新世界より
「────────さて、小生はこれで戻るが。小生としては早急に離脱することをお勧めする。
海底の探索をするほどの装備には見えん。その軽装で島諸共に沈むのは褒められたことではあるまい。
主よ、また呼び給え」
「…………………え?」
聞き返すも既にその姿はない。暫し無言。
微かに揺れる大地に耳に届く静かな慟哭。足元に小さな罅が入るのが見えた。
「あ、もしかしてもしかしなくてもこの島って沈む感じ?」
「……まあ元から穴だらけの死体であるからな。芯が抜ければ崩れるが道理と言われれば納得するしかねーではあるが」
「撤収ーーーーーーーーッ!!!」
飛竜に飛びつく。すぐさま後ろに九龍が身軽に飛び乗ってきて手綱を引いた。飛竜が地を蹴って飛び立った瞬間、塩で覆われた大地がその本当の姿を私達の前に晒しだす。
巌のように硬く、真っ白な大地は表層だけであったのだろう。その下にあったのは底の見えない真っ黒な空洞だった。
それも一つや二つではない、見る間に塩の大地は崩れゆきその下に隠されていた数え切れない程の穴が連鎖するようにぼこぼこぼこぼこと次々に露出してくる。
虫歯の小さな穴をドリルでつついたらがぼっと大きな穴が空いて実は中身はスカスカだったのが発覚しましたって感じのめっちゃ嫌な光景だ。
今まで普通にキャンプが出来ていたのが不思議なぐらいにマジで穴だらけの島であった。蓮の花托もかくやである。
「あっ、僕駄目。ぞわぞわする。すっごいぞわぞわする!!!」
ラムレトが悲鳴をあげながら全身を掻きむしっている。ちょっと気持ちはわかる。
「随分と穴を開けたもんであるなぁ。これが生物思うと笑えもしねーアルな」
確かに。生きた生物に対して空けていい穴の数ではない。そりゃドラゴンだってブチギレであろう。うーむ、こりゃあタニシ生活をエンジョイしていただきたいものだ。
眼下に眺める地響きを立てて崩れていく島は、やがてその半分ほどが海中に没したところで先ほどまでの轟音が嘘だったかのようにぱたりと静かになった。
動くものもなく、ただ静かに。ゆっくりと深き水底へと沈みゆく。その質量に反して海は荒れることもなく、水面を揺らすのみでその巨体を音もなくただ飲み込んでいく。
最後に、空を見上げる竜のようにも見える大きな真っ白い岩が蒼い海の底へと消えていった。
それを見送ってから一つ頷く。
「ナムナム……」
両手を擦り合わせておいた。まぁ本体はこっちで呑気にラムレトの頭にへばりついているが。
「ま、六竜相手だった思えば損害はナシ言うてよかろ。島一つなら軽微なもんネ」
「そうだねぇ、どうせほとんど使ってない島だ、し…………」
ラムレトが言いながら途中で沈黙する。タニシがよじ、よじと登って少し間を置いてからばぁんと音を立てて鉄球頭がフワフワ頭になった。タニシが綿毛に埋まった。
「って僕の新しいギルドを作る島無くなっちゃったんだけど!? 色々計画立ててたのに!?
嘘でしょ!? ちょっとちょっとちょっと九龍くんなんとかしてぇー!?」
「足場もない場所で流石に島を引き上げるのは無理アルが。そも島を引き上げたところであのスカスカスポンジっぷりじゃ使えねーであろ」
「そりゃそうだけどもぉーーーっ!! ヤァーーーダァーーーーーー!!!
大きな離島ってここしかなかったじゃない!? 僕もうここに住む気満々だったんだよ!? 好みの建築物作ってリゾートにしていい匂いさせたかったんだよ!?
酷い!! ボカァ今回ほんと酷い目にあってそれで終わったんだけど!? ナンデ!?
クーヤくん!! クーヤくんなんとかしてよぉ!! クーヤくーーーーーーーーーん!!!」
「うっわ」
こっちきおった。なるほどこれはうざい。これがラムレト係が必要な所以。このノリで24時間構われたら頭がアフロヘッドになりかねないしノイローゼになるヤツだって出るわけである。いやまぁ今やってるのは構ってちゃんというよりもダダゴネであるが。
耳に指を突っ込んで拒絶するがそんなもんはものともせずにラムレトの声が指を貫通して耳に突き刺さってくる。こりゃ酷い。
空中で飛竜という物理的距離が無ければこれに付け加えて更に身体的な構ってちゃんまで確実に入っただろう。何せ向こうの飛竜にバカ長い手足でアホほどへばりついている。飛竜はちょっと迷惑そうな顔をしているが。がんばれ。
「あっ、そうだ!! クーヤくん僕の工賃これでいいよ!! 島を頂戴!! 僕は島が欲しい!!
