無賃乗車はご遠慮ください
がっぽがっぽと音を鳴らしながら詰まりを引っこ抜いていく。あまりどぶさらいをされない区画なのか、めちゃめちゃふん詰まっている。これこそまさにどぶさらいの甲斐があるというものであろう。
この区画の最後の大詰め、あちこちから流れ込む水が溜まりすぎて溢れている文字通りの大詰まりを前にジャキーンと鋤簾とトングを掲げた。こちらも抜かねば無作法というもの、見ているがいい。溢れた水を前に吸えとか言われる前にか魔物が口を尖らせながらさっと帰ってった。逃げるのが速い。
とりあえず汚れそうなので雨靴を装備。一歩ぬかるみに向かって足を進めればどぽんと足がそのまま沈んだ。
「おお……」
こりゃあよっぽどの年季の入った詰まりであろう。ここは確か、地図ではかなり大きな排水口があったはずだ。この区画のドブ水の流れ着く終着点という訳だ。大ボスである。
しかしこんな場所が詰まっているとは。こうなると地下水道そのものを見回った方がいいかもしれないな。1日がかりの大作業になるであろうし、ちょっと準備をしてから今度地下に降りてみるとするか。
都市で出た排水は川に流しているらしいので川の方から遡れる筈だ。汚水処理にはスライムとか使っているらしいので育ちすぎている可能性も充分にあるであろう。まぁスライム用にあちこちに鋼線が張ってあってところてんで切られているらしいが。
逆にその鋼線にスライムではなく落ち葉やドロが詰まっている可能性も普通にある。とりあえず見てみましょうかと専門家も言っていたのであるからして。
がりがりと鋤簾で掻きながら考える。先にクルコの苗を処理せねばならないからな。この後はクルコ果樹園の下見と可能であれば作業に着手、その進捗次第であるが恐らく明日いっぱいはクルコ果樹園の農作業となるであろう。下水はその後だな。
うむうむと頷いて熊手で浮いた詰まりを集めていく。集めたところでいざ、このトングで根っこから引っこ抜いてくれる。かっぽじってかっぽじってゆくゆくは私はかっぽじってちゃんとなるのだ。
「ぬぐぐ……」
なかなか重たいな……!!まるでこの詰まりが己の意思で以て万力の如くしがみついているかのような重さ。ビクとも動かない詰まりは最早固まった鉄と言って差し支えない。某はこの場より絶対に動き申さぬ、言葉が無くとも伝わってくる鋼鉄の意思。
やるな、だが負けんぞ。そのさぶらいだましいに敬意を表し、私の真の力を見せつけてやる。四股を踏むように踏ん張る。天にトング、地に鋤簾。我が身こそが天地開闢、それそのものである云々カンヌン。
この小さな身体の隅々まで気合が漲ってゆく。指先から足先まで、丹田を中心とし気が全身を巡る。ぶおおおとオーラすら出ている気がする。カッと目を見開いた。
横にくるりんちょ。
「…………………………」
少し考え込み、溜息を吐きて体勢を上げた。己の事乍ら莫迦と思うしか無いが。致し方がない話だ。
片手に握ったトングで魂無き生命を挟んで持ち上げる。蠢くそれは呪いと魂の残骸の混合物である。こうして蠢いてはいるが正しく生きているという訳では無い。自我も無く、精神も無く、感情すらも無いそれはただ呪いを振り撒きながら流れていくものでしかないものだ。
面倒ではあるが実際放置しておけば更なる面倒を呼ぶ代物であることも理解はしている。トングで挟んだそれを空に投げた。壁や地に叩きつければ地形が変わる。
空に浮いたものを多少力を込めた手で打ち払えばそれだけで次元の壁を抜けて破砕し、光となって太極へと掻き消えていった。顎に手を当てる。労働は最小限、それが己の性質であるが故に。
「む!」
ずごごごごと流れていく水に足を取られそうになりながらも脱出する。よしよし。今日も良いどぶさらいであった。集めたゴミを回収。ごみ焼却場に持っていくとするか。1番デカいゴミが霊子に還ったのは無念だが。
