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碧落の異界3

「そろそろですよ」


 指差した向こう、確かに街並みと呼べるものが見え始めたのは既に日も傾き始めた頃だった。

 辺りは見事なまでにオレンジ色に染まり上がり、まぁ要するに完全に夕暮れである。

 雪が太陽の光を反射し黄金色に輝く様はピクニックであれば絶景であっただろうが、今はもう景色なんか見たくも無い。

 この竜の言うところのそろそろってのは全く信用ならない、それを改めて心底から痛感する。

 雪山の向こう。確かに街並みは見えるものの、それでもまだまだかなりの距離があるのは誰が見たってわかる有り様だった。

 何が二時間も歩けばだ。

 とっくに二時間なんか過ぎている。


「………………」


 ふらふらと歩くフィリアはやつれ具合も相まって完全にゾンビ状態だ。


「……休憩するか」


「そうですか? そろそろだと思いますけど」


「信じられるか!!」


 ウルトは脳内の距離感がどう考えても狂っている。

 二度と信じまい。竜だからなのか、それともこいつが特殊なのか。


「やっぱり街まで乗せて飛びましょうか?」


「ぜってぇやだ!」


「お断りしますわ」


 流石に疲れきったフィリアもこれには即答だった。

 さて、私の方は精神的な疲れはともかくとして、肉体的には疲れ知らずである。介助の方に回るとするか。

 雪の中に座り込んだまま動かないフィリアに声を掛ける。


「……飲む?」


 流石に哀れ過ぎる。

 なけなしの水を差し出した。ぎゅむぎゅむと吸い付いて飲むのを見届けてから本を開く。

 もうちょっと魔力があればな……。移動手段になるであろうものも本には載っているのだが。

 ……む、そうだ。

 フィリアが水を飲み終わるのを確認してからもふもふと雪を踏みしめつつ歩き、少し遠い岩の陰にしゃがみ込んでこそこそとページを捲り目的のものを見つけ出す。

 片腕って割と不便だな。

 まあしょうがない。



 商品名 地獄の入り口【レプリカ】

 地獄の入り口のレプリカを作ります。

 オリジナルと特に遜色はない。



「よっと」


 出したわっかを地面に置く。安くて結構。

 予想通り、というかもっと先にやればよかった。

 さっきの洞窟とか絶対沢山あっただろう。


 [自動洗浄]


 備え付けのつまみをぐいと捻ってその辺の魂を吸い込んだ。

 ウマイウマイ。

 地獄トイレにはうっすらと文字が浮かんでいる。


 エネルギー取り出し作業中

 推定作業時間10時間


 私が居なくても向こうで働いているようだ。ンン、結構結構。

 しかしながら残念、結構掛かりそうだ。魔物頑張れ。

 わっかを回収し腕につける。

 これで10時間後には魔力がいくらか手に入る筈だ。にしても手に入る魔力の量によっては魔物の数も増やすべきかもしれないな。

 作業効率が少々悪い気がする。魂を吸い込んでも消化に10時間とか掛かってたら大変だ。

 記憶によれば確か、2匹の魔物が取り出し作業をしていて後の3匹は外に繰り出していた。

 外に出ている奴らが何をしているかは謎だが何かしているのだろう。

 そのうち進化もさせたいところである。用事も済んだし戻るか。


「ただいまー」


「やぁ、おかえりなさい。クーヤちゃんはちょこまかと動いていて楽しいですねー」


 上から目線で褒められた。温度感が小さな動物がせっせと冬越しの為に働いているのを見て頑張ってて可愛い~とか言っている暖房の効いた部屋で明日のご飯の心配もなくぬくぬくと暮らす女子高生のソレだ。

