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向き合うⅣ

 織部君に相談にのってもらった日、寝る前にヒギンズ教授に『元気です』とメールをした。

 彼に、送られてきた時間が遅かったので心配されたが、友人と飲んできましたと答えた。

『そうですか。真由美さん、無理はしないでください。とにかく身体に気をつけて』

 教授の言葉が、優しい眼差しを思い出させる。


 布団に入り、織部君とのやりとりを振り返る。がんじがらめな自分の心に、あらためて気づかせてくれた。ヒギンズ教授に会うまで、自分を卑下していた。謙遜しているようで、そのじつ努力することを放棄していただけだった。気づけるようになったのは、教授の助けがあったからだ。きっと彼には、私の問題点なんて全てお見通しだったんだろう。恥ずかしい。何度もそういう思いに駆られてきたが、今夜はいたたまれず身体をギュっと抱き締めて眠った。


 起きて、布団を畳んでいると、岡本さんのキラッキラッの笑顔が浮かんでくる。いつも彼女は正直だった。仕事の悩みを相談してくれたときも、織部君への恋心を打ち明けてくれた日も。

 私には脱ぎ棄てなければいけない殻があって、そのために勇気が必要だった。空色のハイヒールを履いて、家を出る。おまじないだ。


「矢野さん、このデーターの入力お願いします」

「はい。終業までに完了しておきます」

 会社の仕事に集中していると、緊張感はあるけれど不思議と落ち着く。飾り気のないデスクで黙々と入力作業に励む。集中し過ぎたのか、目がしょぼしょぼしてきた。すっかり足に馴染んだ、ハイヒールのかかとを『トントン』と密かに踏む。そろそろ休憩をとらなければと思い、カフェオレでも飲もうと席を立つ。

 

 休憩室にはちょうど岡本さんがいた。彼女も自販機の前で、ドリンクを飲んでいた。ぎこちない挨拶を交わす。カフェオレ缶を取り出し、すぐ執務室に戻ろうとする私を彼女が呼び止めた。


「矢野先輩、目の下にくまが出来てます。ちゃんと眠れていますか?」

「ありがとう、岡本さん。大丈夫だよ。疲れているだけで眠れてはいるから」

 心配をかけるのも悪い気がして、その場を去った。

「先輩」

 彼女の声が聞こえた気がした。

 朝、あんなに思いを巡らしたのに私は臆病者だ。明日は、二人で話す約束もあるのに。席に戻って、残りの入力作業を仕上げる。彼女に何を話せばいいのか、伝えるべき答えは出ているはずなのに、踏ん切りがつかない。やっぱり芯のところで、まだ私は情けない。


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