旅行へ出発の朝2
というわけで一時解散。それぞれ旅装に着替えて荷物を持ってくるということでその間に私はギルドに最上階の片付け依頼を出しておく。
受付は勿論無人なので置き手紙でよし。報酬の支払いは九龍にしておいた。九龍の部屋だしな。いやあそこが正式になんなのかは未だにわからんが。
後はわっかを置ける板だな。素寒貧の私は本を使えないのであるものでなんとかするのである。倉庫から適当に色々な物をかっぱらうこととする。九龍が好きに弄る許可するアル言うてたのでアル。つまり倉庫の中のガラクタも好きにしていいのだ。
持ち歩く事になるのでリュックに入る大きさで軽いものにしよう。しかし出し入れすることになるのでリュックよりポシェットのようなものの方が良かったかもしれないな。壊れたので仕方がないが。
カンガルールックも悪くはないものの、あれは動きにくいのだ。
ベニヤ板に普通の木板、丸太に材質不明の謎板。うーむ。わっかをそれぞれに置いてみる。ベニヤ板、起動せず。これはダメらしい。普通の木板、起動はするが穴が不安定な気がする。
丸太。起動ヨシ。材質不明の謎板、こちらも起動ヨシ。どちらも厚みのあるものだ。薄いと反応しないのだろうか?分厚いものは流石に持ち歩きたくないのだが。悩ましいな。
「うーむ」
よし、一応起動した普通の木板をなんとかしよう。やすりで角を丸くして整えてから彫刻刀でいい感じに模様を付ける。
次にペンキを持ってきてちょっと考えてからくわっと一筆入魂。気の赴くままにずばばばとペンキで塗り上げていく。黄色に緑に赤に青、ばっちゃばっちゃとペンキを撒き散らしながら板を本能のままに!!
「おりゃーっ!!」
最後に黒で仕上げである。中央に大きな丸を書いて出来上がりだ。ふむふむと頷きながら吟味する。なかなかのげんだいあーとだ。内臓と脂肪と血と骨をぶち撒けた森林の中の暗闇と言ったところ。素晴らしいあーとである。
わっかを置いてみた。
「うむ!!」
すーっと地獄の穴が広がる。ばっちり改造に成功したらしい。私が手に持っても邪魔にならないサイズでリュックにもちゃんと入るし、完璧な板だ。
最後にニスを塗ってツヤ仕上げ。バタバタと仰いで風を送る。はよ固まれ。
それなりに固まったところで持ち上げて右左、斜め上と色々な角度から眺めてみる。ふむ、近代史を塗り替えまくるであろうあーとが爆誕してしまったな。いい仕事をしたものだ。
リュックに入れておけばこれでよし。バターンと倉庫を飛び出してやった。2人はまだ来ていないようだ。まぁ5分くらいのあーと制作だったからな。しかし暇なのと創作魂と芸術熱がうずいているので何かしたいところ。
よし、ペンでテーブルに落書きしてやろ。うっしっしっ。
「…………………………………………」
「やっほー、おまたー!」
「何してるアルか」
「はっ」
我に返った。夢中なあまりテーブルを芸術品にしてしまった。いやまぁいいか。
振り返れば着替えも終わって荷物を抱えている異界組共である。私に文句言ってた癖に荷物少ないな。どちらもボストンバッグ的なヤツ一つだ。
しかし上下真っ黒い原宿系パーカーの九龍にインバネスコート付き書生ルックのラムレトとなんかちょっとマニアックさを感じる格好だな。それは旅装とは言わんだろ。元の国籍どうした。どっから持ってきたんだそれ。どこ向けの需要が。
うっすら思ってたがこの都市の服飾関係は一体どうなっているんだ。生徒会長が悪いのだろうか。
路地裏で危ない粉を売ってる売人と友人への借金を踏み倒す文豪って感じの見た目だ。もっとジジイ感を出していけよ。年齢不詳共め若者ぶりやがって。
「なんか呪われそうなテーブルになっててウケる。勇者パーティ専用にしようか」
「1日どころか10分程度目を離しただけでなんかやらかすアルなぁ」
「あーとだぞ」
「アウトサイダーアートの系列であろ」
「ドラッグ中毒者の日記とか統合失調症患者の描いた自画像みあるよね」
「なにをーっ!!」
両手を振り回して猛抗議した。ジジイ共にはこのあーとがわからんとです!!
