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タンザナイト塩湖ブートキャンプ4

 見晴るかす地に眩く映るは空の青、雲の流れ。

 というわけで哀しきかな絶好の釣り日和。

 九龍の足先で押された塩塊がごとんと重い音を立てて転がる。

 多分それトラップに使ってミート的なものを切断する為のものだろと言いたくなるのをぐっと堪えて転がした岩に座り収納袋の鋼線を引っ張り出して鼻歌混じりに検分している九龍を眺めつつよっこいせと座り込む。

 うーむ、塩湖中心部は空気までも塩だらけなせいで少し身体が全体的にベタベタするな。キャンプ地の方はそうでもなかったのだが。

 特段に風があるわけではないので別の何かが塩水を巻き上げているのだ。この地にまつわる話を聞いた後だとそんなちょっとの事すら恐ろしげに思えるのだから不思議である。

 ぺろんと口の周りを舌でひとなめ、うーむしょっぱい。

 2匹の飛竜達は動き回ったことで塩分が欲しいのか塩を摂取している。それはいいがラムレトを舐めて塩分取るのやめてあげた方が良いのではないかとちょっとだけ思う。ざりざりとものすごい音だ。削れてそう。

 ボルゾイをやめてコーギー顔したラムレトは目を閉じて涅槃に行っているようだ。ちょっと私が重めに乗っただけでこんなんなるとは全く根性のないことである。

 よし、九龍が検分している鋼線のさきっちょを探し出してラムレトにぐるぐると括り付けるとしよう。寝ている間にドラゴン釣りの餌にしてやるのだ。


「成る程、噂に違わぬブラックぶりアルな」


「なにが?」


「なんでもねーアル。好きにするよろし。

 ……どうでもいい奴ならこのまま放置するアルがなぁ。

 メルト、誼で一応声掛けておくが起きねーとギャグで死ぬアルよ」


「キャーーーーーーーッ!!!ひとごろしぃ!!!」


「ムッ」


 さきっちょを探し当てたところで起きてしまった。残念、残念。

 いや起きててもいいか。そのまま括り付けようとする。


「ホワッツ!?

 クーヤくんまさか僕を餌にするつもりかい!?やめて!?

 僕ほら水苦手だから!!砂漠の国にある神だから!!」


 ものすごい勢いで逃げていった。むぅ……。九龍をがっちり盾にしてこちらを厳重に警戒している。よっぽど釣り餌にされたくないらしい。

 これではこっそり括り付けるのも無理だろう。つまらん。

 仕方がない、一応交渉してみるか?


「九龍、後ろのヤツをこっちに寄越すのだ。

 ブートキャンプであるべく水泳させて鍛えるのであるからして!」


「……………………ふむ…………」


「ヤァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!

 九龍くん悩まないでお願いほんとにお願いします!!それ真剣に悩んでるよね!?

 ヤバい思ったより対応ガバい、嘘でしょ!?

 ちょちょちょ、クーヤくん待ってほんと待って!!あっ、そうだほらおんぶするから!!

 ねっねっ!!背が高いしいい感じだよね!?ねっ!?」


 必死か。そういう対応されると私はやる気が漲ってくるのだが。

 しかし犬の顔をしているので犬が哀れっぽくしているように見える様子と横のラムレトの相棒飛竜がガチ目に悲しげな顔をしているのでこれでは私のほうが人でなしのようになってしまう。それはいかん。

 とは言うものの、目撃者が居ないのならばいいのでは?という感じも薄っすらとしているし私の中の心の天秤はドキドキワクワクな揺れでぐらついている。

 悩ましいな。悩ましい。実に悩ましみがある。うーむむ……。


「あわわわわ…………ハッ!

 クーヤくん、ぼかぁまだ料金未払いの下請け業者なのでそういうのよくないと思うんだよね!?」


「ムッ!!」


 痛いところを突かれた。いやまぁ欲しいものを決めていないのはラムレトの方だがそれを言えば決まってもないのに働かせているのは私である。

 ぬぬぬぬ……!!おのれ、仕方がないな。

 下請け業者はあくまでも取引先なのだ、理不尽な扱いをしてはドブラックとしてギルドから摘発を受けかねない。それはイヤだ。摘発という字面がもうイヤだ。

 シブシブしながら鋼線を手放す。ちえっ!!

 そのままラムレトに飛びついてよじ登っておいた。おんぶはさせるのである。


「ぜぇ……ふぅ……。いやぁ、なかなかに命が縮むね!!

