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 律子は、休み時間のたびにスマホを覗いている。


 ーー学校で何やってんだ、私は……。


 そう思うのに、気になって、気になって、どうにも止められない。

 1限目が終わってホームページを確認したら、来訪者が1万5千人を超えていた。

 2限目が終わってホームページを確認したら、来訪者が3万人を超えていた。

 3限目が終わってホームページを確認したら、来訪者が5万人を超えていた。

 そして今、4限目が終わり、ホームページを確認すると、来訪者が8万人を超えていた。

 律子がホームページに設置したカウンターは簡単な物で、一度出てからまた入ると、再びカウントが回るタイプだから来訪者が8万人といっても、厳密には8万人の人が来訪した訳じゃないだろうが、それでも8万だ。

 今朝、確認した時点でとんでもない事が起こっていると思っていたが、あれは、まだほんの始まりに過ぎなかった。

 

 ーーまじで、どこまで行くんだ?


 パンドラの契約者の熱狂ぶりは、益々加速していて、どこまで行くのか予想も出来ない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【轟平太先生の作品を語るスレ192】


 1:名無しの轟ファン

 轟平太関係なら何でもOKの雑談スレです。

 喧嘩、アンチはNGでお願いします。切に切にお願いします。

 いいじゃないですか、誰が一番だって。貶している相手だって轟ファンなんですよ。いがみあって、世紀末のような最低限の秩序すらないスレにすることが、真の轟ファンと呼べるのでしょうか? お互い節度を持って、みんなで楽しいスレを作りましょう。

 只今、パンドラ祭り開催中!


 ・

 ・

 ・


 99:名無しのパンドラー

 なあ⁉︎ 今日、俺はパンドラの契約者の原作を求めてブックオフを5件回ったのに、どこにも売ってねえ! 一体、どこなら売ってんだよ⁉︎ 続きが読みたくて、気が狂いそうなんだけど⁉︎ 誰か、助けてくれ!


 100:名無しのパンドラー

 小説を持っている俺、高みの見物。あー、3巻はめちゃ面白いから、久しぶりに読み返すかなー。


 101:名無しのパンドラー

 ↑性格悪いぞ。99番、諦めるな。少なくとも3巻で2万部以上発行されているから、どっかにはあるよ。


 102:名無しのパンドラー

 真面目に助言すると、ネットオークションで買ったら? 探せば誰か、売ってるんじゃない?


 103:名無しのパンドラー

 ↑甘い。とっくに売り切れてんよ。


 104:名無しのパンドラー

 パンドラの契約者の原作を読みたい奴がそれだけ居るということか。これはもう、出版社にお願いして重版かけるしかねえな。


 105:名無しのパンドラー

 まさか、6年越しの重版⁉︎ もしそんなことが起きたら凄えな⁉︎ 夢があるわ! 動画のおっさん、万歳だ!


 106:名無しのパンドラー

 わかる。あの動画のおっさんの功績は、計り知れないものがあるな。まさにパンドラーの鏡。


 107:名無しのパンドラー

 そもそもが、パンドラーって言葉自体、あのおっさんが始まりだからなwwww。


 108:名無しの轟ファン

 轟先生に断りもなく、勝手に漫画出して稼いでる犯罪者を褒めるんじゃない!


 109:名無しのパンドラー

 またか……定期的にくるよな、こいつ。しかも、わざわざ、レス名を轟ファンに変えるめんどくささ。


 110:名無しのパンドラー

 別に、稼いでねーだろ。金とってないし、なんのアフィも貼ってない。


 111:名無しのパンドラー

 そもそも資産家らしいから、金目当てじゃないんじゃない? 轟先生にコンタクトしたくて、あんなことしている大ファンじゃん?


 112:名無しのパンドラー

 そーそー。むしろ、俺が轟先生なら感激するね。こんなにも、パンドラの契約者を好きな人がいるのかって。


 113:名無しの轟ファン

 轟先生の気持ちを、クズニートが勝手に代弁するな! どうせ、昨日、今日、このスレに来たばかりのにわかだろう!


 114:名無しのパンドラー

 確かに、漫画見てきたばっかりのにわかだけど、それが何か? 新しいファンが増えるっていい事じゃん。あと俺はニートではないよ。仕事がら平日休みってだけ。むしろ、オタクこそニート?


 115:名無しの轟ファン

 違う! 俺の仕事は割と自由に時間を使える! ともかく、昨日まで轟先生の名前を知らなかった奴が、したり顔で轟先生を語るな! そんな真似はリミットオーバーから天空のフルールまで全てを見てきた俺でも出来んわ、失礼でな!


