借金王の夜
「エーン!」
哀れ借金王トゥインクルピュアクーヤちゃんが爆誕してしまった。
変異ジャガラは学者先生達の調査が入る事になり牧場は暫く閉鎖、クルコ果樹園は一通りの事を済ませたので後は日々のお手入れをするのみ。
というわけでオヤツ時になる頃には都市に戻ったは良いのだが容赦のない借金の清算がクーヤちゃんを襲ったのである。カミナギリヤさんとラムレトは思いつかないからまだいいわまだいいよと言ってくれたのはいいのだが問題は残りの1人。
食券は九龍の財産であったのでそれに手を付けてすっからかんにしてしまった挙げ句にそれがバレてしまっては最早打つ手は何もなかった。
満漢全席を要求されたところで当然答えられる筈もなく。九龍本人に借金して一千万の満漢全席を用意するしか無かった。夜食というより早々とした夕食ではあったが量が量なのでなんなら明日の朝までありそうである。
どう足掻いたところで明日ラムレトが内職を持ってきて使い込んだ食券を補填出来るまで黙ってパシリ続けるしか道はないのである。
しかも食券に加えてリアルな借金まである始末。魔力値一千万は当然であるが相応の魔石の金額に換算すれば一千万シリンどころではないのだ。
使い込んだ九龍の財産補填の為に九龍に更なる金を使わせたわけで、その差額は当然ながら私に伸し掛かって当たり前体操というわけである。そして素寒貧の私は当然のように一切この世界の通貨を現状持っていない。簡単な仕事はしていたがその全てをご飯や魔石に変えていたからである。1シリンだって支払えやしなかった。
変異させて糞が燃料として使えなくなったジャガラ2頭に関しては見逃されたのだからまだ温情がある方であろう。あの2頭の代わりに別のジャガラを捕まえてくるらしい。
満漢全席なんて代物がただでさえギルドの1階は受付やら倉庫やら作業場やらで圧迫されている食堂しかないというのに、そのうえ更に壁と天井を未だ掃除しているおっさん達と受付のおねーさん達も居る状態で出し切れるわけもなく、場所は全壁ぶち抜き一部屋構造である最上階である。この部屋絶対にぐーたら食事部屋だろ!
ゴロニャンと寝っ転がった九龍の腰の上でせっせと足踏みして肩をとんとん叩いてマッサージしては長い髪の毛を櫛ってツヤツヤにし、あれ食うネそっち食うアルと指示してくるジジイの為にそれらを持ってきては食わせてひーこらと世話を焼く。
ローズベリーというかどっかのギルド所属になっていたらしい私の所属ギルドも容赦なくギルド本部に変更されてしまったし、それどころかギルド総裁直属扱いである。賃貸であった囮部屋も正式に私の居住地とされてしまった。
返せなくなった借金を以って破産となり、代わりに文字通り身柄を差し押さえされたわけだ。ピエーン!
悲しいかな、ファンキープリティープレシャスクーヤちゃんはクソジジイへの慰謝料と借金のカタというわけである。中華マフィアかよ。
借金を返して食券を補填するまで自由はない。この間に尻の毛まで毟られない事を精々願うぐらいしか出来ることは無かった。
アホほどデカいエビを持ってきて頭を毟ってぶりんと身を取り出す。小さく千切ってクソジジイの口元に運びながら殻をポイポイと空いた皿に移し替えていく。クソッ、こんな事が許されていいのか!?児童労働だぞこれは!!
ラムレトはじゃあ飛竜とか準備してくるねーで戻っていったし、カミナギリヤさんもクルコ以外にも植えたいわねと言って苗を見繕いに行ってしまった。私を助けてくれる人は居ないのである。なんてこった。
悪魔でも呼び出して代わりに働かせるかとも思ったが、それでは私が他人の財産を使い込んで出来た借金も何もかも自分の眷属に押し付けて踏み倒していくとかいう目も当てられないブラックを超えるドブラックになってしまう。ホワイトになるどころではない。
今度は座っているジジイの後ろに立ってむぎゅむぎゅと肩を揉んでぐりぐりと肘を突く。身体かってぇ!!
クソジジイは鼻歌すら歌いながらギルドの広報誌を読んでいるだけである。
ぐぎぎ、極楽極楽、言う事無しってツラだ。そりゃそうだろう!何もしないでもマッサージされて飯も食わせて貰えて身繕いもして貰えているのだ、これで不満があったらどうかしている。
はひはひと息を切らせながら燕の巣のスープを取ってきて熊の手の煮込みを回収する。一千万コースなだけあって出てきている料理は全て高級食材を惜しげもなく使っている。見たこともないようなもんばっかりである。
フカヒレ鮑に毛ガニとささっと回収、せっせと運搬。働き暗黒神ちゃんと化した私は美味しそうなものが沢山あるというのに手を出すことも出来ないのだから哀れっぷりもひとしおであろう。
食欲に負けて齧りつけば借金が倍率ドンである事は疑いない。ここで手を出すのは生活費をギャンブルに突っ込むより酷い愚行である。
満漢全席に囲まれながらゴージャスな椅子に足を組んで座っている様子は完全に、疑いようもなく中華マフィアだ。こんなのに借金とは正気とも思われない。内臓抜かれて死ぬだろ。私のことである。
このマフィアがガキモツトバす事に対して躊躇があるとは微塵も思えない。じゃ、売るアルかと今にも言い出しそうだ。
内臓を抜かれないようにレンゲに乗せたスープをふーふーと冷ましてそーっと飲ませる。おのれ、何だってこんな事に。こうなれば反逆しかないのではないか?そうに違いない。きっとそうだ。やってやるぜぇと脳内の店主も言っている。
どててと走って威嚇ポーズをキメる。ギルド総裁がなんだというのだ、こちとら暗黒神ちゃんだぞ!
