見合い相手再び
ぎこちなさを抱えながらも、なんとか仕事を終え帰社しようとしたとき、
「矢野さん」
大きなソプラノの声に振り向く。そこには優輔の見合い相手、橘愛さんが背筋を伸ばし堂々と立っていた。
私の頭の中は疑問符だらけだ。確かに彼女には会いたいと考えていて、どう優輔に掛け合おうかと悩んでいた。橘さんからの訪問は歓迎すべきなのだろう。ここが、勤務先でなければね。
「なんでここがわかったの?」
会社の入口前に橘さんはいた。どうやって勤務先を調べたんだろう。
「探偵に調べさせました。私の家お金持ちだから、探偵を雇うくらい簡単なんです」
すぐに言葉が出ない。彼女は、それほど私と話したかったのだ。勝手に勤務先を調べさせたのは、褒められることではないけど、優輔を本気で思っているのが伝わってきた。勝気なお嬢さまの視線はまっすぐ私に注がれていた。
「こういう事は、しない方がいいと思うけどね。けど、正直言えば私も貴女と話をしたかった。どうやったらまた会えるのか、少し悩んでいたところだったの」
橘さんに説教はしたが、彼女の行動力には感心していた。
「私も矢野さんと話したかったんです」
にっこり、口角だけを上げた微笑みをみせる彼女。美人の作り笑顔って怖いなと気の弱い私が顔を出す。
「優輔のことだよね」
ここは年の甲だ。雰囲気にのまれながらも、自分から切り出す。
「もちろん、そうです。あなたには知っておいて欲しくて伝えに来たのです。私の初恋の人は西村さんなんです。矢野さんが彼に出会うずっと前から好きだったんですよ」
橘さんはそう堂々と宣言したが、一瞬、悔しそうに唇を噛んだ。こっちまで切なくなる。初恋か。
彼女は優輔を長い間想っていたんだ。『そう』、それだけしか言葉を返せなかった。彼女の真剣な恋を目の当たりにして、また自分の心が中途半端に感じてしまう。
いつのまにか夕焼けが紺色に染まっていた。彼女の日本人形のような凛とした美しさが、光翳る中でも輝いている。この綺麗な娘さんが一途に優輔を好きでいたのだ。それも私が、彼に会うよりずっと前から。
「暗くなってきたね。橘さん。ご家族も心配するでしょう。帰宅した方がいいと思う」
私はようやく、暮れてきた街に気付いて彼女に帰宅を促した。
「今日は帰ります。まずは、西村さんへの想いを矢野さんへ伝えたかっただけだから。それから、私の連絡先と住所です。これからが勝負です」
橘さんから、アドレスを受け取った。セピア色の紙に、丁寧な文字は万年筆で書かれている。彼女の育ちのよさを感じた。唐突に宣戦布告したと思ったら、自分で探偵を雇ったり大胆で浮世離れしたところもあるけれど、嫌な印象は受けなかった。
どんどん増える宿題に頭を抱えて逃げてしまいたくなる。それだけはしちゃだめだ。
『自分の幸せが、誰かのそれを邪魔していること』は辛い。でも答えは出てないから、悩むしかないんだ。ね、教授そうですよね。ふと彼の顔が頭に浮かぶ。ふらふらヤジロベーみたいに揺れる私だけれど、信じてくれる人がいるだけで強くなれたりするのだ。
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