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十話 迷天③



『嵐撃』


 セリーズスの、淡々とした声が千夏の耳に届く。

 眼前に生み出された暴風の塊、咄嗟に千夏はそれに向けて大剣を叩きつける。次の瞬間には、千夏の身体は簡単に吹き飛ばされていた。

 まるでおもちゃの様に力無く、千夏の身体が宙を舞う。


 トドメをさせたかに見えた瞬間、剣を止めて……その隙に呪文を受ける千夏の姿を、遠くから見ていた黒崎は顔に焦りを浮かべて走り出す。

 黒崎から見て、千夏は呪文の直撃を受けた様に見えた。例え『叛逆剣』で防いだとしても、あの至近距離で無事に済むとは思えなかった。


巨攻ギガント……っ』


 空を舞う千夏を、巨人の手が受け止める。黒崎が千夏を地面に降ろし、様子を見てみるとどうやら息はしているようだ。ホッとする黒崎だが、千夏は衝撃のあまり気を失っている。


「何だ……?」


 レインの困惑する声が聞こえて、ハッとした黒崎が顔を上げると、何故かセリーズスは追撃をかける事なく動きを止めていた。その様子を、レインが警戒しながらも見つめている。


 セリーズスは、地面に落ちた何かを見つめて動きを止めていた。レインと黒崎はそれを凝視する、落ちているのは手帳のようなものだった。


「あれは、四季の持っていた……」


 黒崎の呟きに、レインが気付く。


「『屍還』の迷宮で、シキちゃんが拾った手帳……?」


 それは、かつてレインが共に『屍還』の迷宮に潜った他のパーティーのメンバーが使っていた物だ。迷宮内の地図を書くのが得意な人で、レインも頼りにしていた。それを、千夏が拾って持ち歩いているということはレインも知っていた。

 手帳の持ち主はレインにとってもよく知る人なので、遺品ともいうべきそれは気になっていた為千夏に見せて欲しいと言ったが……まだ、読みたいことがあるから後でいいかと断られていた。


 セリーズスの硬直は短く、既に手帳から目を離してこちらへ視線を向けていた。レインは黒崎の前に立つように位置を取り、いつでも迎撃できるように構えた。黒崎も参戦したいところではあるが、腕に抱えた千夏をどうすべきか悩み動けない。


「おい! 婆さんっ!」


 セリーズスの唇が何かを紡ごうとした時、何処からか大きな声が響いた。声のした方へ彼女が顔を向けると、更地になった自身の周囲より離れた……建物の影からガラハッドが顔を出して何かを振り回している。


「どうだ! これはあんたの大事にしてた写真だ! このまま破っちまうぞ!」


 振り回しているのは、どうやら写真らしい。レインや黒崎の位置からは小さくて見えない。そしてセリーズスにも見えているのか、見えていないのか分からないが彼女はそれを無視してレインの方へ向き直した。


「くそっ! こういう感じではないかっ!」


 ガラハッドの本気で悩む声が聞こえて、しかしレイン達はそれどころではなくなった。


『炎波』


 セリーズスの手から炎が生み出される。その炎は近くに落ちていた手帳を燃やし、そのままレイン達の方へ向かってくる。


「くっ!」


 レインの雷では、炎を掻き消す事は難しい。千夏の『叛逆剣リベリオン』の様に呪文を盾に使うには相性というものが大事だった。

 炎波と呼ばれる呪文は、火炎系統の中級呪文だ。威力は無防備な人間など簡単に炭にしてしまう。呪文の特徴としては『波』という単語を含む呪文によく見られる、地を這う様な広がり方をする事だ。