新しいギルドを作る島を僕に頂戴!! ねぇねぇねぇ!!ねーーーぇーーーーー!!!!」
「う、うるさーーーーい!!」
うるせぇ!!わかったからやめろ!!綿毛を震わせながら叫ぶラムレトはどっからその声出てんだと聞きたくなる声量で叫んでいる。
おまけに綿毛が飛んできた。ヌワーッ!!
「クーヤ、あのモードに入るとはよ対応しとかねーと24時間どころか何日でもへばりついてくるアルよ?」
「な、なにぃ!?」
それは嫌だ!
悪魔だけでも手一杯だと言うのにここに来てラムレトまで面倒は見きれない。しょうがないにゃあ。
まあそれを抜いても神様の神性領域とかそういったものが見た感じ島があったところは綺麗に空白っぽい。多分実際には島ではなく生き物だったからだろう。今のうちにさっさと私の陣地として埋め立てなければ取りに来そうだ。
本を取り出す。えーと……島、島か。ここでいいのか?
「場所はどうするのさ」
「同じ島を引き上げるでもねーならここで構わんであろ。
そうさな、タンザナイト塩湖の島沈んで入れ替わるように隆起したいうことにしとくネ」
「わーーーーーーい!!やったね!!後でキャベツをあげよう!!」
ラムレトが器用に小躍りしている。うーん、若干私と言動と行動が似ててイヤだ。
しかしどうしようかな。島を丸ごと作るとなると値段的に霊脈に地脈やら大陸プレートやらなんやらと物質的なものもまとめて弄ることにもなるので多少お高いのだ。
買えんことも無いが他に可能な手段があるなら本で1からは少しばかり避けたい。節約術なのである。
ふむ…………海を眺める。沈んだ竜の遺骸はもうその姿は見えない。そういや恐竜達も沈んでしまったのか。プテラノドンも散っていってしまったし。最初から駆除が目的ではあったが世知辛いものである。まぁこの世界にそんな余裕は無いのだ。
うむと頷く。
「よし決めた」
海底にはあの竜の魔石もラムレトが作った魔石の細かいヤツも大量に沈んだ筈だ。それも合わせて考えればそれなりの質量が稼ぎ出せそうだ。
目的を考えれば別に大真面目にちゃんとした島を作る必要もないだろう。要するに先のタンザナイト塩湖の島のように陸地があればいいのである。と、なればだ。
すりすりと両手を擦り合わせる。摩擦熱を起こして着火エネルギーを生み出すのだ。シュッシュッシュッ!
飛竜の上で立ち上がる。ついでに尻を振り立てて運動エネルギーも作り出しておく。よしよし、心頭滅却。ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー。
集中せねばちょっと危険だろうなぁとうっすら思っているので。ここは一つ、真面目に集中するのだ。
何より、これは下請け業者への工賃支払いなのである。身奇麗な私に生まれ変わるため、これからの暗黒神ちゃん事業のため、ドブラックとして摘発されないために。やる気がぎゅんぎゅんと腹底から溢れ出てくるのを感じる。
世界が私を中心に回っているのが手に取るようにわかる。脳内でマリーさんが無借金経営の旗を優雅に振っている。乗るしかない、このビッグウェーブ。
九龍とラムレトは目を閉じるとかしてもらったほうがいいだろうか?
