クンツァイト港食い倒れ旅行編~旅は道連れ世は情け~
どん、重い音を立てて勢い余って完全に一周回ったことで千切れてしまったものを蹴り飛ばしながら九龍がフードを被る。
1人だけ残していたらしい混血あんちゃんの髪の毛を鷲掴んでぐいと持ち上げると、顔を寄せて堂に入った中華マフィアヅラでにんまりと笑った。
現場はあの勇者ぱーちー程ではないが普通にスプラッターな事になってしまったので、ギルドは建物が真っ白なのも相俟って悲惨な事この上ない。
「ニーハオ!にゃはは、初めましてですね!
……さて、私がギルド総裁、皇九龍アルよ。署名、あるもの全て寄越すネ。全部持ってるであろ?」
「お前が、ギルド総裁……っ!?なんでこんなとこに……!!引退したんじゃなかったのかよォ!!
くそ、くそ、くそ!!だ、誰が……っ!!もう少しで、もう少しで俺だって……っ!!
どうせお前らは終わるんだ、揃って死に方探してるだけじゃねぇか、ならせめて俺達みたいなのだけでも助けようとしたっていいだろうが……!!
自殺みてぇな無為な終わりより人の為の自己犠牲の方がよっぽど……」
「さよか」
喚く内容を最後まで聞くこともなく、軽い声と同時に髪の毛掴まれたあんちゃんの顔が机と熱いチッスをした。あまりにも情熱的ヴェーゼ。情熱さ余って歯と血が飛び散る。あれまと呟いてラムレトが私の目をさっと覆う。遅くないか?
その後も2回3回と音が続き、荒い呼吸音と共に滴る液体の音だけが後に残った。
「はよ言わね。10秒につき指1本ずつ行くアル。まず1本」
言うが早いか、小枝を折ったような音がギルドに響いた。
ノータイムすぎる。あとラムレトは頼むから私の耳も塞いで欲しい。音声だけなのも良くないと思う。お父たんが尋問に手慣れている中華マフィアになってもうた。
「い゛……っ!!やめ、言う!!言うよォ!!
ひゃ、ひ、ひぃ……っ!!表通りの、ごほ、潮浜の、うぶ……っ!
赤いシェードのある家に全部ある、ある……っ!!」
「よろしい。永别了」
ごぐんと鈍い音を立てて静かになった。Oh……。
もう大丈夫となったのか私の目からラムレトの手が離された。別に現場は片付けてないんだからここで解放するなら隠したのが無駄だろ。いいけど。
「あー、誰ぞに取りに行かせるところアルが……」
「うん、この街で独り歩きって全くお勧め出来なくてねぇ。ほんっと治安最悪だから。住人がそれを良しとしてるからどうにもならないし。
世代ごとに価値観違いすぎて短命種の儚さを知るよ。
この子達もまぁまぁ色々やってくれたしね。おかげで僕はこのギルドで働くって言ってくれた女の子という女の子をストーカーしなくちゃならなかったんだよ。ひどくない?
神が与え給うた乗り越えるべき試練だなんて言われても困っちゃうワケ。人間とつるんでるのが当たり前になった世代の人は余所者には何してもいいって価値観になってねぇ。ギルドが余所者ってどういうことって思わない?