 なのでレインは、意識を少し先の地面に向けた。


『雷槍!』


 槍状に固めた雷が地面を砕く。それは一瞬炎の進行を遮り、しかしすぐに回り込まれて意味をなくす。だが、全くの無意味ではない。


巨攻ギガント!』


 後ろで拳を突き出す黒崎の、更にレインよりも前方に半透明な巨人の拳が現れる。それ自身が障害物となって炎を掻き分けた。すぐ側を勢いよく炎が通り抜け、僅かに抜けてくる熱波がもし直撃していればタダでは済まなかったと雄弁に語っていた。

 視界が遮られた炎の向こうから何故か破砕音が聞こえてくる。炎が晴れると、斧を振り下ろしたガラハッドとそれを躱したセリーズスの姿があった。

 斧はセリーズスの服をかすっており、そこがちょうど金属製になっていた為に先程の破砕音が聞こえたらしい。だが、セリーズス本体にはなんの傷も与えられていない。


「ちぃっ! レイン! 婆さんの家に行け! あそこに何故か『死者』はこない! 恐らく、それは迷宮の『特性』だ!」


 斧を振るい、それをセリーズスの老体とは思えない動きで躱される。ガラハッドが必死に叫ぶその言葉を聞いて、レインはすぐに黒崎と千夏を脇に抱えて走り出す。


「そうか、『還る場所を示せ』……! 家か!?」


 街が迷宮に変わった時、頭に直接叩き込まれた『迷宮』の言葉。それは、すなわち迷宮の攻略方法なのではないか。粉々に砕いても、即座に再生する死者。それこそが『迷える魂』。そして、『還る場所を示せ』という言葉が示すのは……。レインがガラハッドの言葉を頭の中で整理して、答えにたどり着いたと確信した。


「違う」


 だが、それに意を唱えるものがいた。


「『屍還』だ」


 レインの腕の中で、意識を取り戻した千夏が呟いた。


「確証はあんのか」


 黒崎が逆の腕に抱えられながら聞くと、千夏は少し眉を顰めて自信がなさそうに答える。


「何となくだけど、家は……セリーズスさんの『帰る』場所じゃない、気がする」

「気がする、か」


 千夏の言葉を噛み締めて、レインは少し考える。そして、一度立ち止まり……とある方向に向かう先を変えた。


「家に何かしらがあったのなら……恐らく一度はそこに辿り着いて、レベッカをそこに匿ってきたガラハッドさんが気付いているはずだ。つまり、何もなかった。だから、セリーズスさん自身を家に連れていかなければいけないのではないか、多分そう考えたんだ」


 レインが頭の中で立てた仮説を説明し、走り出す。


「でも、『死者』……っていうのも気分は悪いけど、彼らの再生速度から見て……特にセリーズスさんをどうにかして家に連れて行くなんて、不可能だろう。事実、僕達ではシキちゃん以外、セリーズスさんに近付く事すらままならなかった」

