水着イベント~真夏の海のバカンス~5
「よいせ」
なんで並んでるんだと思いながらも最後の羊を持ち上げた。
無闇矢鱈とご満悦顔だな。いいけど。ウールに手どころか身体ごと埋まるのでちょっと歩きづらい。
……昇天しないな?
私が消滅した後に悪魔になったらしい天陽さんですら悪魔を駄目にする恐るべき触感じゃあと謎なことを叫びながら地獄に召されていたのだが。
むむむ、昇天しないのならば抱えながら動かねばならんのか。一抱えある羊を持ち上げながら反り返ってガニ股になりつつ歩くとかいうそれなりの苦行だぞ。
ルイスとメロウダリアはあの人形ボディではないものの、大きさで言えばメロウダリアは細い蛇であるしルイスも他の連中と大して変わらないのでそうでもないのだが。
こいつはウールがあるぶんも合わせてまぁまぁデカいのだ。重さはそうでもないのだがとにかく持ちにくい。
ずり落ちていくのを抱え直してひーひーと歩く。何故こいつだけ地獄に召されないのか……いや、ウールでわかりにくいがブルブル震えているのでこれ意地を張って我慢してるだけっぽいな?
変なプライドを発揮して耐えるくらいなら最初から抱えろとか言わなければいいものを。こいつらの趣味とは実は我慢大会なのだろうか?
いいけど私を我慢大会の道具にするのはやめて頂きたいところだ。
もう私は展望台のバステトにこの首飾りを付けて一大プロジェクトのフィニッシュといきたいのではよ昇天して欲しい。そんな思いを込めて軽く揺すってみるが、黙って耐え忍んでいる。
この野郎、許せん。
「こんにゃろー!!」
両手でシャカシャカシャカとウールをかき混ぜる。まだ耐えている。ぐぬぬぬぬぬ!!
羊耳を齧って引き伸ばしてみたりよたよたとしながらもぐるんぐるんと回転し力いっぱいに引き絞ってしがっくんがっくんと揺らす。まだまだ耐えている。
おのれ、許せーーーーん!!
「とーーーう!!」
これはもはや意地と意地のぶつかり合い、私が勝つか、こいつが勝つかのどちらかしか道はない。交わることの無い道を先に進める権利を得られるのは1人のみ。
私の顔ぐらいの高さに抱え上げてぶもんとウールに顔を埋めた。そのままぎゅうと締め上げる。必殺、暗黒神ちゃんベアハッグである。このまま絞め落としてくれる!!
消えた。……まあいいか。
ちょっとだるいがあいつらを黙らせる方法をゲットしたと言えよう。アスタレルがだいぶ耐えたあたり、慣れというか耐性というかそういったものがある事が予想されるのでそのうち効かなくなりそうではあるが。
完全に効かなくなる前に他の代替え手段を見つけておかねばなるまい。
よし、作業も終わって用も無くなった邪魔者連中が居なくなったので早速展望台に向かうか。エッホエッホ。ホテルの展望台で天にある星のように美しく光り輝く引くほどクソデカいダイヤを見せびらかして観光客を怖がらせましょう!
部屋を出て廊下へ飛び出し、勢いのままにロビーへ猛ダッシュである。
作業を終えたラグジュアリーフロアはしんと静まり返っており、富の力と悪魔の力と無駄な労力によるその成金っぷりを以て通る者へかなりの圧力を掛けてきている。空調の効いたフロア内はホテル特有の乾燥し籠った空気はなく程よい湿度を含んで過ごしやすく調整されている。
廊下に飾られてスポットライトで照らし出されている絵画はその全てが悪魔セレクションなのだろう。ふむ……。抽象画から写実画まで揃っている。どうにも共通テーマがあるようではあるが。
よくわからんな。オーラがあるとか凄そうとかはわかるのだが。特に抽象画は私には苦手な分類だ。なんとなく好みかなんとなく好みじゃない程度しか認識できない。
それで言えばこの抽象画は……ナカナカだな。妙ちきりんな模様と多分人型みたいなゼンエイテキアートである。うむうむ。
薄暗い廊下をとっとこハムって昇降機へ乗り込む。
「そいやっ」
ポチッと昇降機を起動。いざいざ展望台へ。静かな駆動音と共に上昇していくのに合わせて展望台からの光だろう、吹き抜け全体が段々と明るくなってくる。
ものの数十秒で辿り着いた展望台。そろりそろりと昇降機から降りて眺め回してみた。内装ばかりしていたので展望台は初見なのだ。
ホテルの屋上全ての面積を使い倒した広々とした空間は屋上とは思えないラグジュアリーさが漂っている。