 っていうか九龍くん酷くない!?もうちょっと惜しんで欲しいな!?」


「じゅーぶん惜しんだであろ。

 赤の他人なら初手見捨てとるアル。それに私は鬼畜外道マザコン中華マフィアの人でなしアルからなぁ?」


 つーんと横を向いてやさぐれている。ケッて感じだ。存外にプリプリしているらしい。


「めっちゃ根に持つじゃん……。

 拗ねるんじゃないよこの62歳児!!

 総司くんもそうだけど君たちってなんでそんなに小学生メンタルなの??

 生徒会長もあと10年くらいしたらこうなるのかなぁ……。

 いやでもフィリアくんもちょっとこのケがあるしこれが類は友を呼ぶってヤツ……?」


 負けず嫌いで根に持ちやすく性格悪いマフィアジジイとか盛りすぎではないか?

 どんな育ちをしたのか、まさに親の顔が見たいってヤツであろう。


「よし、めんどくさいからこれで機嫌を直して貰おう。はい賄賂」


 言いながらラムレトが背中にへばりつく私を手前に抱え直す。そのまま九龍に引き渡されてしまった。うーんデジャブ。

 なぜ私は定期的に闇の取引に使われるのだろう。不思議である。売り買いされる哀れな暗黒神ちゃんは人権も特になくクッションかなにかのように使われるのが定めなのだろうか。

 私を受け取った九龍はそれで矛を収めたらしく機嫌を直してふんふんと鼻歌交じりににんまり顔に戻った。いや何故……?

 なにかこう、機嫌の悪い人には私を渡すという暗黙の了解がそこはかとなく蔓延しつつあるのをなんとなく感じるのだが。気のせいか?

 もちもちのぬいぐるみとかふわふわの毛布とかふかふかの動物とかそんな感じの扱いされてないか?


「創立メンバーじゃあメルトがいっとうクソガキメンタル言われとるが。

 お前もしっかり類友よろし」


「いや僕は違うから。みなさんとは違うんです!!」


「クンツァイト港でメルトに構われ過ぎてノイローゼなったのが複数人出た聞いたアルが?

 自由都市でもメルト係として正式に常駐依頼として出されてるであろ。誰も志願者でねーアルが」


「よし釣りをしよう!!いやぁ、食べる物を探して必死だった頃を思い出して懐かしいね!!」


 構い過ぎてノイローゼにさせるとかヤバ過ぎないか?

 24時間不眠不休で構ってちゃんしてそうだ。なるほど、まぁ元の出自を思えば人間恋しいのかもしれないな。しかも複数人とかメルト係とか言ってるので誰でもいいからとにかく構ってちょのタイプだ。あのテンションでへばりつかれるとか考えるだにうざいな。

 創立メンバー軒並みクズという割にラムレトはパンチが足りないのではと思っていたが、ただ単に私がまだそういった様子を観測していなかっただけのようである。

 まぁ私に来ないなら別にいいや。みんながんばれ。


「餌は何にしようかな……」


 ゴソゴソとリュックを漁る。まぁリュックには大したものは入っていないのだが。クラゲでも使うか?

