水着イベント～真夏の海のバカンス～2

　スルメをしゃぶしゃぶしながら仁王立ち。

　片方に枝、片方に本を持った両腕を天に掲げる。

　場所はラウンジの中央。リング形状の柵によって囲まれ、SFに出てきそうなエレベーターぽい見た目となっている部分だ。入るとブンッと音を立てて瞬間移動しそうなアレである。

　まぁ間違ってないのだが。

　深呼吸を一つして色々なことに思いを馳せつつ。

「さらば私の貯めに貯めた魔力！！ いつかこの広い宇宙のどこかでまた会おう！！」

「顔面シワッシワで草」

「行き先が病院気付いた犬猫みてーな顔アルな」

「うるさーい！！」

　私の決意に水を差すんじゃない。今から3億失いまーすな私の気持ちがお前らにわかってたまるか。今回収した神託スラグは2つ分、いきなり半分になるのである。

　1億は九龍の食券、そして1億は最低限残さねばならない次回神託仕入れ用。残り1億、このリゾート地を整えることで大体無くなるであろうことは想像に難くない。職人として手を抜くのはありえないので。

　神託ひとつが次回仕入れなどと自転車操業にもほどがあるが、そこはそれである。私は思い切りよく生きたいのだ。将来に備えた蓄えなんてしゃらくさいのである。

　本を開く、さよなら、さよなら、さよなら！！

　商品名　トンネル改修工事

　地獄へ各トンネルより物質次元境界利用通路と通気口を引き込み、内壁を生体保護機能付きのコーティング剤で覆い接合する改修工事をします。

　物質界の生物が地獄の影響を受けずトンネル間を通路として利用できるようになりますが、通路は悪魔を防ぐ強度はありませんので言い聞かせておきましょう。

　そこは出来ないのかよ。いやあいつらの攻撃力高すぎて無理なのはなんとなくわかるが。

　しかし今更だがこのトンネル、どういう理屈だったんだろう。

　そもそもトンネルの中に入ると悪魔がギャハハハと笑いながら突っ込んでくるのだから実際にはトンネルとは名ばかりで地獄に通じる穴を物質化させて物質界に固定していただけな気がするのだが。

　地獄をトンネルに見立てて地獄の穴をトンネル出入り口と言い張っていただけでは？

　この説明文を見る限り……この物質次元境界利用通路とかいうのが穴と穴をパイプの如く繋ぐ通路となるのだろうし逆に今まではなんもなかったと、そんな気がする。

　今まで私が投げ入れたものはそのまま地獄に落っこちており、多分だが悪魔共が落ちてきた物を回収してラベリングし倉庫かなんかに保管していたのだろう。

　そして別の穴から私がこれを送れと言うとピックして私が指定したトンネル出口に持っていき穴から放り上げていたと。物流倉庫か。アナログすぎる。そういやオートマチック機能があった。買ってやったほうがいいだろうか。

　ユグドラシルの樽は規則正しく、絶え間なく転がって来ていたからアイツらが単純作業の鬼社畜でもなければトンネル間にDIYでローラーでも作って設置したに違いない。

　私が指示しなくとも勝手に樽は運び出されていたしな。たまに中身がエライコッチャになっていたが。

　通路には変ないたずらをしないように言い聞かせておかねば。

　それに物質界の生物を保護するというよりも、物質界の次元壁をそのままぎゅーむと摘んで引っ張り込んで触手のように地獄内部を通して固定することで作るのであろうワームホール内に悪魔が入り込む為には破壊一択な気がするし。

　そうすると無理に物質界に突っ込むと同義なのでいつかの羊のように腕が腐っちゃいましたテヘペロとか言い出しかねない。それは困る。

　あとはそうだな。

　地獄に通じる穴が各所に開きっぱなしなだけなのを各出入り口から新しくワームホールを伸ばして互いを繋げて通路として使えるようにするとなると、今までと違いワームホール内という限られたスペースで更に悪魔という労働力が失われ樽の運搬や私が放り込んだ物の保管に苦労するのではとなるところであるが……。

　恐らく生体保護を買ったところでそれに関しては別段問題ないだろう。

　何故なら本を見るにつけ、生体保護と物質保護が商品として別で存在することを思えば今までのトンネル運用とは別口で生物用にする通路が存在する筈だからである。

　改修とはいえどルートを一つ物質界の次元を引き入れて埋め立てて地獄へ通してそのまま穴同士をくっつけるというものなので、ようするに水族館にあるトンネル水槽のようなものを作ると考えて良いだろう。

　トンネル内部は物質界と変わらぬであろうことを思えば運ぼうと思えば物質保護を買わずとも樽だって汚染とかされずに持ち込んで普通に運べる筈である。

　なのに物質保護が別個で商品として並んでいるということはだ。

　物質保護を買わずその手段で全て回そうとすると先ほどの空きスペースと労働力の問題が出てくるのでまともに運用する為にオートマチック機能だの境界通路拡張だの倉庫増設だのが購入必須項目に入ってくるからだろう。

