クルコ果樹園2
ジャガラ牧場まで来た農場巡回タクシーから2人で降りてボンボンと鳴きたてるジャガラ共を宥めつつ果樹園増設の為の道具を一通り揃えて、と。
「えーと」
ジャガラ牧場の周りをうろうろとしながらカミナギリヤさんと一緒にいい感じの配置について話し合う。
九龍には周囲全部好きにしてよろしと言われているので目に見える範囲全部私のもんである。クルコいう果物をギルドに卸すネとも同時に言われているが。
しかし果物と引き替えに土地一帯丸ごととは暗黒金持ちが過ぎるというかなんというか、食欲に忠実過ぎる総裁である。あんなんで大丈夫なのか。いいけども。実際うまくいってるんだから大丈夫なのだろう。
「こっちにもトンネルあんの?
なら近い方がいいわよね。ていうかなんか変な魔物と犬が居るし。いつの間にこんなのこさえたのよ」
「魔物は水やり用で犬は悪魔ですな」
「悪魔を牧羊犬にしてんじゃないわよ」
いいんですぅー。犬であるからして犬の仕事をさせるのだ。
放牧中ジャガラ共の世話をする私を尻目に一歩一歩と足を大きく開いてどうやら間隔を調べているらしいカミナギリヤさんは目印なのかどうなのかあちこちにポイポイと小さな花を投げている。
しかしクルコってどうやって成るんだろ。苗は見たものの、この後どう成長してどうなるのか判断はつかない。背の高い木になるのかはたまた蔓植物なのか。
「クーヤ、あんたちょっとロープか何かでクルコ果樹園にする範囲を決めときなさいよ。
全部使っていいって言ったってこういうのはメリハリよ、メリハリ!」
「ふむふむ」
成る程。適当にしないでちゃんと花壇にしろということであろう。まぁ野生と思われても困るしな。ちゃんと管理してます感は大事だ。
ジャガラ牧場から持ち出してきたハシゴに登る。うーむ。カミナギリヤさんは相変わらず大きな一歩で間隔を調べ続けている。地面に置かれた花を見ながらこちらも範囲を決めるとしよう。
あんまり広く取りすぎてもカミナギリヤさんが大変だろうしな。ジャガラ牧場の隣接地に荷馬車が通れる程度の道を間に挟んで同程度の面積を確保しておくことにした。
ささっとハシゴを降りて倉庫から持ってきておいたロープ止めを抱えてまずは一本目。ブスリと刺した杭にロープを結んでジャガラ牧場の柵がまっすぐ見える位置を保ちながら後ろ向きに進む。もうちょい右か。
「ごすずん!何してるんスかごすずん!!ごす!!」
「駄犬は静かにするのだ!」
前はもうちょっと知性がありそうじゃなかったか?猛烈なバカ犬化している。何故だ。尻尾振りすぎだろ後ろのジャガラが迷惑そうにしてるぞ。
「ねぇ、クーヤ!ちょっとこれあたし達2人だと日が暮れるわよ!!」
「む、確かにそうですな」
遠くからカミナギリヤさんが人手不足を訴えてきた。まぁ幼女2人だしな、足のサイズがいかんともしがたい。仕方がないな。
地獄の輪っかを設置し、ちょっと考えてから声を掛けた。
「果樹園を作るから作業できそうな姿で暇なのちょっと5匹くらい来るのだ。あ、派遣チームは休みなので休むように」
こいこいとしておけばぴょこぴょこと小さなアニマル達が姿を現した。うーむ、どれがどいつかわからんな。猿っぽいのと人形っぽいのと頭に月マークの黒い兎、虹色の触手の塊に黒い蛸である。まぁどいつでもいいか。
「暗黒神たん!お兄ちゃんが来ましたぞ!」
「暗黒神さまぁ、暇なんできましたぁ!」
わやわやと虹色のと猿っぽいのが叫ぶ。
「はいはい。じゃあお前らあっち行ってカミナギリヤさんの言うことをよく聞いて働くように。
お前もあっちに行くのだ」
人形っぽいのを摘んで移動させる。
「いつも通りの塩。あまりにもおふくろの味」
「こういうとこある」
「暗黒神様に持ち上げられちゃった……ドキドキする。これって恋?」
「完全上位存在に軽く持ち上げられた恐怖じゃない?」
