クルコ果樹園
「ところでさぁ、クーヤくんちょっと旅行行かない?」
「ん?」
昼食も終わって茶を啜っていたところにラムレトが唐突になんか言い出した。
旅行、なんで旅行。
「いやぁ、僕のメイン生活圏ってほんとはクンツァイト港のギルドだからね。
あっちは最前線だしあんまり留守にはしたくないからあっちにも居ないといけないんだけど向こうに居る間もやり取りしたいからトンネルとラーメンタイマーの設置お願いしたくてね。
多分だけど内職始めた僕ならトンネルの行き来も出来なくはないと思うんだよね。
それなら僕もこの都市と港を生活圏に出来るから。
どうだろ?
海産物が美味しいよ」
「むむ!」
そういえばあっちのギルドに普段から居ると聞いていたのに帰らないのかと地味に思っていたが。
今は内職も任せているし、未だに工賃も払っていないし海鮮物も食べたいしトンネルで行き来も出来ると言うのならば経費として設置もやぶさかではない。海産物も食べたいし。あっちに行ったことはないから全然わからんが最前線というくらいだし実際留守なのはまずいのだろう。
ふむふむと頷く。よし、ちょいとひとっ走り行って旅行と洒落込むべきであろう。あと海産物も食べたい。全てを打ち負かしてくれるわ。
「涎の垂らし方がえげつねーアルな」
「草」
ごしごしと拭いておく。これでよし。
「こっから港までどう行くのさ?」
「あ、行ってくれる?そうだね、まあクォーツ街道の1番幅広なヤツをただ進むだけなんだけどね。
交通手段はいくつかあるよ。危険だけど速いのと安全だけど遅いのと色々。取り敢えず僕も行くから一緒に行こうか。明日には内職も終わるしそれからどうだい?」
「まあいいけど。それまでにトンネル経費として申請をしておくのだぞ」
私は特に準備もないしな。クルコの苗さえちゃんと植え付ければ後は差し迫ったものはない。トンネル経費の申請って初耳なんだけどなぁにそれとぼやくラムレトを無視して茶を啜る。気分で言ったので別に書類も無ければマニュアルも存在しないのである。
ラムレトも居るなら1人乗り用の目玉は留守番だな。
ふむ、そうだ。ちらりとカミナギリヤさんを見る。
「なによ。行かないわよ。絶対に行かないわ。お、こ、と、わ、り、よ!!
何が悲しくてあんな悍ましい水と塩の混合物を溜め込んだ巨大な水たまりに行かなきゃいけないのよ!!バッカじゃないの!?」
「どーどー!!」
海嫌いの妖精を宥めておく。まぁ行かないだろうと思っていたが。
案の定だったのでカミナギリヤさんにはクルコ果樹園の立ち上げをお願いしようそうしよう。クルコの専門家だろうしな。美味いクルコを成らせるに違いない。
「じゃあカミナギリヤさんはクルコ果樹園担当大臣ということで」
「いつの間にそんな計画立ててるのよ……」
実に渋々としている。頑張ってほしいものである。
「ていうか、じゃああたしは従業員でいいのよね?給料払いなさいよ」
「ギャボーッ!」
出費が増えた。しかしカミナギリヤさんは外部の専門職人であるので雇い入れるのならば給料は出さねばならない。代わりはいないのだ。おのれ人件費。
ぐぬぬ……。唸りながらも仕方がなしに本を開いた。全く、全く!!
「カミナギリヤさんは何がいいのさ」
「里にお土産運ぶからトンネルに物質保護機能とサイズ拡張つけてよ。
キャメロット達を驚かせてやるんだから!!」
「ぬ」
また経理担当としては微妙なところを。ラムレトもカミナギリヤさんもどうしてそう他人を出してきやがるのか。もっともっとわかりやすくすべき。
「それは設備担当社員の社内投資案件として業務内容に含まれるので無しです。別のをどーぞ」
「なによ!!ケチなのか太っ腹なのかわからないわね!!」
何故か怒られた。何故だ。というかどっちだそれは。
ぶーぶーするカミナギリヤさんと経費申請ってなにと考え込むラムレトは放置しておいて忘れないようにガリガリと紙に書きつけておく。えーと、サイズと物質保護とカミナギリヤさんの給料にラムレトの工賃。
紙には長々と確定された出費が書かれている。悲しすぎるだろ。なんという嫌な紙。くさくさしてきたな。これはもう海産物を食い尽くすしかあるまい。
明日出るとして港に着くのにどれぐらい掛かるのやら。
「交通手段はどれにするのさ。いつ着くのだ」
「そうだねぇ。僕は転移とか飛行とかそういうのは専門外だから一般的な手段を取ることになるんだよね。羽兎の次元移動は速いけどあれヤバすぎてバカスカ使うの九龍くんくらいだから。
アナログに馬車だとちょっと掛かりすぎるかな。かといって精霊魔法は怖いし。騎獣なら休み休み走って3日くらいになるけど。
やっぱりここは飛竜かなぁ。変なのに遭遇したくもないしね。九龍くんはどうする?」
「ふぅむ……」
問われた九龍が茶を啜りながら視線をロビーに向ける。壁と天井を見てひとつ頷いた。
「よろしい。ま、私も向こうにぼちぼち顔出す頃合いネ。
20年も見てなければ変化も多いであろ。クーヤ、向こう着いたら綾音呼べるか?」
「む?
