定食屋にて
優輔のお勧めの定食屋は、こじんまりした雰囲気でカウンターと座敷があり、メニューをみれば和食が主体だった。『あじさい』という店の名前は花と味の彩の意味があるのだと、常連なのか彼から教えてもらった。
私たちはお座敷についた。
「会社の近くにこんないい雰囲気の食事処があるなんて知らなかった」
「うん、席は少ないけれど大将は割烹で修業していたそうで、旨い料理を出すし値段も良心的なんだ」
「何がお勧めかな」
「初めてなら、あじさい定食がいいと思う。メインは日替わりで、副菜と小鉢と汁物がつくよ。旬の材料が使われていてバランスがいい」
「じゃあお勧めのあじさい定食で」
「僕は、煮魚定食にするよ」
彼とたわいない会話をしていると、胸の芯でもやもやしていたものが軽くなる。優輔は間違いなく癒し系だ。仕事帰りなので、スーツ姿を久しぶりに見た。上着を脱いだ白いワイシャツと無地のネクタイ姿を恰好いいなと思う。カジュアルな服装も似合うが、スーツは彼の細身の体によく似合っていた。
優輔の顔はほころんでいた。反対に私は久しぶりに仕事帰りに会うというこそばゆさと見合いのことを切り出すタイミングを探し緊張している。時計を見ると七時を過ぎていた。気付くと多くのお客さんが訪れ小さな店は活気に満ちている。
「忙しいのに、私の都合に合わせてくれてありがとう」
彼のコップにお冷を注ぎながら礼を言う。
「僕は真由美さんにおいしい店を紹介出来て嬉しいよ」
「うん」
一言しか返せない。彼の表情と言葉には、くもりがなくて、変な汗が背中を流れる。店内は快適な温度だったはずなのに。
「何を聞きたいのかな、あなたが知りたいことならなんでも答えたい」
大げさなと思ったが、本気だなとも思う。優輔はそういう人だ。私が覚悟を決めかねていると、料理が運ばれてきた。せっかくのお勧め料理は楽しく食べたい。心の中で大きくジャンプをする。
「あの、お見合いを断ったって言ってたよね。先方のお家とはうまく話はついたの?」
彼は一瞬複雑な顔をした。
「そのことだったんだね。先方は是非って言ってくれていたんだ。だから悪いなとは思ったけれど両親に、僕には好きな人がいて、見合いをしてもかえって相手を傷付けるだけだからと説明したんだ」
優輔は箸を置いて答えた。
「それで、ご両親とお相手は納得したのかな」
「元々祖父の代で持っていた土地が値上がりして財をなした西村の家は、家の格を上げたいと考えていたんだ。先方は父の上司であり名士で、両親も乗り気だったんだけどきっぱり断ったよ。残念な顔はしたけれど、仕方がないと理解してくれたんだ」
お見合いって家と家との約束だから、大事になる前に断った優輔は、相手を不幸にしないための強さも、持っているんだと感じた。
「そんないきさつがあったのね」
私はうなづいた。とりあえず、箸をとって冷めないうちに夕飯を二人で食べる。あじさい定食は鯛のお刺身がメインで茶碗蒸し、ほうれん草の白和え、お吸い物というメニューだった。味はもちろん盛り付けが丁寧で、器の色も秋を意識したもので気持ちが浮き立つ。優輔の文房具の話に、私の読んでいる本の話。二人で食事を交えて楽しい時間が過ぎていく。
「ところで、急に見合いの話を気にするなんて何かあったの?」
今度は、彼が質問してきた。さて、うまく橘さんのことをぼかして説明できるだろうか。これからが本題だ。
「優輔に迷惑をかけているんじゃないかと心配になったんだ。私と同棲することになったのも、ご両親の反対があったからだってあとで聞いたし」
「そんなこと誰から聞いたの?」
珍しく、優輔が難しい顔をして私を見ていた。
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