定食屋にてⅡ
ぼちぼち更新していきたいです。
「僕は貴方が好きだよ。誰が言ったのかは知らないけど、確かに家のことで煩わしたくなかった。両親は僕の未来に勝手に夢を持っていたから。それが窮屈で、器用に答え続けるのに疲れていたし」
優輔の気持ちの吐露に、常に優しく穏やかだと思われた彼にも悩みがあったことに驚き、それに気付けなかった自分に嫌気がさした。
唇を噛んで彼を改めて見た。細面の顔に細く高い鼻梁。優輔は表情が優しいから切れ長の目でありながら印象は穏やかだ。大好きだった口元。柔らかい猫毛も傍で触ってじゃれたりしたな。楽しかったことを思い出す。でも結局同棲していた間、優輔の何を見て付き合ってきたのだろう。
「優輔のこと、知っているつもりで大切なことを知らなかった。ごめん」
「気にしなくていいんだよ。疲れていた僕だけど、貴方の前ではどうしてか力を抜くことができたんだ。真由美さんは悪くないよ。僕が話さなかったし、悩んだ素振りも見せなかったから」
「私に、聞く用意がなかったからだよね。いつも仕事の愚痴を聞いてもらうのは私ばかり、ほんと甘えていた」
お冷を一気に流し込む。体と頭が冷えていく。
「あんまり、水を飲むとあとで辛くなるよ。温かい烏龍茶にしておけば」
優輔が湯呑に烏龍茶を入れてくれる。なんでこの人はこんなに優しいのか。心地がよくて寄りかかるばかりだった当時の馬鹿な自分を殴りたくなる。
「優輔の家族の話自体を聞いたことなかったし、聞こうともしなかった。これは、私が悪い」
断言できる。私は自分の家族と疎遠だったせいもあり、家同士のお付き合いなんて考えようともしていなかった。摩擦が起こって傷付くのが怖かったのだ。
「無理しなくていいんだよ」
「優輔、少しは私をあてにしてほしいんだ。昔とたいして変わっていないかもしれないけれど、少なくとも自分の以外の人のことについて考えるようになったんだ。だから、貴方の痛みを知りもせずこれまで通りの心地良い関係に収まることは難しいよ。ねえ、どうして打ち上げのとき声をかけてくれたの?」
彼のことを教えてほしいと思っていた。「そこからか」優輔は笑って、でも答えてくれた。
「僕は、卒コンのとき真由美さんが必死で練習しているのを見て、思ったんだ。この人はなんて真剣にヴィオラを弾いているんだ、きっと演奏するのが好きでたまらないんだろな、羨ましいと。今でこそチェロを好きになれたけれど、楽器を手に取ったきっかけ自体は、父の意向だったんだ。彼が音楽を好きで、弦楽器を学ぶように勧められたのが始まり。レッスンは厳しくて辛かったから、サポタージュしたい日がたくさんあった。実際は勇気がなくて、できなかったけどね。真由美さんの演奏はテクニックがあるとは言えないけれど、のびのびした音色がとても好ましかった。だから、打ち上げで、どうにかして本人に近づきたいと思っていたのさ」
「そうだったの。優輔はセミプロみたいに上手いのに私の音色が好きだったんだね、びっくりだよ。辛いこともあったんだろうと思う。だけど、優輔の音色に出会えて私は嬉しかった。貴方の演奏ってチェロが陽気に歌っているみたいなんだもん、大好きで憧れだよ」
意外な打ち明け話にびっくりしたけれどちょっとだけ彼の飾らない姿に近づけたようで嬉しかった。
「ありがとう。真由美さんにそう言ってもらえるなら、練習三昧の日々も無駄じゃなかったのかもしれない」
「追加注文する?」
うなづきながら、メニュー表を差し出して相談する。私は烏龍茶の入った湯呑に両手を添えて握った。温まる。それはそのまま、優輔が今まで私に傾けてくれていた愛情のようだった。
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