学生時代Ⅰ
なかなか糖度薄いですが、お付き合い下さい。
「真由美さん、久しぶりだね。元気そうで良かった」
以前と変わらない穏やかな口調と優しい面差し。心の中は昔にときが戻ってしまいそうだった。平静を装い、
「西村君、久しぶりだね。元気にしていた? 変わらないね、突然声をかけてくるからびっくりしちゃった」
「ごめん、貴方の姿が見えてつい懐かしくて声をかけてしまった。それにしても真由美さんは、顔つきが明るくなったね」
なぜか寂しげに優輔が言った。
「そうかなぁ、気のせいだよ。私は相変わらず、だめだめな一人暮らしを続けているよ」
同窓会のため貸し切ったフロアーの入り口付近で話していたら、唯が乾杯するからと呼びに来てくれた。私は優輔に、
「ごめん、行かなくちゃ」
と伝えパートごとに振り分けられた席に急いで向かった。
学生時代の私の楽器はヴィオラだった。主旋律を弾くことは少ない。だが、人の声に近い柔らかい音色が好きで下手なりに練習に励んだ。ヴィオラのチーム席に行くと、見知った先輩や後輩がいてホッとした。
楽器によって演奏者の性格は共通点があるように思う。ヴィオラパートの人々は穏やかで余裕ある雰囲気の人々が多かった。だから、人見知りで内気だった私も居心地が良かった。懐かしい人々と再会を喜び合った。
今回の同窓会の幹事が乾杯の音頭をとる。私はシャンパングラス傾け近くの人々と乾杯した。あちこちで聞こえるグラスの響く音が気分を高揚させる。
優輔の楽器はチェロだった。未熟な腕前の私と対照的に、幼い頃からレッスンを受けていた彼は演奏が達者だった。そのためソロを任されることも多かったが、パート内でも一目置かれおり、妬む者もいなかった。それは実力もさることながら、彼の優しく気配りの行き届いた性格が影響していた気がする。
突然別れた、恋人の顔をみて動揺しないといったら嘘になる。あの頃は、なぜ優輔が別れを切り出したか全く分からなかった。
今はどうだろうか、皮肉にも予測がつく。それは、ヒギンズ教授の授業によって自分が変わったからに他ならない。
今夜は、優輔の変わらない元気な姿も見られた。ヴィオラパートのメンバーに会うことも出来た。良かったじゃないと言い聞かせる。そして懐かしい人々の顔を見ながら学生時代に思いを馳せる。
優輔と出会ったのは、弦楽器の懇親会の鍋パーティだった。なかなかお酌のタイミングが掴めない私に気さくに話しかけてくれ、
「そんなに神経質に考えなくていいですよ。先輩も楽しみましょう」
そう言って、空のコップにビールをついでくれた。私も、ぎこちないが彼にお酌した。
「先輩、乾杯しましょう、お名前を教えて頂けると嬉しいです。僕は西村優輔といいます」
「矢野真由美と申します」
カチンと乾杯の音が響く。居酒屋は騒がしく、落ち着かなかったが、この青年の側にいるとリラックス出来た。
「真由美さんと呼んでもいいですか?」
人懐っこい表情に私は自然と頷いていた。
それが、二人の始まりだった。
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