眠れぬ夜
連続更新になっている!しばらく潜る可能性もありますが、少し頑張ってみます。
気が付くと二人ともカップを空にしていた。
「僕は真由美さんに会えて、良かった」
「なんだかその言い方はよくないです。教授がいつか私の前から姿を消すフラグみたいです。そこは、嬉しいとか現在形にしてくれないといけません」
不満顔で、駄目だしをした。
「ははは、そうですね。貴女への助力は惜しみません。勝手に姿を消したりもしませんから安心してください」
ヒギンズ教授は言い切って、席を立った。今日のところは二人の会談は終わりのようだ。喫茶『ワルツ』を出ると冷たい風が頬に刺さる。教授はダッフルコートを、私にそっとかけてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。今日は、お話出来て楽しかったです。真由美さんの悩みの解決の糸口になれば幸いです。それから、僕の私生活に踏み込んで来てくれたこと、貴女の気遣いが嬉しかった。全てをお話出来るかは、現段階では正直わかりません。まず直属の上司に相談して、話せるかどうかを必ず連絡します。お待たせすると思いますが、よろしいでしょうか?」
申し訳なさそうに、教授が言う。
「ええ、もちろんです」
彼がビジネスとしての表の顔だけでなく、隠していたい裏側の姿を見せることを、検討してくれたのは予想外だった。全力でぶつかって、彼の素顔をほんのちょっとだけ垣間見られた気がする。
「また近いうちに」
教授は、私に手を振り、トレンチコートの裾をたなびかせながら何処かへ帰って行く。彼が何処に帰っているのかすら、知らない私。昨日まではそれでよかった、よいと思い込もうとしていた。踏み込まないと決めていた分水嶺を越え教授に近づいたのは、優輔とのことで自信をなくし、弱い自分に気付いたことがきっかけだった。私って駄目な奴だ。すぐのぼせて、浮かれてしまって、とても大切な教授の、苦悩に気付きもしなかったんだから。自己嫌悪に落ち込み、自室で反省をしていた。
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考えを整理する。優輔は気にしていないようだったけれど、橘さんの目は真剣で、ただの見合い相手への思いではない気がする。一体二人の間に何があるのか? それを知るためには、橘さんに話を聞くのが確実だと思う。でも、彼女の連絡先なんて知らないし、突然連絡するのも非常識だ。いっそ、また私の前に現れてくれればいいのだけれど。いけない、そんな他力本願でどうする。待っていても、袋小路だ。正直に優輔に経緯を話すのが最適解な気がする。それに、きちんと教授にもメールで相談してみないと。これ以上、私のことで余計な心配をさせたくなかった。
お風呂で伸びてきた髪をジャスミンの香りのシャンプーとフルーティローズの香りのトリートメントで無心に洗う。お風呂から上がって、ブローを終えた頃にはだいぶ頭がすっきりしていた。私がすべきことは……。答えを出すのはいつだって自分なんだ、そんな当たり前のことに向き合うまでに時間がかかってしまった。煎餅布団に入り足元の湯たんぽで温まりながらも、今夜は眠れそうにないなと感じていた。
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