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向き合うⅤ

 会社近くにあるチェーンのコーヒーショップに、岡本さんと入った。情けない自分を励ます。どうか、気持ちを伝えられますように。


「織部先輩のことが好きです。彼が誰を好きでも、この気持ちは抑えられません」

「岡本さんはいつだってまっすぐ、正面から向き合ってくれた。織部君も同じ。私が二人に甘えているせいで、苦しめてきたね」

 緊張して声が震える。人と真剣に向きあうのは、苦しくて、恐ろしい。

「矢野先輩、苦しめてきたなんて言わないでほしいです」

 そう言った岡本さんの顔を、じっとみてから、私は頭を下げる。

「ごめんなさい」

「頭をあげてください先輩」

 その言葉は聞こえていたけれど、すぐに正面を向けなかった。自分の中の弱さがそうさせるのかもしれない。顔をあげて、息を吸う。

「岡本さん、私、織部君に恋愛感情は持っていない」

「本当に?」

「うん、本当。織部君が心配なのは大切な友だちだから。それ以上でも以下でもない」

 ようやく言えた。

「先輩、遠慮しているんじゃないんですか」

 岡本さんが、私を心配そうにみつめる。優しい子だ。こんなふらふらヤジロベーの私を思ってくれている。

「遠慮はしていないよ。真剣に、自分の心に向きあって出した答えだよ」

いつもより砂糖を多めに入れた、カフェオレを一口飲む。取っ手を持つ手が震えていることには気づいてほしくない。


「どこかほっとした自分がいます。織部先輩の気持ちは先輩に向いているのに、自分にチャンスがあるかもって。わりとひどいな、私」

「本気で好きなんだから、そう思うのは当然だよ」

 岡本さんはこう返した。

「欠席裁判になってしまいました。織部先輩が矢野先輩を思って苦しい気持ち、私にもわかるから、申し訳ないです」

 可愛い顔が曇っている。


「じつは、織部君にも伝えてあるの。そのうえで、彼からもっと自由になれって言われた。それが、心に向き合うきっかけになったの」

「織部先輩、男前すぎます」

「そうだね。懐の深いかっこいい男だよ」

 そこまで言うと、自然に笑みが出た。


「織部先輩の片思いだって聞いて、ほっとしてしまいましたが、そんなに嬉しくないんです。好きだから振り向いてほしい気持ちは当然あります。でも、どこかでお二人が結ばれたらいいなと思っていました」


「うん、本当にそうなれたらよかった」

 彼女に答えながら、織部君が手の甲にキスしてくれたことが思い出された。自分だけが知っている織部順。いつかの水族館デートで、私に似ているからとガラスのフグをプレゼントしてくれたこと。壁ドンされそうになった日。次々と思い出が浮かんでくる。

「矢野先輩、泣いてる」

 岡本さんは折り目の付いた花柄のハンカチを、目元にそっと当ててくれた。

 恋愛感情ではなかった。だけど彼は勇気をくれた大事な人だった。


「駄目だね、私。岡本さんに心配かけてばかりで」

「矢野先輩は駄目じゃないです。先輩は、最後まで私たちに嘘を吐かなかった」 

「だいぶ、迷子になったけれど二人のお蔭で気づけたんだ。ずっと逃げてきたんだって」

「矢野先輩。私も、いつも真正直に生きているわけではないですよ。二人が好きだから自分なりに大切にしているだけです」

 彼女が私に言い聞かせた。


「本気で人を好きになったり、向き合ったり。ずっと怖かったから、避けてきたんだと思う」 

 恥ずかしい。でも、彼女には聞いてほしかった。

「先輩の気持ちが理解できるなんて思っていません。なんの助けにもならないかもしれないけれど、あなたの味方でいたいです。こっちこそ、みっともない姿をみせてすいませんでした」

 今度は岡本さんが頭を下げた。

「気にしないで。織部君の気持ちには応えられないけど、大切な人であるのはこの先も変わらない。それは、岡本さんも同じだよ」

 それから、二人でケーキセットを追加で注文した。少ししょっぱくて、甘かった。

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