そこの4人、悪いけど取りに行ってくれる?お耳とお尻尾は隠してね。1人になっちゃ駄目だよ。
あ、服はこの人達の着ていった方がいいよ。気をつけてねー」
「はっ、はい!!」
この人がギルド総裁、すげぇ、かっけー、若くね?とまぁその様な事を言いながら服を剥ぎ取っていそいそと着込んでいる。
死体からの剥ぎ取りに躊躇がないところがなんともこの世界の現状を表しているな。んなこと言ってられるかといったところ。それはそう。
「マシなメンバーこれだけアルか?」
「まぁ大体そうかな。後は弾いておいたから」
ほーん、なんで先にラムレトが行ったのかと思っていたが。どうやら最初からこうなるのは想定済だったようだ。
色々理由を付けてギルド内に居る人間を最初から選り分けていたらしい。この場に居るのはまぁ安心できるメンバーというわけだ。
「クーヤ、綾音呼べるか?」
「む」
確かに見ておいた方がいいか。話は既に通しているし、綾音さんも待機済みな筈だ。
むしろ今か今かと首を長くして待っているかもしれない。
地獄の輪っかを設置。
「綾音さーん」
「はいマスター!!」
ビョンッと元気いっぱいに飛び出してきた。うーむ、実にやる気満々だなぁ。
変な穴から突然の綾音さん登場に場がざわめいた。まあ気にしない。
綾音さんは働き過ぎのきらいがあるので気をつけとこう。私へのブラック疑惑を深めかねない。
とっておきのドーナツを渡しておいた。
「綾音、ちとこの街の現状調べて欲しいネ。
この港のギルドはもう潰すアル」
綾音さんはドーナツを頬張りながらも考えるように空に視線を彷徨わせてからうんと頷いてみせる。
「そうですか?うーん、ちょっと待っててくださいね。
……メルトさんは流石ですね。この場に居る人は大丈夫そうです」
「そう?
良かった良かった。いやぁ、精算する手間がなくて助かるよ。精算しちゃうと土に還るものが砂だけだし。
ところで九龍くん、クロイツマインくんを狩りに行ったら姿を消すつもりだったんだねぇ。
総司くんも生徒会長も九龍くんはなんとなくそうなるんだろうなーって感じだったし、みんな結構気にしてたんだよ。
今はもうそのつもりは無いって認識で大丈夫そう?」
「死に場所にしたいほど好きな場所も行きてー場所も無かったアルからな、元世界で母猫いなくなった後の私の兄妹もそんなもんで全員姿くらませてたよろし。
クロイツマインも最後にするならまぁまぁの獲物だったヨ。実際はただの阿呆だったアルが。
ま、今はそのつもりも無し。折角世界が面白くなってきたところネ。
詰み過ぎてどうにもならんゲームはただゲームセット待つだけでなんも面白みねーアルが盤ごと引っ繰り返せる芽出来たなれば全賭けでなんぼよ」
「わかるー。駒を左右にただ動かしてターン経過させてるだけって感じだったし面白くもなんともなかったしね。
オズウェルくんなんて我が何故このような人生の残業が如き真似をせねばならんとか暴れてたし。
というかこれ捲れちゃったらギャンブル中毒になりそうだよねぇ。
ヤバ~、次に街を作る時はギャンブル禁止にしとこ。ガチャなんてとんでもない話だよ」
なんでもないような会話をスプラッターな現場で和やかにしているのだからお化けメンタルに呆れるばかりである。
とっとこ歩いて綾音さんを覗き込む。うーむ、目を閉じてみょいんみょいんと電磁波を飛ばして調べているようだ。邪魔してもなんだな。
ギルドのロビーにはどでんとデカい水槽が設置してある。そちらに近寄って魚を眺めてみた。色とりどりな魚が優雅に泳いでいる。身が少なくて食べても美味しくなさそうだな。
「む」
タニシ発見。ちっこい口がちょろ、ちょろと動いている。藻を齧っているに違いない。藻って美味いのだろうか。
「…………………………」
椅子を引き摺ってきてよいせとよじ登る。上から水槽を覗き込むがブクブクブクと泡が吹き上がっているせいでいまいち見辛いな。
時折魚が水面からちょんと口を出すがすぐに引っ込んでしまう。指を突っ込んでみた。
暫くは何の反応も無かったが。
「おー」
つん、つんと指先が魚共につつかれ始める。面白いな。啄まれる感触がなんとも言えない心地。ギルドをお引越しするならこの水槽も持っていきたいのだが。なんとか移動できないものか。
普通に運ぶにはデカいしな。生き物なのだし運搬用の魔物でも難しそうだ。トンネルでなんとかいけないだろうか?