「フシャーッ!!」
「嗯?」
尻を立ててフリフリ。タイミングを慎重に見計らいつつ距離を探る。求められるのは一撃必殺、それしかあるまい。
暗黒神ちゃんパンチの威力を思い知らせてやるのだ。いざいざいざ、ここだ!!
「おりゃーっ!!」
「嘻嘻!」
飛びかかってバリバリと暴れる。このまま借金と共に打ち倒してくれるわ!!
「むむ!!」
暴れ散らす私をものともせずににんまり顔のまま懐から取り出されたるはふわふわのアレである。
ひょいと猫じゃらしが空を舞った。
ふりふりと揺らされるじゃらしの動きにむずむずと辛抱たまらず飛びつかずにはおれない!
「にゃろめー!!」
「おーおー、こりゃおもしれーアルなぁ」
「このやろーっ!!」
ぐるぐると回って猫じゃらしを追いかける。躍りかかって空中ゲット。そのままどてーんと床に転がりつつ確保した猫じゃらしに暗黒神ちゃん連続キックをお見舞いしてやった。
しかしちょっと力が緩んだ隙にするりと猫じゃらしが引き抜かれる。ふわふわが再び宙を舞った。逃さん!!しゅぱぁんと音を立てて猛ダッシュである。
上下左右に揺れ動く猫じゃらしを追いかけて暗黒神ちゃんハンドが火を吹いた。右に行けば右手を伸ばし左に行けば左手を伸ばし、交互左右にズドドドドと床を駆ける。
空高く猫じゃらしが掲げられればそれを追う暗黒神ちゃんだって大ジャンプ。世界記録も夢ではないK点超え間違い無しの大ジャンプであった。
それで満足したのか、猫じゃらしが離された。もう私のもんだ!!
「ふむ、まあまあ堪能したアルな。借金これで帳消ししてやるよろし。大した金額でも無し、こんなもんであろ。
残りは好きに食べるネ。量が多すぎてどうせ明朝までには食い切れねーアル。残れば下で働いてる連中食わせるヨ。
じゃ、私はシャワー浴びて寝るネ」
「やったー!!」
解放された!!バチクソ暗黒金持ちめ、太っ腹にも程がある。まぁ魔力値1億分の魔石の金額を大したことない認識のヤツである。実際九龍からすれば大した金額では無かったのだろう。お遊びといったところか。
内臓売り飛ばされなくてよかった、本当に良かった。
派手服をぽいぽいと脱ぎ散らしてズボンだけになると髪の毛も解いて大広間の床をぱかりと開いた。そこ開くのかよ。多分九龍の部屋直通の穴である。忍者屋敷かなんかか。他にも色々ギミックありそうな大広間である。
よし、九龍はシャワー浴びてもう寝るつもりのようだが私はまだまだ眠るわけにはいかない。何故なら明日の朝までにこの美味そうな満漢全席を食い尽くさねばならないからである。もう誰にもやらん。全部私のもんだ。
まずは珍味の類から攻めよう。フォアグラにキャビア、トリュフにダックだってあるのである。中央では子豚の丸焼きがテリテリと輝いているし、スープがたんまり入った壺も残っている。じゅるりとヨダレが出てきた。あの熊の手も気になる。美味しいのだろうか。
魚の浮袋にナマコ、どうにもプルプルとした食感のものが多いな。味もまろやかめである。1階の食堂も屋台も大体スパイシー系だったのでこれはこれで悪くない。ウマウマ。
日はとうに落ちており室内は提灯とぼんぼりの灯りのみであるし料理も既に冷めているが、日数を掛けて食べる前提の料理である。冷めても美味しいように工夫が凝らされている。デザートの点心だってこんな美味いものがあるのかというお味だ。むしゃむしゃ。
熊の手にそのままかぶりついているとガタリと床が開いた。のそりと姿を現したのは早々にシャワーを浴びたらしい九龍である。髪の毛も濡れたままだわ全体的に湿気っているわでこれは酷い。
ズボン一丁というのはこの大陸では良いのかもしれないが大人としてどうかと思う。タオルでがしがしと雑に身体を拭きながらくぁと欠伸をしてクッションに転がった。どうやらこのままここで寝るらしい。
丁寧な生活とは真逆の適当な生活のジジイである。いいけども。飯は残らないと思え。カカカカと杏仁豆腐を平らげながら茶を啜る。うーん、香ばしいお味。餡包みを両手に持ちながらとっとこ歩いて階下を眺めてみる。
「うーむ」
どうやらまだ壁と天井を掃除しているらしい。ちょっと可哀想になった。明日からは人助けをしますと誓ったばかりだったのでもうド深夜なことを思えばちょっとくらい分けてあげるべきであろうか?
もぐもぐと両手の餡包みに齧り付く。うめぇ。
「…………………………」
悩みに悩んで悩み抜いてから、最上階から1階に料理を運ぶことは不可能だなと結論付ける。残念なことですな。バブリーモンスターを派遣して手伝わせておこう、そうしよう。
これで人助けヨシ!!
うんうんと頷いてから大きなちまきに齧り付いた。実に美味である。




