タンザナイト塩湖ブートキャンプ3
「ひぃ……ひぃ……重い……重い……これが伝説の子泣きじじい……」
「がんばえー」
歩き始めてほんの10分程度で音を上げはじめた冥界神の背中にへばりついたまま適当に応援しておく。
それにつけても私のようなりっぱなれでーに向かって重いとは失礼な奴だな。なっちゃいない。というわけで左右に揺れて更なる負荷を掛けておく。
「ぐえっ……すっごい重いんですけお……無課金で手に入れたブースターはそれなりのデメリットがあるってワケ……。
ボカァ所詮無課金の神だよ……。廃課金の九龍くんとは違うんです……」
「今からでも課金は遅くないぞ」
「リレイディア追加しとくアルか?」
「あれ無課金ヘッドだから!!許して!!これ以上は僕耐えられない!!立ってられなくなっちゃう!!
2人は僕が祟り神になっても良いって言うのかい!?」
「面白そうだから別にいいかな……」
「大して変わらんであろ」
「キィーッ!!そんなこと言ってられるのも今のうちなんだからね!!見てなさいよ!!」
口は立派だが歩く速度にその威勢が反映されていない。砂で作った杖を支えに老人のように歩いている。しかも徐々に前のめりになってきた。もっと頑張れ。
九龍なんかさくさく歩いてぱっと消えてずりずりと恐竜を引き摺ってくるぞ。ラムレトもああなるのだ。後ろの飛竜達だってペースが遅すぎて暇そうだ。
ガックガクに笑っている膝に手を付いて身体を支え、九龍が積み上げた恐竜を前にハヒューハヒューと笛のような音まじりのヤバそうな呼吸をしている場合ではない。
「相変わらず体力ねーアルなぁ。ちょい鍛えるよろし」
「体力オバケがなんか言ってるよぉ……こわいよぉ……」
「確か塩湖には特定討伐対象のネームド居たネ。百貫ウェイト背負ってレッツラゴーするヨ」
「どうしてそんな酷い事が言えるんだい!?
鬼畜!!外道!!マザコン!!この中華マフィア!!」
「よし、いっちょネームド討伐するまで戦ってくるネ」
「キャーーーーーッ!!!イヤーーーーッ!!!
助けて岩に括られて海に沈められるぅーーーーーっ!!!」
「がんばえがんばえ。あとうるさいぞ」
耳元で金切り声で叫ぶんじゃない。沈むときは大人しく沈んでほしいものだ。
「無関心!人でなし!イヤ……ッ!!
ボカァこのまま人でなしに囲まれて死ぬんだ!!」
「おーおー、人でなしに向かってよく言うアルな。
ついでにギルド移転が済むまでクーヤ背負ったまま過ごして貰うとするアルか。
ブートキャンプってヤツよろし」
「うむ、もうちょい負荷増やすか」
「勘弁してぇ……」
ひょろひょろしながら積み上げられた恐竜に手を付けて魔石に返還している。頑張れ頑張れ。さり気なく九龍がちょっと距離を取った場所に積み上げているあたりがウケるな。
しかしこの精算というのは手を触れなければ出来ないのか。むちゃ強そうなのにリーチが短いな。ラムレトの身体能力は凄そうだが体力ないのはよろしくないと思われるのも無理はない。
未だ見たことは無いがサイレンヘッドみてぇに巨大化も出来るようではあるのでいざとなったら問答無用で手当たり次第というのも出来そうだがそんなのは最終手段だろう。
つまるところこのままブートキャンプである。ちょっとバランスを変えて無言で負荷を上げておいた。少しずつ負荷を上げてやろ。
しかしネームドか。ウォンテッドの魔獣バージョンとは思うが。
「ネームドなんて居るの?」
「塩湖にゃ轟來竜アダ・プトルいうのが居た筈アル。教団からも、まぁ今のところギルドからもネームド扱いの奴アルな。
記録では124年前に自然発生した個体で近場を通る船を襲い回ってたことで討伐指定となって人間の精霊術師筆頭に結構な規模の討伐隊組まれたらしいアルが。
