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24 「紅葉という選手は」


「あっ! ……しまった」


 紅葉は浦和レッジの選手たちが、円陣を組んでいるのを見て声を上げる。そして、私たちもしたかった、と残念がる。


 既に領家のメンバーはピッチに散らばってしまっている。今から集まって、というわけにはいかない。


(毎回しようって思ってるのに、忘れちゃうんだよなぁ)


 試合前、紅葉はいつもハイテンションになってしまい、円陣を組もうと言うのを忘れてしまう。大抵家に帰ってから気が付く。仕方ない、ハーフタイムに言って、後半頭にやろう、と紅葉は誓う。


 10月半ば、晴天に恵まれた与野八王子サッカーグラウンド、対戦相手は浦和レッジジュニア。キックオフが浦和レッジ側からであるということ以外、半年前とまった同じ条件だ。


(うん、すっごいツイてる!)


 紅葉は笑みを浮かべ、この試合に感謝する。半年前、なすすべなく敗れた相手と再び戦えるのだ。この半年間でどれだけ成長出来たかを確認するのに、これほど打ってつけのシチュエーションはない。


 それに試合は上手い子たちとやると、さらに面白いのだ。一個のボールを巡って、真剣に追いかけっこをする。これほど血の騒ぐ遊びが他にあるだろうか。


 ――絶対にない!


 始まった試合は攻める浦和レッジと、それに耐える浦和領家という展開になる。前回と同じ構図であるが、内容はかなり異なっている。


 領家の守備がズルズルと下がらず、中盤から積極的にプレスを掛けることが出来ているのだ。レッジのパスコースを限定し、パスカットを狙う。ボールの受け手に前を向かせない守備を徹底する。必ずフォローに走り、数的有利を作り守備する。


 浦和レッジのボールを奪うまではいかないが、決定機を作らせない素晴らしい守備だ。紅葉は右サイドに張ってその様子を見つめる。


(うん、いい感じ! 皆すごく走ってる! 選手間の距離も離れてないから、ボールを奪えればすぐにカウンター出来る。私は皆を信じてボールが来るのを待つんだ)


 ちらりと横を確認する。紅葉のマークをしている坂下玲音が真剣な表情でボールの行方を追っている。坂下のさらに奥、中央よりもかなり手前、右寄りに浦和レッジのセンターバック六番安住がいる。


 坂下と安住が紅葉に対応するのだろう、高い守備位置をキープしつつも、二人ともまったく攻撃に参加しない。


(前はこの二人を崩せなかった。でも、今度は絶対に崩してみせる)


八滝が前線にいるレッジフォワード向山へのパスをカットする。 


 ――くる!


 紅葉はボールの流れを読んで吉田のところへダッシュで近づく。そして、反転、サイドへ走る。けれど坂下が紅葉の横に引っ付いて離れない。


 八滝から右サイドの鈴木へ、鈴木がドリブルで持ち上がり、寄せられる前にフォローに来た吉田へと渡す。 


(このままじゃパスカットされちゃう。もう一回)


 吉田からのパスを引き出そうとした紅葉の動きは、阻止された。もう一度だ、と、止まり、後ろを向いたところで紅葉は気が付く。吉田がボールを奪われていることに。紅葉へのパス供給元である吉田のところが狙われていた。


(玲音のマークを外すだけでも大変なのに、その前のパスコースまで遮断しにきてる。う~ん、どうしよう)


 紅葉がそう考えている間に、あっという間にレッジがショートカウンターで最前線の向山にボールを渡す。サイドバックの都築と大山が向山と対峙する。


 しかし、向山はキックフェイント一発で二人の足を止め、ドリブルで二人の間を割って、抜き去ってしまう。向山はそのまま飛び出したキーパー佐野すらかわして、無人のゴールへシュートを決める。


 向山は得点を祝福に近寄ってくる仲間たちの輪を無視して、まっすぐ紅葉のところに走ってくる。そして開口一番。


「見たか! 俺様のスーパーゴールを!」

「うん! すっごかったね!」


 紅葉は向山のことを素直に褒める。向山は一瞬キョトンとした後、再び嫌味な口調で自慢する。


「ま、まぁな! ふん、お前には出来ねーだろ!」

「うん!」

「そうだろ! そうだろ! いいかお前みてぇな「おい、向山!」」

 

