【Dance With Natural Energy】
俺は仙術の修行をつけてもらうため、かぐやさんとベルゼーヌの三人で別の世界へ転移した。
辺りは真っ暗で何も見えない。空を見上げると、夜空に月が浮かんでいた。どうやらここは地球のようだ。
「月にも氣場はあるにはあるんだが、久方ぶりに地球の空気を吸いたくなったのでな。付き合わせてしまって悪いな、ベル」
「ここに来るのも懐かしいのう。儂も仙術の稽古の際にはここに連れられて来たものじゃわい」
ベルゼーヌが俺の頭に立て肘を突き、しみじみと言った。
「どうでもいいけど、どうしてベルゼーヌは当然のように俺に乗ってるんだ?」
「仕方ないじゃろう、狛蕾は来ないと言うんじゃから。付き合ってやってるんじゃから文句を言うな……しかし、耳が無くて乗りにくい頭じゃの」
乗り心地を駄目出しされた。まあ別に構わないのだが、自分で歩くという選択肢はないのだろうか。
「先ほどは乗りで仙道は厳しいぞと脅したりもしたけど、自然エネルギーを感知できるようになるだけであれば、そんなに大層なものではないよ」
乗りで言ってたのか。あれから俺のことをにぃ様と呼ぶし、よくわからないお人だ……いや、お狐様だ。まあ、ふざけているだけだろうけど。
「まずは自然エネルギーがまことに実在するんだと認識することが肝要だ。百聞は一見に如かず。今から妾がエネルギーを可視化して進ぜよう」
そう言って彼女は舞を始めた。徐々に闇夜に目が慣れてきて、朧げに彼女の舞い踊る姿がわかる。
右手に扇を持ち、全体的に緩やかな動作で踊っている。扇を高く掲げ優雅に舞ったかと思うと、時折激しく腕を振るい華麗に踊る。
どうやら俺たちは水に囲まれた場所に立っているようだ。彼女の演舞に目を奪われていると、水面の至る所からきらきらとした光の粒が立ち昇った。
いや、水面だけでなく、池を取り囲むようにして生えた木々からも無数の煌めく粒子が飛散して、幾重にも光の筋を成し、彼女を取り囲んで神秘的な渦を描いて天へ昇って行く。
今や俺たちの周囲はすっかり明るくなって、舞い踊る彼女の表情まで見て取れるほどだ。
「にぃ様、妾に惚れてはいかんぞ」
彼女は舞を終えると扇を口元に当て、楽しげに微笑んだ。
俺は幻想的な光景にしばし言葉を失っていたが、彼女の呼びかけで我に返った。
「やはりかぐやの演舞は素晴らしいのう、天晴じゃ」
ベルゼーヌが俺の頭上で称賛の声を上げる。
「これが、自然エネルギー?」
「うむ。今は妾が使役して見える状態にしたが、宇宙のありとあらゆるものに宿っていて、この世界を形作っているものだ。このエネルギーがあるからこそ、太陽が燃え盛り星は瞬き、植物は花を咲かして、我々は生きていられる。
「使いこなせるようになれば狛蕾みたく超人的な動きもできるようになるが、まずは感知できるように感覚を磨くことだな」
仙術を使えるようになれば、九段と渡り合えるに違いない。九段は兵器を発明できると言っても、元は俺と同じで超能力を使えるわけでもない。
「じゃあ、月に戻って晩餐にしようか。にぃ様の入隊記念に豪華な献立を用意させてある」
「そりゃあ楽しみじゃの、腹がぺこぺこじゃ」
ケイトは今頃何をしているだろうか。一日で話すことが沢山できてしまった。
☆
「九、お帰りなさい! ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?」
翌日、鋼鉄都市へ戻り雨矢宅の玄関へ上がると、ケイトが待ち構えていた。先日夜叉に破壊された玄関は元通りに修理されていたが、火種に爆破された周囲の建物はまだ無残な状態のままだ。
ケイトはさっきまで料理をしていたのだろうかエプロン姿だ。まったく、なに阿保なことを言ってるんだこいつは。
「お前に決まってるだろ?」
俺は彼女を抱きしめ、キスをする。
「今、博士出掛けてて家に誰もいないの……」
おっと。これは本気モードのようだ。そっちがそのつもりなら、俺も一戦交えるのはやぶさかではない。
俺がケイトに会うために一度この世界に戻ることを伝えると、かぐやさんはケイトと一緒にこの屋敷に住めばいいと勧めてくれた。その好意は素直にありがたかったが、しかし九段がこの世界を狙ってる以上ケイトがここから離れるわけにはいかない。
そういうわけで俺はかぐやさんの勧めを辞退したのだが、晩酌で仄かに酔った彼女は俺によたれかかって房中術の手解きをしてもよいぞ、などと囁いた。俺は今、その誘惑を振りきってここにいるのだ。
「玄関についている防犯カメラの映像は消去しておいたから安心したまえ」
食事中、博士からそんな言葉を聞いて俺とケイトは味噌汁を噴き出した。今すぐこの世界から転移して、かぐやさんのお屋敷にお世話になりに行きたくなった。
相手が口の固そうな博士だったからいいものの――しかし、博士は見た目は完璧に少女のため、そういう意味での気まずさが凄まじかった。まさか見た目通りの年齢ではないだろうが。
そういうわけで、昨日の晩餐とはうってかわって拷問のような夕食を終え、俺とケイトはそそくさと二階の借りている部屋へ戻った。
「羅紗が私に会いに来たの」
俺が月で起こった一部始終を話したあと、ケイトに何か変わったことはなかったか尋ねると、彼女はそう言った。
「羅紗が……この世界を攻撃しに来たのか?」
「ううん。立場をはっきりさせに来た、って言ってた」
……どういう意味だ?