えぇい、わちゃわちゃするな。しっしと追い払って黒兎と蛸を確保しロープの端を持たせる。
「僕達勝ち組!」
「ところで狼くんがなんか知性融解してるけどどおして?」
「ヤツは犠牲になったのだ……。牧場生活の犠牲にな……」
「地獄に帰って知性復旧したらのたうち回りそう。動画とってアップしとこ。えーと、狼くんの尊厳破壊スレと」
わけのわからん会話をしながらもてくてくと2匹でロープを持って歩いていく。よしよし。先回りしてロープ止めを刺していきながらカミナギリヤさん達を囲っていく。真ん中にいつの間にか置かれている木箱がクルコの苗だろう。
ふわふわと浮いたカミナギリヤさんが指折り数えながらクルコの苗を検分している。等間隔に目印を付ける作業を3匹が担当しているらしい。カミナギリヤさんの大きな一歩を3匹並んで手を繋ぐことで再現している。
ぐるぐると入れ替わり立ち替わり目印を付けていっている様がなんかずっと見てると目が回りそうである。
「クーヤ、大地に魔法を使うからちょっと神性領域を綺麗に整地しといてよ。大地は移ろいやすいの。
ここにもトンネルあるからこの一帯はもう大丈夫だとは思うけど、あたしだって南大陸で精霊界に接続するのは怖いんだから。
あんたに何かあって領域が揺らいで絹糸みたいなものにでも捕まったらあたしでも一瞬で上書きされるわよ」
「え、どうやって……?」
「あたしに聞かないでよ。多分その本でなんとかなるでしょ」
「む……?」
言われるがままに本を開く。えーと。カテゴリは開拓とマナ。
商品名 縄張りの主張(羆)
大いに縄張りを主張し境界を敷いて整えます。
美しい敷地管理をしたい貴方に。
よくわからんが整地アイテムが出てきた。これでいいか。枝でガリガリと購入。見た目は木でできた杭だな。なにやら切り傷が付けられている。自己主張をこれでしているようだ。境界杭みたいなものであろうか。
4本セットで出てきたので果樹園ならこれで四方を囲ってしまえばいいんだろうとは思うが。どんな感じなのかわからんけども取り敢えず設置してみるか。
虹触手と黒蛸が張っているロープを辿って1本ずつ刺していく。こことあそこと……あっちだな。歩いて歩いて最後の1本をぶすりと勢いよく刺してやった。
「おお……?」
瞬間、ずるりと地面の表層というか薄皮一枚というか。とにかく何かが動いた。四方の杭同士がうっすらと何かで繋がったようである。囲われた部分がどうやら縄張り主張モードになっている様子。安定空間というわけだ。
あとはちゃんとした柵を作れば見た目もいい感じになるだろう。
「カミナギリヤさーん、クーヤちゃんたら整地をこなしてやりましたわーい!!」
「オッケー。わかりやすくていいわね。じゃあやるわよ!」
「はーい!!」
お返事をしてわくわくと待つ。ピンクの光が縄張りを満たし、目印を付けていた場所の土がぼこぼこと掘り返されていく。下草も刈り取られてふかふかの土が盛り上がってきた。併せて里でも見たような小さな光が漂い始める。おおー。
そうやって掘り返された部分に悪魔達がクルコの苗を2匹がかりで1本ずつ運んでいく。1匹は苗が運び込まれた穴を塞いで回っているようだ。バブリーモンスターも水を撒いているし、私にはやることがない。こりゃ楽ちん。
駄犬でも相手にしてくるか。とっとこ歩いてジャガラ牧場へ移動。
「ごすずん!!」
「アホ顔だなぁ……」
見れば見るほどアホ顔になっている。もっとこう……カッコイイ狼的な見た目じゃなかったか?銀色で。
今や完全に柴犬系の雑種顔だぞ。
あまりにも尻尾を振るのでポイとボールを投げてやった。駄犬はイエアァァアと叫びながら追いかけていった。うーん、ジャガラの方が賢そうまであるなこれは。
よし、ジャガラの様子を見よう。どれどれ、小屋を開けて中を覗き込む。
「む」
なんかおかしいな?