 116:名無しのパンドラー

 ははっ。老害。


 117:名無しのパンドラー

 お前ら止めろ! 折角、かつて無いほどこのスレが盛り上がってんのに、水を差すような真似は止めてくれ!


 118:名無しのパンドラー

 同感。というか、115に言いたいことがある。……あんたはそれでいいのか? 俺も、ずっと轟スレの住人だから判るけど、あんたはアレだろ? パンドラの契約者が打ち切りになった時に、なんでこんな面白い作品が打ち切られなきゃならないんだって嘆きに嘆いた、あいつだろ? 俺はいつまでも続きを待つって宣言した、あいつだろ? 轟先生の新刊が発売するたびに応援レスを残す、あいつだろ? ……俺もパンドラの契約者が打ち切りになったとき、ショックだったよ。こんなに面白いのに、そう思っているのは俺だけなのかって嘆いたよ。だから、このスレであんたの嘆きを見て仲間がいるんだって慰められたよ。……俺はさ、あんたの名前も、年齢も、仕事も、住んでる場所も、何一つ知らないけど、それでも同じ轟仲間なんだって思ってる。


 119:名無しのパンドラー

 118の続き。……だから、あんたが、あの動画のおっさんが気にくわないのも、なんとなく分かる。でもさぁ、あんた、こうやってケチつけてるだけでいいのか? ……あんたなら、分かると思うけどさ、轟先生って作品の良さの割には知名度が低いと思わねえ? あの人はもっと人気出てもいいと思うんだ。毎度毎度、打ち切りを心配しなきゃいけない様な作者じゃないと思うんだ。なのに、イマイチ人気なくて、ファンとして歯がゆいんだよ。そんな轟先生のことをさ、あの漫画のおかげで沢山の新規さんが興味を持ってくれているんだよ。こうグッとくるもんが、あんたにだってあるだろう?


 120:名無しのパンドラー

 三連続ですまんな、119の続き。だからさ、つまんねーこだわりなんか捨てて、あんたも乗れよ! 過去に、このスレがここまで盛り上がった事なんてなかっただろ⁉︎ これが最初で最後の祭りかもしれないんだぜ⁉︎ もしかしたら、本当にパンドラの契約者の続きが出るかもしれないんだぜ⁉︎ 今、馬鹿になって踊らなきゃ、ずっと轟スレの住人だった甲斐がないって!!! ……熱くなって悪い。でも、本心だ。俺としては115にも一緒に踊って欲しい。


 121:名無しのパンドラー

 いや、本当に熱いなぁ。でも、嫌いじゃないぜ。


 122:名無しのパンドラー

 116だけど、空気悪くして悪かった。スマン。


 123:名無しのパンドラー

 115だが、……今まで済まなかった。俺は今まで、自分が一番の轟ファンだと思っていた。色々な所に宣伝したりなんかもして、少なからず轟先生に貢献したと思ってもいた。そんな俺だから、あの動画のおっさんの存在は衝撃だった。仕事を辞めて、漫画家を雇って、ネットで広めて、パンドラーなんて造語まで作って、みんながパンドラーを名乗り始めて……正直、ファンとして負けた気がしたよ。……だけど、120の言うとおりだ。今、大勢の人が轟先生に注目し始めて、もしかしたらパンドラの契約者の続きが見られるかもしれない。なら、つまらないプライドにこだわっている場合じゃないな。120、ありがとう。遅まきながら俺も踊って構わないだろうか?


 124:名無しのパンドラー

 何、まだ始まったばかりさ。全然遅くなんかねーよ。……つー訳で、湿っぽい話はここまでにして……みんな、踊ろうぜ!


 125:名無しのパンドラー

 いいな! 俺も轟先生大好きだから踊るよ!


 126:名無しのパンドラー

 俺は新参だけど、漫画見て、居ても立っても居られないから踊るよ!


 127:名無しのパンドラー

 俺も俺も! 今、パソコンの前でコサックダンス踊っているぜ!


 128:名無しのパンドラー

 皆でパンドラ祭りだー! 踊れ踊れ! ひゃっほい!