いやまぁ魂の強度が魔王クラスなのは確定しているのでうっかり強めに影響を受けても精々が魔王になっちゃいましたくらいだから問題ないか。ならばよし。
枝と本を九龍に押し付ける。今回はこれがあるとちょっと邪魔なので。そのまま横スクロールアクションのようにぴょいと飛んだ。
「とうっ!!」
「おぉ…………?」
飛竜から元気よく飛び降りて自由落下に入った私を九龍がどうしたものかという面構えで見送ってくるのが僅かに見えた。問題ないことを示す為に腕を元気いっぱいに振り回しておく。
迫りくる海面を見下ろしながらくるんと丸まって姿勢制御。あらかじめ意識にアラームを設置しておく。時間にして1.34782秒後、そこで元に戻るという命令を事前に植え付けておくのだ。考える頭が消し飛ぶので。
「ソイヤーーーッ!!」
右斜45度下に向かってくるりん───────────ty
「──────────────────────る───────────」
暗転。
設置していた通りに1.34781秒前の私が起動したアラームでひっくり返って起きる。
「むむ!」
予想はしていたが起きた場所は真っ暗な空間だ。ぺたぺたと手で壁を叩いてその反響から壁の薄さを確かめる。多分こっちだな。
こつこつと叩いて殻を割り、漏れ出た光を頼りに少しずつ穴を広げていく。ふむ、卵のような殻に入って地面に半ば埋まっていたって感じだな。
うーん、ウミガメ暗黒神ちゃん。せっせと殻を取り除いて埋まっていた場所から頑張って這い出る。
「お」
上空からゴソゴソしている私を発見したのだろう、近場に飛竜が2匹連れ立って降りてきた。どうやら2人とも来たようだ。なら無理に這い出なくていいや。引っ張って貰うので。
そのまま地面に上半身をべちょりと引っ付けて待っていれば飛竜から降りた2人がなんとも言えない面構えをしながら歩み寄ってきた。何だその顔は。
「クーヤくん?
割と真剣なお願いなんだけどああいう姿になるなら事前に言って欲しいな?
僕死ぬほどゲロ吐いたんだけど。めっちゃ死ぬかと思ったんだけど。ゲロ吐いたの初めてだよ……」
言いながら胃の辺りを撫で擦っている。ラムレトは根性がないな。気合で耐えろというのだ。そもそも綿毛頭のくせにどっから吐くというのだ。確かに下半分が虹色になっているが。その虹色のものがゲロか?
ため息をついてから九龍が私の手をむんずと掴んでずりずりと引きずり出してくる。なるほど、アザラシの気分。
こちらのジジイは気合で耐えたらしく若干目が据わっている以外は特に変化はない。まぁ吐くとか食いしん坊には耐えられないだろう。
「まだ気分わりーアルな……。
で、この島はクーヤの抜け殻みてーなもんアルか?」
「まぁそうかな」
でっかいぼでーだった時があるのでその辺りに向かってくるりんちょしたのだ。首輪のコストを質量全振りにしたビッグボディである。
自我も一切なくただ周囲のものを食い尽くして無限にデカくなり続けるだけの肉の塊なので今回のように事前のアラーム設定が必須だが。
1秒ちょいくらいだったが狙い通りタンザナイト塩湖より一回り小さめの島サイズの私の抜け殻が残った。ドラゴンで出来た島ならぬ暗黒神ちゃんで出来た島、というわけだ。
別にドラゴンの死体でも私の抜け殻でも素材はなんでもいいだろう。上にギルドが作れる島ならばなんでもいいのである。
海の底に沈んだ島とか魔石などはくるりんちょの際に全部纏めて吸収されてそのまま私の脂肪になったので空っぽになっただろう。まぁ引き上げて使うことも無いだろうし有効利用というやつであろう。
普通であれば質量保存的なものによりこうして小島サイズで残った抜け殻分のものがどっからか消費されたとなるところだが、残念ながら私は暗黒神ちゃんであるからして質量保存的なものは無視するのである。強いて言えばあれほど溢れていた私の気力が無くなった。
ずりずりと埋まっていた身体を引き上げられたのでそのまま転がりなおして大の字になる。こんにちわ世界。そして身奇麗な私。
「工賃の受け取りにサインをお願いします」
「牧場のやっばい木とか目じゃないくらいのめちゃめちゃヤバいものをありがとうね……。
………………受け取り拒否していいかい?」
「ダメ」
「そっかぁ……」
大人しく受け取れというのだ。何が不満だ。島は島だろ。
「自由裁量の余地あるもんを要求したのが悪いネ。
諦めるよろし」
「あまりにも理不尽ヒヤリハットすぎる……」
私が出した紙にしぶしぶとした様子でサインをするラムレトの頭がぐるんと一回り。ぴえん顔がぴえんとしている。
くるりんちょによりエネルギーを使い果たし、私のお腹がぎゅるるるーんと鳴くのを憐れんだのか九龍が口の中に高カロリー食を差し入れてきた。こりこりこりこり。うむ、労働の後はおやつにかぎるな。




