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夜19時

 これは詳細を省くが、結論だけ言うと僅か一日で派遣打ち切りとなった。

 いやモニャモニャしつつも折角なのだからと少しは働かせたのだ。報酬が最悪すぎた。一晩中羊にへばりつかれ、足と腕が痺れるまで兎をブラッシングし、貴重な昼休みを潰し腹に乗せた蛇を真顔で撫で続けた。喫暗黒神ちゃんやめろ。

 二度とやらねぇ。というわけで自らの首をキュッと締める事となってしまった暗黒神ちゃんは悲しいかな、提示してしまった報酬のせいで悪魔を働かせることが出来ないという本末転倒な事になった。

 クソッ、お金とか食べ物とか宝石とかを要求してくれれば良かったのに。何故に私の行動に報酬を求めてくる。意味ないだろ。何が満たされるというのだ。嫌がらせか?嫌がらせで報酬潰すな。

 牛乳飲みつつテーブルで練り切りを串で花型にしている九龍相手に管を巻いているとガラリンガラリンと扉の鈴が鳴った。


「マスター、今日は2区画を終わらせておきましたよ。神託が発芽した人はやっぱり少ないようですね」


「呪いが多いとは聞いていたが。信じがたい数だ。選別だけでも時間が掛かるだろう」


「肉。肉肉肉。肉」


「おおー」


 やはりチーム大罪しか勝たん。レガノアだって人間優勝だと言っていた。全く間違いない。人間最高。全員人間最高って言え。

 元人間だし少なくとも目の前の3人は全員絶望しか無い世界出身で世界に絶望チームでもあるというのは瑣末事だ。

 改めて3人をしみじみと眺める。

 記憶は薄っすらとしており、細かなところは思い出せない部分も多い。直近の綾音さんですらそうなのだ。クルシュナとイースさんの記憶もかなりおぼろげである。

 クルシュナとイースさんは本人達曰く、少なくともイースさんが先でクルシュナが後とのことだが。

 ただその順番というのも取り憑いてきていた私の様子からによる推察らしい。本人達への聞き取りによるとイースさんは私を会話不能でただ見てきているだけの存在と認識していた。クルシュナは意味は通じずとも会話自体は成立していた、らしい。記憶にございません。

 まぁそんなわけで多分クルシュナの方が後だったという結論になったとかなんとか。

 私が覚えている事と言えば命懸けで守っていた筈の世界に守る価値が何も無かったという綾音さんの泣き顔に、長命種でありながら知性を得た時点でどん詰まりととなった世界で最後に助けられぬ患者の存在を受け入れたイースさんの失意の顔、何を食べさせても死なないし何でも食える事で世界のゴミ処理場になってゴミの中に埋まって誰からも存在を忘れられていたクルシュナの虚無顔、そういったものだ。

 まぁ3人共に今はなんとはなしに元気いっぱいなように見えるし、あれよりはいいんじゃないだろうか。今にして思うと割と悲惨だったような印象しかないし。

 しかもなんかほんのりと他の連中もそんなんだった気がしている。

 こう……私は多分だが人間を眺めるにあたって完全なるランダムなどではなく最初は恐らくだが因果値がバカ高い魂を選んでいた筈だ。人間の極地みたいなものを。

 だからそういう人が多いのだ。別に私が取り憑いていたせいで人生ずっと不幸というわけではない。……筈だ。うむ。多分。きっと。思えば綾音さんの後は完全に主観で選ぼうとしていたような気もするが気の所為とする。その辺りで自我らしきものが確立されたのだろう。

 頷きつつも報酬を用意する。綾音さんはおやつに日常系アニメと戦隊モノの円盤。イースさんは珈琲に医療器具に医療本。クルシュナは肉。わかりやすくて実によろしい。報酬とはかくあるべきだ。

 綾音さんはちょっとでも鬱要素や諍い、ビターエンドみがあると静かに発狂するので楽しみというより精神的治療の趣があるしイースさんも医療本だからと言って助からなかった患者の医療記録をまとめた本を渡すと無言で胃薬と抗鬱剤を飲むので割と厳選の必要があるのだが。

