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僕と常盤さんは、〇〇出版から電話を貰った翌日、編集者の山崎さん、そして轟先生に会うために関東のとある街にいた。
「なるほど! ここに、轟先生がいるのか⁉︎ 」
電車を降りた常盤さんは、関心するような口調で言ったが、それには僕も同感だった。
少し前に僕と花梨と常盤さんの三人で、パンドラの契約者の舞台となる街へ取材? に行ったが、その街と駅2つ分しか離れていない。
「きっと、先生はこの街の土地勘があるんだろう」
その時、常盤さんは、そんなことを言ったのだけど、その通りだった訳だ。
改札を抜け、待ち合わせの場所である駅前のオブジェまで辿り着くと、そこには、眼鏡をかけた中肉中背の男性がベンチに座っていた。
どうやら、あの人が編集者さんらしく、常盤さんはスタスタと足を運んだ。
あちらもこちらに気づいたらしく、ベンチから立ち上がる。
「やあ、山崎さん、久しぶりじゃないか!」
「お久しぶりです……正直、もう2度と会う事はないと思ってましたよ」
「そうかい? 私の方は、いつか必ず会う事になると思っていたがね」
そんな感じで短いやりとりを終えた後、常盤さんが僕に水を向けた。
「こちらが、漫画の作画の瀬戸さんだ」
促された僕は短く名乗った。
「はじめまして、瀬戸です」
「こちらこそ、はじめまして、〇〇出版社の編集者をやっている山崎です。本来ならこちらから出向く所なのですが、わざわざ、遠い所まですいません」
そう言って頭を下げる山崎さんに手を振った。
「いえいえ、気にしないで下さい」
本心だった。更に常盤さんが捕捉した。
「こちらが、轟先生に漫画を描かせて下さいとお願いする立場だからな……ところで、本当にお会い出来るのかな?」
「ええ、先程、連絡がありましたが、もう待ち合わせ場所に到着しているそうです」
「おお! なら待たせる訳にはいかないな! すぐに向かおう!」
「わかりました。すぐ、そこですよ」
常盤さんに急かされて、山崎さんは歩きはじめた。
僕はそんな二人の後を若干遅れながら付いていったのだが……。
ーーどうしよう……少しまずいなあ……。
何がまずいかと言うと、今から轟先生と会い、漫画の連載の打ち合わせをするという行為に感動して泣いてしまいそうだ。
大袈裟に聞こえるかもしれないけどマジだ。ここ数日は、ずっと感情の起伏が激しくて自分でも制御できていない。
理由は、もちろんパンドラの契約者をネットに流した事だ。正確には、それに対する反響だ。
パンドラの契約者をネットに流してから、まだ4日だが、正直、予想の100倍の反響が来た。はっきり言って、漫画家をやっていて初めてのことだ。
そして僕は、漫画がつまらないねって酷評されることには、ある程度慣れているが、漫画、面白いねって褒められることには全然慣れていなかった。
だからここ数日、僕は普通じゃない。
例を挙げるなら、2日前コンビニで買い物をして、店員さんから、
「ありがとうございます」
そう言われた時に、ボロボロと泣きだしてしまった。
「どうしました⁉︎」
って、尋ねられても答えられず、
「いえ、なんでもないんです!」
そう手を振りながら店を出るしかなかった。今振り返ってみても恥ずかしい。
とまあ、今の僕はそんな状態で、今から、漫画の連載の打ち合わせだ。
常盤さんに、轟先生に、編集者の山崎さん、これから長い付き合いになるかもしれない3人の前で醜態を晒す訳にはいかないのだと、自分に言い聞かせた。
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打ち合わせの場所は、5分程歩いた所にある喫茶店だった。
中に入ると、奥の方のテーブルに一人の男性が座っていた。
そして、
「おまたせしました、轟さん」
「いえいえ……」
山崎さんとそんなやり取りを交わしたんだから、この男性が轟先生に間違いないんだろうけど、僕は唖然としてしまった。常盤さんもだ。あんぐりと大口を開けている。