いやまぁジャガラ共はボンボン鳴いて昨日出したおがくずを食べているが問題はそこではなく。奥の2匹である。多分名前を付けたジャガラ達だと思うのだが。首輪が付いてるし。
番になったらしい。いやそれもいいのだが……。手前に居るヤツの喉がブクリと膨らむ。ド低温の破裂音が鳴った。
「……………………」
真っ黒でぬらぬらと光る身体を揺すって立ち上がったジャガラは明らかにデカい、いや、デカすぎる。小屋の天井に若干頭が付いている。
おまけに額にえげつない角が生えているし目だってぎんぎらに光りまくっている。ツチブタのようだった顔も体型もその面影はない。のし、のしと歩く姿は雄大なる大自然を征く王者の如き貫禄。ガパリと開けた口内には見るも恐ろしい牙が生え詰まっている。
大口を開けてまだ立てかけたままだった暗黒神ちゃんウッドに齧り付いている。ごき、ばきと枝が折れる音がした。ゴゥルフフとドラゴン形態のウルトにも負けやしない音が喉から響いている。もう1匹の方もすっくと立ち上がり、がしがしと足元を掻いている。
2匹が立ち上がればそれだけで小屋内の圧迫感が凄まじい。物理的にも精神的にも。
他のジャガラ達はおがくずをもさもさと食べながら平和そうにしているが後ろがあまりにも世紀末過ぎる。
「……………………………………」
そっと小屋の扉を閉めた。
扉に手を付けたままゆっくりと深呼吸。言うまでもなく大事故であった。やっべぇどうしよう。今から枝を取り上げてなんとかなるか?
いや、どう考えても無理だ。あれは絶対に元に戻らないヤツだ。大惨事にだらだらと何やら汗が出てきた。あわわわわ……。もう一度そーっと扉を開けてみる。見えるものに変化は特に無かった。
枝を食い終わったらしく私の方をじっと見ている。迫力ありすぎてオレサマオマエマルカジリ、そんな感じがする。いや肉食ではないだろうし多分、大丈夫、な筈。枝食ってるしな。ジャガラはジャガラな筈だ。そう信じる。
兎にも角にも扉を全開にして枝をふりふりとして2匹を誘導する。この巨体にはもう小屋が狭すぎる。ジャガラ牧場の隅にそっとあいつらの餌用として鬱金の冥樹の本体を植えておいた。たっけぇ……。
あいつらの小屋はどうしよう。想像すらしていなかった状態に最早言葉もない。小屋まで本で買うなんて流石に無駄遣いが過ぎる。
今ですら買う気のなかった暗黒神ちゃんウッドの大元を買ってしまったのでラムレトから内職も上がっていないというのに九龍の食券分にまで手を付けてしまったのだ。これがバレたらえらいこっちゃである。
「………………」
取り敢えず考えるのを後回しにして、事態を好転させしめる逆転の一手を期待してもう一度小屋の中を覗いてみる。
そこには先程とは違い、美しく黄金に光輝くジャガラの糞がころころと転がっていた。うん、むちゃ高級そうだしあれで許して貰おうそうしよう。そしてあの番の小屋も別で作ってもらうのでアル。
よし解決。私は何もしなかった。クルコ果樹園に戻るか。