討伐の帰還者は1名、片腕食い千切られた状態で漂流しているところを救助されたが当時は錯乱し言動は支離滅裂、人相も変わっていた為にただの漂流者として処理されてたらしいネ。
運び込まれた救護院で22日後に敗血症により死亡、その後の調査でそいつが討伐隊の1人と判明。生存者0案件として再度調査隊が組まれたが島の周囲の海が人体パーツと血で赤く染まっているのを発見、その場で討伐を断念し特定討伐対象のネームドとして登録。今に至るネ。
さて、人間が処理しきれぬで諦めたネームドというのはそう多くねーアル。なんせ最終兵器勇者サマもしねー案件って事アルからな。
4つパターンあるね。1、単純に放置が都合が良いからネ。クーヤ知ってるのじゃあアルトラ寺院。2、対象が行方不明。魔王と異端者がこれアルな。マリーベルにフィリアにカグラ。ついでにクーヤ。
3、逆に教団に都合が悪い神族関係。倒せる倒せない以前に教団が手を出したくねー系列。カミナギリヤの報告を踏まえれば白炉で生まれた霊子生命体もこれに該当する思われるアル。出来れば出血覚悟でギルドに討伐して欲しいと思っているであろうタイプよろし。赤の龍もまぁ半分はこれアルかな。
4、単純明快。強すぎる。ウルトディアスがこれアルな」
「ウルトそんなに強いんだ……ペドラゴンポークなのに……」
改めてそう言われるとあのペドラゴンほんとに強いんだなぁとなってくる。
ペドだしゴロゴロしてるしフィリアと兄妹かなんかかってくらいに行動クリソツな残念竜だというのに。
「ウルトディアスは竜でも別格聞くネ。封印されたは四千年近く前アルが今でも滅ぼせる予定皆無だったらしいアルからな。
……………………ペドアルか?」
「まぁそうかな。美女に騙されすぎてもう懲り懲りですーって感じらしい」
マリーさんとの再会で僕とユニコーンの聖域がぁとアニメみたいに小さくなる黒丸がお似合いのトホホ顔で泣いてたしな。
「さよか。クーヤ近づくないネ」
「まぁあんまり近寄らないけど」
ウルトは多分性欲的なのは無いんだが、だからと言って積極的にくっつきたいかと言われればNOである。
しかし生徒会長の時もそうだったが九龍って存外にロリコンに厳しいな。へんなとこ常識的というか倫理観あるというか。まぁ中華マフィアだが。
不良が道端の犬に優しくしてるアレ的なヤツかもしれん。騙されんぞ。
「へひ……っ、ひゅーっ……うぐぅ……ひぃ……重いよぉ……」
「ラムレト死にそうだな」
ちょっと合神解いてやるか?いやでももうちょっと頑張らせるか。
「死んじゃうよぉ……重たいよぉ……ふぇぇ……」
めそめそと次なる恐竜を処理している。砂のように量産された魔砂を掬ってみた。うーん、カラフリャーだな。ランダム生成なのか法則があるのか謎だ。
魔石の砂、ようするに宝石の砂なのでたいへんに綺羅綺羅しい。時折砂金のようなものも混じっているしこの調子でいけばセレブ島と名乗るのも夢ではないかもしれないな。
「で、この島のネームドは挙げたパターンのどれか不明のままアル。
教団と正式に手を組んだ際に知識共有としてある程度の情報開示があったよろし。
そこに教団がネームド指定しているヤツの情報も含まれてたアルからな。ギルド発足から40年。轟來竜アダ・プトル、目撃情報は未だゼロ。
ギルドはこいつに遭遇したことねーアル。開示された情報の中に見た目の記載もあったアルがなあ。なんせ124年前の記録で聞き取りや伝聞からの想像図ネ。
この島にまだ居るのかもわからんアルな。私が前に上陸した時には直径30km程度の小島であるし一応一通り走ったアルが特にめぼしいもんも無かったネ。
怪しいと言われてるのはまぁ島の中心にある大穴アルが、流石に潜っちゃいねーアルからな」
「あの不気味すぎる穴になら私はいかんぞ」
「もう向かっとるが」
「な、なにぃ!?バカバカやめろー!!