 ラムレトは餌にできなくなってしまったので他のなにかにせねば。悪魔でも餌にするか。いやでもそしたら最悪この大穴が全部吹っ飛びそうだな。何をしでかすかわからん。


「この大穴って結局深さどれくらいだったっけ?」


「さて、1000メートルで計測器イカれたのは覚えてるが。取り敢えず刺激してみるネ」


 言いながらポイと何かが放られた。キラキラと黄金色に輝くそれは…………。


「あ、ジャガラくんの糞」


 ちゃぽんと間抜けな音を立てて大穴に光るものが沈んでいく。やがてその輝きも見えなくなった。

 不気味なほどの沈黙を湛えたままの水面は何事も無かったかのようだ。最低でも1000メートル、糞が下に辿り着くまでは時間がかかるだろうが。


「うんこなんて投げたらヌシに怒られない?」


「海にしろ湖にしろ水中なんぞ元々死体と排泄物だらけであろ」


 言われてみればそうである。じゃあいいか。私もなんか投げてみよう。撒き餌というヤツだ。本で適当に撒き餌で出てきた物を作って投げ込んでみる。ちゃぽちゃぽん。

 ラムレトも九龍も手持ちの物を投げ込んでいるのでなんか引っかかるだろう。釣りをするにしても浮上してきてもらわねば届かないだろうしな。


「九龍くんはこの大穴の話、どこまで信じてるんだい?」


「タンザナイトの話アルか?さて、向こうから聞いた話アルからなぁ。

 もう東にも正確な話は伝わってねーであろ。魔石が採れたいうのは事実であろうが、轟來竜の話も含めて全部うさんくせーところネ。

 手触りとしてはアルトラ寺院と同感触よろし」


「だよねぇ……。ウーン、千年前っていうからマリーベルくんにウルトディアスくんは知ってるか微妙だけど……。

 カミナギリヤくん辺りに聞いておくべきだったかなぁ」


「あー、あの妖精は知ってそうアルなぁ。聞いてみるアルか?」


「クーヤくんどうだろ?ラーメンタイマーで通話できる?」


「ん?」


 カミナギリヤさんに話を聞いてみたいらしい。確かに胡散臭い話だしな。正確なところを把握している人に聞いたほうが良いだろう。

 ラーメンタイマーを取り出してジーコロロ。もしもしカミナギリヤさん、こちら暗黒神ちゃんである。

 ぷく、ぷくと空気が弾ける水面を眺めつつカミナギリヤさんが出るのを待つ。

 ……出ないな。忙しいのだろうか。じじ、じと変な音を立てながら呼び出し音が鳴り響いて暫く。

 がちゃりと音を立てて呼び出し音が途切れた。どうやら出たらしい。


「カミナギリヤさーん」


「…………なに、…………よ…………」


 うーん、音が遠い。ピーピーガーガーとアンテナを弄ってみる。途切れ途切れながらなんとか電波が安定する場所を模索。よしよし。

 ……私がラーメンタイマーを握り込んで安定するとかよくわからん電波だな。いいけども。


「カミナギリヤか?電波わりーアルな。ま、いいね。

 今タンザナイト塩湖の大穴に居るアルが、この大穴についてなんぞ知ってるアルか?」


「ネームドの轟來竜アダ・プトルっていうのが居るらしいんだけどねぇ。

 タンザナイトの魔石についての話も把握してたりするかい?」


「…………ちょ…………て…………ませ……」


 ……全然駄目だな、どうしよう。というかなんでこんな電波悪いんだ。ラーメンタイマーでこんなに悪いなんて初めてだぞ。

 私が握り込むと安定するのだからつまり妨害電波が出ている、ヨシ。


「がも」


 ラーメンタイマーを口に入れてみた。これでどうだ。私の口がパンパンになったが背に腹はかえられない。


「……聞こえる?聞こえるわね?

 タンザナイト塩湖にあんた達居るの?それで大穴?

 おまけに轟來竜アダ・プトルですって?そいつは知らないけどぉ……でも予想はつくわね。

 その島の話なら里の口伝で知ってるわよ。民謡みたいな感じだけどね。

 遥かな空から紫星が流れてゆき、南の海に落ちていく。青き調べと共に私達は彼を見送った。さぁ掘り尽くせ。

 金の夜明けに翠の人が群れを成す、東の空を見上げる。赤き嘆きと共に私達は彼を見送った。さぁ掘り尽くせ。

 紫の竜レイラクロイズ、六竜の中でも最も巨大な竜で一つの島のような大きさだったって言うわね。ようするにその島は紫の竜で、その大穴の底にあるのは竜の心臓よ。

 タンザナイトの魔石っていうのは紫の魔石の中でも最高純度の物でそんなものが採れる場所なんてそう無いわ。

 千年前にあった一面タンザナイトの魔石で出来た島で無理な採掘の結果として吹っ飛んだ、だっけ?人間にしてはまだマシな話にしてるわね。

 これは紫の竜を捕まえて、魔石を採る為に生きたまま心臓まで大穴開けて身体をあちこち採掘し続けてたら竜が狂って手に負えなくなったって話なのよ。

 紫の竜の血肉は魔石になるもの。それを魔石で出来た島ねぇ。

 轟來竜アダ・プトルってのも間違いなくドラゴンゾンビ化した心臓でしょ。紫の魔力って結構そういう不死属性の者を生みやすいのよ。

 その島に居るなら気をつけなさいよね。特に大穴には変なことしないほうがいいわよ。未だに発狂してるでしょうし」


「…………………………」


 手を止めて全員で顔を見合わせる。同時に水面を眺めた。

 ぷくり、海底から浮き上がってきた大きな泡が弾ける。


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― 新着の感想 ―
生きたまま、心臓まで穴を…!?こわ!東大陸の人間怖!! 相変わらず、東の人間は暗黒神様が霞むくらいの人でなしですね。 あと、でっかい異形頭のぺら神様が悲鳴あげてひとごろしぃ!とか言ってるの最高ですね!…
この世界の人間、本当にやれる限りの事やらかしてるな激ヤバ…、と思いつつ地球人類もやるかやらないかで言えばやっちゃうんだろうなぁ… せつない
ニンゲンってろくなことしねーな()
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