どしんどしんと地団駄まで踏んでおいた。しかし持ち上げられたことで私の短足はしゃかしゃかと空を掻くだけに終わった。
「んじゃ、行くアルか」
「西門の方だよー」
「ん」
「ギャボーッ!!」
ふんづかまったまま視界に映るものが一気に下へと流れていく。屋根から屋根へ、流れるように景色が移り変わる。
壁面の僅かな窪みを使って進路を変えつつ駆け上がりながら高度を上げては一気に下へ。朝早いとはいえ、都市の住人達は少ないものの外に出ているようでこちらを見上げているのが隙間に見える。
何故かたまに泣き出す住人が居るようだ。わざわざ家から出てきて見物してくる住人すら居る。というか同意のないパルクールは法で禁じるべきだろ!!
恐ろしい事に視界情報は上下左右縦横無尽だと言うのに移動に伴う筈の衝撃は全く感じない。どうなってんだ。
風や落下感は感じるので別に何か変な魔法などというわけでもなく単純にこのジジイの体幹がおかしいのだ。衝撃の全てを完全に殺しているとしか思えない。なんなら今気付いたが結構な距離を飛んでも着地音が無である。マジかよ。
前方を見やれば、先に行っているラムレトの後ろ姿。あちらはあちらでおかしいな。一歩が異常に大きい。それも建物単位で大きい。見た目普通に歩いているだけなのにパッパと屋根の上を飛び飛びで進んでいる。
広大な都市を駆け抜けながら向かう先は西門、都市の中央にあるギルドからはめちゃくちゃ距離があるというのにものの10分程度で外壁に到着してしまった。なんかタクシーより速くなかったか?
息も切らせてないのだから人間なのかどうなのかちょっと疑わしくなってきたのだが。ラムレトが外壁に重力を無視して立ちながらこちらを手招く。
「こっちこっちー」
九龍がバッグと私を抱え直して外壁に足を掛ける。ま、ましゃか……。
「口を開けてると舌噛むアル。閉じとくヨ」
「ぎゅも」
言うが早いか、壁を駆け上がる方が先か。私とバッグを抱えたまま、両手が塞がっているというのに一切それを問題にした様子もなく両足の膂力だけで重力を振り切る。
都市の外壁は50m近いんじゃないかという部分すらあるというのに。というか既に落ちたら死ぬなって高度である。都市の方に頭を向けて抱えられているが、見る間に建物が下へ遠ざかっていく。
朝日を受けた鳥達が光り輝くような真っ白さでゆっくりと旋回するのを上から見下ろしながら必死こいて口を手で押さえる。死ぬ、死ぬ!!
恐怖のあまり半分意識が飛んだところで中身が下へ落ちていくようなぞーっとするような浮遊感が途絶えた。地面、地面だ!!愛してるぞ地面!!
じたじたと暴れて九龍の腕から抜け出した。ごろごろ転がって地面にへばりつく。なんという大いなる安定感。母なる大地。安心と信頼の重力。お前がナンバーワンだ!!
「哎呀、あんまり転がると落ちるアルよ」
「クーヤくんあと一回転したらもう落ちるよー」
「ブギーッ!!」
逆回転した。あぶねぇ!慌てて身体を起こす。どうやら地面ではなく外壁の上らしい。おお……初めて見たが結構スペースがあるな。ゴチャゴチャとした外壁であったが上のほうはそれなりに片付いている。
いくつか建物がある辺り、どうやら人がそれなりに住めるようになっているようだ。とは言っても守備とか警邏みたいなものなのだろう。全体的に簡易さが伺える作りだ。交代勤で定期的に回ってくる嫌な仕事といったところであろう。遠目にもあちこちに人が立っているのが見えた。
一際でっけぇ建物からゲギャゲギャグギャグギャとかしましい動物の声が聞こえる。これが話に聞く飛竜とやらの声かもしれないな。外壁の上で飛竜を育てているらしい。
きょろきょろと周囲を見ているとなにやら建物からおっさんが出てきてラムレトと会話を始めた。
ふむふむ。下を覗き込んでみたりタライやパイプを振り回してみる。落ちないようにか九龍が近場に立っているのでどうやら私の信頼は皆無のようだな。そういう事をされると益々暴れたくなるのだが。
「九龍くん、クーヤくん。じゃあ好きな飛竜選んでいいよー!」
「お」
辛抱たまらず暴れ出す寸前でラムレトから声が掛かった。どれどれ、噂の飛竜とやらを拝んでやろうではないか。とっとこ歩いてラムレトにへばりつく。万が一襲われたら盾にするのだ。
