ドラゴンとゾンビとタニシ
血管は坑道、肉は岩盤、臓器は鉱床。坑道は血管、岩盤は肉、鉱床は臓器。
血管は坑道、肉は岩盤、臓器は鉱床。坑道は血管、岩盤は肉、鉱床は臓器。
血管は坑道、肉は岩盤、臓器は鉱床。坑道は血管、岩盤は肉、鉱床は臓器。
埋没し浸水し落盤し陥没し毒を撒き散らし蟻が這い回る。軽快な歌と共にがちんと一堀り。
抉られ削られ切られ弾かれ膿を撒き散らし人が這い回る。鈍重な音と共にぐずりと一削り。
死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。
死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。
死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。
死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。
尾の先から頭部まで、無事な部位は何一つとして無くなった穴だらけの身体を抱え、虫食いのようになってしまった自我だけで逃げ場を求めながら水底に沈む。
満たされる為に、楽しむ為に、便利になる為に、知性と理性と欲望により生命として認められることなく血肉を永遠に消費されていく。
ただ魔石を採る鉱山として、生きながらに体内を蟻が巣を広げていく。宝飾品を作る為に。財産とする為に。資源とする為に。
時の流れと共に海底に有機体の残骸がうず高く重なり続け層を築き上げる。
この身体もまた同じように深々と雪が降り積もるように、静かに冷たき海の底へただ音もなく埋まってゆく。
嘗て何を願っていたのか、それすらももうわからなくなってしまった。
───────────自分は一体、なんだった?
僅か数秒、その間に全ては起こった。
犬猫にするように軽く抱えられていたのがぎゅるんと頭とイカ腹に腕が回ってガッチリ固定される。ピュイ、甲高い指笛が響くのとほぼ同時に視界が回った。
飛竜達が大地を蹴った次の瞬間に大地に走る亀裂。
地鳴りが大気を揺らす。立ち上がるは紫の瘴気。真っ白な塩の大地が溶けて崩れる。紫に光り輝く石は冷たい水底に。埋まることのない虚の底から這い上がる者がある。
真っ白に漂白され、垂れ下がる皮を纏い。最早繊維でしかない肉だったものをぶら下げた血管を脈動させて。
ただ只管に塩の底に埋もれ続けていた、絶望と苦痛の末路。何度も何度も崩折れながらそれでも何かを訴えるように空に向かって声なき声を張り上げ続ける。
ずるずると鏡面の如き湖を力無く這い回るそれは、どこか巨大な心臓にも似ていた。
「哎呀、見事な気付けになってしもうたアルなぁ」
「ウーン、強力心臓マッサージで蘇生成功しちゃった感じ?
まぁああして蘇生させてなかったら発狂した精神と砕けた魂が拡散してそのうち島ごとゾンビ化して瘴気と呪いを笑っちゃうくらい振り撒いちゃったただろうから良しとするにしてもねぇ。
にしてもヤバすぎてウケるね。どうしよっか?」
「ぶっ倒すにしてはちぃと割に合わね。
方士でも呼びに行くアルか?」
こいつら心臓もふもふ過ぎないか?
