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スクランブル  作者: 雪車
並行世界編
14/21

【Sabbath Before The Decisive Battle Ⅱ】

 翌日、かぐやさんは休養をくれたが、俺は人狼ガルーと組手を行った。組手といってもガルーは素手で俺は象牙刀を用いた実戦形式だ。

 当初、俺は象牙刀ではなく木刀をかぐやさんから借りて持参した。人狼ガルーの強靭な肉体といえども鉄をも両断する象牙刀には耐えられないだろうという当然の配慮だ。

 「木刀じゃなくて、象牙刀で構わないぜ」

 その言葉を聞いて、人狼ガルーには象牙刀をも受け止める自信があるのかと思ったのだが。

 「九じゃあ、俺に刀をかすらせることもできないからな」

 と、人狼ガルーは挑発的な笑みを見せた。 

 これにはさすがに俺も聞き捨てならなかった。いや、昨日までの俺ならさもありなんと聞き流していたのだろうが、坐禅を終えて自然エネルギーを体内に取り込む術を心得た俺には、刀を当てるどころか人狼ガルーに勝つ自信もあった。

 それほどまでに、今の俺は昨日までとは違っていた。文字通り身体に羽が生えたように軽く、かつ力がみなぎっていた。つい先ほど試しにと思ってお屋敷の庭園に転がっている岩に拳を落としてみたのだが、その結果岩は粉々に砕け散った。

 そういうことがあって、俺はこの日自信に満ち溢れていた。

 そして、その自信は木っ端微塵ぱみじんに消し飛ばされた。いや、蹴り飛ばされた。

 手も足も出なかった。

 どう出なかったのかというと、開始の合図と共に、刀を振る暇も足を踏み出す一瞬も与えられず仰向けに蹴り倒されていた。気がついたら砂利に転がって空を仰ぎ、両手を頭上に投げ出してお手上げのポーズを取らされていた。

 おそらくはかぐやさんと人狼ガルーの目論見どおり、天狗の鼻を伸びた先からへし折られてしまったのだった。

 「まだまだだな」

 という人狼ガルーの言葉がやたらと悔しかった。ケイトとベルゼーヌが起床する前だったのが幸いか。

 そういうことがあって、次の日から俺は一層修練に励んだ。体内のエネルギーを自在にコントロールできるようにする修練なのだが、前回の坐禅のような荒療治によって短期に修得する方法は存在しないらしく、自分なりにエネルギーを巡らせるこつを掴むしかないようだった。

 とはいえ、かぐやさんが俺の体内のエネルギーを感知しやすいように操作してくれたこともあり、二週間余りで体内エネルギーの操作術を会得することができた。

 「にぃ様は筋が良いぞ、毎晩房中術にてわらわとにぃ様の間で気を巡らしていたおかげだな」

 「ケイトに聞かれたら洒落にならないから止めてくれ。そんな秘密特訓はしていないだろ」

 実はそういう習得法もあるとかぐやさんからちょくちょく勧められているのだが、断固たる意志をもって断っている。

 「そうだったか? しかし、これでにぃ様は体術の基礎はすべて修得したことになる。相手に九器があるとはいえ、九段に遅れを取ることはないだろうぞ」

 「ありがとうございます、かぐやさん」

 俺は彼女に頭を下げる。彼女は修練中付きっきりで俺の様子を見てくれていた。いくら感謝しても足りない。

 「いやいや、わらわもにぃ様と一緒に時間を過ごせて楽しかったよ。それに、礼を言うのはまだ早いだろう。九段との決戦まであと一週間ある。ゆっくりと身体を休めるとよかろうぞ」

 彼女は照れた様子で扇で口元を覆い、心なしか頬を染めている。

 「その前に、あいつに借りを返さないと!」


  ☆

 