ソファにクッション、ロッキングチェア、リクライニングチェアなどがグループ用と単身用を想定されたと思われる配置であちこちに設置されており、そしてホテルの正面側、展望台の端から彼方の水平線を眺めるような位置でバステトちゃんが台座の上にしっかりと鎮座している。よしよし。
風は感じるが強すぎるほどではなく、丁度いい塩梅だ。どこに行っても浜辺と海を見下ろせる様、まさしく360°オーシャンビューですのと言ったところ。視界を遮るものをガラスであっても良しとしなかったのであろう、頭上にも特に雨風を凌ぐようなものはない。
じゃあ天気の良い日しか無理じゃないかとなるところだが、そこはそれ。屋上の床全面に敷き詰められた足音の全てを吸収する柔らかで恐るべきフロアマットには悪魔がせっせと縫い込んだ魔法があるのだ。
屋上を覆う、雨を弾き、風を減衰させる目に見えない壁を生み出す魔石さえあれば半永久的に稼働し続ける刻印魔法とかいう多分だが本来はあんな簡単に付与できる代物ではないんだろうなとは思うブツである。お陰で雨も強風も来ない仕様だ。雨の日だって嵐の日だって雨音を楽しみながら展望台とはいえ屋上になんでそんなものをと言いたくなるがバーテンダー雇い入れ予定のバーカウンターがあるのでお高い酒を求めてその辺で転がって飲めるのである。金を毟るのに余念がない。無一文にしてやるという圧を感じる。
「えーと」
ぶらぶらと屋上を探検しながらいざいざバステトの前へ。本物の猫のようにつーんとしたすまし顔をしている。ちょっと触ってみた。ジオラマの時に磨きすぎたのかぬるすべつやしている。ウーンこれは猫。
目は悪魔が付けたのであろう宝石が嵌め込まれているようだ。緑と赤なのはなんかの趣味なのだろうか。謎である。
ごそごそとリュックを漁ってギンギラに光るダイヤをテテーンと掲げた。首飾りはどうしよう、これは本で出すか。いいものにしておきたいので。
商品名 太陽の首飾り
黄昏と暁の光を漬け込んだ黄金で作られた首飾り。
どんな暗闇の中でも光る優れモノ。
ただし、夜になると隠れてしまいます。
購入。じゃらりとした首飾りは言ってしまえばまあ全体的にはよだれかけのような形状をしており、金箔なんてケチくさいことは一切していないようで首飾りにしてはずっしりとした重量がある。
少し揺らせば首飾りの構成パーツである金のプレートやチェーンが擦れ合い、シャラシャラと涼やかな金属音を立てた。
先にバステト像の首にこちらを掛けてと。しゃがみ込んで再び本を開く。
別で石留めを購入しダイヤを取り付け、チェーンを通して太陽の首飾りと重ね付けで上下に並ぶように長さを調整。
バランスを変えつつちょちょっと位置を決める。………………ふむ…………近くから見てみたりちょっと離れた場所に走って横から見てみたり。悪くないな。
「うーむ」
最後に下から見上げながらペンライトでダイヤを照らして輝きチェック。作業をしている内に日が落ちてきた空は既に薄青く、海の向こうの水平線を赤く染めながら太陽が沈もうとする時間帯だ。
ペンライトの光を受けてダイヤは目に痛いほどの眩い虹光を放ち、暮色蒼然とした屋上の中でまさしく地に落ちてきた星のように煌めいている。
ちなみに猫は変わらずつーんとしている。ペンライトを仕舞ってバステトの目線の先を見るように視線を流した。遮るものの無い景色はまさしく絶景。展望台の名に恥じぬ光景だ。
このバステトの首飾りの輝きはあの海の向こうからだって拝めるであろう。素晴らしいわからせである。イッヒッヒッ。
よじよじと台座を登る。そのままバステトにも登って猫頭の上に居座った。
南大陸らしく暑い島だがマジカルラジカル☆デビルンミラクルにより調整された涼しい風を受けながらまったりと目を閉じる。風に煽られた髪の毛が暴れるのが少しばかり鬱陶しいが風が通り抜けていく感覚のほうがいい感じなのでまあよし。
「ん」
日が暮れたせいか、見下ろすホテル前の広場に戻ってきたらしい異界組と飛竜達発見。異界組はこちらを見上げながらなにやら話しているらしい。
結構な距離がある筈だがばっちり私を視認しているようだ。ラムレトが手の平をこちらに向けて頭の上でぴょこぴょこと動かした。なんだ、ケモ耳の真似か?
隣の九龍も口を大きく開けて何やら間延びした言葉を発したようだ。多分にゃーんだかなんだかだな。
バステトの上でちょこんと座ってまったりしている私の姿が猫と変わらんと言いたいらしい。確かにバステトは子猫とセットで像や壁画になってることもあるらしいが。まさにブラックキャッツってか。やかましいわ。