むむむ……、いやでも移転が決まったのならばトンネルを残すのはよくないな。どうせこの港はこのまま人間に乗っ取られるだろうし。漁られたらイヤだ。うーむ。
本を開いてみる。なんかないか?
商品名 コソドロ風呂敷
優れた圧縮性を誇るコソドロ必須アイテム。
盗むものはお一人様お一つまで。
いやコソドロではない、筈。まぁいいか。出てきた風呂敷で取り敢えず水槽を包んでみた。
「おお!」
優れた圧縮性、言うだけあっていい感じのサイズに包めたではないか。よろし、すばらし。
うむ、これで運搬を……。
「……………………………………」
おもてぇ。重さは変わらないらしい。まぁ小さくなったなら誰かが運べるだろう。
持ち出しと書いた札をくっつけておく。これでよし。作業終了したところで綾音さんも作業が終わったらしい。
むーんと難しい顔をしている。
「……神託発芽者は居ないようです。ですが、発芽者が居ないというのは逆に良くないかもしれません。
これが教団のやり方、これが血を混ぜるということ。
この港町に今居る住人達は嘗て人間側がモンスター外認定として亜人達に出した条件を飲んだ人々の子孫。飲むことを表明したけれど、肝心の人間側からの価値を見出されず長く放置されていた種族や集落に属していた人達です。
どうやら住人達はギルドを無視してこの港町そのものを自分達のものにしてギルドへの介入という功績で以てモンスター外認定を受けるつもりのようですね。
一度住人丸ごと切ったほうがいいと思います。港が出来た頃に流れ込んだ人々も当時は緩やかに迫害されてきた側だった。けれどギルドが出来てこの港が出来て、そこに住み込めた混血可能な亜人となった事で人間側から価値を見出されて風向きが変わった。それに誰だって我が子は可愛いのでしょう。恨めしい人間との子でも。それに時間は感情を風化させますから。安寧が続くならどうしたって今が良くなる。
そしてその痛みも憎しみも苦さも今の世代は最初から持ってすらいない。産まれたときから向こう側ですから。
モンスター外認定を受けられる可能性を持つ人達にとってこの世界は終わってなんかない、続いていくものです。そしてギルドの存在によって準人間として平和を享受できて、持ち得る側になれる事を知ってしまった。それならもうそれでいいとなってしまったのでしょう。
もはや彼らにとってギルドは潜在的な敵です。だから教団に同調しますしギルドへ介入する為の署名もして、密告だって進んでする。それで簡単に救われますから。先のない人達にわざわざ付き合って苦しい抵抗に巻き込まれて先のない未来に進むよりももっと楽で未来のある別の道をいける選択肢が運良く自分達にはできて、しかも今まで通り何も変わらず平和に過ごせるならそちらのほうがずっといい。
彼らは人間と同じように振る舞い、教団に協力し、ギルドに敵対することにもう躊躇がないんです。
……ここはギルドの恩恵と庇護は欲しくても自分達が人と混血可能であるが故に、そうなれる可能性を潰したくなくて自由都市に住むことを選ばなかった人達、そういう人達が集まるようにわざと設計した街なんですね」
「あちゃあ、やっぱりこうなる?
ウーン、まぁやむなしだねぇ。
この港町の領域を完全に向こうに取られちゃった事で混血以外の出生率はゼロになっちゃったし、その時点でこの結末はわかりきってたけど全く世知辛い世の中だね。
まあ囮としては完璧だったけどねぇ。
僕1人の管理で出入り自由の観光名所に繋がる大きな港町なんて条件にしてた割にだいぶ保ったし。
九龍くん復帰したし、人生の残業でも無くなったから囮にする必要も無さそうだし次の街は人の出入り厳しくしよーっと。
机の下で蹴り合うのも疲れるしね。
それとやっぱり港は爆破しようか。残すのも癪だし。建物の維持もやめちゃおう。
あれ?これ僕って追放系のもう遅いってヤツじゃない?
