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女子力

 同期入社の女性は寿退職し、気付くと、私はお局さまになっていた。もうすっかり仕事に慣れ、これくらいはできるだろうと周わりから、精度を求められる。事務仕事は、性に合っていると思う。自分以外の人が読んでどれだけ理解しやすいか、書類を作るのには工夫が必要だ。楽な仕事でもないが、彩りに欠ける日々、私は仕事によって救われていた。


「矢野先輩、昼休み相談に乗ってくださいませんか?」

 可愛いらしい声が肩の後ろから聞こえる。今年入社した新人、岡本おかもと香純かすみさんだった。私になんの相談だろうか? 恋愛の相談でなければいいが、情けないが役に立てない。

 

 昼休み、節約のための手弁当。おかずは、ほとんど冷凍食品だ。慣れ親しんだ味。温めるだけでちゃんと美味しい。黙々と食べていたら、岡本さんが側に来た。


「ご一緒していいですか?」

「岡本さん、ごめんね。私から声をかければよかったね」

 私は気遣いが足りない。慌てて、岡本さんに隣の椅子に座るよう勧めた。


「ありがとうございます、矢野先輩。貴重な昼休みをもらって申し訳ないです。あの、私勤めだして三ヶ月も経つのに仕事が遅くて、みなさんの迷惑になってるなって。終業して家に帰り着いても、会社でのことが頭を離れないんです」

 岡本さんは食欲が落ちているのか、箸を口元に運ぶのも遅かった。顔色もよくない。生真面目な後輩を放ってはおけないと思った。私の話をきいて、岡本さんの気が楽になればいい。


「そんなに、自分を責めなくていいんじゃないかな。岡本さんって、まだ欠勤も遅刻もしたことないでしょう。挨拶も必ず返してくれる、気持ちのいい人だと思う。仕事に時間がかかるのは、丁寧さもあると思うよ。迷惑だって言ってる人なんていないし、先輩たちに少し頼っていいんじゃない?」

 

 岡本さんが、私の顔をまじまじとみた。そして立ち上がると背筋を伸ばして頭を下げた。

「矢野先輩……。先輩の話を聴いて、心が軽くなりました。相談に乗ってくださって、ありがとうございます。自分では、先輩が仰ったことは全く思い至らなくてがんじがらめになっていました」

 驚く私に、岡本さんは可愛さ十倍増しのきらきらした笑顔を向けた。一緒に、美味しくお弁当を食べられてよかった。


 帰りの電車、窓に疲れた女の顔。ああ、面倒だが、コンビニに寄って弁当をかわなければ。つり革に掴まり、バランスをとりつつ文庫を読む。今日読んでいるのは『片思い』をテーマにしたアンソロジー。乾いた心にときめきを補給しなければ。


******


『チン』

 電子レンジが鳴る。

 コンビニで買ったハンバーグ弁当をいそいそとテーブルに置いた。さっさと食べて、眠りたい。ふと、昼休みの岡本さんの笑顔を思い出した。素直さと可愛さ、私には欠けているもの。女子力か……。

 桂さんとの面談が迫っていた。私は変われるのだろうか。くたびれた煎餅布団を引っ張り出し、さっさと潜り込む。眠ろう、考えても悲しくなるだけだ。






  




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