【Reencounter In The Ruins】
翌日、爆発寸前で脱出した俺とケイトは、人狼とベルゼーヌと一緒に廃墟となった鋼鉄都市へ向かった。
俺たちは都市を一望出来る崖の上へ転移した。廃墟というよりは、言いたくはないがごみ山と言った方が正しい。目の届く範囲は鉄くずが山のように積み重なり散乱している。
「火種にここまでの力があったなんて……この間は手を抜いていたのか?」
口だけとは言わないが、火種に巨大な都市をまるごと破壊するほどの爆発を起こせるとは思っていなかった。
「手を抜いてたわけじゃなくて、今回はまんまと九段の策にはめられたんだと思う。羅紗が私の手を塞いで、その隙に火種が街に火をつけて回った」
「街に火を?」
たしかに、やけに火災が多いと思ってはいたが。
「火種の力は、炎のエネルギー――とでも言うのかな。それを瞬間的に高めて爆裂させる能力なの。だから、元になる火が大きければ大きいほど爆発の威力も強大になる。今回は都市中に火をつけておいて、それを一気に爆発させたんだよ。……でも、ここまでの爆発を起こせるとは私も思ってなかった」
火種はどういうつもりなのだろうか。組織の活動という建前に踊らされて九段達に協力していたのだとしても、世界を滅ぼすことに疑問を感じなかったのだろうか。
火種のことだ。むしろ偽りの大義名分を得て、破壊することに喜びを感じていたかもしれない。
ケイトが説明を続ける。
「逆に言えば、一切火の気がない場所では火種は能力を使うことはできないよ。まあ、常に煙草を持ち歩いてるみたいだけど」
「そうなのか?」
火種の能力は物体を爆破する能力だと単純に考えていた。
「火種だけじゃなくて、PSI能力者は無から有を作り出すことはできないの。火の気のないところに炎を発生させることはできないわ。
「その点、ベルちゃんはその例外ってことになるかな。かなり異質な能力だよ。それと、一昨日九から聞いた仙術もエネルギーの性質を変換させることができるみたいだから、私たちの能力とは別物だね」
ケイトの説明を聞き、いつものように人狼の頭上に居座ったベルゼーヌが得意げに笑みを見せた。
「かーかっか、儂は悪魔じゃからの。物質の創造くらい地獄の番犬にお座りさせるより容易いわい!」
「はいはい、ケイトの話を聞くまではベルも知らなかっただろ。あんまり調子に乗ってるともう代わりにシャンプーしてやらないぞ」
人狼が子どもを諌めるように言うと、ベルゼーヌは一転して狼狽する。
「そ、そんな、そんな意地の悪いことを言わんでもいいじゃろう……」
「調子に乗ってごめんなさいは?」
「……む……」
なんとか悪魔としての威厳を保とうとベルゼーヌは葛藤している様子だ。
そんな人狼とベルゼーヌのやり取りを聞きつつ、俺たちはかつて雨矢宅の建っていた場所に足を運ぶ。
といっても瓦礫の山はかつて街だった頃の原型を留めておらず、おおよその場所の見当をつけることしかできなかった。まあ、俺とケイトは博士の最期を看取り遺言を受け取ったのだ。今更その場所へ行ったって感傷的になるだけで、仕方のないことだ。
「九にケイトよお、博士が死んで辛いのはわかるが、いつまでも悲しんでいるわけにはいかないぜ。九段達は悲しんでる暇を待ってはくれないんだからな」
人狼の言うとおりだ。
博士は自分が死ぬのは自業自得だと言った。九段を生み出してしまったのは自分の責任だと。そして、九段をよろしく頼むと。
博士に代わって俺が九段に引導を渡してやる。
廃墟となった鋼鉄都市に沈む夕日は、皮肉にもとても美しかった。
☆
「んにゃにゃにゃにゃーー!」
ケイトが猫じゃらしを片手にアオと戯れている。
いや、正確には猫じゃらしを振り回しているケイトをアオが珍しい生き物を観察する眼差しで眺めている。
俺とケイトは、結局かぐやさんのお屋敷に住まわせてもらうことにした。色々な点から考えてそれが一番いい。
そこで、今まではちょくちょくケイトが家に戻ってアオの世話をしていたのだが、彼も俺とケイトと一緒に引っ越してくることになった。ちなみにアオは雄猫だ。
俺としては最近アオと戯れるケイトを見て複雑に感じることもあるのだが、まあそれは取るに足らないことだ。
ところでこの世界――月にはかぐやさんや人狼を始めとする獣人たちが暮らしているのだが、ここには家畜以外の動物、つまりペットというものが存在しない。俺にとっては獣人自体が愛玩動物と言えなくもないのだが、そんなことを言おうものなら人権問題になりかねない。
ただ、この前ぽろっとかぐやさんに話したら彼女はなぜか喜んでいた。かぐやさん然り博士然り、長く生きていると変わった趣味になるのだろうか。
話が逸れたが、この世界には猫耳娘はいても猫という生き物が存在しない。そのため、ケイトがアオをお屋敷に連れて来るとちょっとした騒動になった。
獣人が猫を愛でる光景というのは、なんというか見ていて萌えるものがあったが、中でも見どころとなったのはベルゼーヌの反応だった。
「なななななななな、なんじゃコイツは!」
ケイトの腕に抱かれているアオを見て、ベルゼーヌは奇声を上げた。
ほかの獣人たちと同じく猫の愛くるしさに脳天をやられたのかと思いきや、そうではなかった。