あれを見た感想がそれなのか。眼下には海水で溶け崩れた身体を引き摺り続けるドラゴンゾンビ。時折大きく跳ねるのは鼓動だろうか。カミナギリヤさんの弁によれば紫竜の心臓から生まれた存在である。
紫色の瘴気に触れるような付近に居た恐竜達は見る間に腐り落ちて骨となり、美しい湖にその死骸を黙々と連ねている。
ぶしゅうと皮や繊維の隙間から瘴気を吹き出しながらどっこんどっこんと鼓動し移動し続ける心臓はその表面に薄ら寒いほど小さな血管が蠢いている。ホラー映画もかくや、軽くトラウマレベルの姿である。
ちなみに竜の心臓だけで出来ているドラゴンゾンビとなるわけであるが、私ならばお手上げとしか言いようがない強さである。レベル1000て。
「討伐隊唯一の生存者が敗血症とこの世界からは無くなった筈の病で死んでるアルからなぁ。少なくとも竜族か魔族案件おもてたアルが。
行方不明だった六竜の一匹とはとんでもねーやらかしを押し付けてきてやがったよろし」
「いやぁ、完全に発狂しちゃってるねアレは。心臓だけでよく生きてるもんだよ。
起きたなら今のうちにちゃんとトドメを刺してあげるのがもう彼の為って感じではあるけどねぇ」
「やれば間違いなく持ってかれるネ。
龍とちがて遡るってのはねーであろうが、トドメさしたヤツ確実に道連れされるアルな」
「だねぇ……。これは普通に困ったちゃんな感じかなぁ」
ずる、ずると這いずりながら呻いている心臓ドラゴンゾンビは恐らくこちらを認識してすらいない。ただ苦痛から逃れる為に這い回っているだけだ。
こりゃあ確かに戦うだとかどうとか以前の問題だろう。意思疎通も難しそうだ。長年海水に晒され続けたのだろう心臓はどこもかしこも真っ白で、死蝋化しているのかどうなのか腐敗という感じはしない。
なんかの皮とか繊維とか引き摺って蠢いている姿に感じるものは脅威よりも困惑の方が比率がでかい。
あれで生きていると言われても死に際を間違えさせられたんだなぁというかなんというか。見守る者も居ないすぱげっちー人間みたら同じ感想になりそうだ。
採掘、と言っていた。恐らく生物への手術と同じように丁寧に丁寧に、取り零さないように慎重に採掘をしたのだろう。致命傷を避けて必要最小限の生命を維持させながら。ああして死にきれない程に。
どうやら穴底にはまだ魔石があるようだし、採りきったというよりもこれ以上は限界ですというところまで来て竜も発狂したから手に負えないしで仕方なく放逐したというところだろう。
赤のウナギも花人さん達もそうだが、精神が完全に崩壊した状態で魂も力尽きるととんでもないエネルギーを放出しながら肉体やら魂やらが融解するようだし、今の紫竜も精神崩壊状態で長く放置され後はもう臨海寸前だったという感じか。
蘇生してしまったのでボロ肉体と発狂精神と崩壊寸前魂が一応……まぁ、なんとか……ちゃんと繋がって揃っている今は安定しているが、それも僅かな時間であろう。今この場でなんとかせねばならないというわけだ。
轟來竜とやらは124年前に自然発生だったっけ。ふむ、タンザナイトどうこうは千年前の話だったか?
フィリアの話を踏まえると東大陸の中では珍しくそれなりに大元を残した記録だったってことになるが。
「なんでそんな記録残してたんだろ?」
カミナギリヤさんも人間にしてはまだマシな話にしていると言っていたし。
近づいたら危ないからというにしては討伐隊組んでたり近場を通ってたようだし肝心なところが欠落している。
いや、そもそも轟來竜とやらの話とタンザナイトの話は独立してるのか?