「今まで私も感情的になっちゃってちゃんと話をしたことがなかったんだけど、今日羅紗から少し事情を聞けたんだ。
「羅紗を蘇らせたのはやっぱりこの世界の九――九段みたいで、羅紗が生き返った時にはもう組織の首領として活動していたみたい」
「その頃ケイトはこの世界の俺……九段と付き合っていたんだろ? 何か気づかなかったのか?」
聞かれたくない質問だったのだろう、ケイトは辛そうな表情で首を横に振った。しかし、遠慮して聞かないわけにもいかない。それにもう過去のことだ、そのことでケイトを責める気落ちはない。
「羅紗はこの世界の九と私が、羅紗が死んだあとに付き合ってたことを知らなかったみたい。並行世界を滅ぼすことと九を皆殺しにすることは、九段からの指示だって……でも、羅紗は九を殺せなかったみたいだけど」
「なぜそんなことをするのか、理由は言ってなかったか?」
「そこまでは……ただ羅紗は昔の、あの頃のままの羅紗だった」
そうすると、九段からの命令で仕方なく……ということなのだろうか。
「それで、今までは姉さんを――私を傷つけないようにしてきたけど、これからはそうはいかない。僕は九――九段の妻だって」
それを言いに、わざわざケイトに会いに来たのか。それならば、これからは本気で羅紗と闘わなければならないだろう。羅紗はその覚悟を決めるために来たのだ。
しかしケイトもすでに覚悟を決めたようで――力強く俺の手を握った。
★
翌朝、俺は朝早くに目が覚めた。かぐやさんたちの住む月とこの世界とは三時間ほど時間のずれがあるようで、あまり寝付けなかった。
隣でだらしなく笑顔を浮かべながら涎を垂らして眠っているケイトにキスをして、一階へ降りる。
博士も早起きをしたのかそれとも寝ていないのか、俺が居間へ入るとソファに座って新聞を広げていた。
「おはようございます、博士」
昨夜の件があって話しかけるのは若干気まずかったが、博士は特に気にしていない様子だ。
「おはよう、早いな九君。珈琲でもいれようか」
そう言って、桃色の髪をした少女は台所へ向かう。今朝は白衣ではなくレギンスに赤黒縞のハーフパンツ、黒色のニットを着ている。
「失礼ですが、博士は歳はいくつなんですか? 見た目通りの年齢ってわけではないですよね」
ずっと気になっていたことを尋ねてみる。博士は黒色の液体をカップに注ぎ、俺に手渡した。俺は博士と並んでソファに座る。
「うむ、色々と事情があってね。この体は機械人形なんだ。機械人形にわたしの意識が乗っているといった感じだな。歳は数えてないが、二百歳近くなるはずだ」
物腰や言動から自分よりずっと年上だろうとは予想していたが……機械人形だったとは。たしか、機械人形は博士が発明したものだったはずだ。そうするともしかして、博士は不老不死を求めて研究をしていたのだろうか。
「まあ、そんな感じだ」
と、明らかに違うとわかる様子で博士は頷いた。全然違うけど説明するのは面倒だから端折った感が山の如しだ。
不老不死……。
俺は羅紗を思い浮かべる。羅紗の身体は機械人形ではないだろう。
そういえばケイトは以前、九段が不死性を無効化する九器を発明したと言っていたが、一体何のために……。
「九君の表情から察するに、こんな体になってしまったわたしを憐れんでいるな?」
と、博士が見当違いなことを言ってソファの上に身を乗り出した。
「いえ、そんなことは……」
俺は驚いて博士を見る。目の前には生身の肉体とまったく見分けのつかない、機械人形の小さな体があった。
「しかし、この体でもセックスはできるのだよ」
「え? いや、そんなことは聞いてない……」
突然、博士が俺に覆い被さった。凄まじい力だ。
「実は、昨日の九君とケイト君の情事を見ていたら興奮してしまってね」
そのセリフはどうなんだ。ただ者ではないとは思っていたが、とんだ痴女だった。
ソファの上で少女が俺に馬乗りにまたがって、口づけをしようと可愛い顔を近づけてくる。抵抗をしようにも機械人形の力で押さえつけられ、身動きが取れない。
やばい――と思った次の瞬間。地震が鋼鉄都市を襲った。




