向き合うⅡ
「岡本さん、おはよう」
なけなしの勇気を出し、ロッカールームで岡本さんに声を掛ける。
「矢野先輩、おはようございます」
ロッカーに荷物を仕舞いながら挨拶を返してくれるけれど、彼女は私に目を合わせてはくれなかった。距離を感じて痛みを覚える。
「今とても忙しいと思うから、申し訳ないんだけれど。近々時間をとれないですか?」
「先輩、今日と明日は予定が入っていますが、明後日、仕事終わりなら取れますよ」
岡本さんが、手帳を確認し返事をする。断られなかった、少しだけ緊張が緩む。
「ありがとう」
「お礼を言われるようなことでは、ないです」
淡々と始業の準備をして、彼女は執務室に入っていく。口調にとげとげしさは、感じない。以前のように、ほっぺったを膨らまして、怒ってくれた方が気が楽なのに。感情をぶつけられないことが悲しい。私と岡本さんとの関係を表している気がした。一人のロッカールームでため息を吐きながら、たくさん彼女を傷付けたんだと、実感した。
休憩室で一人で食べるお弁当は味気なくて、岡本さんのキラキラした表情や話声のおかげで、楽しかったんだと改めて思う。明後日、彼女と話をすることが出来る。断られなくて、良かった。
織部君に対し恋心を持っているのか。好意はあるけれど、それが岡本さんのような想いかと言われれば違う。私はどうしたいのか。
彼の強引なところも、繊細な優しさと臆病さも知っている。それは多分、私にしか出していないのではないかと思う。うぬぼれかもしれない。
私がヒギンズ教授へ一方的な恋情を抱き破れたとき、彼だけが異変に気付き、手紙をくれた。織部君と岡本さんがいなければ、前を向くことは出来なかっただろう。
まだ、どこかで三人で過ごせていたあの時間が戻ってくれないかと思っている。私は臆病で狡い奴だ。
悩む暇もなく、仕事が溜まっていた。キーボードを打つ指に力がいつもより入る。少しイライラしている気がする。なんでだろう。私が悪いのに、どうして心がモヤモヤするんだ。そんな権利なんてないのに。余程、ようすが違ったのだろう。課長がコンビニで『マカデミアナッツクッキー』を仕入れ、私にくれた。
「矢野君、力が入っているよ。甘いものでも食べてリラックスしなさい」
恥ずかしい。課長が気付くくらい表情に出てしまっていたのか。
ようやく、終業時間。私は疲れていた。社内コンペを控え、仕事量が増えているからだ。リーダーの織部君の負担はどれくらいなんだろう。クッキーを食べながら、彼の目のクマを思い出していた。
「何に煮詰まっているんですか? 矢野さん」
聞きなれた声が後ろから聞えた。クッキーを落としそうになる。
「織部君。プロジェクトリーダーがこんなところにいていいのかな」
私は冷やかすように言った。
「矢野さんは、感情を誤魔化すのが下手ですね」
頷きたくないが、指摘は当たっている。相変わらず私のことを彼はよく見ている。
「上手く仕事がはけたんで。今から時間がありますか?」
織部君は優しく言った。
亀更新ですが、読んでくださってありがとうございます。