 そこで、向山は坂下に大声で、紅葉の前から引きはがされる。何すんだよ、という声が響く。紅葉は自陣に引き返す。


「今度は私たちの番よ! 行くわよ!」

「おう!」

「おっけー、やってやろうぜ!」

「次は止めるぞぉ!」


 領家のメンバーが大声で気合を入れ直している。紅葉も、頑張ろう! と全員に聞こえるよう声を出す。


 領家の攻撃に対してレッジは、素早い寄せを見せる。以前はその寄せに慌てて苦し紛れのパスを出し、ボールロストしてしまっていた。しかし、今度は選手間の距離が良い為、奪われることなくボール回しが出来ている。


(皆すっごい成長してる。いいね! 私はあんまり貢献出来てないけど、出来ることをしよう!)


 紅葉は右サイドで坂下の完璧なマークに、何も出来ずにいた。今必要なことはなんだろうか、と考える。


 そして右サイドからゴール前中央へとポジションを移動する。紅葉が真ん中に移動したことで坂下と安住もゴール前、紅葉を挟むように位置修正する。


「紅葉ちゃん! こっち来ちゃったの!?」

「うん!」


 立花がそばまで来た紅葉に、驚いた表情で声を掛けてくる。それに紅葉は笑顔で答える。紅葉たちが加わったことでゴール前は混戦状態だ。


 これではゴール前にパスを入れても、パスカットされてしまう。クロスは高さのない立花と紅葉では勝負にならない。立花が困った顔をするのは当然だ。


 紅葉たちがいなくなった無人の右サイドを鈴木が駆け上がっていく。紅葉はそれを確認してから、左へとダッシュする。立花と交差する瞬間、一声掛ける。


「雪お姉ちゃん、右!」

「りょーかい!」


 紅葉の意図を即座に理解した立花が右に、紅葉が左にそれぞれダッシュしたことで、混乱したのだろう浦和レッジディフェンダー陣が、一瞬動きを止めてしまう。その後、慌てて坂下と安住が紅葉に、立花のマーカーも右へと後を追う。


 紅葉はすぐに追いつかれてしまったが、立花はフリーになる。そこに右サイドを駆け上がっていた鈴木から、丁寧なパスが立花へと渡される。


 立花がそのボールを後ろから走ってくる吉田に落とし、吉田がシュートを狙う。させじと、タックルをするレッジミッドフィルダーに吉田が倒され、絶好の位置でフリーキックを得る。


「吉田、大丈夫?」

「うす」

「うん、よし、じゃあ紅葉ちゃん、決めちゃって!」

「うん!」


 ゴール前正面、ペナ外ちょい後ろ十四メートル。紅葉の出番だ。


 ――決める!


 紅葉は深呼吸して目の前の壁を、そしてその後ろのゴールキーパーを見つめる。紅葉は右利きだ。巻いて落とし、左上を狙う。


 左足でも蹴れるが威力は落ちる。ただでさえ、弱いキックしか蹴れないのに、威力の弱い左足は現状使えない。


(皆が一生懸命走って作ってくれたチャンス、確実に決める)


 審判の笛の音が鳴った後、ふぅ、と一呼吸し、ゆっくりと走り出す。六歩目でグッと左足のスパイクを人工芝に押し付け、そこに全体重を乗せる。


 右足をしならせ、手と背中の回転で一気に振りかぶる。ボールの中央やや下を正確に紅葉の足が捉える。ふっ、と浮かび上がったボールは壁を越え、弧を描いてゴール左上隅へと飛んでいく。