なぜなら、どう見ても目の前の男性は、定年を迎えている様にしか見えない。
テーブルに座って、僕らが軽く名乗った後、早速、常盤さんが尋ねた。
「轟先生でしょうか?」
「はい」
「あの……失礼ですが、お幾つでしょうか?」
「今年で72になります」
「72……」
驚き過ぎて、常盤さんは二の句が継げなくなった。気持ちはわかる。僕も勉強の為に轟先生の作品は全て読ませて貰ったが、主に少年少女のファンタジーを書く先生が、まさかの70越えとは夢にも思わなかった。
「思っていたよりもジジイで驚かせましたか?」
その佇まいからして、驚かれているのに慣れているようだし、僕らの反応を面白がっているようにも見える。
「ええと……その……正直、意外でした」
僕がしどろもどろに答えると、轟先生は好々爺といった感じで笑った。
止まっていた常盤さんが再起動した。大ファンなだけあって、口調が凄い。
「え? 轟先生の初作品であるリミットオーバーは、確か18年前に出版されましたよね⁉︎ 50を越えてからライトノベルを書き始めたんですか⁉︎」
「はい。51の時に執筆を始めました。パンドラの契約者だけじゃなくリミットオーバーも見て頂けましたか?」
「先生の作品はリミットオーバーから天空のフルールまで全て見ています!」
「おや、それは嬉しい」
「先生の作品の中ではパンドラの契約者が一番好きですが、それはそれとして先生の作品はどれもこれも最高です! 私の生きる糧と言ってもいいくらいです! ……ですが、何故、50を越えてからライトノベルを?」
「ちょ、常盤さん!」
流石に初対面にしては、ずいぶんとぶしつけな質問なんじゃないかって思って口を挟んだんだけど、
「いえいえ、隠すような事でもないですし、これからのこともありますから、自己紹介をするのも悪くはないでしょう」
轟先生はそう言って、語り始めた。
「私が小説に興味を持ったのは、まだ10代の頃。たまたま友人から借りた、少年が旅をするファンタジー小説に惹かれて、色々と読むうちに自分も物語を書いて見たいと思う様になったんですなあ……」
「ほうほう!」と、常盤さん。
「ですが、私の父と母は良いところの出でしてね、息子である私にも、一流の大学に入って大企業に勤めることを期待していたんですな。……そして、私はそんな二人の期待を裏切れなかった。小説家になりたいと言い出すこともなく、大学を出て大企業に就職しました」
臆病でしょう? と、轟先生は問いかけて来たが、僕は首を横に振った。
そこで周囲の人の反対を押し切って進み、鳴かず飛ばずの20年を過ごした自分を省みると、むしろ堅実でしっかりしていると思う。どちらが良いかなど一概に言えるもんじゃない。
「それから私が35の時に二人は亡くなったんですが、その時には、結婚もして子供もいましたから仕事を手放すことなど考えもしなかったですな。その後も運に恵まれたのか、50の頃には結構な役職に就いていたのですよ。ですが……丁度その頃に息子も大学を卒業し、働き始めた所で妻に言われたんですな。もう、子供も独り立ちしたんだから好きな様に生きれば? と。……別に仕事に辞めたいと言ったことも、小説を書きたいと言ったこともなかったのですが、妻にはお見通しだったらしい……」
「それは、いい奥さんですなあ!」と、常盤さん。
「ええ、私にはすぎた妻でした。そして、背中を押された私は仕事を辞め、ペンを取り、幸運にも本を何冊も出させて頂いたのですが……」
そこで言葉を切った先生は、僕ら二人を見つめながら、ふかぶかと言った。
「まさか、打ち切りになった私の小説を漫画にしようなんて酔狂な人がいるなんて、夢にも思いませんでしたよ。初め、山崎さんから話を聞いたときは、山崎さんの言っていることが理解出来なくて、これは、とうとうボケが始まったのかと、見当違いの心配をしてしまいましたよ」
「……ええっと……」