「全員があんなに早い再生をするとは限らねぇぞ?」


 黒崎が口を挟むが、確認するにはセリーズスをそれこそ粉々にしなければいけない。彼女の実力的に、終始翻弄されていた千夏達では恐らく難しいだろう。

 だからこそ、今考えるべき事は……と、レインは足を早める。


「それに、今回『死者』として動いていると予想されているメンバーは、外に拠点があったんだ。それこそ帰る家があるといえるのは、セリーズスさんくらいなんだよ」


 二つ目の迷宮、『還迷』に挑んだのはセリーズスとガラハッド、そして『屍還』には挑まなかったライアの街最後の探索者パーティーだ。

 彼らは、ライアの街に偶然来ていたところにこの騒動に巻き込まれた。頻繁に来ていたので余所者というほどでもないが、この街の人間かと言われると疑問符が残る。


「だから、シキちゃんの勘をあてにしている……ところはあるけど、確かに『屍還』の方に何かがあると考えた方が、しっくり来る」


 故に、今レインが向かっているのは『屍還』の迷宮、その入り口だ。二つ目の『還迷』と似た様な石門、攻略された後は置物の様になっていたそれに向かって走る。


「レイン!」


 担がれながらも周りを注意して見ていた黒崎が鋭い声を発した。咄嗟に横に飛び退くと、先程までいた位置に矢が数本突き刺さる。

 飛んできた方を見ると、建物の上に……恐らく『死者』であろう探索者らしき男が、虚な瞳で矢を構え、こちらへ向けていた。


『強矢』

『雷弾!』


 放たれた矢は、赤く輝き加速する。それはレインの雷とぶつかって、一瞬拮抗するも矢の方が耐えきれず自壊した。

 だが、男はすぐに次の矢を構える。今度は三本同時に放つ。


『追矢』


 それらはあらぬ所へそれぞれ飛び散って、しかし呪文の力によってレイン目掛けて収束する。


巨攻ギガント


 だが、巨人の手によってそれらは無造作に振り払われる。地面に降り立ち、腕を振るった黒崎の頭上から、今度は剣を握った別の男が降ってくる。


『雷弾!』


 黒崎の頭を串刺しにしようと向けられた剣先に雷が当たる。それは弾けて剣の軌道を逸らし、体勢を崩した男は地面に落ちて倒れ伏した。しかし、すぐに立ち上がり剣を振るおうとする。それに合わせて、遠くから矢を構えるもう一人の男。


「レインさん! 弓の方を!」


 腕を抜け出し地面に降り立った千夏が叫ぶ。


叛逆剣リベリオン!』

『強振』


 振われた剣が加速する、黒崎を狙うその凶刃を間に入って千夏が防ぐ。


『雷槍!』

『強矢』


 レインは千夏を信じて弓の男の方へ向き、呪文を唱えた。男の放った強化矢と、レインの雷が衝突する。


『雷槍』


 矢が砕けるよりも早く、レインはもう一つ雷槍を放つ。矢を砕いた一本と、後に放った二本目の雷槍がそれぞれ弓の男の身体を貫いた。

 一方、剣の男の刃を防いだ千夏の手の中に大剣が形成される。それを千夏は強く握り、そのまま横に薙ぐ。羽の様に軽いその剣は、まるで豆腐を切り裂くように男の身体を両断した。


 そして、千夏は後ろから突き飛ばされた。突き飛ばしたのは黒崎で、意味が分からず千夏が彼女の方を見る



 その時の千夏の視界はまるでスローモーションカメラの様にゆったりとしたものだった。視界の端から細長い何かが黒崎の顔を目掛けて飛んでいく。それは矢だ。レインが何かを叫ぶ声がする、だが、千夏の耳には何も入らない。それを認識する余裕がなかった。

 吸い込まれる様に、矢は黒崎の右目に突き刺さり……貫通した。『強矢』で強化された矢は、頭蓋骨を容易に貫通し、中を粉砕する。突き抜けた鏃は脳味噌を撒き散らし、千夏の目の前で血の花が咲く。


「え」


 素っ頓狂な声を上げて、千夏は呆然とした。瞬時に湧いてきたのは怒りだ。呼応する様に大剣が爆ぜ、顔を大きく歪めた千夏は剣を振るう。そして剣は、弓の男の元へ飛んで行き爆発した。建物の破片と男の肉片が散る。

 直後に、横から掻っ攫う様にレインが千夏を抱えた。


『雷弾!』


 すぐそばで、真っ二つにされた胴体を繋げる剣の男に雷を当て、その身体を吹き飛ばしてすぐに走り出す。


「レインさん! 黒崎が、黒崎がぁっ!」


 大きな瞳から涙を溢れさせ、腕の中で取り乱す千夏を落とさないようにレインは走る。彼も、その目でしっかりと見た。弓の男が放った矢は二本で、時間差で千夏を狙い……それを庇った黒崎の頭が撃ち抜かれるのを。

 あれは、助からない。即死、だろう。もし生きていても、もはや時間の問題だ。レインは、自身のせいだど強く後悔する。だからこそ、せめて今この腕の中にいる千夏だけは……死んでも守らなければ、いけない。そう、強く誓った。