しかしくるりんちょしている間にあの魂のない生き物についてなんか考えた気がしたのだが。まぁいいか。今覚えていないということはわざわざ覚えておこうというほどの気力が無かったということである。つまり考えなくてもいいヤツということだ。
ゴミ袋を目玉の触手に括り付けてよじ登る。ガチガチとトングを打ち鳴らしてからくるりと回転させ、そのままビシッと彼方を示した。
「ごみ焼却場に行くのだ!」
指示すれば目玉はふわーと浮いてそのまま道なりに進み始める。こりゃ楽ちん。ぼちぼち空気にも湿ったものが感じられる。空を見上げてみれば真っ黒な曇天が覆っていた。風の中に金粉も混ざっている。うーん。
これはもうすぐにも雨が降りそうだな。傘も合羽も持ってきていないし、ちょっと急ぐか。
「もうちょっと急ぐのだ!」
びしびしと手の平で目玉を叩いて指示する。私の言葉に目玉がちらりとこちらを向いてからにわかに高度と速度を上げた。うむうむ。
上下に揺れる訳でもないので安定感もあるし、ウルトとは違うのだよ、ウルトとは。やはり乗り物とはこうでなくては。1に安全、2に乗り心地、スピードなどその次の次の次あたりである。
ウルトには二度と乗りたくない。あのジェットコースターペドラゴンめ。右に左に曲がって進む目玉をすれ違う住人達がうわぁという顔で避けていく。高さがあるのだからぶつかりはしない筈だが。何故逃げるのか。
たまに子供っぽいのがキラキラした目で見上げてくるが真っ青な顔の親っぽいのがすっ飛んできて回収していく。ちょっと悲しい。まぁそのうち慣れるだろう。多分。あの妖精の里の人達もなんだかんだ私に慣れていたし。多分……そのうち……。
つらつらと考えていたところで。ふと、影が差した。
「ぐえっ」
私の背後に頭上からどふっと落下物ひとつ。突然の衝撃に目玉がぐらりと傾いで墜落しかけたのをバタバタと羽を動かしてぐるぐる回ってバランスを取る。なんじゃー!!
「騒がしいから何かと思えばクーヤだったアルか。何してるネ」
上から愛すべき目玉ちゃんに着地をしてきたのは九龍だったらしい。上からとなると建物の屋根ぐらいしかない。猫かなんかか。
ぐいぐいと前に押されて無理やり目玉に同乗してくる。おのれ無賃乗車だ、許されんからな!馬に横入りしてきたブラドさんといいどうしてこうも私の乗り物は奪われがちなのか。
「私はどぶさらいの帰りなのだ!えーい、私の乗り物にタダで乗るんじゃない!」
「ギルドに私の目の色した奇っ怪な空飛ぶ目玉モンスターの苦情来てるらしいアルが」
「はいすいませんでした」
全面降伏だった。カラバリ変更したことで益々奇っ怪さぶち上げギャルモンスターと言われればぐぅの音も出ない。手は出されないが苦情は来ていたらしい。しかも無許可で九龍の目玉色にしていたのだった。忘れていた。
「まぁいいアル。しかしこいつ便利アルな。
このままギルド行くネ」
「ご乗車ありがとうございます。当ラブリープリティープレシャス目玉号はごみ焼却場経由ギルド行きとなっております」
「よろし」
いいようにタクシーとして使われてしまった。ぐぬぬ。しかしこれで空飛ぶ大目玉の許可は貰ったようなもんだ。よし、いっちょ乗り回すか。
しかしフィリアもカミナギリヤさんもそうだったが何故同乗者は私の頭にのしかかってくるのか。狭いのはわかるが体重掛けてくるのをやめろと心から言いたい。
目玉をパワーアップさせて馬力を上げるべきだろうかと思う程度に定員オーバーにふらふらしつつごみ焼却場に辿り着いたのでなんとか受付に触手からゴミを回収してもらって受付書を貰う。降りようにも上に居るのが一切どこうとしないので。ええい、重たいぞ!