先生が本気で言っているのか? それとも冗談で言っているのか? ちょっとわからない。なんと返事を返すべきなのか迷う内に話が進んだ。
「漫画も見させて貰いました。動画によると、あれは貴方が?」
「は、はい」
「原作者である私が言うのもなんなんですが……大変面白かったです。最初に見た時は年甲斐もなく興奮しました。あんまりにも興奮し過ぎて高血圧でぽっくり逝ってしまうかと思ったくらいです」
「え? ……ええっ? ……あ、ありがとうございます」
「私としても、パンドラの契約者はまだ途中で未練があります。貴方たちが漫画を描くというなら、喜んで続きを書きましょう」
「!!!」
ーー本当ですか⁉︎ と、返そうとしたら、隣で叫び声が上がった。
「おおおっ! 本当ですか⁉︎ おおおおおおお!」
横を見ると、常盤さんが全身で喜びを噛み締めている。
「……常盤さん……」
駄目だ、壊れた。
でも、常盤さんだから仕方ないか。と思うあたり、だいぶ僕も毒されている。
一方で、常盤さんの奇行な言動に慣れていない轟先生は目をしばしばさせていた。
そんな先生に、雄叫びを終えた常盤さんが、ふと真顔に返って、
「いや、嬉しくて、つい……ところで、轟先生は、今現在、天空のフルールを連載されていますが、パンドラの契約者も同時に、となると、お体にはさわりませんか?」
と、そんな質問をした。
うん。それは僕も気になった。
それに対して、轟先生はさらりと言った。
「そうですね、確かに大変でしょうが……しかし、どの道、この年になれば、いつ、何があってもおかしくありません。なら、今が人生最後と腹をくくって執筆に全ての情熱を傾けるのもいいでしょう」
ーーいやいや、良くない。良くないよ。
とっさに、そう思ったのだけど、僕らが何かを返す前に、
「とまあ、冗談はこれ位にして置いておきましょう。ーーお二方、パンドラの契約者をよろしくお願いします」
と、頭を下げてきた。
どうやら、今までのアレは冗談だったらしい。轟先生もけっこうな変わり者だ。ただ、今の言葉には真剣さと誠実さが感じられて、
「お任せ下さい、轟先生!」
「精一杯、取り組むつもりです」
と、僕らも誠意を示す為に頭を下げた。
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「いやー、おかしな人だったな。ーー流石、あの数々の名作を作り上げた轟先生だ」
「先生も常盤さんに対して同じことを言ってましたよ。ーー流石、小説の続きを読みたいと言う理由で漫画家を雇うだけあって、おかしな方ですなって……」
僕と常盤さんは旅館でお酒を準備しながら、今日のことを語り合っていた。
急遽予約した旅館は純日本風だが、コップに注いでいるのはシャンパンだったりする。ワイングラスではなくコップなあたり、僕も常盤さんもワインに対するこだわりはあんまりない。
僕は普段、お酒は飲まないし常盤さんだって飲まないらしいのだが、今日は連載が決まった祝いに飲み明かそうって、打ち合わせを終えたあと自然に決まった。
「轟先生も誘えば良かったんだけどな……」
「いや、流石にお疲れのようでしたし、また今度、暇な時にしましょう」
「なら、いつか、パンドラの契約者が映画化したら3人で飲み明かそうか?」
「気が早すぎるでしょう……でも、そうですね……いつか、そんな日が来るといいですね……それにしても、疲れました……」
「そうだなあ……」
あれから、打ち合わせがだいぶ長引いた。
始めたのがお昼過ぎだったのに、終わったのが20時を過ぎた頃だ。お年である轟先生は最後の方、かなり疲れが目に見えていた。
「常盤さんが譲らないから悪いんですよ?」
「そうは言ってもだなあ……」
僕のセリフにバツが悪そうな顔をする常盤さん。自分が打ち合わせを長引かせて、轟先生を疲れさせてしまったことは気にしているようだ。
途中まではスムーズに行っていたんだ。
あれから漫画を見た上で轟先生との意見交換をしてから、山崎さん主導による、月刊誌への掲載の打ち合わせが始まった。