 クルシュナは何も考えずに肉でいいので安牌極まりない。お前が優勝。いい肉をやろうな。

 報酬もそれぞればっちり渡しておけばこれでヨシ。WIN WINというわけだ。ビバ健全な社会。これこそホワイト。素晴らしい。言う事無し。

 金貨をすすっとテーブルの上を滑らせて練り切りをガメる。うまうま。芸術性は高いが遠慮なく我がイカ腹に収めてくれるわ。


「下を働かせるだけで飯食ってぐーたらしているだけの状態は私とほぼ変わらんアルが。血縁説を補強してくるのやめるアル」


「オトウサンオニイチャンオジイチャーン」


 デコピンを食らった。何をするか。そっちだって日々揃って朝食昼食夕食夜食を食いまくっているせいで血縁説を補強しているのだ。私だけの問題ではない。

 なんならメロウダリアをよしよしするのに男姿を取らされたせいで実は弟までいる説が出てきているのを私は知っている。負けんぞ。


「綾音、今日は何人居たね?」


「今日は0です。初日に刈り取った分で終わりかもしれませんね。

 それと、依頼の内容ですが神託の芽の除去は私には難しいです。二代目とはいえどレガノアの力による生成物ですから」


「ふむ、神託除去は金掛かるいうてたアルな」


「マスターの本頼りになります。咎人の枷のように軽く外せるものではないですからね。

 魂そのもの、という程ではありませんが魂のもう一、二次元外程に癒着しているものです。無理に引き剥がせば精神に大きな影響が出るでしょう。霊子レベルでの技量が求められます」


「根治治療よりも対症療法に舵を切るほうが現実的アルか……」


 腕を組んで難しい顔をして黙ってしまった。まぁ愛とかいうものに反応することを思えば難しい問題であることはわかる。何故ならお父さん兼お兄ちゃん兼お祖父ちゃんには綾音さんお墨付きに愛が無いからだ。うはは。


「マスターも肉体なんてちゃっちゃと捨てて精神体として生きたら神託問題は万事解決じゃね?なんて言うくらいには人の心がありませんけど」


「あっ!綾音さんバラしたらダメです!!」


「そんなん言うてたアルか」


「あと生まれ変わったら植え付け直しなんだし一気にいっぱい死んだら処理落ちして破綻するのでは?精神と魂の保護はやっとけば結果的に問題ないしなんて事も言ってました」


「こりゃあたまげたアルなぁ……」


「ノーーーーーーーーン!!!」


 あれはメロウダリアを撫でさせられている私に綾音さんが聞くからちょっと偏ってただけですぅー!!めんどくさいのが嫌が最優先にされてるからちょっとアレなのだ。しかも私っぽい言葉に言い換えるの止めて欲しい。誤解なんです!

 両腕を振って空気を散らしておく。危ない危ない。よし、このまま空気を変えよう。


「なんかそういうのはイースさんがいい知恵を持ってそうですな」


 したり顔で頷いておく。実際、長命による心の病が問題になっていた種族であったと言っていたし、そういう手段は確立されてそうだ。


「そこで小生を選ぶ辺りが人が悪いな。確立されていたのならば小生はここには居ない。魂と精神と感情の制御を小生は断念した。癒えぬ病は確かにあったと小生は認めた。

 ……小生個人でなくとも精神の鈍化は長らく社会問題ではあったが。取られた手段は幾つかあるが最終的にはガス抜きによる延命が常套手段となっていた。ここでもそうなるだろう」


「ガス抜きアルか……」


「最も推奨されたのは娯楽の類だ。薬剤なども最初は提示されたが、それは手のつけられん治安の悪化を招いた。

 故に、社会崩壊に至らぬ程度の娯楽の全てが認められた。合意であれば加害行為も罪に問われない。何万、何億の時間をただ暇潰しに費やし続けるのが小生らの種族の生き方だった。

 だが、この都市の規模で一感情のみの問題であればある程度はコントロールが可能だろう」


「ふむ……」


 顎に指を当てて考え込んでいる。しかしこのメンツで考えていても何も出てきそうに無いが。絶望的メンバーだ。

 というわけでガラリンガラリンと今しがた入ってきたおっさんを捕まえる事にする。

 ダッシュで飛びつき逃げないように確保。


「愛に飢えないようにするにはどうすればいいと思います?」


 ぐいぐいとズボンの裾を引っ張りながら問いかける。なんかこう、いい感じにして効果的で安上がりな手段を提示して欲しい。

 さぁ!!


「えっ……、そりゃあ夜のお店だろ。かわいいお姉ちゃん達にチヤホヤされれば大体解決する」


「クソな手段だな」


 いやでもガス抜きという手段に限ればまぁ……ありなのか?いやしかしそれで解決するのはおっさんだけだろ。相手をさせられるおねえさん達のストレスがヤバそうだ。

 次は受付のお姉さんをふんづかまえる。依頼書の束を持って微笑んでいるお姉さんは華麗に避けた。


「愛に飢えないようにするのはどうすればいいのだ!!」


「えっ……。これですかね?」


 受付の死角からすっと本がチラ見させられた。生徒会長総受アンソロジーと書いている。


「腐った本ですな」


 私の部屋にあったアレも受付嬢達の趣味か。それの認可は難しいと思います。いや生徒会長には犠牲になってもらうか?悪くない気がするな。

 情報を収集したのでさっさと撤収。


「夜の店と腐った本だってさ」


「後者はノーコメントにしておくアルが。前者は有りっちゃ有りアルか?