「あ、あぁ、黒崎……」


 遠く離れていく、無残な姿となった金髪の少女。かつてのクラスメイトの変わり果てた姿、しかし短時間とは言え……同じ境遇に身を置いて、心を通い合わせた相手だ。

 平和な国で生まれ育った千夏といえど、流石にあれは助からないと悟っていた。目の前で、頭が砕けるのを見たのだ。その瞳から、光が失われるのを見たのだ。あまりに無情な現実に、千夏の心を絶望が支配していった。


 だが、それよりも大きな感情が千夏の心に根付いていく。


 それは怒りだ。

 この残酷な世界に対する、底知れぬ怒りだった。


 終わらせる。

 せめて、この惨状を。この街を囲む、クソッタレな『迷宮』を。


 強く自身の歯を噛み締め、千夏は涙をまた溢す。



叛逆剣リベリオン』使用回数:残一回



 *



 第三の迷宮『迷天』。それに現れる魔物は、第二の迷宮『還迷』での死者だ。破壊しても、すぐに再生される不死身の『死者』。彼らの攻撃対象は、生者であり……その中でも、戦闘能力のあるもの、そして『迷宮』に立ち向かう者だ。


 なので通常、『死者』は死んだ相手に執着はせず、次の目標を探す。


 だというのに、頭が半壊して地面に崩れる金髪の少女……黒崎大伍に対して、再生した『死者』は剣を構えた。

 遠くで弓の男も再生しつつあり、彼もまた黒崎の方へ意識を向けている。


 それはつまり、頭から脳髄を撒き散らしているというのに、目は虚空を見つめているというのに黒崎が生きている事を示していた。そして、その状態になって尚……『迷宮』に立ち向かおうとしていると。


固有ユニーク呪文スペル


 黒崎の口から、まるで自動音声のように生気のない言葉が紡がれる。黒崎の、虚な瞳に光が宿る。


『不▪︎▪︎の▪︎ ▪︎』


 まるで所々にノイズがあるような、その『呪文』は確かに紡がれる。


 黒崎の頭からはみ出た脳髄が、巻き戻しをかけたように元の位置へ吸い込まれていく。


 本来、『呪文』は正確に唱えられなかった場合は発動すらできないか、もしくは正常に作用しない。

 それゆえに、黒崎の口から出た『呪文』は正常に発動されない。それは、黒崎の負った致命の傷のせいで唱えられなかったわけではない。彼女の呪文は、元々『破損』しているのだ。


 飛び散った頭蓋の破片も、まるでパズルのピースを嵌めるように元の位置へ収まっていく。


『破損』した不完全な呪文。それはつまり、黒崎の使用した呪文は本来の《力》を持たないということだ。


 黒崎は立ち上がる。流れ出た血は、全て戻る事はなかった。セリーズスにもらった白いワンピースが血に染まっている。しかし右目に穿たれた穴は完全に修復されていた。

 服は血塗れながらも……身体に刻まれた傷の全てを回復させた黒崎に対し、脇に立っていた死者の男が剣を振るう。


巨攻ギガント


 半透明な巨人の手が、男を剣ごと鷲掴みにする。そして、黒崎はそのまま腕を振るった。投げ飛ばし、離れた位置で弓を構えていた男にぶつける。二体の死者は衝突し、勢いのまま建物から落ちて地面に叩きつけられた。


「……ってぇ」


 頭を抑え、黒崎は忌々しげに舌打ちをした。


 確認されている呪文の中でも、最上位にランク付けされている回復系統の呪文でさえ……死者の蘇生は不可能だ。そして、ほぼ即死に近い者を再生することも、当然のように不可能である。


 しかし不完全な呪文でそれを成し遂げた黒崎はもう見えなくなった背中を遠く見つめる。


「くそ……道、わかんねぇぞ……」




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