 ・

 ・

 ・


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「何? このカオス?」


 律子は小さく呟いた。

 原作を読みたい人がいたり、アンチがいたり、ネット越しの友情があったり、みんなでシャル、ウィ、ダンス始めたりと、もう訳わからん。

 ただ、こいつらの熱意は伝わってきた。

 無機質なスマホの画面から、パンドラの契約者に対する熱気が確かに伝わってくる。

 そして、それは律子にも影響を与えていた。

 今日は授業中、勉強以外のことばかり考えている。

 大勢の人を動かす、おじさんの漫画。

 幼馴染の為にも、おじさんが成功して欲しいこと。

 自分もまた、パンドラの契約者のファンであるがゆえに、ネットの向こうの誰それへの共感。

 この怪奇現象とでも呼べる出来事は、元はたった一人のファンが始まりなのだと言うこと。

 ちょっとだけだが手を貸した自分。

 そして、どうしようもなく湧き上がってくる、得体の知れない感情。

 ……。

 ……。

 いや、最後の、得体の知れないってのは嘘だ。本当はわかってる。得体が知れないんじゃなくて、認めたくないってだけ。


 ーーもう一度、動画を作ってみたい。


 かつて律子が持っていた気持ち、初めて動画を作った時のあの気持ち。それが、体の奥底から湧き上がってきてくる。

 ただ、あの時とは違って、律子は現実を知っている。こんな一時の感情で作った所で、誰も見ないし興味を持たないに決まっているのだ。

 だから、止めとけ……そう自分に言い聞かせているのだが、


 ーー馬鹿か、私は。

 ーー私とおじさんは違う。

 ーーもう何年も何もしてないし、そもそも作り手としての過去は、黒歴史扱いで遠ざけていたし。

 ーーまた、作った所で誰も見ねーよ。

 ーーでも、常盤のおっさんみたいに、やって見たら、なんか変わるかもしんねーじゃん。


 駄目だ。どれだけ否定しても、まるで雨後の竹の子のように、もしかしたら……という思いが湧き出てくる。

 これはマズイ。花丸高校は結構、学力が高いのだ。いつまでも、授業中、上の空でいる訳にもいかない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 五時間目は英語だったが、やっぱり律子は授業に集中できなかった。

 ただ、授業に集中できなかった分、考えごとには集中出来て結論は出た。

 やっぱり、ノーだ。

 おじさんのアレは、類まれなる例外だ。そんな物に影響されちゃいけない。現実はそんなに甘くない。だから、強い意志を持って拒絶しないと駄目だ


 ーーもう、ホームページを見るのは止めとこう。


 そう決めた。実際、律子が手を貸す必要はもうない。

 なら、興味本意で覗いて、余計な創作意欲を掻き立てられる必要もない。

 それから、


 ーー投稿サイトのアカウントも消そう。


 これは流石に躊躇した。が、だからこそ消すべきだ。

 なまじ、あれがあるから、また作れるなんて思ってしまうのだ。何、どうせ誰も見ない不毛の動画、綺麗サッパリ無くしてしまえば、くだらない未練もなくなるだろう。



 授業が終わると、早速、スマホで投稿サイトを開いて自分のIDとパスワードを打ち込んだ。

 そこには、当たり前だが、自分の作った4作品が、今も変わらず掲載されている。

 躊躇しないように速やかに消去するつもりだったけど、アカウントの消去なんて項目は、サイトの隅っこにあるって相場が決まっている。

 それを見つける前に、中央にある赤文字に目が行ってしまった。


『感想が来ています』


「っ……!」


 つい、驚いてしまった。いや、だってそんなことは一度もなかった。アクセス数が数千を数えた4作目だって、感想は来たことはなかった筈だ。それなのに……。


 ーー見ないで消した方がいい。


 とっさにそう思った。きっと見たら、余計な未練が生まれるに決まっている。だから構わずにアカウントを消すべきなのだ。

 そう思っているのに、そうわかっているのに……。


 ピッ。


『下向いている奴らへ送る、頑張る街並み』

 投稿者 4月から花の大学生活だ、イェーイ!

 凄く励まされました。私、秋ごろ、大学受験のプレッシャーで落ち込んで、投げ出したくなったりもしたんですけど、コレ見て、もうちょっと頑張って見ようって思いました。ありがとう!


「……………………」


 ーーほら見ろ。やっぱり見るんじゃなかったじゃないか。

 ーー英語の時間、丸々使って決めたのに、台無し。

 ーー大体、イェーイってなんだよ、そんなの名前じゃねーじゃん、ばーか、ばーか。


 律子はアカウントを消さずに閉じると、机に突っ伏した。


「どしたの?」


 と、問いかけて来た友達に、突っ伏したまま、


「いやあ、午後は眠いわ」


 そう返した声は、辛うじて震えてなかったと思う。

 ……。

 ……。

 いや、泣いてねーよ? 律子はドライなのだ。たかだか、感想一つで泣きゃしないって。

 ただ……ただ、ちょっとばかり今の律子の顔はクラスメイトには見せられない。それだけ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 律子と一緒に、泣きました。
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