私の大切なヒギンズ教授は
難産!
二人の間に沈黙が流れた。私はただびっくりして、なかなか教授の目的を受け入れられずにいた。単純に荒唐無稽な話に思えたのだ。『人でないなんて嘘です』と彼が言ってくれるのを私は待っていた。でもそれは叶わなかった。
「一人の女性を淑女に導いて、その女性にまず幸せになる力をもって貰う。それからそのパワーで周りの人へ幸せを循環させる。言葉にすると魔術も使える僕が小さな使命を抱いていると思われるでしょう。それが案外難しいことなんです」
教授は眉間に皺を寄せた。
「私一人が、仮に、淑女になって幸せになれたとしてもそれで周りの人々に影響があるのでしょうか?」
私は、疑問を投げかけた。教授の口からなるべく質問の回答を引き出したかった。
「僕が行っている淑女養成には決まりがあります。安易に魔術の力を多用してはならない。あくまでも、クライアントの生きる力を支えるのに必要なだけのサポートしかしてはならない。これがセオリーなんです。魔術で楽をして幸せを掴んだとしてもそれは永久に続くものでもないですし、ある意味関わった人々に歪みを生じさせてしまう」
彼は、いつも通りの真面目な顏で語りかける。私は、ヒギンズ教授がたとえペテン師であったとしても信じて役に立ちたいと思う。
「まだ、疑問は完全に解決していません……。それでも、一緒にヒギンズ教授が人間になる為の手助けをさせてほしいです。私も幸せを掴みたい。もっと素敵な人になりたい。自分をもっと好きになりたい」
はっきりと自分の願望を彼の前で初めて口に出していた。
「僕と真由美さんが関わり続けることによって、様々な疑問は解決できると考えます。その間、貴女は僕を遠慮なく利用して下さい。貴女が、慎み深い人であることはよく存じ上げていますが、僕の為に頑張らないでほしいんです。幸せを掴みたいという気持ちを大切にして下さい」
彼は屈託ない笑い顔をみせた。指を鳴らすと、喫茶店に時間が戻ってきた。教授は、別れ際に言った。
「今日は、ありがとうございます。真由美さんが生徒で良かった」
殺し文句が似合う男だと感じた。
私の大切なヒギンズ教授は、なんと人ではなかった。そして人になりたがっている。
その鍵は、なんの力も持っていない私が握っているらしい。私が幸せを掴みとることが出来れば、教授は晴れてお役御免。目的を達成出来る。
教授と別れ、自宅でクッションを抱いて頭の中を無理やり整理する。
『私の幸せ』案外近くまで来ているのか、それともまだ遠いのか?
「教授から離れがたいなぁ」
唸りながら、手帳に今日の出来事をまとめる。自分が情けなくて、もっと成熟した女性になりたいと強く望むのだった。
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