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スクランブル  作者: 雪車
並行世界編
13/21

【Sabbath Before The Decisive Battle 】

 それから二日後、リサから連絡があった。

 「一か月後に、私と火種コール、羅紗、それに夜叉の四人で合同で任務に当たることになったわ」

 一か月後――討伐隊のメンバーで話し合い、その時に九段に奇襲をかけることになった。リサには敵の内部からこちらの援護をしてもらう予定だ。作戦どおりいけば九段を倒すことができるはずだ。

 俺は今、鹿苑寺の境内をかぐやさんと一緒に散策していた。人気ひとけのない場所ならどこでもよかったのだが、かぐやさんの希望でこの場所を待ち合わせ場所とすることにした。時空転移ジャンプを終えてベルゼーヌは俺の頭上で寝息を立てている。 

 静まり返った境内の中に、豪華絢爛な鹿苑寺を背景にして一人佇むリサの姿があった。こちらに気付いて彼女は腕を振る。

 「くだんについて何か新しいことはわかったか?」

 「ううん。ダメね。首領ボスの情報は徹底して封鎖されているわ。組織ジュノレルドの活動を考えれば当然だけど」

 かぐやさんの話によると組織ジュノレルドの首領は数十年ごとに入れ替わるとのことだが、「くだん」というのは組織の首領に代々受け継がれる呼称と考えるのが自然だろうか。

 「でも、次の任務について事前に打ち合わせをしたいっていう理由で羅紗と夜叉の二人に会うことになったわ。その時にそれとなく探ってみる」

 「九段に直接会って探るのか……? あまり深入りはしないでくれよ。件の正体を探るのは重要だけど、リサにもしものことがあったら困る」

 俺の言葉を聞き、リサはにっこりと微笑んだ。

 「私を心配してくれるの? ありがとう」

 「九段を倒せるかどうかはリサの働きにかかってるからな」

 理解してるといった表情でリサは頷いた。

 「それで、そちらの素敵な方はどなたかしら?」

 リサとかぐやさんは初対面だ。俺は簡単にかぐやさんのことを紹介する。

 「リサ殿をお目にかかりたくてにぃ様に頼んで連れてきてもらったのだ。討伐隊とは言うものの仙術は戦闘向きではないから、リサ殿に力を貸して貰えるのはありがたい」

 「こちらこそ、よろしくお願いします。九からお話は伺いました。仙術を使って月を人が住める環境にされたとか。素晴らしいお力です」

 「いやいや、そう大層なことではないよ」

 かぐやさんはリサから褒められ、嬉しそうに狐耳を上下する。  

 「戦闘向きではないとのことですが、人狼ガルーの超人的な体術は仙術で肉体を強化しているからと聞きました。私こそ攻撃に向いた能力ではないので羨ましいです」

 「ふむ? だったら、わらわが仙術の稽古をつけてやってもよいぞ。これからにぃ様をしごいてやるところだ」

 色々あって遅くなってしまったが、これから仙術の稽古も本格的につけてもらう予定だ。かぐやさんからは俺には仙術の素質があるかもしれないとの言葉をもらっている。

 「本当ですか!」

 リサはかぐやさんから稽古をつけてもらえるという話を聞き、予想外に嬉しそうな反応をした。

 「これから次の任務の資料作成と今回の計画を煮詰めないといけないので、それが済んだら是非お願いします」

 リサはぺこりと頭を下げた。

 九段たちを襲撃する具体的な計画は、現地で奴らと行動を共にするリサに考えてもらうことになった。組織ジュノレルドでもリサがブリーフィングを担当する教官の役割をしているし適任だろう。リサには負担をかけてしまって申し訳ないが、今回の計画での彼女の役割は重要だ。

 しかし、リサが戦闘向けの能力に憧れているとは意外だった。火種コールの世話役のようなことをやっていたため、勝手に後方支援向けというイメージを持っていた。それとも彼女の場合、火種コールのおもりをさせられて日頃からフラストレーションが溜まっているのかもしれない。

 リサの意外な一面を発見しつつ、計画の詳細は後日彼女から連絡をもらうということで本日は解散した。


  ☆

 