 人狼ガルーとは前回こてんぱんにやられたあと組手をしていない。

 修行を終え、自分でも格段に体術が向上したことがわかる。前回のような無残な結果にはならないはずだ。

 「さて、どのくらいできるようになったかお手並み拝見といくか。あ、今日も象牙刀でいいぜ」

 と、柔軟体操を終え、人狼ガルーが不敵に笑った。

 「キュー、頑張って!」

 「勝った方を儂の第一下僕に任命しちゃろう。直接儂の身の回りの世話をする名誉ある役職じゃ」

 今回はケイトたちが観戦しており、意地でも前のような醜態を晒すわけにはいかない。

 「ところで人狼ガルー、聞きたいことがあるんだが」

 俺は疑問に思っていたことがあって人狼ガルーに声をかける。

 「なんだ? あらたまって」

 「いや……ベルゼーヌのことなんだが、人狼ガルーはいつも変身後のベルゼーヌの身体を洗ってるのか?」

 風呂での一件以来素朴に疑問に感じていたのだ。二人はそういう関係なのだろうか。それとも、人狼ガルーは彼女の裸を見ても何も感じないのだろうか。

 「あー、俺はベルゼの髪は洗ってやってるけど、身体は洗ってないぜ。身体はアイツが自分で洗えるからな」

 なんだって。それじゃあベルゼーヌはなぜ俺に身体を洗わせたのだ。

 「この前はアイツ、九についでに身体も洗わせようと企んだんじゃないか? 甘やかすのは良くないぜ」

 あいつ……あとで泣かす。

 「行くぜ!」

 開始の合図と同時に人狼ガルーが瞬時に間を詰め、俺の顎目掛けて蹴りを繰り出した。

 前回はこれでやられたが、見える。俺は身体を捻って左にかわし、蹴り出された右足目掛けて象牙刀を斬り上げる。

 人狼ガルーは瞬時に身体を反らし、バク転の要領で開始位置まで宙高く跳躍した。

 「木刀に持ち替えようか? 決戦前に怪我をさせて足手まといが出たんじゃあ、計画に差し障るからな」

 手応えありだ。人狼ガルーもまだ本気ではないだろうが、前回は反応できなかった動きにもついていける。

 「ぬかせ」

 「そうかよ!」

 今度は俺が全速力で距離を詰め、刀を上段から人狼ガルーの頭部に斬り下ろす。

 殺った――と思ったのだが、象牙刀は人狼ガルーの両手に挟まれ、ぴたりと勢いを止めた。

 「おいおい……俺を殺す気か?」

 「おかしいな。俺の刀はかすりもしないんじゃなかったか」

 俺は更に力を込め、人狼ガルーは歯を食いしばる。

 「ちょっと、二人とも! やり過ぎだよ!」

 という制止するケイトの声が響いた直後。

 バキィ――と鈍い音を立て、象牙刀が真っ二つに折れた。


  ★


 「なんてこった……」

 無残に砕けた象牙色の2つの金属片を見下ろし、俺は呟いた。

 たしかに、前回の屈辱を晴らそうとするあまりヒートアップし過ぎたのは俺が悪い。しかし、象牙刀が折れてしまうとは……原因に心当たりがないわけではない。鋼鉄都市で博士が殺された直後、俺は怒りに任せて博士に突き立てられた九段の刀を象牙刀でへし折ったのだ。その時に象牙刀にもひびが入っていたのではないか。