 紅葉は蹴った瞬間の感触にゴールを確信する。右手を突き上げる準備をしつつ、ボールの行方を見守る。そのボールが相手キーパーにジャンピングキャッチされ、愕然とする。


「うっそぉ」


 右手をさりげなく下ろしながら、紅葉は相手キーパーの動作に気付き、慌てて声を出す。


「カウンター来るよ!」


 紅葉の声に一瞬遅れて、相手キーパーがボールを思いっきり放る。そのボールが浦和レッジミッドフィルダーへ渡り、そこから向山の下へと供給される。


 向山が対峙する大山をかわし、独走する。向山がキーパー佐野の突進に、ボールを右へ蹴り出し、スピードだけで置き去りにした後、無人のゴールへとボールを流し込む。


 まさに電光石火のカウンターであった。紅葉がハーフウェイラインに戻る前に、ゴールが決まってしまった。


 息を切らしている紅葉に、また向山が走り寄ってくる。それを坂下がガシリとブロックする。皆が二人の周りを囲み祝う。 


 紅葉は二点目を取られたショックで、項垂れてしまった領家の面々に大声で声を掛ける。


「大丈夫! 取られた分、取り返そう! みんな頑張ろう!」


 そうね、頑張ろう! と声を出す立花に、次は決めます! と吉田が大声で返事を返してくれる。バック陣からも、次は止めるという声が返ってくるが、いつもの元気はない。


(皆、気持ちが切れかかってる。仕方ないよね。今までだって全力プレーで、一生懸命頑張ってるんだもんね。なのにあっさり二点取られちゃったら、元気でないよね。うん、私が何とかしないと!)


 次の一点がどちらに入るか、それでこの試合は決まる。0-2が1-2になれば追い上げムードになり、皆の気持ちは復活するだろう。でも、もし点を取られ0-3になれば。


 そこから同点、逆転を目指すことは気持ちの点でも難しい。 


 紅葉は気合を入れ直し、試合再開後、すぐに右前線へと走っていく。浦和レッジのハイプレスに領家はなかなかボールを前に運べない。紅葉は右サイドを下がり、サイドバックの鈴木からパスを受け取る。


 ――このボールは重要だ!


 絶対ゴールしてみせる、と決意し、ボールを鈴木に返す。


(玲音は私に一度だって前を向いてボールを持たせてくれない気だ。まずは上手くボールを受け取ること。その為には)


 右サイド、中盤より少し上、バイタル手前で紅葉は坂下のマークを外しにかかる。オフザボールの動きのコツはパスの行方を先に読むことだ。


 ボールが欲しいから動く、では、相手を外すことなど出来ない。ディフェンダーである坂下がパスの出処であるボールを目で追っているうちに予測して動くのだ。


 鈴木に返した直後、玲音が鈴木のボールを見ていると仮定して紅葉は動く。鈴木は斜め後ろの八滝にボールを渡すだろう。その後は? 前にいる吉田にパスするか、いや、レッジミッドフィルダーのポジションがいい。吉田へのパスコースはない。


 八滝は右サイド、鈴木にパスを戻すだろう。鈴木がボールを受けた時、紅葉はどこにいれば、ボールをフリーで受け取れるか? 


 紅葉はダッシュで中央へと走る。そして切り返して元の位置、右サイド中盤へと戻ってくる。予想通り! 鈴木から出されたボールをフリーで受け取ることに成功する。


 即座に前を向いた紅葉は、二メートルほど間合いを取って対峙する坂下に笑顔で告げる。


「やっと前を向けた。玲音勝負!」

「……ああ、絶対に止めてみせる!」


 紅葉は玲音の間合いに躊躇なく入る。自身のギリギリ足の届く位置まで、ボールを無防備に玲音の前に転がす。


 食いつく? 食いつかない。

 間合いをもっと詰める? 逃げられてる。

 じゃあ、もっとボールを離す? 取られる。

 有効なフェイントは? 何も反応しない。


 坂下が完全に抜かれることを前提にした体の向き、紅葉に対してゴールを切りつつ、身体を横にして、細かくステップを踏みながら、紅葉が近づく分だけ逃げていく。


 紅葉が抜いた瞬間、一緒に横を走って身体をぶつけてくるのだろう。ボールを左右に動かし、坂下の反応を伺うが、まったく反応してくれない。


 紅葉のアクションを拒否し、リアクションを完全にスピード、フィジカル勝負に絞ってきた坂下に紅葉はなすすべがなくなる。


(このまま抜いてもボールを奪われちゃう。マズい。あんまり時間かけ過ぎると挟まれちゃうし。戻すべきかな。ん~ダメだ! ここは勝負!)


