忘れられない薫り
ようやく更新出来ました。少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
「じゃあ、私おでんに熱燗がいいな。優輔は何がいい?」
「それいいね。あっすいません」
彼が声を張り、店員さんを呼ぶ。
「おでん二人前に熱燗を持って来てください」
追加注文をし、話を続ける。
「学生時代から、貴方に甘えっぱなしだね」
「どうしたの?」
「つくづく年上らしいことも先輩らしいことも出来てないなって」
溜息を吐きながら振り返る。
「僕は年齢なんて関係ないと思う。必要なときにお互い助け合えればそれでいいんじゃないかな」
気負うことない素直な言葉だった。ハッとさせられる。私年齢にこだわり過ぎて、大切なことに気が付いていなかったんじゃないのかな。橘さんに言われた言葉が甦る、『貴方は西村さんに相応しくないです』か。
「出汁の色が薄くてきれい」
運ばれてきた熱々の関西風おでんを、二人でつつく。
「味彩の出汁は美味しいでしょう。特に煮物はお勧めなんだ。熱いうちに、大根を食べてごらんよ。絶品だから」
優輔といると優しく、穏やかな気持ちになれる。それはもう当たり前のことになっていて、以前は甘い関係に溺れてしまった程だ。
彼の悩みに触れ、ようやく少しだけ実像に近づけた気がする。優秀さも、穏やかな性格も、苦悩しながら優輔が築いてきた側面だったんだ。ご両親の期待に応えようと必死だったであろう少年時代を想像すると、今までとは違う気持ちが湧き上がってくる。
「真由美さん、どうしたの冷めちゃうよ。ぼーっとしちゃって」
「あ、うん。食べる食べる」
まずい、考えごとに入ってしまった。せっかくのおでんを冷ましてしまうのは大将にも悪い。食べることに集中し始めた私を、優輔はじっと見ている。
「幸せそうに食べるよね」
他意はないんだろうけれど、彼の言葉が嬉しい。
「あなたも至福の表情ね。ここの料理とっても美味しいし、また来たいな」
「僕も、何度でも真由美さんと一緒に来たい」
サラッと重要なこと言われた気がする。おでんを食べきって、お猪口で熱燗を頂きながら、火照る身体。熱々のおでんのせいなのか、はたまた久しぶりに飲んだ日本酒のせいか……。わからない。優輔はにこっとし、
「顔が赤いよ。酔い冷めしないうちに帰ろうか」
と言った。私は頷いた。
彼は奢ってくれようとしたが、割り勘にしてもらった。店を出て、のれんをくぐると秋の夜の冷気がまとわりつく。
「寒くない?」
すぐ隣に優輔は立っていた。
「大丈夫だよ。ストールを巻いているし」
そのとき、彼が私の首に顔を近付けた。急な行動に驚く。何かされるかなと心配してしまう。
「懐かし薫りだ。バーバリーのウィークエンドまだ付けているんだね」
素早く近づき一瞬で離れる。それだけのことなのに、胸がじんわりと痛んだ。別れ際、優輔の後ろ姿が消えるまで見送った。
突如現れた見合い相手は、私にとって優輔がどういう存在なのか、考えさせた。わかっているのは、彼には幸せになってほしいという強い思いが心にずっしりとあること。私は彼の幸せに必要なのだろうか?
夜も遅くなってしまった。お風呂から上がって、まっすぐ煎餅布団に入る。久しぶりにヒギンズ教授にメールを送った。橘さんの登場から、味彩でのやり取りを要約して記す。きっと教授は、またお見通しなのかもしれないけれど、自分の言葉で説明したかった。
眠りに落ちながらなぜか、流れてしまったはずの香水の匂いに包まれている気がした。
読んでくださりありがとうございます。これから、絡まっていく糸のように物語を綴れたらいいな。
修業頑張ります!