 言いたくはないが、象牙刀のない俺というのは。

 「象牙刀がない九なんて、ただの足手まといだな」

 刀をへし折った張本人、人狼ガルーが容赦なく言い放った。しかし、これについては俺が悪いため何も言い返せない。

 「うーん……残念だけど、キューは次の作戦は留守番かな」

 「ちょ、ちょっと、それはないだろう。ケイトとみんなを行かせて俺が何もせずに待ってるなんて、あり得ない」

 いつもなら身を案じる俺の言葉に嬉しそうな表情を見せるケイトだが、今回は眉間を寄せて渋面を見せた。

 「武器がないならキューは連れていけない。キューが死んだら、たとえ九段を倒せたとしても私は生きていけないもの」

 彼女の決心は固いようだ。しかし、ケイトが死んだら生きていけないのは俺も同じだ。

 「そうだ、かぐやさんに頼んで刀を貸してもらえばいい。象牙刀ほどの威力はないけど、仙術を学んだ俺なら戦力になるはずだ」

 うーん、と人狼ガルーとケイトの二人は俺の提案に首を傾げる。ダメか。

 「仕方ないのう。儂の刀を貸してやろう」

 庭園に面した縁側に腰掛け、両足を退屈そうに揺らしていたベルゼーヌが見かねたように言った。

 ベルゼーヌの刀……? 彼女が刀を使っているところなど見たことがないが。

 「その代わり、これからは誠心誠意儂の髪と身体を洗うのじゃぞ。もちろん、大人の姿でな」

 人の足元を見て勝手な要求をまくし立てている。しかし、本当に象牙刀の代わりになる刀など持っているのだろうか。 

 「とりあえず刀を見せてくれ、使えそうなら考えてみる」

 うむ、と一度頷いてベルゼーヌは大人の姿に変身した。

 後ろ手に髪をまさぐっていたかと思うと、するりと前に掲げた右腕に一本の刀が握られていた。

 全長は象牙刀よりも半分ほど長く、何より美しい。金色に輝く鞘と柄が辺りを薄く照らしていた。

 俺は刀を手に取り、刀身を鞘から抜き放った。反りを持った刃は白金色で波打つような文様が浮かんでいる。

 「きれい……」

 隣で刀を眺めているケイトが、思わず言葉をこぼした。

 「ふ、ふん、当然じゃ。儂の創った刀じゃからの、小汚い象牙刀なんか比較にならんわ」

 刀を褒められて嬉しそうなベルゼーヌが、胸を張って言った。派手過ぎて俺の趣味ではないのだが、たしかに凄い。上手く表現できないが、刀身から魔力のようなものを感じる。

 「この刀、本当に借りてもいいのか?」

 「先程の条件を飲むのなら貸しちゃろう」

 背に腹は変えられない。それにまあ、いざとなったら約束は反故にしてしまえばいいだろう。

 「しかし、こんな刀があるならもっと早く出してくれれば良かったのに」

 「この刀のことを忘れておったのじゃ。先日昔の記憶と共に思い出した」

 などと、ベルゼーヌは平然と告げた。

 「なんだ、ベルゼ、記憶を取り戻したのか? いつ?」

 「この間九に身体を洗わせておった時じゃ。デジャブというかの、前にも下僕に身体を洗わせていたことを思い出した。それから徐々にな」

 人をさらりと下僕扱いしやがった。

 「それで、お前は何者なんだ?」

 俺の問いに、ベルゼーヌは艶然えんぜんと笑みを浮かべる。

 「儂は――」

 俺はごくりと唾を呑み込む。大人の姿の彼女には異様な貫禄がある。人並み外れた美貌も含め、ようやくその理由が明らかになるのか。

 「悪魔じゃ」

 「……それで?」

 「それでとはなんじゃ? ほかに何が知りたいのじゃ」

 勿体ぶっているわけではなく、本気でそう言っているようだ。しかし、悪魔であることは間違いないらしい。 

 「いや、例えば、どうして道端で気絶していたのかとか、そもそもどうして地獄からここに来たのかとか……」

 「それは一向に思い出せん。そんなことより、その刀は大事に使えよ。儂のお気に入りの刀じゃからな」

 どうやら彼女は自分が悪魔であることさえ思い出せれば他のことはどうでもいいようだ。まあ、余計なこと――例えば、人類を滅ぼす目的などを思い出して、殺されでもしたらたまったものではないが。

 「この刀に名前はあるのか?」

 「勿論じゃ。妖刀・ゴールデンボンバー、じゃ、カッコいいじゃろう」

 彼女は誇らしげに刀のめいを告げた。一気に刀の格が暴落した感じだ。

 「えーと……言い換えると、妖刀・金色こんじき(爆)って感じか」

 (爆)が意味不明だが、ゴールデンボンバーよりはいいだろう。

 「まあ、好きに呼べばよい。置いてけぼりにされずにすんだんじゃ、感謝せいよ」

 たしかにそれについては、ベルゼーヌに感謝をしなければならないようだ。

 

 

 

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