わくわくしながら建物の中を覗き込む。
「ギャリャリャルルロォォォオン!!ブルオォオォン!!」
「ホギャーーーーーーーッ!!!」
想像の10倍凶悪だった。なんじゃあ!!思わず後ろにむっちりと転がってしまった。
「あれ?なんか落ち着きないね?まぁいいか。ちなみにこちらが僕の愛馬くんです」
「人面鳥じゃん」
「スフィンクスですぅー」
「人面鳥じゃん」
言い方変えても人面鳥だろ。獅子の身体に孔雀の羽、人間の女の顔でかなり不気味なヤツだ。
人間みたいな顔をしているのに表情がないのとぱくりと開いた口が不気味さに拍車をかけている。
「ちなみに生徒会長の愛馬は黒竜です。ぽいよねぇ。
総司くんは拘りないけど面倒だからって相乗りばっかりだよ」
「ほーん」
ぽいな。すげぇそれっぽい。
「九龍くんはどうする?全部押さえさせたからどの仔でもいいよ」
「どいつでもいいネ。クーヤ適当に選ぶよろし」
なんで私が。いいけど。静かなのがいいな。しかし飛竜と言っていたが飛竜の定義がガバすぎないか?ウルト的なのを想像していたというのに空飛ぶやつは取り敢えず飛竜って感じだ。
クジラに鳥に樹に羽生えた女性に蝶に亀と多頭の獣と見るからに全部カテゴリエラー起こしてるだろ。いいけども。さてどれがいいか。好きに選べと言われても。うーむ。
どいつもこいつも私と目が合うと暴れるのだが。はたと人面鳥と目が合った。
「……………………」
人面鳥は大人しくしている。暇そうに胸毛を前足で整えながらラムレトを待っているようだ。
「よしこいつだな」
お前に決めた。めっちゃ大人しいではないか。魅惑の胸毛に顔を埋めようとしたところで襟首掴まれてポイと変な動物の上に投げられた。エーン!!
「遊んでねーではよ行くアルよ」
選べと言ったのはそっちだが。余りにも理不尽、なんたるクソジジイ。既に鞍も着けて荷物も括り付けている辺りそも最初から私に選ばせる気無かっただろ。
言ったはいいが私に選ばせると面白さ優先で変なのしか選ばねーなと思ってさっさと自分で選んだに違いない。否定は出来ないが。
大人しければ奥の方にいる緑スーツ来た妖精みたいなおっさんを選んでいただろう。残念なことである。
「クーヤくん、奥の人はただのコスプレしたおじさんだよ」
「コスプレおじさん!?」
なんでだ。何故そんなおじさんが。逆に気になってしょうがないのだが。一体どうして。
「彼の人生には一晩じゃ語り尽くせない色々な事があったのさ」
「自伝出すべきでは?」
今もゴルルルァと唸りを上げて落ち着かない様子の双頭の鳥と竜の中間みたいなヤツの頭にしがみつきながら緑のおじさんを眺める。その目に切なさと哀愁と郷愁と望郷とあとなんかセンチメンタルなものを見た。お前も魔王にならないか?
飛竜の横でゴソゴソと風除けらしいマントやらなんやらを身に着けている九龍がガッシと飛竜の唸り声を上げている口先を掴む。それだけで飛竜は大人しくなった。
どうやら私がよわよわ過ぎて舐められていたようだ。それはそうである。私はスライムと互角なので。それを思えばあのスフィンクスはよくよく躾けられているようだ。
同じくマントやらを着終わったラムレトがスフィンクスに飛び乗る。スフィンクスはクックルーンと嘶いてかしかしと前足で地面を引っ掻いてからたしたしと歩いて建物を出ると、外壁の端に立って離陸準備を始めた。
後ろに飛び乗ってきた九龍がそれに付いていくように指示を出したのか、こちらの飛竜もチャッチャと爪音を立てながら歩き出す。犬みたいな足音だな。
飛竜達の管理人らしいおっさんと外壁守備らしいおっさんが誘導するように旗を振って下に指示を出したりしている。ふむふむ。
「よし、それじゃあ行くとしようか!」
おっさん達2人が頭を下げる。その間を飛竜達が助走をつけるように駆け、その翼がやがて風を捉えた。僅かな浮遊感、ついで外壁から飛び立った瞬間にぶつかって吹き上がる大気が壁のように下から飛竜達の身体を持ち上げる。
「おー!」
その壁を蹴って飛竜達は一気に高度を稼ぎ、大地は遥か下へとあっという間に遠ざかっていく。
さてさて、初めての旅行だ。なんだかワクワクしてきたな。美味しいものを沢山食べてやるのだ。まってろ海産物!!




