけ大きな身体を五十メートルほど後方へ吹き飛ばし、盛大に砂煙を巻き上げながら石灯籠を粉々に粉砕して庭園の中央に広がる池の中へ身を沈めた。

 神楽の笑い声が響く。

 「くそ、ゴリラ・ゴリラめ……!」

 池の中であぶくを漏らしながら悪態を突くと、雨矢竹花あまやちくかはびしょぬれになった着物がまとわり付く機械人形ドールの身体を水面へ運ぶ。日光を乱反射させてきらきらと輝く水面を見上げながら、竹花はそれと似た情景を思い起こした。

 海の底から海面に意識を引き上げられるように、永遠につくはずだった眠りから無遠慮に覚醒させられた。当時六歳だった神楽が竹花の起動スイッチを偶然押してしまってから二年、竹花は神楽のおりをさせられている。

 「むかつく」

 水面から鼻より上の部分だけを出し、視線を動かして辺りを探る。すると砕けた石灯籠の横に、黒い毛むくじゃらの塊が見えた。

 竹花は素早く水中から左腕を出し標的に向ける。機械人形の手のひらから音もなく銃口が突き出て、銃弾が発射された。黒い毛むくじゃらの塊に向けて容赦なく銃撃を浴びせる。

 「きゃー! ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ!」

 叫び声を上げて、蜂の巣にされたゴリラの人形に向かって神楽が駆け寄った。竹花は慌てて銃撃を中止する。

 竹花はゴリラが嫌いだ。でかい図体を用いて他を威嚇する様を見ると、野生動物ということを忘れてむかついてくる。人と同じ霊長類だということも気に入らない。まるで人間の野蛮で下品な本質を見せられている気がしてイライラする。

 先ほどから竹花の注意はゴリラの人形を破壊することのみに向けられていた。自分の意思に反して覚醒させられたことにはあまり頓着とんちゃくしていなかった。

 池から上がり、竹花は穴だらけになったゴリラの人形を見下ろす。

 「ぷぷ。ゴリラ・ゴリラ敗れたり」

 竹花の勝ち誇った声を聞き、目に涙を溜めて人形を抱いていた神楽はむっとした表情で竹花を見上げた。

 「ゴリラ・ゴリラじゃなくてゴリラ・ゴリラ・ゴリラだもん!」

 神楽の泣きべそが竹花の胸中を更に優越感で満たす。

 「そんな負けゴリラはゴリラ・ゴリラで十分」

 「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラのことをゴリラ・ゴリラなんてよぶな!」

 「そんな負けゴリラ・ゴリラは略して負けゴリで十分」

 「ゆるさーん!!」

 神楽が立ち上がった。人形とはいえ、友達を侮辱されてそのままでいる神楽ではない。

 「ゴルラ・ゴルラ・ゴリラ! しんのすがたを見せるのだ!」

 「言えてないし……」

 神楽の号令とともに、絶命したかと思われたゴリラの人形が息を吹き返した。穴だらけになりながらも息絶え絶えにその身を起こす。

 「いけー! ゴリラ・ゴリラ・ゴリラビーム!」

 「ウホーッ!」

 神楽が唖然とする竹花を指さし、ゴリラの人形は両腕を頭上に掲げた。人形の口から閃光がほとばしる。

 竹花は眩い光の中で、どうせなら今度こそ永遠の眠りにつけることを願った。


 ★


 「それじゃあまた来月、同じ時間に事務所に来てください。書類を記入して忘れずに持ってきてくださいね」

 依頼者を見送り、戸締まりをして明かりを消すと俺は事務所を出た。面談が長引いて予定した時間よりも遅くなってしまった。よくあることだ。

 俺は現在、学生時代に取得した法律系の資格を用いて事務所を開いている。経営は軌道に乗ってそれなりに上手くいっているが、しかし子どもを養うというのは大変だ。

 エレベーターでオフィスビルの一階に降りる。エントランス横のカフェを覗くと、一人で珈琲を飲むリサの姿があった。

 「すまない、仕事が長引いちゃって」

 声を掛けると、彼女は手元に落としていた視線を上げた。読んでいた本をぱたんと閉じて微笑みを見せる。

 「気にしないで」

 リサはこの八年で美人に増々磨きがかかった感じだ。知的な印象が魅力的なリサは眼鏡が良く似合う。彼女はその眼鏡の縁を人差し指でつっと持ち上げた。

 「スーツ姿だと印象が違うわね。そういえば九がスーツを着ているところは初めて見るわ」

 「どう印象が違うんだ? ちょっとは貫禄ついてるか?」

 「ちょっと詐欺に思えるくらい。九とケイトはいつまでも若々しくて羨ましいわ」

 ケイトほどではないが、俺も仙術を覚えたおかげで普通よりもずっと身体の若さを保っている。仕事柄むしろ若さよりも貫禄が欲しいところなのだが、リサによればそれはスーツで誤魔化せてるみたいだ。

 「かぐやさんも復活したことだし、リサも仙術を教わったらどうだ?」

 そういえば以前、九段との決戦前にそういう話をしたことがあった。かぐやさんが死んでしまって結局それは叶わなかったのだが。

 「もう五年早ければなぁ……」

 リサは遠い目をしてため息をついた。彼女はそのままでも十分美人だ。

 「まあいいわ、それより依頼を引き受けてくれてありがとう。組織のメンバーだけじゃちょっと手に負えそうになかったから」

 「いいさ、バイト代が貰えるなら大歓迎だ。詳しい話を聞かせてくれ」

 リサは鞄から角二サイズの封筒を取り出して俺に手渡した。中を確認すると、今回の依頼に関する資料のようだ。

 「転移ジャンプ先の座標も入ってるから資料には後で目を通しておいて。簡単に説明すると、怪物の討伐依頼なんだけど……今まで扱ったことがないくらい手強いわ。組織では標的ターゲットを強さに応じて分類しているんだけど、今回の標的は最高のSクラスになるわ」

 「そりゃあ気を引き締めていかないとな」

 とは言ったものの、討伐依頼なら手っ取り早く済みそうだ。俺も緊急発進部隊チーム・スクランブルの活動で怪物と闘うことはよくあるが、これまで苦戦したことはない。

 「組織ジュノレルドの方はどうだ? 他にも俺とケイトに手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれよ」

 八年前、九段が死んだことによって組織ジュノレルドは頭を失った。しかし組織は並行世界パラレルワールドに対して大きすぎる影響力を持っていたため、今さら組織を解体することはできず、誰かが新しい首領ボスとして適切に運営していく必要があった。

 そこで、PSI能力や組織の活動に関する知識、組織内での人望、運営能力等を総合的に判断して、リサが代表として組織を運営していくことになったのだ。

 そして現在に至るまで、ほぼ全てをリサに任せきりになってしまっている。

 「大丈夫、組織ジュノレルド並行世界パラレルワールドの平穏を守るための組織として順調に成長してるわ。もちろん、私もそれなりの報酬は受け取ってるけどね!」

 組織ジュノレルドは表向きは世界的に有名な貿易会社として名を連ねている。リサはそこの代表だ、年収は桁違いだろう。

 「なあ、今回に限らずバイトがあったら俺にも回してくれ……書類を作ってばかりで身体が鈍っちゃって」

 リサはくすりと笑い、ウインクをした。

 「わかったわ。パパは大変ね」

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