 後ろに戻しても、有効な手段がない。向山の個人技で二失点したことで、向山をケアするあまり、サイドバックの鈴木と都築が攻撃参加出来なくなっている。鈴木の上がりは期待出来ない。


 紅葉は坂下の真剣な顔を見上げ、タイミングを計る。坂下の両足が地面からやや浮いた瞬間、右と見せかけて左、坂下の背中、中央側にボールを大きく出して切れ込む。


 坂下の背中をボールが通過。坂下が反応。紅葉が坂下の横に二歩目で並び、三歩目で抜く。


(う~、ダメだった、中止)


 瞬間、坂下と並走する形になり、スピードで回り込まれることが確定した。紅葉はボールにブレーキをかける。浦和レッジ安住も近づいてきている。紅葉はボールを大きく後ろの鈴木に戻す。


「えっ!?」


 紅葉からボールが返ってくるとは思っていなかったのか、鈴木がトラップミスをし、そのボールが向山のところに転がっていってしまった。


 向山はドリブルで大山に突っかかる。そして、ズルズル下がるだけの大山を無視し、逆サイドに巻いてシュートを打つ。パスっとネットに突き刺さる音と審判の笛の音が、ゴールを告げる。


 同時に長い笛が三度鳴り、前半戦終了となる。浦和領家対浦和レッジの前半戦は0-3、試合を決定づける得点を奪われ終了した。 


 ベンチへ戻ろうとしていた紅葉に、向山がまた走り寄ってくる。そして坂下の制止を無視し、紅葉をせせら笑う。


「おい、向山!」

「どうだ! ガキ! お前なんかより俺の方が凄いんだぞ! 坂下も監督も全員! お前なんかを警戒してバッカじゃねえの! 結果はどうよ? ハンっ! 俺様はハットトリックでお前は逆アシストだ!」

「向山! お前いい加減にしろ!」

「だいたい、お前もこんなガキに怯えすぎなんだよ! なーにが、対策だよ! んなもん、必要ねーっての!」

 

 坂下に引きずられながら、向山が悪態を吐き続ける。紅葉は何の反論も出来ず、その場で立ち尽くす。そこに領家のメンバーが急いで集まってくる。


「あいつ、ふざけんじゃないわよ! 次紅葉ちゃんに変なこと言ったら、ぶん殴ってやるわ! ほら、紅葉ちゃん、泣かないで! まだまだ試合はこれから、でしょう?」


 立花が紅葉の頭を撫でながら、励ましてくれる。それに大山が、


「そうだぞ、まだ試合は半分残ってんだ。余裕余裕! ささっと三点、いや四点取って逆転しようや!」


 と、自身の坊主頭を掻きながら軽い発言をし、八滝がニヤリと笑いながらそれにツッコむ。


「お前はしっかり向こうの10番を抑えろ! 前半でハットって、まじ俺らヤラレスギ!」

「だな! つうか、三点目は俺が悪かった。何であんなにビビッちまったんだろ? 間合いとるっつっても、無視されるまで下がっちゃなぁ……スマンな、紅葉」


 紅葉は首をブンブン横に振りながら、大山の謝罪を否定する。


「わ、私が不用意なバックパスをしたから」

「ああ、それは言いっこなしだよ! それを言ったら、僕のトラップミスまでクローズアップされちゃうでしょ! うん、誰も悪くない!」

「おい、待てや! 紅葉のバックパスはいいけど、お前のトラップミスはいかんだろ! おかげで、俺様が向山に点取られちまったじゃねーか!」


 鈴木の冗談交じりの回答に大山が怒った振りをしてツッコむ。


「でも、あの紅葉ちゃんが突破出来ずに、バックパスするとは思わないじゃん? 仕方ないね!」

「確かに! じゃあ、俺たち無罪だな!」

「はい、二人とも有罪!」


 八滝が二人のボケにツッコむ。そのディフェンス陣三人の漫才に、吉田がふぅ、とため息を付きながら、


「まぁ、ディフェンス陣はザルでしたけど、俺たち攻撃陣だって、何もさせてもらえなかったんで。何も言えないっすね」

「はぁぁ!? てめぇ、めっちゃ言ってんじゃねーかよ! だいたい、てめぇ、めっちゃ消えてたからね! 透明人間かってくらい試合から消えてたから!」

「はいはい、それを言われたら、私だって透明人間だったから。そこまで! ねっ、紅葉ちゃん、あなたが責任感じることないのよ。こいつら、全員、ってか、私だって何も出来なかったんだからね」