　最初から生物用を別ルートにしておけば物資運搬は今までの別ルートを使い続けて今と変わらず悪魔共に物流倉庫業務をさせればいいだけ、と。

　なのでルートごとに別々で保護機能を買わねばならないとなっているのだ。悲しい。

　とはいってもカタログ内容はなんやかんや私の考えや行動指針に合わせてなんとなく最適化されている気配があるのでこれが最良なのではあろうが。

　この本には悪魔どもが作ったんだろうなという商品も並んでいるのであいつらがちまちまと私のやりたいことに合わせて色々しているのであろう。

　なので私が何も考えないでどうにかなれーで開くと悪魔おすすめのいい感じのが私ナイズされて出力されるわけだ。生意気だな。すこぶる生意気。

　まぁいい。というわけで物質界からパイプを伸ばすのだって、物質界の生物を一人ずつ魂と肉体をコーティングするなどよりも多分圧倒的に値段が安い。更に身一つで地獄を直で歩き回る羽目になり悪魔対策もゼロだからおすすめ手段がこれとなっているわけである。

　ぺろりと本を捲る。物質保護の値段は生体保護とは異なっている。つまり購入後に実行される方式が異なる。

　多分物質に関しては個別包装形式となっているのだ。魂のない物体なので個別パッケージの方が安上がりで済み、わざわざ物質界パイプを伸ばすほうがお高くつく上にそこから更に諸問題が増えてくるからだな。

　ふむ、このようにルートを採択出来る余裕があるということはトンネルは見た目薄皮一枚だがトンネル出入り口と地獄の間には実際のところは何層もの揺らぐ異次元が存在しているのだろう。

　伸ばせばびろーんと惑星一周出来ますというぐらいに色々な次元が圧縮されているに違いない。

　なんか物質界と地獄は完全な別世界とか言ってた気がするし、トンネルの出入り口は恐らく異なる次元と時空に幾つも同時に存在し、そして同場に重なっているのだ。通路の概念が強化されたからたまに出られるどうこうとかも言っていたしな。

　トンネルの穴自体は同じヤツでも地獄とトンネル穴の間には出発地点と到着地点が同じというだけの次元の異なるデンジャラスルートがたくさんあり、今回私は今までのトンネル運用で使っているものとは別のルートを物質界の生体用として改修するわけだ。

　ちょいと考えてページを1枚捲った。そこには生体保護の個別コーティングバージョンが載っている。20億ヨシ。見なかったことにした。頭もふわーとしてきたし。

　さっさと仕事をして寝るか。

　まず柵の中央に地獄の輪っかを設置しトンネル化する。そしてぽちっと3億の出費。懐に物寂しい風が吹いた気がする。なるほど金持ちがドケチなわけだ。

　甲高い、空気が流れるような音がする。多分通気口が出来て空気が通り始めているんだろう。しゅーっとコンプレッサーを起動させたような音と共にトンネルの周囲をくるくると浮遊するトラテープ模様が周り始めた。

　回り続けるトラテープの中央を空中ディスプレイで工事現場によくある電光掲示板のようなデザインの悪魔模様が旗を振っている。ただいま改修工事中って感じだな。

　しみじみと工事中のトンネルを覗き込んでいたラムレトが首を傾げる。

「ウーン、このサイズだと小動物しか通れなくないかい？」

　言われてトンネルを見る。

　私の腕よりはまぁ大きいかなという穴がそこには鎮座している。

　地獄の輪っかをトンネル化すると物質化するせいで地面に空いた穴となるのでまぁ穴周辺の地形をツルハシで崩せば穴そのものは物理で大きくすることは可能なのであるが……ユグドラシルでもそうやって拡張したしな。

　暫く眺めるが穴そのものに変化は特に見られない。穴際を枝で軽く突いてみるがカチンと硬質な音が跳ね返ってきた。

　地獄に落ちれるただの地面に空いた穴なら物理で広げられたが、トンネル穴のルートの1つに次元パイプが取り付けられてしまったのでどうやらサイズ拡張を別で買わねば大きくできなくなったらしい。

　……まぁ確かに取り付けられている次元パイプは亜空間被膜的なものであり物質でもなんでもないだろうし、内部コーティングだってしてあるのだから大きさは固定だろう。パイプサイズ変更は別途工事が必要になるのだ。

　そう思えば穴だけを大きく出来たらパイプと穴のサイズが合わずに異次元な隙間から落ちて二度と戻って来れない遭難とかありそうだな。

　考える。

「…………………………気合で……………………」

「吸血鬼のコウモリ化でも利用するアルか？

　マリーベル過労死しそうアルが」

「よし拡張しよう」

　秒でトンネルサイズ拡張を買った。

　マリーさんにそんなことはさせられないのであるからして。1千万ほど掛けてまぁ大人がぎりぎり通れるサイズに拡張。もう残りが9千万になってしまった。悲しい。

　回り続けるトラテープの傍にぼぅんと間抜けな音を立てて看板が現れる。

　［この先、地獄上空にパイプライン吊り下げ工事中。ご迷惑をお掛けいたします］

　書いている事は普通だが、その大開脚ポーズを取ったなんかの悪魔らしい絵はなんだ。アハ～ンとかフワァ～オって感じがしている。

　見た目が最悪だな。情操教育にもよろしくない。タオルを引っ掛けて隠しておいた。これでよし。