わけわからんくなってきたな。
「ふむ、クーヤには理解不能であるか。簡単な話ヨ。未練アル。
こうなるとあのうさんくせー話の裏も見えてくるネ。
人間側にとってあの話で重要なのは莫迦みてーにタンザナイトが採れたと人間がやらかしたことアルな。
話の中に削っておくべき部分なんで残ってたか、タンザナイトが惜しかたよろし。
きっちり採り尽くしてたんなら話そのものが東大陸から消えてたであろ。他種族から聞く案件なってた筈ネ。
ギルドに伝える時にも幾つかの節を欠落させてるであろうな。
つまり後処理は別にやらせろ、その後ならまだ採れるがあの話の本題アルなぁ。相手は六竜、人間が手を出す無いよう話を残すしてたってことヨ。
ゾンビ化した六竜食える東大陸でもそうおらね、流石に東大陸でも貴重な人材なる。それが確実に持ってかれるとなると手を出したくねーってことアルな。
千年前のタンザナイト話はギルドの再上陸後の塩湖発見で出てきた話、権利は先に開拓したのは我々にあるっつー言い分でいきなり出てきた話ネ。
事故の責任もあるから島は引き受ける、轟來竜は依頼するからそちらでとかいう話だたが。
それも大穴の話をした直後に目の色変えて出てきた話ヨ。あほらしすぎて突っぱねたが。
轟來竜に関しちゃあ先に聞かされてた話で再上陸そのものが南大陸のネームドなら問題有る無し1度見ておくかとなったからアルからな。
その後にその話となりゃあ、やはり手出さねで正解ヨ。
轟來竜とタンザナイトの話は別ネ。島の大きさ言うても生き物、手に負えなくなってそのまま見失ったとみてよかろ。塩湖の大穴の話で目の色変えたそれでわかるネ。
124年前の轟來竜の時点でタンザナイトの島とわかってればしっかり教団の領土にはしてたであろうからな。完全に無人島だたよ。
カミナギリヤの話を聞く限り長命種はある程度把握してたんであろうが。民謡にも南の海あったアルからな。南大陸に居た種族もこの島をタンザナイト呼んでたネ。
つまりはまぁ、向こうにすればタンザナイトが採れる場所の再発見となり討伐隊全滅からのネームド化してた轟來竜も心臓がゾンビ化してたもんとわかった筈ネ。
都合よくギルド出来たアルから轟來竜ギルドに殺して貰ってその後で海底の採り損なってるタンザナイトを回収してーってことであろ。
六竜の心臓がゾンビ化したのを殺せるギルド幹部くれーアルからな。なんだたか、漁夫の利だたか。あれ狙ったネ。
しかもまぁ、轟來竜という名付けといいタンザナイトと紐づけてなかった割にネームド指定はしてるあたり、竜関連でやらかし他にもあるのがお察しアルなぁ。
やらかし他にもあってこれと同定できねーいうことよろし。カルラネイル合わせれば行方不明はあと3匹。何かしらしてるであろうな」
「ほー……」
うーむ、ガッシボッコとあの哀れなゾンビを散々に殴りまくっておいてトドメは自分達以外の誰かに刺してもらいたい、そういうやり方をしてきたということか。面白くないな。
後始末だけ擦って残されたお宝は自分達のものにしたいと。ふてぇ野郎だ!あまりにもごんぶと。
私だって敵をよく誰かに擦り付けるがそこまで図々しくはないぞ。
こりゃあこのままゾンビ竜の介錯をこっちで引き受けてやるなどと断固としてしてやるもんかって感じだ。絶対にお断りである。
「お、クーヤくんもしかしてやる気出てる?
どうする感じだい?神のご意思に委ねてみよう」
「タニシにしよう」
「なんて?」
「タニシにする!!」
「九龍くん、クーヤくんなんて言ってる?
ぼかぁ突然耳がおかしくなったみたいだ」
「あれタニシする言うてるな」
「聞き間違いじゃなかったかぁ~。
いやなんで……?」
「なんとなくタニシに似てるから」
這い回る心臓ドラゴンゾンビの形は薄目で見ればまぁなんとはなしにタニシっぽい形をしている気がする。いやタニシだ、タニシに違いない。お前はタニシ。
こうなればもうそうなるのが運命ということで水槽も設置したいしタニシにするのだ。
それにだ。心臓のみでただ生き続けるしかない竜をじーっと見つめる。
なんとなくだが、あの竜もなんかもう頑張れませんなんも考えたくないですって感じだしな。介錯もされたくないしかと言って今のままでも嫌だ、そんな意思を感じるのだ。
リレイディアを思い出す。あれでもああ見えて幸せそうな生首ちゃんだしな。見た目はアレだが。
何も考えずにだらだらと過ごすモラトリアム生活になってもまぁいいんじゃないだろうか。
気が向いたら魔王でも悪魔でもなればいいし、満足したら魂を大極へ返還したっていいだろう。好きにすればいいのである。
それまでタニシ生活を送ってもらうとしよう、そうしよう。静かに藻を食って生きろ。