 仙術の修行は想像以上にきつかった。意気揚々と修行に向かった自分が恨めしい。かぐやさんは以前、乗りで厳しいと言っただけでそう大したものじゃないと、たしかにそう告げたはずなのに。

 修行の内容自体はシンプルなものだった。自然エネルギーが溢れているという中国大陸の秘境で座禅を組むというものだ。ただし、口にできるものは水だけで――変な牛蒡ごぼうみたいなものを食べさせられたが、木の根っこをそのままかじっているようにしか思えずあれはとても食事とは呼べない。ただひたすら座禅を組むのだ。

 巨大なつららを逆さまにしたような切り立った岩の上で、下手に身動きをするとバランスを崩して岩下まで真っ逆さまだ。

 空腹と寒さと孤独と闘いながら、それこそ霞を食って生きる仙人にでもなった気分だった。

 「これは牛蒡ごぼうなどではないぞ。自然エネルギーを最も豊富に含有しているといわれる神木の根だ」

 座禅を組み絶食を始めてから一週間、俺の様子を見に来たかぐやさんが言った。

 正真正銘木の根っこだった。しかし、もはや文句を言う気力もない。

 「自然エネルギーを感知できるようになるだけであれば、大したものではなかったのでは……?」

 俺がやっとのことでそれだけ言うと、かぐやさんは首を傾げる。

 「うむ、そんなことも言ったかな? しかし、一か月間しごけばそれなりに仙術も使えるようになる。やはりにぃ様には素質があるようだしな。それともやめておくか?」

 そんなふうに言われたら意地でも仙術を会得したくなる。というか、今更そんなことを言われてもという感じだ。修行を始める前に選択の機会を与えて欲しかった。

 「それで……俺はいつまでここで霞を食っていればいいんだ?」

 「ふむ、もういいだろう。よく頑張ったぞにぃ様。ご褒美にあとでわらわがこの手でご馳走を食べさせてあげようぞ」

 やった。ようやくご飯が食べられる。だが、今の体力では洒落ではなく本当に誰かに口まで運んでもらわないと食事を取るのも難しそうだ。

 「ところで、俺は一体なんのためにこんなところで坐禅を……?」 

 「うん? わかっていたのではないのか?」

 「いや、なんの説明もせずに俺をここへ連れて来たんだろうが!」

 空腹と疲労のせいでつい言葉が荒くなる。しかしかぐやさんはまったく意に介さない様子だ。

 「乱暴なにぃ様も素敵だぞ。とはいえ、すまんな、説明を省くつもりはない。先程にぃ様が言っていたとおりだ。これは霞を食う――つまり、自然エネルギーを体内に取り込む修練だよ。

 「一週間も水と木の根だけでは生きていられないだろう。にぃ様が自然エネルギーを体内に取り込んでいる証拠だよ。岩山の周囲に霞のような自然エネルギーが見えていないかな?」

 かぐやさんが遅まきながら説明をしてくれているところ申し訳ないが、どうでもいいから早く何か食べたかった。いや、俺が理由を聞いたんだったか。思考がまったく働いていない。

 「キュー、大丈夫!?」

 お屋敷へ戻ると、ケイトが目じりいっぱいに涙を溜めて俺に抱きついてきた。

 「かぐやさんがどうしてもキューに会わせてくれなかったから、寂しかった」

 ケイトは俺の体にしがみついて頬を胸に擦り付ける。ケイトに会いたかったのは俺も同じだった。

 ぼんやりとした思考で俺の体は汗臭いんじゃないかと気になったが、ケイトは構わず俺を抱きしめる。

 「ケイトと会うとにぃ様に雑念が生じるからね。禁欲は仙道の基本だよ」

 「キューが禁欲なんて、よく生きていられたね。よし、今日は私が何でも言うことを聞いてあげるよ、何して欲しい?」

 と、ケイトが涙を拭ってウインクをする。

 欲望の権化のごとく言われるのは心外だったが、このときの俺は正にそのような状態だった。

 風呂に入って体の汚れも落としたかったし、ケイトといちゃいちゃもしたかった。しかしそれよりもとにかく――

 「ご飯を食わせてくれ」

 ケイトとかぐやさんに精の付くご馳走を口に詰め込んでもらい――至れり尽くせりで普段なら夢のような状況だったんだろうが、この時はそんな風に感じる余裕はなかった。俺は一周間ぶりの風呂に入った。食事をして体力はある程度回復したようで、彼女らの介護なしに入浴することができた。