ぐるりと回転して再びギルドへ向かう。ごみ焼却場からはギルドも近いので無事に雨からは逃れられそうだ。同じくごみの廃棄に来ていたらしい冒険者のおっさん達がぎょっとした顔でこちらを見上げている。見てないで後ろのデカい猫をなんとかして欲しい。
しかし私が先に見捨てたように当然のように冒険者のおっさん達も私を見捨てた。これが因果応報ってヤツなのであろう。情けは人の為ならずとはよく言ったものである。明日からはちゃんと人を助けますと固く決意した。
目玉ももう頑張れませんとばかりにふらふらしている。がんばれ目玉。あっちにふらふら、こっちにふらふらしつつもなんとかギルドに辿り着く。
まだ掃除していた。絶望的な顔で壁を磨いている。天井などは未だ手もつけられていないらしい。明日から人を助けるのだから今日は助けなくていい、ヨシ。
ギルドの出入り口に目玉を寄せてアーテステスマーインテスと呟いてからアナウンス。
「終点、ギルドです。ギルドです。お忘れ物のないようにご降車ください」
「ん」
何故か首根っこ捕まってそのまま降りられた。ぐえー。私は持ち物でもなんでもないのだが。おのれ、ここ最近とみに私の人権が無いことになっている。所持品扱いすな。いや人権ないのではと言われたら確かに……としか言いようがないが。
こうなれば今後は私の人権取得に向けて大いに活動するしかあるまい。時代は人権尊重の時代なのである。カグラもそう言っていた。カグラに人権はないが。
取り敢えず目玉をどうするか考える。ギルドの中に入れると流石に邪魔だし私の部屋でも邪魔である。かといってその辺を彷徨わせるわけにもいかない。よし、ギルドの最上階に広間があったからあそこに置いとこう。窓も開いてたし目玉も入れるだろう。
「上から入って広間に待機しておくように」
ギルドの上を指差して目玉に指示しておく。目玉は私の言葉にぱちぱちと瞬きするとそのままふわーっと浮いていった。まぁこれでいいだろう。取り敢えず昼食にしよう。というか私が捕まってるのもしかしてもしかしなくてもまさか昼食用の食券目的か。クソッ、どか食い春祭り野郎めが。
まぁギルドの食堂は確かに閉鎖状態ではあるだろうが。何を頼んだって出てきやしないだろう。というかこの有り様のギルドで昼食にするのか。あまりにも精神が太すぎる。
しかし気にしなくていいと言われたのを1億分の食券に引き換えてしまったのは私なので文句も言えない。粛々と食券の消費に勤しむのみである。ついでにゴミ受付書を提出しておいてどぶさらいはこれでよし。
食堂の方へ行けば精神が太すぎる連中は他にも居たらしく持ち込んだらしい食事をむしゃむしゃとしている。中にはレアのステーキ肉を食べているヤツすら居た。心臓もふもふすぎないか?
「あら、クーヤじゃない。
ギルドすっごいことになってんだけどこれクーヤがやったってマジ?」
カミナギリヤさんも精神ゴン太妖精だったようで食堂でもぐもぐとパンやらスープやらを食べていた。スープが赤いのがヤバい。もうヤバスープにしか見えないがカミナギリヤさんは普通にスプーンで掬って口を付けている。うおお……。
ラムレトも戻ってきたらしくちゅーっと真っ赤なジュースを飲んでいた。なにか赤い果肉が浮いているのがヤバさのレベルを跳ね上げている。マジかこやつら。正気とも思われない。
周囲のゴン太野郎達だって流石にそんなものは食べていない。いや、ステーキ肉野郎は1人居るけど。
「いいえ私ではありません」
取り敢えず否定しておく。私ではないのだ。
「ちょっとクーヤくん~。嘘はよくないなぁ。
僕はちゃんとこの目で見てたよ、クーヤくんのビッグボディに跳ね返って哀れにも高度1万くらいからノーパラシュート飛び降りしたみたいになった僕のお嫁さんを」
「気のせいだな、うむ。
ラムレトの嫁はそこで元気に食べられてるぞ」
キャベツを食っているおっさんを指差しておく。
「1番きれーきれーに喰ったのは悪魔だったアルなぁ」
「確かに精算のお残しは指くらいだったね」
ひょいと首根っこ掴まれたままだったが椅子に据え付けられた。どうやらここで昼食タイムらしい。言われてみればアスタレルが1番綺麗にしてたような……?いやそんなことはないな。うむ。
メニュー表の如く開かれる本を見ながら私の分としてジューシーなミディアムレアステーキセットを出した。まぁ美味そうだったので。食べ物には別段罪はないのである。