 紅葉は首を横に振る。皆の優しさが嬉しく、そして悲しくなる。


「ん~ん、違うよ。みんなは一生懸命走って戦ってた。私だけ何もしてない。チームに貢献するには点取らないといけなかったのに。点取るどころか、失点の起点になっちゃった」


 紅葉が絞り出すように事実を口にする。それに立花と八滝が励ましてくれる。


「そっかぁ、でも紅葉ちゃんをマークする為に相手は二人使ってるんだから、十分守備に貢献しているよ」

「そうだぞ、てか、この前半戦でさ、今まで俺らが紅葉にどんだけ頼ってたか分かったよ。紅葉に預けようとする手前を取られてカウンターに、紅葉のフリーキックが入らずカウンター、それから、紅葉のバックパスからカウンター。お前が責任感じてんのはまぁ、分からんでもない。でも、俺らの方がもっと責任感じてんだ。攻撃は紅葉に任せれば大丈夫って、俺らは紅葉に全部任せてたんだな。そこを相手は狙ってきてたのに全く対策出来なかった。お前のせいじゃない。俺らのせいだ」

「でも、私が……」


 紅葉のサイドテールに纏められた髪をグリグリしながら、立花が紅葉の言葉を遮り、聞いてくる。


「はい、紅葉ちゃん、ダメよ! でも、はサッカーにはないって言ってたのは誰だったかしら~」

「……私」

「そう、結局八滝の言う通り、私たちは小一のこんな小さな子に頼りっきりの、なさけない奴らだったってことよ! 仲間なら助け合わなくちゃダメでしょう! あんたたち、後半は飛ばすわよ!」

「おおっ! 俺はもう向山に好き勝手させねー! お前らあいつを抑えるぞ!」

「だな! 守備陣の意地を見せてやるぜ!」

「俺はもっと動いてパスの受け手になります。だから、どんどんパスください! 必ず前線にいいパスだしてやります!」

「私は得点ね。いいパス頂戴よ、吉田!」

「うっす」


 皆が0-3という絶望的な状況で気合を入れ直している。紅葉はそんな彼らの真剣な表情が眩しく映った。


「みんな……」

「紅葉ちゃんは自由にやっていいのよ」

「自由?」

「そう、紅葉ちゃんは笑顔でサッカー楽しんでる時が一番凄いんだから。今日の紅葉ちゃんはちょっと気負いすぎちゃってたかな」

「あ~、確かに。お前、妹ちゃんの応援聞こえてたか。めっちゃ大声で応援してくれてたぞ」

「えっ!? あ、カエちゃん! お母さんも」


 紅葉はピッチをぐるりと囲む観客たちを一周見回し、楓とお母さんを見つける。


(そっか、私、気負いすぎてたのかぁ。う~、確かに玲音に勝つんだ、リベンジだ、って思いすぎてたなぁ)


「そうそう、へらへら笑いながらドリッてりゃいいんだよ、紅葉は。そうすりゃ、紅葉は最高のプレーするんだから」

「ふふっ、八滝の言い方は悪いけど、確かに。笑ってる紅葉ちゃんは無敵モードだもんね。ねっ! そんなに気負わないで、私たちをもっと頼って!」

「そうだな」

「うす」


 皆が口々に任せろと言ってくれる。紅葉はまた涙を少し流してしまう。けれど、今度の涙は悔し涙ではない。嬉し涙だ。


(あはは、そっかぁ。私には前世の記憶があるから、皆をしっかり引っ張ってかなきゃって思っちゃってた。そんなの思い上がりもいいところだったんだね。みんな、すごい! 小学生なのに、こんなに頼もしいんだもん!)