ケイトが近付けると、アオはベルゼーヌに向かってにゃーと行儀よく挨拶をしたが、ベルゼーヌは取り乱して人狼の頭から真っ逆さまに落下した。
「なんじゃこの魔物は! 儂を喰らう気か!」
などと本気で言っている様子で、終いには半泣きで大人の姿に変身して強がりを言っていた。
以上のようなことがあって、俺はここしばらく殺伐として荒んでいた心を癒してもらった。まあ、俺にとって一番の癒しはケイトなのだけれども。
その日の夜、夕食を終えたあとかぐやさんを交えて九段を倒すべく作戦会議が開かれた。
鋼鉄都市では羅紗からの宣戦布告があったにもかかわらず完全に後手に回ってしまい、結果博士は死に一つの世界が滅んだ。
俺たちが戦う相手は人の皮を被った悪魔なのだ。賭けるものは全平行世界の命運、そして己と仲間の生命。俺が今身を置いているのはそういう戦いだ。
幸い俺は一人ではない。頼りがいのある仲間がいる。
そんな俺の気持ちは素知らぬ風で、頼りがいのある仲間の一人――ベルゼ―ヌは大人バージョンの姿でやたらと扇情的な装いをして酔い潰れて眠っている。討伐隊の隊長であるかぐやさんはそれを咎めるどころか、頬をほんのりと赤く染めて春風のような小気味よい旋律を口ずさんでいた。先ほどの豪快な飲みっぷりからすると、かぐやさんはかなりの大酒飲みのようだ。いや酒仙と呼ぶべきか。
だからまあ、大分緊張感に欠ける場ではあった。
「受け身でいたら昨日の二の舞いになってしまう。こちらから攻め入るべきだろう」
酒をちびちびと舐めながら、かぐやさんが言った。
それは俺も考えていた。ケイトと人狼も賛成のようだ。しかし、肝心の九段たちの居場所を知る方法がない。かぐやさんが言葉を続ける。
「しかし、件は神出鬼没。妾達も彼奴のねぐらは掴んでいない。今までは組織に潜入していた狛蕾達が情報を仕入れてくれていたが、これからはそうもいかぬ」
「組織は任務のたびに世界各地に用意された集合場所に集まってブリーフィングをやるから、決まった本部ってもんがないんだ」
人狼がかぐやさんの説明を補足した。
「そうすると……九段をおびき出すしかないか? でも、どうやって」
俺が発言すると場はしんと静まり返った。うぅん――とベルゼーヌの艶っぽい寝言が響く。
「私に考えがあるわ。上手くいけば心強い味方が一人増えるかも」
やがて、ケイトがある提案をした。
★
三日後、俺たちはまた鋼鉄都市跡地にいた。今度はかぐやさんも一緒だ。
俺は象牙刀を片手にケイトと並んで見晴らしのいい場所に立ち、残りの三人は何かあった時にすぐに対応できるよう近くの瓦礫の陰に身を潜めている。
「時間だ」
約束の時刻ぴったり。俺とケイトから二十メートルほど離れた場所に彼女が姿を現した。
「突然 交信してごめんね」
「いいわ、私もあなた達と話をしたかったところなの」
彼女は相変わらず髪を三つ編みにまとめて優等生然とした佇まいをしている。心なしか、顔に疲労の色が見える。
「まずはこの間のことを謝らせて。組織からの司令とはいえあなた達を殺そうとして、ごめんなさい。後悔していたわ」
そう言って赤毛は俺とケイトに頭を下げた。
ケイトの提案とは、赤毛と精神感応で交信して仲間になってもらうよう説得することだった。
精神感応はPSI能力者なら誰でもできるというわけではなく、さらに双方向で情報の伝達をするにはお互いに精神感応能力が必要らしい。そのため、俺と交信する場合にはケイトからの一方通行になってしまうのだが、赤毛とケイトは双方向での会話ができるようだ。
俺たちが赤毛を説得することにした理由は、彼女が俺を殺そうとしたのは本意ではなく九段の正体を知れば協力してくれる可能性があると踏んでのことだ。この世界で襲撃を受けた際にも赤毛は参加していなかった。
仮に赤毛が俺たちを殺そうと考えて九段や火種をここに連れて来るようであればこの場で決戦する準備もあったが、赤毛は約束どおり一人で来ており闘うつもりもないようだった。周囲に何者かが潜んでいればかぐやさんがそれを感知できるし、体内を巡る氣の乱れから赤毛に戦意があるかも判別できるからだ。
俺たちは赤毛に事の成り行きを説明した。彼女は興味深そうに俺の話を聞き、頷いた。
「件の話は聞いたことがあるわ……、並行世界を滅ぼす魔物がいるって。そういう存在と戦うのが組織だと思っていたのに、首領がその件だったなんてね」
赤毛は胸の前で腕を組み、ふーと息をついた。
「おかしいとは思っていたの。この間、守ったばかりのこの世界を滅ぼすよう司令を受けたわ。私は納得できなくてその任務は辞退したけれど」
「協力してもらえるか?」
彼女はなかなか踏ん切りがつかない様子だったが、やがて頷いた。
「いいわ。私も件を止めたいし、あなたを殺そうとしたことのお詫びもしたい。
「組織の動向をうかがって首領を倒せそうなチャンスがあれば連絡するわ。出来る限り情報も探ってみる」
よかった。組織の精鋭である赤毛が仲間になってくれるのはありがたい。
組織の精鋭部隊だった八人のうち、五人がこちら側に付いたことになる。といってもその中に俺を含めていいのかは疑問だが。こちらにはかぐやさんもいるし、圧倒的に有利と言えるだろう。
「私の本名はリサ・ネスビットよ。改めてよろしくね」
俺はリサと握手を交わした。