驚くべきことに、約一月後、つまり10月の末に掲載が決まった。しかも1話2話を同時に掲載したいと言われた。
そして、次の12月号では3話と、まだ作っていない4話を掲載して、その次の号からは普通に1話ずつ掲載して欲しいそうだ。
ずいぶんと特別扱いだ。
山崎さんとしては、ネットに流していない部分を、出来るだけ早く、雑誌に掲載したいらしい。
かなり早急だが、むしろ、僕としては望むところだった。常盤さんや轟先生もそれで了承した。
そんな感じで漫画の内容や掲載方法に関しては割とスムーズに進んだんだけど、原稿料や印税といった報酬の所で揉めた。
いや、本当に揉めた。
揉めた理由は、僕らが3人だったからだ。
普通は小説のコミカライズは作家と漫画家で報酬を分配するし、編集の山崎さんがこれまでの経験に基づいて、妥当なラインを提案してくれるのだが、僕たちは原作の轟先生、ネームの常盤さん、作画の僕という3人体制だから、前例がなかった。
だから3人で話しあったんだけど、まず常盤さんが、先生、常盤さん、僕で、4割、1割、5割と当初言っていた分配を提案したんだけど、轟先生が待ったをかけた。
「貴方も創作に関わっているのに1割はおかしい。瀬戸さんが5割なのはいいとして、残りの5割を私達で折半としませんか?」
先生は、そう提案したのだが、
「いいえ、とんでもない! 轟先生の報酬を減らすなど滅相もない!」
と、常盤さんも譲らなかった。
そこから先は平行線だ。
「老い先短い私よりも、若者が、より優先されるべきではないかね?」
「何を言っていらっしゃる? 先生はまだまだお若い! これからの人でしょう!」
互いに相手の報酬を増やそうとする、若干、馬鹿らしい言い争いが続き、僕に意見を求められもしたが、
「なら平等に三等分でどうでしょう?」
「「却下!」」
うん、とにかく大変だった。ほんと、いつまでたっても終わらなかった。
そんな不毛な議論に終止符を打ったのは、ここにはいない花梨だった。
一応、状況次第だったんだけど、元は日帰りのつもりだったんだ。
だけど、日が暮れた辺りで、今日中に帰ることを諦めて、花梨に電話したんだけど、その時に事情を話したら、
「ふーん……お父さん、ちょっと常盤さんに代わって、代わって」
と、言われて常盤さんにスマホを渡し、二人が二言、三言、言葉を交わすと、常盤さんはそれまでの意固地さが嘘の様にアッサリと引き下がった。
結局、報酬は、轟先生が3割、常盤さんが3割、僕が4割、というラインで落ち着いた。
「そう言えば、花梨に何を言われたんですか?」
「ん? ああ、あの時か? ……あの時、花梨ちゃんには、『きっと、お父さんも轟先生も常盤さんに只働きをさせて死ねって思われたくはないと思います』そう言われてな」
「ああ、なるほど」
確か、律子ちゃんに手を貸して貰った時にそんなやりとりがあった。
「人間、意外と自分のことには気付かないものだ……さて、とりあえず乾杯といこうか?」
そう言ってシャンパンが並々と注いだコップを持ち上げた。そして、僕に言う。
「瀬戸さん、私の夢を叶えてくれて、ありがとう」
その言葉に、思わずぐっと泣きそうになったけど、事前に心構えをしていたのが功を奏した。
「こちらこそ、貴方のおかげで、連載が決まりました」
その言葉と共に、常盤さんとグラスを合わせた。
カチャンという音をさせ、そのまま、コップを空にした。
「結構、イケるね?」
「ええ、まあ……」
僕は、普段お酒は飲まないけど、飲めない訳じゃない。
そして、どうやら常盤さんも似たタイプらしく、あっさりとコップを空にした。
結局、その日は、僕ら二人でシャンパンを3本空にした。
……。
……。
それから、一月後。
パンドラの契約者が、とある雑誌の新連載として、表紙を飾った。
発売日、当日。
僕は「ついに発売日か」と、そわそわしながらも、特別、何かをするわけでもなく、普段と変わらず漫画を描いていた。