「みんな、ありがとう!」 

 

 紅葉は涙を拭うと、笑顔を浮かべて全員にお礼を言う。それに皆が照れながら、頷きを返す。それから、皆が慌てながらベンチに戻る。お父さんと和博が苦笑いで出迎えてくれる。


「お父さん! 私、後半頑張るから代えないでね!

「ははは、うん、楽しんできなさい」


 俺も代えないでください、私も、僕も、と皆が監督に言う。


「ははは、皆やる気のスイッチが入っちゃったか。うん、ケガや疲労以外では代えないよ。和博には悪いけどね」

「あ、いえ、悔しいけど、今の俺じゃ足引っ張っちゃうと思うんで、大丈夫です。紅葉、頑張ってな!」

「うん! 和君! ありがとう!」

「皆が戻ってくるのが、遅かったからもう時間ないね。後半は前半とシステムは一緒。ただ、サイドバックの二人はしっかり上がろう。それと向山君には大山君がマンマークだ。いいかい、皆! 今日がこのチームで出来る公式戦最後になるかもしれない。悔いのないよう、今までのすべてを出し切ってきなさい!」

「はい!」


(よし、今出来る私のすべてを出してやる! それで、試合を楽しむんだ! その為には勝たないとね!)


 ピッチに戻った紅葉は大きく深呼吸する。楓の応援が聴こえてくる。楓に手を振ってから、グッと親指を突き出す。


 後半開始の笛が鳴り、立花がサイドの紅葉にボールをパスしてくる。紅葉はそのボールを二度リフティングして感触を確かめる。


(うん、いい感じ。なんだか、しっくりくる……そっか、私には元プロサッカー選手の知識があるけど、サッカーは今のこの女の子の身体がするんだ。どこかで、昔のようにプレーしようとしてたんだ。それが、今なくなった。ふふっ、きっと本当の仲間が出来たから!)


「さあ、行くよ!」


 紅葉は笑みを浮かべた後、ハーフウェイラインからドリブルを開始する。


 人工芝をスパイクが捉える感触。観客たちの歓声。秋の風が火照った身体を冷ましてくれる。すべてがクリアだ、と紅葉は思う。


 坂下が紅葉のところに来る。紅葉はドリブルスピードを緩めない。坂下が紅葉の隣に並び、圧迫してくる。太ももで紅葉のお尻を押し、腕を紅葉の脇の下に入れてくる。


(やっぱり玲音は上手い)


 完全にドリブルスピードを止められた紅葉は、坂下のことを心の中で褒める。


(でも、玲音。玲音はジョンより上手い? ジョンは本当に素早くて、小回りが凄かったんだよ。そんなジョンと私はずっと一対一で対決してきたんだ。ねぇ、そんな私を止められる?)


 紅葉は急停止する。そして、反転して玲音と身体を入れ替える。


(私は小さいし、軽い。それはデメリットだけど、メリットだってあるんだ。私の方が小回りが利くんだから)


 右サイドから一転、紅葉は中央へと斜めにドリブルを始める。すぐ坂下が追いつき、ゴール側を切ってくるが、関係なくまっすぐ進む。途中で吉田と浦和レッジミッドフィルダーにぶつかるコース。紅葉は吉田に至近距離まで近づき、パスする。


 そして、吉田と入れ違う直前、ターンして進路を変える。坂下と浦和レッジミッドフィルダーがすれ違う。吉田は当然だと言うように、紅葉の進路にボールを出してくれる。


「行ってこい!」 


 吉田の声に押され、紅葉はゴールに向かって真っすぐ一直線に進む。玲音がすぐ追い越し、紅葉のドリブルスピードを抑えようと身体を当ててくる。紅葉はそれを緩急のみでいなす。


 浦和レッジボランチが玲音の逆側から止めにくる。紅葉はドリブルしていたボールを追い越し、ヒールリフティングで背中から、ボールを前方にちょこんと出す。二人の伸びてくる足の上をジャンプして超える。


 浦和レッジディフェンダー安住が間髪入れずに立ちはだかる。紅葉は左を見る。そして右へとドリブルし、安住の横を通り過ぎる。


 ペナルティーエリアに侵入する。ゴールまで十二メートルを切る。しかし坂下と安住、そしてボランチの三人が紅葉に追いつき、紅葉を取り囲む。紅葉の視界からゴールが消える。見えるのは取り囲む玲音たちの身体だけ。


(きちんとシュートコースを消してる。うん、やっぱりレッジは皆レベルが高い……でも、だからこそ、分かることがあるんだよ? 玲音の後ろにゴールがあること。キーパーは玲音が消したシュートコース以外のエリアを守備するよね?) 