 湯船に浸かると、疲れきってかちかちに固まった全身を熱湯が一気にほぐした。温まった血液が頭の天辺から指先まで巡り、身体の芯まで痺れるようだ。

 「ああ……極楽だ。もう死んでもいい……」

 「おいおい、戦う前から九に死なれちゃ困るぜ」

 俺の口からたまらずこぼれた言葉に、人狼ガルーが突っ込みを入れた。

 浴場はお屋敷の豪奢な外観から想像するとおりの立派な露天風呂だ。ひのきでできた広すぎるほどの浴槽に、湯けむりが満点の星空に向かってもうもうと立ち込めていたこともあって、声を掛けられるまで人狼ガルーが先に入っていることに気付かなかった。

 「というか、むしろ今生きてるのが不思議だよ」

 「相当きつかったみたいだな。まあ、さすがにかぐやも九が耐えられないと思ったらやらないさ」

 「そうなんだろうけど……せめて事前に心の準備をさせて欲しかった」

 水と木の根っ子だけ渡されて岩上に置き去りにされた時には、ナメック星人に特訓を受けた時の孫悟飯の気持ちが理解できた。

 「かっかっか、情けないのう。そんなんじゃ儂の片腕にはなれんぞ」

 気が付くと、俺の右脇でベルゼーヌが湯船に浸かっていた。浴槽内の一段高くなっているところに腰掛けて鎖骨を湯船から覗かせている。

 「何してんだお前!? ここは男湯だぞ!」

 今のむかつく発言はとりあえず置いておいて、至極まっとうな問題点を指摘した。

 「悪魔に男も女もないわ」

 説得力があるのかないのか分からない理屈で一蹴された。

 うーん、まあ、子どもの姿ならギリギリ問題はないのか? そういえば、子どもを連れて温泉に入るときは男女の別を気にせずに入浴する習わしがあった気がするが、あれは何歳まで可能とかいう決まりがあったりするのだろうか。最近では、親としても我が子を変態の視線から守るためそういうことを避けるようにしている節があるが。

 「自分じゃシャンプーできないからって、正直に言えよ。そうだ、今日は九がやってくれよ、タイミングよく来てくれて助かるぜー」

 「うむ、主のシャンプーくらいは早く出来るようになってもらわんとな。苦しゅうない、儂の髪にシャンプーをせよ」

 まあいい、とにかく今日は早く休みたい。さっさと済ましてしまおう。

 「ほら、早く湯船から上がって、シャワーの前に移動しろ」

 うむ、と言ってベルゼーヌが大人の姿で湯船から出る。

 「ストーップ! なぜに変身する!?」

 慌てて視線を逸らしたが遅かった。立ち上る湯気の中で、濡れそぼる金色の長髪が透き通るような肌に貼りついて例えようのないほどの妖艶さを醸し出している。

 引き締まった肢体はケイトのそれよりも一周り豊穣でいて美の黄金律を体現しているかのようだった。

 「なんじゃ、ダメか? 子どもの身体だと敏感肌じゃからソープの刺激に耐えられんのじゃ。あとからヒリヒリする」

 彼女は見事な身体を惜しげもなく晒しながら、割りとまっとうな理由を述べる。

 「身体も俺が洗うのか? だとしたら余計にダメだ」

 今俺の身体に元気が残ってなくてよかったぜ。

 先ほど一瞬目にした美しさの概念を覆すほどの映像が、優れた芸術作品のように俺の脳裏に刻まれていた。

 というか、身体は湯船に入る前に洗うものだ。

 しぶしぶ子どもの姿に戻ったベルゼーヌの髪と身体を洗い、俺は浴場を出た。なんて疲れる日だ。

 「九! 明日俺と組手しようぜ!」

 浴衣に着替え終わると、奥から人狼ガルーの声が響いた。


 

 

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