翳りゆく力
久しぶりに教授と話をして、気付いたことがある。彼が以前ほど、私の先行きについて、口にしなくなったことだ。
「教授は魔法の力で、私の行動などお見通しかと思っていました。お変わりないですか? 何かあったのではないですか」
ちょっとした違和感を覚えていたので、さり気なく尋ねた。彼は楽しそうに人々が笑うテラス席を眺めながら、弱々しく答えた。
「実は魔法の力が少しずつ弱くなっています。不思議ですね、あんなに人間に戻りたいと思っていたのに、力が失われていくことが怖いのです」
教授の言葉は、あまりに私の想像を越えていて、コーヒーカップを音を立てソーサーに戻してしまう。
「ヒギンズ教授、大丈夫なんですか? 体に異変が起こったり、苦しくなったりしていませんか?」
質問でしか返答出来ない自分が歯痒い。こういうときにかけるべき言葉は他にあるのだろう。教授の不安に寄り添えたらいいのに、彼の苦悩を自分に置き換えようとしても、難しいことだった。彼が人間でないこと、その孤独を理解出来ればと考えていた。実際は彼を心配することしか出来なかった。
「心配してくれてありがとう、真由美さん。上司にすら、なかなか相談することが出来ませんでした。このことを打ち明けられたのは貴女が初めてです」
彼は、エスプレッソを口に運んだ。
「お礼など言わないでください。教授はご自身が苦しいときも、私にメールでいつも困ったことがないか確認してくれていました。それなのに生活が充実してきたからといって、一人で何でも乗り越えられるんだって変な自信を持ち始めて、貴方と距離が生まれていた」
「それでいいんですよ。真由美さんに私が必要なくなって、貴女が自信を持って選択をしていけるようになるのを、僕は楽しみにしています」
もう教授は、いつものように穏やか笑っていた。理由は説明出来ないし、勘に過ぎないのかもしれないけれど、 また違和感を覚える。
「友人でも恋人とも言えない関係です。けれど教授は私にとってかけがえのない存在なんです。貴方が何者であっても、きっとその気持ちは変わりません」
感情を昂らせて思いを言葉にした。
「ありがとう」
びっくりした様子の彼は、一言返答し困ったなといった表情をした。
「教授もそれでいいんです。先生だから生徒だからって立場に縛られて、一方的に受け取るだけの関係で満足するような人間が幸せになれるとは、私思えないんです」
「真由美さん、どうして貴女は」
彼は天を仰いだ。そして私は一つお願いをした。