 

 紅葉は三人に囲まれたまま、ボールキープしつつタイミングを伺う。下手に足を出すとPKになる為、玲音たちは紅葉のボールを奪えない。

 

(それに、私からキーパーが見えないってことは、キーパーからも私は見えていないってこと。てことは)


「紅葉ちゃん! こっち!」


 立花の掛け声、それにほんの少し反応する玲音たち。


 ――今!


 紅葉はトーキックでコンパクトにボールを蹴る。そのボールは玲音の股を抜け、ゴール左隅にコロコロと転がっていく。


「えっ?」

「あっ?」

「はっ?」


 時が止まる。静寂の中、遅れて、審判の笛が鳴る。観客が大爆発する。紅葉は三人の間から抜け出すとボールを拾い、センターサークルへと急ぐ。


「残り二点! 頑張ろう!」

「おおっ!」

「次は私が取るわ!」


 この紅葉の得点で完全に試合の流れが変わった。これまで、坂下のフォローに徹していた安住が完全に紅葉のマークに加わったのだ。


 気持ちの乗った浦和領家に、さすがの浦和レッジといえども、数的不利では厳しい。次から次へと領家はシュートの雨を浴びせる。


 たまらず、浦和レッジディフェンダーが、ゴール前で立花を倒してしまう。立花からボールを手渡された紅葉は、壁と、その先にいるキーパーを見つめる。


(そっか、前半に止められたのは相手のキーパーが大きかったからだったんだ。そうだよね、ジュニア用のゴールは小さいんだから、山なりのボールだったらキャッチされちゃうよね。でも、今の私に強いボールは蹴れない)


 紅葉は笑う。笛が鳴る。ふぅ、と一息入れる。


(今の私に出来るのは山なりのシュートだけ。でも、そのシュートはジョンと毎日特訓したシュートなんだよ。ジョンはどんなボールだってキャッチしちゃったけど……ねぇ、あなたはジョン以上?)


 紅葉はゆっくりと走り出す。そしてシンプルにシュートを打つ。毎日ジョンとそうしていたように。


 ボールが、ゆっくり弧を描いて壁を超える。

 左回転しながら落下する。

 キーパーの伸ばされた右手、手袋をした人差し指の1ミリ先を。

 ゴール左上、ポストの塗装を削りながら――


 紅葉は片手を高々と上げる。それに呼応するようにレッジ応援団が即興のチャントを太鼓と拍手のリズムで奏でる。会場中がその後に続いて声を出す。


 ジュニアの試合とは思えない光景の中、紅葉は皆と抱き合い、ゴールを祝う。






 大井和博(おおいかずひろ)はベンチからその光景を見つめる。凄すぎて言葉が出てこない。


 試合が中断している間に、浦和レッジ側が紅葉のマーク以外を、次々と交代させていく。そしてその中で、十番、向山が俯いた仕草のまま交代する様が、和博にはとても強く印象に残った。


 今日、向山はハットトリックしているのだ。それが、誰にも活躍を祝福されることなく、絶望したようにピッチを後にする。


(あれじゃ、まるで敗者だ……ううん、あいつにとっては負けなんだ)


 和博は向山が嫌いだ。前半、紅葉に対して散々酷いことを言ったのだ。許されるなら殴ってやりたいくらいであった。


(そうか、あいつは誰よりも紅葉に近いから分かってたんだ。紅葉の凄さがどれくらいか。同じフォワード、それに天才って呼ばれてるあいつは、誰よりも紅葉に怯えてたんだ。それで、紅葉のことあんなに脅して……最後は絶望したんだ)