というより、発売日に漫画家に出来ることは意外と少ない。もう印刷されて世に出回っているのだから、修正の仕様がないし、アンケートなどのリアクションが返って来るのはまだ先のことだ。
だから、今の僕に出来ることは、来月、掲載される第4話をキッチリと完成させることだ。
そう思っていたんだけど、夕方、山崎さんから連絡が来た。
「と、言う訳なんですよ! ……ですので、来月号でもパンドラの契約者を押していくので、原稿の方よろしくお願いします!」
「はい……わかりました」
興奮気味の山崎さんに、僕はぼんやりと返事を返した。どうにもピンとこない。現実感がないと言い換えてもいいかもしれない。
電話を切ったあとも只々ぼんやりとしていたら、
「どうしたの、お父さん?」
花梨が怪訝そうな顔で尋ねてきた。丁度いいから聞いて貰おう。
「今、山崎さんから電話があったんだけど……」
「うん」
「色んな本屋で雑誌が売り切れて、追加注文が殺到しているらしい」
「え?」
「今までは、4万部発行して、完売する事がなかったらしいんだけど、とりあえず1万部……もしかしたら2万部、増刷するんだって……」
「それってパンドラの契約者の効果なの⁉︎ 凄い!」
「山崎さんはそう言っていたけど……本当なのかな?」
信じられない。というのが本音だ。
疑り深いというよりは自信のない僕だったけど、そんな僕とは対象的に花梨は満面の笑みを浮かべていた。
「きっと本当だよ! だって、お父さんの漫画、凄く面白いもん!」
「……うん」
はしゃいだ声で肯定されて、僕はやっと受け入れることが出来た。
そうか、僕の描いたパンドラの契約者を見る為に、わざわざ本屋に足を運んでくれたのか。と、顔も知らない人達に思いを馳せていると花梨が、
「折角だから、記念写真を撮ろうよ!」
って、言い出した。
そして、部屋の隅に置かれていた、出版社から送られてきた雑誌(掲載している漫画家には、毎月、漏れなく送られてくるんだ)を持ってくると、僕に手渡して、自分のスマホを取り出した。
「じゃあ、胸の所に抱えて、表紙をコッチに向けてね」
いや、ちょっと待って欲しい。
「わざわざ、記念写真を撮る必要はないんじゃないかな?」
気恥ずかしさもあって、遠慮したかったんだけど、花梨に怒られた。
「そんなことないよ! お父さん、入学式とか卒業式とか、イベントごとに私の写真を撮っているでしょう?」
「まあ……うん……」
それは父親として、極当たり前の事だと思う。
「だったら、お父さんのイベントごとに、私が写真を撮るのは当たり前でしょ?」
「そうかなあ……」
「いいから、いいから! ほら、雑誌を持ち上げて!」
と、花梨に押し切られて、僕は雑誌を掲げて、花梨と向き合った。
そして、
「お父さん、連載おめでとう。すっごい嬉しいよ。今の私は、世界中に自慢できるもん。私のお父さんは漫画家なんだよって!」
花梨が満面の笑みで僕に告げた。
それを聞いた僕は不意に胸が一杯になった。
僕は……花梨に苦労ばっかりかけていた僕は……ちょっとは花梨の父親として、ふさわしくなれたんだろうか?
自然と涙が溢れてきて、どうにも止まらなかった。
ーーああ、これは駄目だ……。
娘の前で恥ずかしい所は見せたくないなんていう抵抗も虚しく、大粒の涙を流す僕だったが、そんな時にパシャリとスマホの音が鳴った。
「いや、待って、花梨。今のは無し……無しだから」
泣いている写真なんてみっともなさすぎる。
慌てて、取り直しを要求したけど、花梨は首を横に振った。
「駄目だよ。真実に勝る虚構はねーわ。と、私の幼馴染が申してました! だから、これが、きっと一番記念になる写真なんだよ」
それに、全然、かっこ悪くないしね。ーーそう僕に告げると、まるで逃げるようにリビングを出て行った……というか逃げた。
「あっ! 待ちなさい、花梨!」
慌てて追いかけたが、すったもんだの末に、結局、スマホの写真は消して貰えなかった。
花梨による僕の記念撮影は、これからも続き、パンドラの契約者の、約9年間に及ぶ連載の中で、その数を増やしていく事になる。