 ドラゴンであるからして基本的に上位存在目線なのかもしれない。


「じゃーそろそろ行くぞー!」


 幾らなんでも夜は明かしたくない。

 フィリアも同感なのだろう、くたびれた様子ながらも腰を上げた。


「そうですわね……」


「頑張りましょう!」


 無駄に元気だなこの竜。

 つーかさ。


「どこまで付いてくんのさ」


 これである。

 あの祠から解放されたのだし、好きな所に行けばいいだろうに。何を考えてずっと付いてきているんだろう。


「え? 駄目ですか?」


「駄目っていうか……なんでだろうと思って」


 竜なのに恩でも感じているのだろうか。

 でもあの魔境から脱出させてもらっただけで十分に恩は返してもらったと思うのだが。

 フィリアと二人じゃ絶対無理だっただろうし。


「出来れば付いて行きたいんですよね」


「……その子を口説きたいからという理由であればぶっとばしますわよ」


「はは、凄く魅力的なんですけど流石に殺されそうなのでやめておきますよ。

 実際に殺されかけましたからね。

 付いていきたいのは別の理由なんです」


「別の理由?」


 なんであろうか。

 ウルトが付いてくる理由なんて特に思い浮かばないのだが。


「貴女から懐かしい匂いがするんですよ。

 古い友人の匂いです」


「友人?」


「ええ。彼女はきっと僕が友人だと思っているなんて聞いたら怒りそうですけど。

 凄く懐かしい血の匂いです」


「血……?」


 そんな物騒な匂いをさせている人に会った記憶は無いが。


「かなり強く残ってるし、日常的に会ってたと思うんですよね。

 覚えがありませんか? マリーベル=ブラッドベリーって言うんですけど」


 んー。


「……マリーベル=ブラッドベリー、と、言いました?」


 私よりもフィリアの方が目を剥いている。

 はて、確かにその香り高そうで美味しそうな名前には聞き覚えがあるが。

 誰だっけ。


「……ご冗談でしょう? 最も古き魔王ではございませんの? まさか生きているとおっしゃるの?」


「匂いがするんですから、きっと生きていたんでしょうね」


 紅茶の魔王……。紅茶、紅茶。ローズヒップティー……。

 あ。


「もしかしてマリーさんのことか」


「あ、マリーって呼んでるんですか? 

 愛称で呼ばれるなんて彼女も丸くなったなー」


 マジか。

 このドラゴンがまさかのマリーさんと友人だとは。

 …………。


「マリーさんに近づくなペドラゴーン!」


 このペド、マリーさんが狙いか! 

 許すまじ! 


「え? 彼女はちょっと。

 色々と大きいし。

 それに戦闘狂すぎて怖いですし」


 大きい? 

 割と小さい気がするが。

 というか戦闘狂? マリーさんが?

 あのファビュラスさとアメージングさとブリリアントさとセレブリティに溢れグッドルッキングヴァンパイアであらせられるマリーさんがか?


「いっつも優雅じゃん。戦闘狂なんて感じしないけど」


「本当ですか!?

 ……人って変わるときには変わるんですね……。

 後にも先にも彼女だけですよ。僕と真正面から魔法の打ち合い挑んできた人って。

 しかも傷だらけなのに凄く楽しそうに高笑いしながら。

 あの時は人と関わる事が無かったし本当に理解不能で怖かったなぁ……」


 ……マジか。

 マリーさんの過去の片鱗を思わぬところで見てしまった。

 意外とこう、ヤンキーだったんですね。今の麗しさからは想像も付かない。

 フアンフアンフアンと脳裏にロングのセーラー服に身を包んで黒のマスクを着用し鉄パイプを装備しヨーヨーを持ってゴリゴリにカスタムしたハーレーをパラリラパラリラとしている姿が浮かび上がる。何故か簡単に想像がついてしまった。


「魔王が、生きて、ブラッドベリーが……血塗れた薔薇の君が……」


 フィリアはぶつぶつと何事か呟いている。

 そんなにショックだったのだろうか? 

 どことなく空ろな顔だ。暫く正気に戻りそうも無い。


「でも古い魔王って結構生きてるんじゃないですか? 僕もですし」


「……なんですと!?」


 魔王!? 魔王といったかコイツ!? 

 信じられない。こんなに駄目な竜なのに。


「僕も元魔王ですよ。マリーベルさんは怒ってましたけど。

 貴様が魔王などと断じて認めるかって。

 彼女は吸血鬼だし、知識や技術を極めた方面でしたから、僕の力任せな闇魔力の使い方が嫌いなんでしょうね」


「……うーん……?」


 よくわからん。

 魔王にもなり方がいくつかあるのだろうか? 


「例えば、空間に穴を開けるのに彼女は研究を重ねて理論で、僕は身体を鍛えて力ずくで、って感じだったんですよ」


「……頭脳派と武闘派って事?」


「そうですね。でも竜って力任せなのが普通なんですけどね。

 彼女は納得いかなかったみたいです」


 へぇ。

 なんだか面白い話を聞けたな。中々に有意義な話だった。

 魔王にも色々居るようだ。他にはどんなのがいるんだろう。


「お」


 遠く街並みの中、人の姿まで見えるようになり始めたのは程なくしてだった。

 今度こそそろそろ着きそうだった。


「頑張れフィリア、本当のホントにそろそろだ!!」


「本当の本当の本当ですの!?」


「本当の本当の本当の本当だって!!」


「今度こそ間違いなくそろそろなのですわね!?」


「そうだ!! 頑張れ、頑張るんだフィリア!!」


 ついに、ついにここまで来た。

 長い道の果て、訪れた本当のそろそろに二人抱き合って喜んだ。


「えー? 納得いかないなー。僕もそろそろだって言ったのに。

 僕には抱きついてくれないんですか? 美しいお嬢さん方」


 お前は黙れ! 

 まずはその気が狂った距離感を修正してから来いというのだ!


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