 私の世界でも金持ちは大体脳みそ以外は肉体が無くなったっつーのに接待の場としていつまでも無くならなかったアルからな。

 私興味ないからわからんアル。誰ぞに適当に仕事を振っておくよろし」


「夜のお店ですか……。すみません、私そういうのはちょっと……。

 前の世界で嫌なことがあったので……」


 というわけでノーセンキューする綾音さんと肉以外に興味ないクルシュナは除外。イースさんもあまり得意分野ではないとの事で除外。

 私もばっくれようとしたが襟首掴まれて確保された。何故だ。私にだってわからんぞ。じたじた暴れるがクソジジイはビクともしない。

 そのまま近場の受付嬢とおっさんズを捕まえて何やら指示を始めてしまった。ぐえー。巻き添えにしてやるアルという鋼の決意が感じられる。カミナギリヤさん辺りを差し出せば逃げられないだろうか。カミナギリヤさんとアンジェラさんは私を見捨てたので。

 それにしても夜のお店の運営指示をするギルド総裁とか世も末だ。というかどう考えても私は関係ないだろ。離して欲しい。振れば飯が無限に出てくる幼女と思ってないか?

 ふと目の前に影が差す。顔を上げた。受付のお姉さんが笑顔で依頼書の束を突き出している。無視した。バックルームとかいうヤツは知らないが神託と呪いはチーム大罪が請け負っているというのに、何故私に来るのか。

 なんか段々と北大陸のギルドのような状態になりつつあるのが若干感じ取れるのだが。変な依頼とわけのわからん依頼と厄災級の依頼が何故か私に回ってきているのを肌で感じる。よく考えたら北大陸よりも増えていた。おのれ。

 あと私の場所を特定したらしい北大陸からまた安眠枕の制作依頼が流れてきているのが気になる。何回安眠枕を作ればいいんだ。北大陸には不眠野郎が溢れているに違いない。


「建物は適当に見繕え。外観と内装任せる。実験的に一店舗。不衛生な有り様にしたら沈める。薬は論外、発見次第にまとめて沈める。

 治安悪化させたら潰す。神託対策アルから効果無いと見做しても潰す。神託に効果無くても役に立つなら残す。私に手間を掛けさせたならまとめて更地。

 管理者は……そうさな、セイトカイチョーにしときたいとこアルが。女関係するとうるさくて碌なことにならねーアルからなぁ……。

 ……ふむ、考えたアル。やっぱりセイトカイチョーにしとくヨ。

 以上、問題あるか?」


「問題あっても九龍様に言えるわけないじゃないですかぁ……ありませんですぅ……」


 おねえさん達は半泣きになっている。店舗改築に駆り出されるであろうおっさん達もうへぇという顔だ。この貫禄、間違いなく日々をこんな感じで無茶ぶりで過ごしていたに疑いない。

 夜のお店だなんておっさん達は大喜びしてもいいとこだろうに九龍が一枚噛んでいるというだけでこの面構え。娯楽が仕事になってしまったのだ、そりゃあ絶望であろう。これ神託に効果ない気がするな。

 しかしフィリアは勿論のこと、回復したらおじさんも店員として雇入れて貰うべきだろうか。おっさん達はフィリアにとってコロコロ手の平の上であろうしおじさんが居れば吸血鬼がこぞって貢ぎそうな気もする。


「クーヤいれとけば悪魔が阿呆のように貢ぐじゃないか思てるアルが。雇われる気は?」


「無い」


 何で私を掴んでいるのかと思えば店員枠かよ。やめやめやめ。地獄で散々に構われまくったのだ。例え貢がれようがもういい。

 むしろおねえさん達向けに九龍ウルトにブラドさんクロノアくんを店員に店を作るべきだろう。オーナーはマリーさんで。


「九龍様、でも管理者を生徒会長にするんですか?すぐに経営破綻するのでは……?」


「私女使う気無いネ。女装した男でも放り込んどくよろし。セイトカイチョーでもこれなら問題無いアル。なんならセイトカイチョーも女装させて放り込むヨ。

 ギルドの一部が喜ぶアル」


「オカマバーじゃんか」


 夜の店は夜の店だったが、まさかの自由都市2丁目が爆誕した。いや確かに……愛に飢えている人々を男女問わず癒やすという……そういう観点では有り……なのか……?

 人生相談所として割と有効なのかもしれないな。うーむ。

 なんとなくあのユグドラシルの事を思い出した。スルメ愛好委員会会長としては放り込んでおきたい人がいたな、と。その時はブラドさんを客として付けたのだが。今は叶わぬ残念なことである。


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