開幕
綿花初のもしかしたら、ファンタジーになるかも?
ヒギンズ教授が指定した喫茶店は、美味しいコーヒーを手頃な価格で出すと評判の店だ。店名は『ワルツ』。自宅の最寄駅の近くにあり、何度か行ったことがあった。
十三時が待ち合わせ時間だったが、十五分程早めに到着した。店の前で待つ。今日はボブの髪を丁寧にブラッシングして、タンスの中からお気に入りの小花柄のワンピースを選び、少しヒールのある靴を履いた。自分にしてはめかしこんだつもりだった。
猫背の私は、無理して背筋を伸ばし、待ち人をどきどきしながら待っていた。ほどなくして、
「真由美さん、すいません。初めての逢瀬からお待たせするなんて失態ですね」
申し訳ないといった様子でヒギンズ教授が駆け足で私の元へやって来る。
「いえ、私が早く着いてしまっただけですから」
ヒギンズ教授は笑顔をみせ、私の荷物を持ち喫茶店の奥の席にサッと案内してくれる。教授はパリッとスーツを着こなして汗一つかかずに涼しそうな佇まいだ。
「今日はお会いすることが出来て嬉しいです、真由美さん」
「そんな、私なんかにわざわざ時間を割いて下さり恐縮です」
「『私なんか』なんて言葉は使ってはいけません。貴女は宝物です。自分の価値を下げるようなことを言ったりしたりするのは勿体ないことです」
いきなり過分な誉め言葉。
「宝物って、言い過ぎです」
どうして彼は私を特別扱いしてくれるのだろうか。
「少なくとも最初にお見かけした時より、更に魅力的です」
「これでも精一杯おめかししたから。いつものズタボロの私より綺麗じゃなきゃ困ります」
「そうでしたか。気を使ってくださり感謝します。確かに真由美さん、見た目はメイクやファッションで手っ取り早く変えられます。しかし、内面に変化を起こすのは大変な困難を伴います」
「正直今の自分を好きになれません。でも、ヒギンズ教授に偶然お会いして私を変えるきっかけになればと思って……。他力本願で情けないなとは思ったんですが」
「僕を頼りにしてくださって嬉しいです。まず貴女がなりたい自分に近付くよう協力していきます」
「何か代金などかかるのでしょうか?」
不安になり言った。対価がかかるのは当たり前だし、彼のレッスン料は高そうだった。
「真由美さんが幸せになること」
ヒギンズ教授は私の目を真っ直ぐ見つめて言った。経費は全部ヒギンズ教授側が持つとのこと。破格の条件に、私はまた不安になる。これは黒服のサラリーマンが主人公の漫画と同じで、最後に不幸が待っているパターンじゃないか? 疑いの眼差しを向けてしまう。
「真由美さん、不安ですか? どうか信じて下さい。ただ僕の私生活を詮索しないことだけを約束してください」
「詮索しない……」
それは難しいことだと感じる。だが、なんせ破格の条件だ。チャンスを逃したくない。
「僕の私生活が気になりますか?」
彼は片目をつむり茶目っ気を出して私に問う。ええい、ままよ! 心を決める。
「いえ、気にしません。詮索もしません。教授を信じます」
「契約成立ですね。全力で貴女のサポートを致します」
私とヒギンズ教授の物語が開幕したのだった。
読んで下さりありがとうございました。むりくり紡ぎだしている物語ですが、頑張ります。