 和博は向山に同情してしまった。あの俯く姿は将来の和博の姿かもしれない、と思ったのだ。


(違う、俺はあいつじゃない)


 和博は強く否定し、試合を、紅葉を見守る。浦和レッジが向山を下げ、ディフェンダーを投入したことで試合は膠着する。


 残り十分を切り、何とか同点にしたい領家と、逃げ切りを図るレッジ。ゼロトップで守りを固めるレッジに、領家は攻めきれない。紅葉も試合参加しようと一生懸命動いているが、二人に密着マークされ、パスをもらえなくなってしまった。


 和博は声をからして領家を応援する。和博だけではない。地区リーグの試合とは思えないほど多く詰めかけた観客たち全員が、領家の応援をしている。


 けれど、レッジの選手たちは凄かった。領家の応援など意に介さず、まるで練習しているかのように簡単にパス回しをしてしまう。ボールキープをして時間を使うレッジからなかなかボールを奪えない。


 八滝が最後にボールを奪い、カウンターをするも立花のシュートはキーパーに抑えられてしまった。そして試合は終わった。浦和領家サッカー少年団は2-3で浦和レッジジュニアに敗北した。


 和博は悔し涙を流す紅葉を、晴れやかな表情で慰める領家の皆の顔を見て、羨ましくなる。


(俺だって、いつかあんな風に皆の輪に入るんだ! その為には……)


 和博は急いでピッチ脇、観客でごった返す一角に向かう。そこには親友である鯨井達也と、いつも一緒に遊ぶ仲のよい友達四人がいる。和博が試合を観てほしいと呼んだのだ。


「達也! みんな! どうだった? 負けたけど、うちのチーム凄かっただろ?」

「ああ、マジすげーな!」

「やっぱりあの妹凄すぎだろ!」

「な! 何あれ!」


 試合の興奮が残ったままなのだろう、皆が一斉に試合のことを言う。それを一通り聞いた後、和博は改めてお願いする。


「このチーム、六年生が抜けると五年生の先輩四人と、紅葉と俺だけになっちゃうんだ。それだと試合に出れないし、解散になっちゃう。頼む! みんな、浦和領家に入ってくれないか!」


 場が一瞬静かになった後、全員が笑いだす。そして、皆を代表して達也が答える。


「カズ、頼むのは俺たちのほうだぜ! 試合中、みんなで絶対に入れてもらおうって、話してたんだ! なっ?」

「ああ、あんなすげーの見たら、俺たちだってやりたくなるって!」

「でも、まずは妹ちゃんに謝んのが先だよなぁ、俺たちあの子にサッカーで負けて、ハブにしちゃったからなぁ」

「許してくれるかな……」


 困り果てた顔をする友達の顔を見て、和博は大声で笑ってしまった。


(紅葉はハブにされたなんて、まったく気付いてないって! それに、こいつら、あの時はあんなに、もうサッカーはしないって言ってたのに!)


 ――それがどうだ!


 和博は向山の暗い姿を思い出した後、紅葉の笑顔を思い出す。


(紅葉のプレーにみんなが魅了される。勝てないって絶望してたこいつらが、今じゃ一緒にプレーしたいって言ってるんだ。俺もいつか向山のように思う時が来るかもしれない。でも、大丈夫だ!)


 ――紅葉のプレーはあんなにサッカーの楽しさを思い出させてくれるんだから!

 













2024年度第四種埼玉県南部リーグC組最終結果


一位 浦和レッジジュニア     15勝0敗1引き分け 勝ち点46

二位 グルスタFC         13勝2敗1引き分け 勝ち点40

三位 浦和大林サッカー少年団   10勝6敗 勝ち点30

四位 三門サッカー少年団     7勝6敗3引き分け 勝ち点24

五位 浦和領家サッカー少年団   8勝8敗 勝ち点24

六位 行町十鳥サッカー少年団   6勝8敗2引き分け 勝ち点20

七位 サンタバFC         3勝10敗3引き分け 勝ち点12

八位 下関サッカー少年団     3勝11敗2引き分け 勝ち点11

九位 斉川サッカー少年団     1勝14敗1引き分け 勝ち点4

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