ヤバい、ワクワクしてきた!!生徒会長に自慢しよーっと!!」
「そういえばこの街の建物って砂で出来てますね。メルトさんが作ったんですか?」
「まぁ砂しか無かったからねぇ。次はどんな建物にしようかなぁ。こういうのって作ってる時が1番楽しいよね。
あ、戻ってきた。おかえりー」
「署名あったアルか?」
「はい!持ってきました!!」
どやどやと追い剥ぎ4人が戻ってきた。押収してきたらしい紙がドサドサとテーブルに置かれる。結構な量だなぁ。皆さんぺらぺらと紙を捲って書かれた名前を確認している。
幼女な私は勿論そんなことはしないのでお砂遊びである。立派なトンネルのついたおやまにするのだ。ざくざく。
「わかっちゃいたアルがこりゃまた随分と東の名前が多いアルなぁ。クロイツマインも書いてあるネ。
住人も確かに半数は書いとるよろし。メルト人望ねーアルなぁ。夜な夜なサイレンヘッドなってうるさくするからであろ」
「いや僕モテだから。キャベツハーレムだから。べ、別にそんな事ないんだからね!!
けどまぁニーズヘッグを集めてのポイ活としては上手くいったって事でいいんじゃないかな?世知辛いだけで。
あちこち齧りつかれるのも面倒だったからとはいえ、よくよく集まったもんだよ」
「ま、それもそうアルが。魔族連中に聞いていた通り、東の人間は物への執着心つえーアルなぁ。放棄前提での労力かけた街作り心底想像できねー様子アル。
港使い回せね場合の予定としては次の餌場用意する話だったアルが、クーヤ居るで流れ変わたアル。わざわざ良質な餌場作る必要も無さそうアルな。適当に観光名所掘り出して餌だけ撒いておくネ。
クーヤ、これ丸ごと写し出来るか?」
「む?」
私に構ってくれているお姉さんとせっせとお砂遊びしていると九龍からお仕事が来た。全く人使いの荒いジジイである。
仕方がないので本で適当に複製しておいた。私は忙しいのだ。
しかし先程から周りの冒険者達が変な顔で私を見ているな。わからんけど見るんじゃない。変な本を使って変な事をしているのが珍しいらしい。何あの変な幼女って面構えだし。失敬な、プンスコ!
複製された署名をドスンと纏めてギルドロビーのど真ん中に置き、九龍がデカデカとした紙を何やら貼り付けた。ちらりと見てみる。
[署名した者全て我々の敵だ。冒険者は全員除籍処分。 皇九龍]
うーん、シンプルな宣告。シンプルさの中にちびるような怖さも含まれていてクオリティが高い。
まぁこぞってラムレト追放運動してたんだから名前を書いた人としてもお前は敵と言われたところで否定は出来まいが。本人喜んで追放されとるけど。
というかギルドの戒律最上位が九龍の私物だから勝手をしたら許さんってものすごい唯我独尊だな。流石常識とかいうものは犬に食わせろとか言ってただけある。私が法とかまで言ってたし。九龍が猫と言ったら犬も猫なのだ。
しかし最近はとみに引越し作業が連続しているような気がするな。まぁ心機一転、新天地での新生活に向かって第一歩と考えれば悪いことでもないのか。でもよく考えたらクンツァイト港旅行と言っていたのに旅行という感じ一切しないな。
なんちゃら塩湖か、綺麗と言っていたし見応えはありそうだが美味しいものには期待出来なさそうなのがなぁ。
「タンザナイト塩湖に着いたらキャンプしようか。
キャンプ飯ってすっごい美味しそうだよねぇ……」
「よしすぐ行こう!!」
枝を振り回して大ハッスル。美味しいキャンプ飯をはよ作りに行くぞ!!