私はあんな見るも恐ろしげな穴になんて行かないぞ!!潜ったが最後、怪物がとかいう音声を最後に通信が途切れるやつだ!!
ていうか話を聞く限り絶対居るじゃん!!居るじゃん!!」
ラムレトの背中で上下左右に激しくヘドバンして揺れに揺れて全身全霊で拒否してやった。
「ぐえっ……クーヤくん、やめ、オエェェェ……」
「あいやー」
ラムレトが死んでしまった。カエルのように完全に潰れている。ラムレトも死んでしまったし、大穴はキャンセルだな。間違いない。
「しょーがねーアルなぁ」
ピュイ、指笛を鳴らして飛竜達に何やら指示をすると容赦なくラムレトの背中にセミのように捕まる私をふんづかまえてきた。
「ギャーーーーッ!!」
「ほれほれ、ゴネてねーでとっとと行くアルよ。
クーヤのことネ。今行かなくてもどーせ後々行く羽目になる目に見えとるよろし。
視界に入っとるうちにやらせとく。つーわけでめんどっちい事はさっさと済ますに限るヨ」
「エーーーーン!!!」
なんてことを!!しかし若干否定できない!!フラグというものを私は踏んでしまう哀れな存在なのである。
飛竜達がそれぞれラムレトの足と腕を咥えて運搬していくのを尻目に私もまた運搬されてゆく。ドナドナ。
時折恐竜が来るがラムレトが死んでしまったので避けるにとどめ、刻一刻と大穴へ到着する時間が近づいてきている、あーイヤだイヤだ。
しかもネームドとなるパターン的にこの島に居るヤツは多分だが4である。つまりウルト程ではないにせよ強すぎるパターン。ブルルッ!
こうなりゃプライドとか言ってる場合ではない。海中、海中か……。ルイスは絵画だしな、メロウダリアはうっかりオリハルコンで永遠に沈みかねない。アスタレルは最近あいつに頼ってばっかだしな。
チーム大罪は海中に向いてなさそうだし。今回は戦闘になるかもしれないしあの人形を使うしか無い連中は駄目だろう。悪魔は死にたがりだ。
さて、どうしたもんか……。というか当たり前だが海中戦に向いてる人にアテなど無いのだが。いや、そもそも九龍はどうするつもりなのだ。
「そういえば大穴行ってどうするのさ?」
「ん?
そりゃあ釣りアルが」
言いながら収納袋から釣り糸と針を出してきた。
「釣りだと無理じゃないかな……」
なんと無茶苦茶な。こっちは水中戦を想定していたというのにまさかのその釣り道具で轟來竜とやらを釣り上げるつもりらしい。釣れるのか?
「餌が良ければ食いつくであろ、多分」
「適当すぎる」
「そも、そんだけの大物ならクーヤ見れば見えるであろ。無策で潜るやる気ないネ」
「むぅ……」
言われてみればそうである。そんな強いヤツなら確かに距離を無視して海中であっても観測は可能だろう。
先日見た時はそこまで見る気無かったので見てなかったから実際あの大穴に居るかどうかわからんままだ。うーむ……、見るだけならあり、か?
仕方がないな。ちらりとラムレトを見る。餌ってラムレトでいいだろうか。ブートキャンプの続きもしたいしな。水泳は丁度いい体力作りに向いたスポーツであろう。
本人も岩に括られて海に沈められると言っていたしな。