まぁ多分大丈夫だと思うけど」
神託とかその辺を調べるのだろうか。確かに最前線というのなら神託も埋められてそうだしスパイも居そうだしな。丁度いいから片付けるかってところであろう。
というか絶対にこのギルドの有り様から逃げるのがメインでむしろ顔出す云々がついでに違いない。掃除が終わるまで逃げとことか思ってるやつだ、賭けてもいい。
しかしまぁ綾音さんの力添えが欲しいというのなら一応ラーメンタイマーで綾音さんに連絡入れておくか。今日は派遣の仕事は休みだし。それにいきなり呼び出すのはよろしくないのだ。
おねーさん達に留守にすることを伝えに行ったのか、立ち上がって受付の方に向かった九龍の後ろ姿を眺めつつ、うーんとラムレトが腕組しつつしみじみと思いを馳せるように頷く。
「九龍くんがこうして普通に表に出てきてるって思えば久しぶりすぎてヤバいよねぇ。総司くんも前線出てたんでしょ?
は~、みんな結構喜んでるんだよねぇ。元気いっぱいに壁にくたばれクソジジイってまた書いてたし。
僕も嬉しいよ。生徒会長もきっと喜んでると思うよ。
2人共もう殆ど引退してたしね。総司くんはグランくんとコールくんに仕事をぜーんぶ引き継いじゃったし、九龍くんもよっぽど珍しい異界人の確認ぐらいでしかもう出歩かなかったよ。それもあったのは2回だけ。
クロイツマインくんみたいなのが直接乗り込んでくるのすっごい珍しいし、ああいうことでもないと九龍くんが相手にするって無くなってたしねぇ。
多分本人もクロイツマインくんがここに来る事が無かったら彼の狩りを最後の仕事にするつもりだったんじゃないかな。状況的に最後の獲物としては悪くなかっただろうし。けど、気が変わったみたいだね。
もう港の方じゃ九龍くんの顔も知らないのが居そぉ。新入りと思われておうおうあんちゃんツラ貸せやとかされたらどうしよう。想像するだけでマジウケる。
生徒会長帰っちゃったの勿体ないなあ」
そういや九龍もゴブリンにそんな感じの事を言ってたな。改めて考えると20年も隠居状態だったのか。20年越しに現役電撃復帰となればそりゃあギルドのおっさん達が喜んでいるわけである。
思い返せば暗黒街でもじーちゃんの姿全然見かけなかったしな。役に立たねぇとか言われてたのは見てたが。
なんやかんや、マリーさん達も今の状態は喜んでおられるのかもしれない。ブラドさんも最初の話の時に正直ここまでだろうと思っていたと口にしていた。
うむ、トンネル開通したらじーちゃんも引っ張り出すか。温泉ばっかり堪能させるわけにはいかない。人生は労働の連続なのである。この世界に定年退職などという概念は存在しないのであるからして。
となればそのうちに生徒会長が居るらしいところにも行ってトンネル付けるか。生徒会面白そうだし。いや絶対面白い。見に行くべき。
「あたしが封印されてた50年、当たり前だけどその間にも時は流れてたのよね。長命種にはそうでもないけど、短命種には20年だって長いわよ。
ま、程々にしときなさいよ。特にクーヤ」
「カミナギリヤくんはお留守番でアンジェラくんもお掃除、じゃあ僕と九龍くんとクーヤくんかな。ヤバ~、なんだかドキドキしてきた。新人の気持ち。
飛竜は2匹用意させとくよ。クーヤくんは乗れないだろうしね。
じゃ、明日の朝にお迎えに来るから旅行の準備をしておいてね。帰るまでが遠足だよ」
「はーい」
用意すべきはおやつにおやつにおやつ、そしておやつだな。午後はクルコ果樹園の基礎工事で夕方は露店巡りといこう。決まったな。
よし、そうと決まれば話は速い。
「これからクルコ果樹園に着手する!!」
「仕方ないわね。あたしも行くからちゃんとクルコ果樹園に相応しい作りにするのよ!!」
「うむ!!」
力いっぱい頷いておく。場所はもう決めている、ジャガラ牧場の隣である。あの辺が空き地である事は既に九龍に確認済みだ。ふははは、あそこはもう私の土地なのである。
2人揃ってギルドを飛び出し外壁方面タクシーのおっさんを捕まえた。クルコだ、クルコが私達を呼んでいるのだ!!両手をスリスリと擦り合わせてからびしっと彼方を指差す。
「おっちゃん、市門までお願いします!」
「ん、ジジイの隠し子か。あいよー」
むむ、九龍がゴブリン戦で私を隠し子呼ばわりしたので完全に隠し子固定にされてしまった。
「あんたいつの間にあいつの隠し子になったのよ。揃いも揃ってロマンスの欠片も無かったじゃない」
「これには海よりも高く山よりも深いワケがあるのです。具体的には自称嫁のゴブリンをフる為にというかなんというか」
「あー、それで大体わかったわよ。
どうせ魅力ゼロ、好みじゃない、フィリアの方がいい、あんたが隠し子、お前を愛することはないこれは白い結婚今この場で離婚するとか言ったんでしょ。
恋愛観終わってるんだから言えることなんてそれぐらいじゃない。アレンジも出来やしないに決まってるわよ。
あんたもほぼ呆然とするばっかりで思い出したようにイヤだイヤだはなせーくらいしか言わないでしょ」
「おっしゃるとおりでございます」
頭を下げて全肯定する。反論の余地一切無し。流石である。全てが完璧だった。やはりカミナギリヤさんはあまりにも強すぎた。圧倒的なれんあいぢからでの優勝である。
完全敗北を喫したところで頭を上げてカミナギリヤさんの分までおっさんに料金の支払いをしておく。これ以上ケチョンケチョンにされたら困るので。




